第16話 異人たち
ミューダ城には、見張り塔から伸びる城壁通路の途中に目立たない抜け道がある。
その抜け道は主塔の一部へと続いており、その先には関係者以外の立ち入りを禁じられた一室がある。
ミューダ城全体と城外周辺エリアのマナ濃度を一括管理するマナ制御室だ。
魔法工学を修得した国家上級魔道士のうち、魔法院から許可を得た者だけが出入りを許されている。
ミューダ城の魔法攻撃に対する鉄壁の防御力は、この部屋のマナ制御機能によって支えられていた。
魔法工学では、ある空間にマナを供給することを《送魔》、逆にマナの供給を絶つことを《断魔》と呼んでいる。
景斗たちの任務は、玉座の間を中心としたエリア一帯を《断魔》することにあった。
マナ制御室は、その重要性の高さに比べると、普段の警備は手薄だった。
緊急事態以外では、この制御室が使用されることは滅多にない。
二人の兵が持ち回りで巡回監視を行っているだけだ。
制御室制圧というミッション遂行にあたって、景斗に与えられた帯同者はわずか2名の傭兵だけだった。
一人は、ステファンという中背の痩せこけた30代の男。
もう一人はリリアという見た目おとなしそうな20前後の女性だ。
いくら警備が手薄だとはいえ、さすがに心許ないメンバーだと感じざるを得なかった。
しかし、実際の作戦遂行の段に入ると、彼らはさすがと思わせる働きぶりを発揮した。
作戦は警備兵の入れ替り直後に実行された。
交代の瞬間が、一番、警備兵の気が緩むタイミングなのだという。
交代を終えた直後に、ステファンが先頭となり制御室へ突入。
中に入るや、即座に警備兵の腕をとり、背後にねじ上げる。
つづくリリアが出際よく縛り上げて、部屋の隅にロープで固定した。
あっさりと拘束が完了。
彼らの仕事はわずか1分そこらだった。
あとは景斗の仕事である。
操作書を片手に、城内各所のマナの供給を次々と止めていく。
景斗は既に魔法工学に関して一通りの知識を習得していた。
《断魔》は数分で完了。
あとは、室内で待機するのみだ。
警備兵の次の交代は3時間後である。通常その間に制御室に訪れる者はいない。
シーナス率いる実行部隊がそれまでに無事遂行を完了すれば作戦は終了となる。
景斗は操作盤にもたれかって、そのまましゃがみ込んだ。
「あなた、異人よね」
向かいにしゃがみ込んだ女が景斗へ声をかけた。
「リリア」
扉付近で外を警戒しているステファンが、リリアを見る。
「いいじゃない。どうせこの作戦が終われば、国の頭は入れ替わるのよ。そしたらこんな傭兵暮らしともおさらばよ」
おとなしそうな顔立ちに似合わず、勝気な性格なようだ。
ステファンは話にならないとでも言いたげに肩をすくめる。
「シーナスの話を信じればな。大体、俺たちの人生はシーナスの思惑に左右されっぱなしじゃないか」
「とか何とか言ってるけど、結局あなたもシーナスの作戦にのってるじゃない。最初っから私たちに他の選択肢なんかありゃしないってことよ」
景斗はようやく話が飲み込めてきた。
「もしかして、君たちも異国から来た人間なのか?」
「違うわ。惜しいけどね。純粋な異人は私たちの二世代前。祖父母の代よ。私たちはその血を継ぐ子孫ってわけ」
そう言いながらステファンの方を見やる。彼は目を逸らしたままだ。あまり触れられたくない話題のようである。
「召喚士はシーナスか?」
「えぇ。彼が全ての元凶よ」
「君たち、いや、君たちの祖父母は元の世界へ帰りたいとは思わなかったのか?」
「知るもんですか。でもまぁ、寂しかったのは確かでしょうね。そうやってできたのが私たちの親の代だから」
「お喋りはそのくらいにしておけ。リリア」
ステファンがリリアを睨みつける。
彼女は気にする様子もなく、乾いた声でケラケラ笑っている。
