第13話 ディアトロフ砦
一行は、日が完全に暮れる前に、ディアトロフ砦に到着した。
峡崖の道を完全に塞ぐように建造されたその砦は、鉄壁の守りと言うに相応しい要塞だった。
巨大な黒いシルエットが不気味な存在感を醸し出している。
ともあれ、野盗に襲われた日に野営をしなくて済んだことは、一同にこの上ない安堵感をもたらした。
カミラスは馬車を門脇の小さな厩舎の隅まで誘導し停車した。
話は既に通っているらしく、砦はすんなりと開門された。
反対側の西門だったら、こうスムーズにはいかなかったに違いない。
マルスの侵攻、スパイの侵入を警戒し、開門に相当な時間を要したことであろう。
一同は荷物を引っ提げながら、重々しく開かれた門をくぐった。
通された部屋は広い質素な空間だった。中央には大きな丸い木目調の円卓が設置されており、会議室のようなつくりとなっている。
円卓の片隅に白髭を生やした五十代前後の男が座っていた。
一行が部屋に入ってくるのに気づくと、男は顔を上げた。
「ラトア殿じゃないですか!」
サルートが思わず声をかけて、歩み寄る。
「ラトア殿、覚えてらっしゃいますか?」
「あ、あぁ。君はたしか……シーナス卿のところの……」
「そうです。サルートです」
「そうか。君が例の作戦に参加していたのか……」
「はい。ラトア殿はなぜここに?」
ラトアと呼ばれた初老の男は自嘲的な笑みを浮かべた。
「決まっとろう。自分の城を追われたのだ」
サルートは返す言葉を失った。逃げてきたというのか。
「この方は……」
葵が小声で尋ねてきた。
サルートはすぐに気を取り直した。
「あぁ。この方がラトア城塞の城主、リールガント・ラトア公爵です」
あらためて一同の視線が初老の男に集まった。
この男がマルス城の無条件開門を決断した城主か。
その重い責任を背負った男にしては弱々しい印象だった。
「君らが例のメンバーか」
ラトアは円卓の向こう側に立つ5人を見渡した。
一番端の葵に目を止めると、独り言のように呟いた。
「随分と若いな」
「彼らは異人です。期待できますよ」
カミラスが皮肉たっぷりの笑みを浮かべながら言った。
隣の一俊が眉をひそめる。
オーク戦の散々な有り様を見ておきながら発せられる言葉ではない。
「そうか。厳しい任務だな。頼むぞ」
その言葉とは裏腹に、大して興味がなさそうだった。
「そうそう。これを活用してくれ」
ラトアは懐から一枚の巻物を取り出し、前に差し出した。
カミラスが巻物を手にとって拡げる。
横から一俊が覗き込んだ。
どうやらラトア城塞の地図らしい。
だが、それは素人の一俊からみてもお粗末な代物だった。
城の外観はやたらと立体的で荘厳に描かれているが、内部構造の描写はいかにも適当である。
解説文などが書いてあるのは結構だが、その文が構造図を遮ってしまっていた。
これでは、部屋が全体でいくつあるのかも定かではない。
言ってみれば観光マップだ。
「ありがとうございます」
サルートはさして気にする様子もなく礼を言った。
「ところで……将軍はどこにいるのでしょう」
「あぁ、あの将軍か。おそらく中央二階の大広間だろう」
「大広間? 兵士と一緒にですか?」
「いや、兵士達は庭に天幕を張って野宿している。将校らには部屋が割り当てられているようだったがな」
「……わかりました。ありがとうございます」
「で、決行はいつなのだ?」
「城まで5日はかかります。早くても一週間後と言ったところでしょう」
「そうか。頼むぞ」
サルートは静かに頷いた。
「ところでお願いがあるのですが。軍資用にマナを提供してただけませんでしょうか? ここに来る途中でほとんど使いきってしまいまして。城の侵入に先立って、追加の補給を受けておきたいのです」
「あいにくだが、私もここでは居候に過ぎんのでな。砦主に直接掛け合ってもらえないか。もっとも余分があるとは思えんが」
そう言うと、ラトアはすごすごと立ち上がった。
「私は明日、ミューダ城へ発つ。それでは、諸君の健闘を祈っているよ」
ラトアが部屋を出ていってから、数秒間沈黙があった。
「なんか、拍子抜けよね」
「だな」
「何がですか?」
サルートが聞き返す。
「だってあの人、ミューダにとっては無条件降伏をした戦犯でしょ? それがあんな腑抜けになっていたんじゃ叩きがいがないでしょう」
「叩きがいですか……」
サルートは苦笑する。
「たしかにありゃぁ重症やな。だいたい、これ、役に立つんかいな?」
虎太郎が地図をペラペラとなびかせた。
「ちょっと使えないでしょうね。でもまぁ、問題ないですよ」
サルートは懐から別の巻物を取り出すと、卓上に拡げた。そこには、城全体の構造を示す図面がびっしりと記載されていた。
「ラトア城塞内のことは我々の方が詳しいぐらいです。なにしろミューダ公国の調査能力は大陸一ですからね」
「すごい……」
葵が目を丸くする。
そこには警護兵の職位や配置、交代時間までが事細かに記載されていた。
どのように調査を行なったのかはわからないが、スパイでも潜り込ませない限り、到底不可能な情報だった。
「でも将軍の居場所を教えてもらえたのは大きいですよ。最初は将軍の居場所を探索するルートを組み立てるつもりでいましたからね。これで直接将軍の元へ向かうルートだけ考えれば済みます」
