第17話 コンダクター

 ミューダ城には玉座の間がある。

 それは、この城にかつて「王」がいたことを示す証である。

 しかし今では魔法院による寡頭政がとられているため、旧来のような使われ方はされていない。

 玉座の間は議長をはじめとする議員達の執務室となっていた。

 作戦決行の時刻、ダラス派の議員らはこの玉座の間に集結していた。

 ゾーン侵攻軍への対応策を協議するためである。


 シーナスはこの会合に召集されていなかったが、開催日時は聞き知っていた。

 ダラス派はダラス本人を含めて計10人。魔法院議員の半数を占める。

 重要な決定事項はほとんどこのダラス派が主導していた。

 したがって、ダラス派の会合は、公式な魔法院議会よりも、実質的に重要な協議がなされている場であると云えた。

 この会合の時間を狙えば、一派を一網打尽にできる。

 それがシーナスの狙いであった。


   ◆   ◇   ◆


 錬と緑帆を含む十人のメンバーは、玉座の間の前面通路から一本離れた武器倉庫へとつながる通路に待機していた。

 玉座の間の出入り口を守る警備兵2人の様子を遠巻きに伺いながら突入の時を待つ。

 錬は人差し指を立てて、小さな声で呪文を唱えた。

 指の先に小さな炎が点る。

 が、すぐに油の切れたライターのように立ち消えた。

 空気中のマナが枯渇した証拠だ。

 それは、景斗達のミッションが成功したことを意味した。

 錬は後ろで待機している傭兵たちに向けて手をあげる。突入開始の合図だ。

 メンバーは静かに、速やかに突入を開始した。

 玉座の間入り口に配置された警備兵たちには、突然出没した武装集団になす術もなかった。

 一矢で射抜かれた警備兵たちの横を駆け抜け、緑帆達は勢いよく扉を開けた。


 中央には大きな長テーブルが設置されており、議員らはそのテーブルに列席して、協議をしている最中であった。

 テーブルの短い辺の中央、すなわち突入したメンバーと向き合う位置にダラスが座っていた。

 いきなり勢いよく開かれた扉に議員らは皆、驚きの表情を向ける。

 真っ先に反応したのは護衛たちだ。

 衛騎士が4名、魔法警備団の魔導士6名が護衛として配置されていた。

 衛騎士らは即座に議員たちを取り囲むようにして守りを固める。

 一方、魔導士達は侵入者に向けて一斉に火炎弾魔法を放った。

 素性の確認は一切なしである。

 断りもなく玉座の間に侵入してきた者は問答無用に曲者だということだ。


 何度も訓練を重ねたのであろう。見事な連携ぶりだった。

 しかし、魔導士の放った火炎弾は、侵入者たちに到達することはなかった。

《断魔》された空間では、放出系の魔法は機能しない。

 火炎弾は標的に到達することなく、空中で砕けるように分解し、あっけなく消滅した。


 緑帆は《断魔》の効果を見届けた後、魔道士の一人に向けて弓を放った。

 迫りくる矢に対し、魔導士は防壁の魔法で応戦しようとした。

 ところが一旦張られた防壁は、石鹸の足りないシャボン玉のようにすぐに立ち消えてしまった。


 緑帆の放った矢があっさりと魔導士一人の胸を捉える。

 それを皮切りに他の傭兵達が一斉に矢を放った。

 詠唱をやり直す声がむなしく響き渡る中で次々と魔導士達が倒れていった。


 ついには魔導士が全滅。衛騎士は2人だけが残された。