「この人は私たちと同類なのよ。先人である私たちがアドバイスをしてあげてもいいじゃない」
彼女は四つん這いになり、景斗ににじり寄ってきた。
顔には得体の知れない笑みが浮かんでいる。
身を引こうとするが、背中に張り付いた壁がそれを許させない。
景斗に顔を近づけたリリアは囁くように続けた。
「いい? 私たちは異人と呼ばれてずっと差別され続けてきたの。 祖父母や親は蔑まれ、妬まれ、ときには辱しめを受けたわ。母親が異人で父親の身元が知れない場合は大抵このケース。まれに父親が異人で母親がミューダ人ってこともあった。まぁ、差別を受けることには変わりないけど。そんな環境のなかで私たちは何とか存在を許されてきたのよ」
「一体、君たちと同じ境遇の人間は何人いるんだ?」
「さぁね。軍団の5つや6つ作れるぐらいの人数はいるでしょうよ」
リリアは急に興味を失ったように景斗から顔を離した。
この大陸の単位で軍団と言えばおよそ2万。それが5つということは10万人だ。
あまりの人数に景斗は愕然とした。
「どうしてそんなにたくさんの人を召喚する必要があったんだ?」
「はは。ずいぶんと馬鹿なことを訊くのね。兵士として使うために決まっているじゃない」
「人間じゃなくても他に召喚する対象はあっただろう?」
「知らないわよ、そんなこと。シーナスに訊きなさいよ」
興味のない話題になると途端に投げやりになる。
「あんたはそんなことを知ってどうするつもりなんだ?」
ステファンが口を挟んだ。
「どうって……召喚のことについては出来るだけ多くの情報を集めておきたいんだ」
「だから、どうしてそんな情報が必要なのかと聞いているんだ」
真剣な眼差しが景斗に向けられる。
「この地に召喚された仲間を救うためだ」
仲間とはもちろん景斗と共にここに喚ばれた6人のことである。
ステファンらの言う10万人のことではなかったのだが、それでも何やら納得はしてもらえたようだ。
「まず魔物の召喚は論外だ。一匹や二匹ならともかく、数千、数万といった数になれば統制がとれるだけの知能を持ち合わせていなければ話にならない。かといって、この国で志願兵を募ろうとすれば結構なお金がかかる。マナが安かった時代には、兵士の召喚こそが一番安上がりな軍事力だったってことさ」
「それに、身寄りのない人間は重宝するしね」
「つまり、奴隷みたいなものか」
「少し違うな。奴隷は兵士にはなれない。俺たち異人は軍隊の中に限って言えば、出世も可能だ。将軍に上り詰めた人間だっている。まぁ、他国の例だがな」
「君たちの祖父母たちがどこから来たのかは聞いているか?」
「人それぞれね。私の祖母はウラルってところから来たと聞いているわ」
ウラル? ロシアのことであろうか?
「君たちの祖父母も俺たちと同じ時代からやってきたんだな。きっと」
リリアは自嘲的に笑った。
「私たちの祖先がどこから来たかなんて、今更どうでもいいことよ。問題なのは、そのせいで私たちが差別を受けているってこと」
かつて、彼らが元の世界へ帰る方法を求めていたのは間違いないだろう。
だが、どうやらその願いが叶えられることはなかったようだ。
そして、遂には帰ろうとする望みすら失われてしまった。
後の世代に禍根だけを残して。
じわじわと押し寄せてくる絶望感を景斗は必死で押さえ込まなければならなかった。
自分たちも彼らと同じ運命を辿るのではなかろうか。
いや、むしろその可能性の方が圧倒的に高いのではないか。
幸か不幸か、景斗がその絶望感に苛まれる時間はそう永くはなかった。
まもなく、正体不明の魔道士達によってこの場を完全包囲されることになるのだった。
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