「やったね!」
葵が無邪気に喜ぶ。
「あとの問題はマナだな」
水を差すカミラスを、葵は横目で睨んだ。
その後すぐに砦主にマナの提供を掛け合ってみたが、「検討する」との返答があっただけだった。
「どうやらここでマナを補給するのは難しそうですね」
「えっ? でも、検討してくれるって言ってたじゃない?」
「あんなぁ、大人の世界で『検討する』っちゅうのはな。『できません』って意味なんや」
葵がふくれる。
「まぁ、大丈夫ですよ。なんとかなります」
「あくまで前向きなサルートさんにはホント関心させられるな」
「ほんとほんと! カミラスさんに爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいわねぇ」
皮肉ばかりを言うカミラスに、葵がチクリと一刺しを浴びせた。
◆ ◇ ◆
軽い食事を済ませた後、一同は宿泊用の部屋へと案内された。
提供された部屋は一つだけだった。
どうやらこの作戦には最低限の協力しかするつもりがないらしい。
葵は、男たちと相部屋になったことでブツブツと文句を言っている。
「仕方ないさ、葵。我慢しようぜ。それより作戦会議をしないとな」
「あぁ? 今からか?」
一俊の提案に対し、虎太郎はこれ見よがしに嫌な顔をした。
「明朝には出発するんだ。今日のうちに話し合っておいた方がいいだろ」
「作戦実行まで、まだ一週間もあるやないか」
「そうよ。城に着いてからでもいいじゃない」
「敵陣内に入ってから作戦会議なんてできるわけないだろ」
「せやけど、もうクタクタなんや。堪忍してや」
虎太郎はそう言い残すや、早々と布団に潜り込んだ。葵も逃げるようにそれに倣った。
一俊は先が思いやられた。
虎太郎と葵には全く覚悟が感じられない。
当事者としての意識が極めて低いのだ。
この作戦には自分達の運命がかかっているということを全く理解していない。
一俊はメンバーに片倉景斗や矢島緑帆が選ばれていないことを悔やんだ。
◆ ◇ ◆
明朝。辺りはまだ暗い。
虎太郎と葵は、砦裏手の林の中にいた。
虎太郎は自分の背丈ほどもある長い木の棒を、一方の葵は短い二本の棒を構えている。
虎太郎が葵に向かって棒を突く。
葵はそれを片側の棒で受け流し、もう一方で虎太郎の胴を突き返す。
形稽古である。
地面には図書館から持ち出した武術書が開かれたまま置かれている。
「少し休むか」
「うん」
二人は揃って地面にしゃがみ込んだ。
葵の額にはじっとりと汗が滲んでいる。
「こんなことで上達すんのかな……」
「わからへん。とにかく一俊の足をひっぱらんようにせんとな」
葵は不安げに膝を両手で抱える。
虎太郎が汗を拭きながら、さりげなく葵を見やる。
「お前、体操やってたんやろ。それ活かせんのか?」
「そんなの。役に立つ訳ないじゃん……」
「この際、役に立ちそうなものは何でも試さなあかんて。わいらが普通に稽古していても、到底凡人の域を出んやろ」
「そうだけど……でも、何をやったらいいのか全然わからないよ」
「それは自分らで探すしかない。俺たちにコーチはおらんのやからな」
「イッシュンじゃダメなの?」
「あいつはあいつでこの世界に適応せなあかんのや。わいらの相手なんかしとる場合やない」
「でも……このままじゃダメでしょ。それとも何か秘策でもあるの?」
待ってましたと言わんばかりに、虎太郎がにやりと笑った。
「実は俺にはとっておきの武器があんねん」
「へぇ、ほんと。なに?」
「信じとらんな」
「聞いてもいないのに、信じられるかいな」
「実はな……わいは中学時代、陸上部やったんや」
「ふぅーん。意外に硬派やったんやねぇ」
関西弁がうつっている。
「全国大会にも行ったんやで」
「すごいやん!」
「何やってた思う?」
「100メートル走」
「お前なぁ、陸上いうたらそれしか知らんのか」
「じゃあ、幅跳び!」
「ちゃうわ」
「焦らさんといてよ。じゃあ、なによ?」
虎太郎は棒を構えながら、空を見上げるようなポーズをとった。
「なんと。やり投げや」
◆ ◇ ◆
虎太郎と葵が部屋に戻ると一俊、サルート、カミラスの3人が卓を囲んでいた。
作戦会議をしていたようだ。
一俊は2人をあきれ顔で見る。
「どこいってたんだ」
「砦の周りを散歩してただけや。冷たくて気持ちよかったで」
外よりもさらに冷たい空気が部屋中流れているのにはお構いなしだ。
葵の方は申し訳なさそうに、小さくなりながら作戦会議の輪に入る。
「ラトア城塞の警備は、ミューダ城とは違い、つけ入る隙がたくさんあります。経路さえ選べば侵入は難しくないでしょう」
サルートは、羽根ペンで地図に侵入経路を書き込みながら言った。
その経路は前後に行き来を繰り返しながら、巧妙に警備をくぐり抜け、徐々に城中央の大広間へと通じていた。
遠巻きに見ていた虎太郎も思わず口出しした。
「その経路に沿っていけば、警備に出くわす心配もないってわけやな」
「えぇ。計画上は。でも、本番は何が起きるかわかりませんので油断は禁物ですよ」
「んなこと、わかってるがな」
サルートは笑みを浮かべながら頷いた。
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