 彼らは議員らを庇いながら剣と盾を構え、防御態勢をとる。

 だが、2人の護衛で10人の議員は守りきれるものではない。

 無数の矢が一斉に放たれた。

 護衛は自らの身を挺して矢を受け止めたが、7人の議員が犠牲となった。

 残ったのは、ダラスを含めた3人の議員だけとなった。


 緑帆はさらに弓を引こうとするが、シーナスが広間に入ってきたのを見て、踏みとどまった。

 シーナスはゆっくりと前へ進むと、長テーブルを隔ててダラスに向き合う。

 ダラスはこのような状況でもたじろがずにシーナスを見返していた。


「主導者はやはりお主か。シーナス。よくも謀ってくれたな」

 シーナスはかすかに微笑みながら目で頷いた。

「もはや一刻の猶予もない。私はこの国を守るために荒療治をさせていただくことに決めた。おとなしく身を引いてもらおう」

 ダラスは、今しがたシーナスが入ってきた扉が揺らぐのを目で追いながら、静かに呟いた。

「お主には失望したよ。まさかこのような手段をとるとはな」

「本意ではなかったが、仕方あるまい。この国を立て直すためだ」

「お主は本気でこの国を治めることができると思っているのか?」

 僅かにシーナスの表情がこわばる。

 挑発には聞こえなかったからだ。

 ダラスは本気で疑問に感じているようであった。

 いや、むしろ憂慮しているようにさえ聞こえるのだ。

「お主はこの国の実情をよく判っておらぬのだ。よいか。人には器というものがあるのだよ、シーナス。この国の統治はお主では無理だ」

「なぜ、そう言い切れる」

 シーナスはかろうじて言葉を返したが、予想外の反撃に気圧されてしまっているのは否めない。

「確かに先の大戦ではお主の力が頼りになった。だが、時代は変わったのだ。マナが有限なものだとわかったからだ。そのときから、魔法には量よりも質が求められるようになった」

「時代が変わったことなど百も承知だ。問題なのは……」

「そう! 問題なのは!」

 ダラスが割って入った。

「問題なのはどう対応するかだ。我々はその変化への対応を怠らなかった。お主が危機感を抱くずっと前から我々は対策を講じていたのだよ」

「……」


 シーナスはダラスの態度の変化に言葉を失った。

 この絶体絶命の窮地で、気でも違えたのか。

「お主がまさかこんな形で裏切るとはな……冥途の土産だ。教えてやろう」

 そう言うと、ダラスが指を軽く鳴らした。

 反射的にシーナスが右手を挙げる。

 それに反応して緑帆と傭兵達が一斉に弓を引いた。


 いつの間にか、狙いを定めたダラスら議員たちの前に数人の魔導士が立ちはだかっていた。

 それだけではない。

 無数の魔導士がそこかしこに忽然と出現し、広間を埋め尽くしていた。

 その数は30人超。


 シーナスは天に手を掲げたまま固まってしまった。

 彼らは潜伏魔法により姿を消していたのだ。

 潜伏魔法は、錬のような《コンダクター》と呼ばれる特別な魔道士以外、行使することができない魔法である。

 体を透明化させるのに、自らの体内にマナを浸透させる能力が必要だからだ。

 ――《コンダクター》による編成部隊だというのか。

 シーナスは手を挙げたままの姿勢でちらりと背後を伺った。

 ――後ろの扉から進入したか。

 不覚だった。

 いや、そもそもそのような部隊の存在など想定できるわけがない。

 ――糞!


 シーナスは挙げていた手を勢いよく振り下ろした。

 いずれにせよ、この部屋は《断魔》されているのだ。

 魔導士などは物の数ではない。


 シーナス同様、傭兵達も驚きで固まっていたが、シーナスの合図に反応して矢を放った。

 放たれた矢は議員らを守る魔導士たちに漏れなく命中した。

 だが、今度は先ほどの護衛魔道士たちのように倒れてはくれなかった。

 命中した矢が甲高い金属音を立てて弾き返されたのだ。

 魔導士たちが変性魔法を使い、瞬時に体を硬質化させたのである。

《断魔》されている空間では、防壁魔法などの《放出系魔法》は効力を失う。

 しかし、《コンダクター》がマナで満ちた自らの体に対して発動させる《自己対象系魔法》は依然として有効なのだ。


 一瞬、場が膠着する。


 その膠着を解くかのように、大扉からもう一人の魔導士が入ってきた。

「制御室の奪回に成功しました!」

 ダラスに向けて発せられた報告だった。

 それを聞いたダラスはおかしそうに笑いはじめた。

 静かな大広間全体に笑い声だけが響き渡る。

「シーナスよ。だからお主には無理だと言ったのだ」


 この部屋への《送魔》が復旧したのだ。

 部屋がマナで充満すれば、《コンダクター》部隊の独壇場だ。

 もはや一般兵士など敵ではない。


 形勢は完全に逆転した。

 緑帆達は《コンダクター》に囲まれて、抵抗する術もなく武装解除された。

 今度はシーナスが黙ってダラスを睨む番だった。

「この者たちは我々直下の魔法特殊部隊だ。表の魔法組織を統括する君には知らされていなかっただろうがな」

 ダラスが演説している間にも、十数人の《コンダクター》がシーナスをジリジリと取り囲みはじめていた。

《送魔》されたこの空間で、大魔道士シーナスだけは油断のならない相手だとわかっているのだ。


「シーナスよ。お前がこの国の行く末を憂いているのは知っていた。まあ、魔道士部隊の表の姿しか知らないのだから無理もあるまい。

 だが、わが国の魔法組織の全貌はお前が認識しているものとは全く異なるのだよ。表の組織以外に、我々はそれと同等、いや、それ以上に強力な裏の組織を準備していた。《コンダクター》で構成された特殊部隊は隠密性を武器とする非常に強力な集団だ。

 我が国の軍事力に関してはお主が心配するようなことは何もないのだよ」


 ダラスが笑いながら軽く右手をあげた。

 シーナスを取り囲んだ《コンダクター》達が魔法詠唱のスタンバイに入る。

「君の愛国精神には感謝する。だが、謀反というのはいただけなかったな」

 シーナスが杖を高くかざすと、早口で呪文を唱え始めた。

「逃がすな!」

《コンダクター》達が一斉にシーナスに向け火炎弾を放った。

 玉座の間は爆発の衝撃で激しく振動する。

 煙が大きくあがり、《コンダクター》達はシーナスの姿を見失った。

「どこだ? 逃がすでない!」

 煙の中でダラスの声だけが響き渡る。


 徐々に煙が晴れていくが、シーナスの姿はどこにも見当たらない。

「やったのか?」

「やったはずです」

 火炎弾の集中砲火を受け、跡形も残らなかったのか、あるいは逃げ果たせたのか、俄かに判断がつかなかった。

「転送魔法で逃げたのではないのか?」

「それはないかと。シーナス様は《コンダクター》ではありませんので」

 転送魔法を実行するのに、必ずしも《コンダクター》である必要はない。だが、その成功率は詠唱者のマナ伝導率に比例する。よって《コンダクター》ではない魔導士が転送魔法を一発で成功させる確率は極めて低いのだ。


「外に通じるマナの導線は断絶されていたはずです」

「マナコントローラーは一時制圧されていたのだ。導線が完全に断絶されていたかどうかなどわかったものではない。捜索隊を出動させろ」

 命令を受け、《コンダクター》数名が潜伏魔法により姿を消した。


「この者達はどうなされますか?」

 緑帆らを捕縛した別の《コンダクター》が、議員の一人に尋ねてきた。

 議員は自分では判断できず、足早に去ろうとするダラスに恐る恐る声をかけた。

「ダラス殿。この反逆者達はどうされるか」

「処刑だ」

 吐き捨てるように言った。

「ということだ。連れて行け」

 今や、派閥の中でダラスに逆らえるものなど存在しなかった。


 ダラスは少し興奮がおさまり、しばし連行される緑帆達を目で追った。

 そのうちに気が変わった。

「少し待て。こやつらの処分は後ほど検討する。とりあえず牢に入れておけ」

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