第5話 命がけの腕試し

 一行はシーナスに連れられ、ホールのような場所へ移動した。

 そこは道場ぐらいの広さがあり、稽古場として使われているスペースのようであった。


 中央には戦士がひとり仁王立ちをし、待ち構えていた。

 腕を前に組んだその戦士は逆三角形の見事な体格をしていた。

 腰には重そうな大剣を携え、口許には微かに笑みを浮かべている。

「この戦士に勝ってみせよ。武器は好きなものを選んでよい」

 シーナスはホールの脇を指差した。壁には様々な形の剣や盾・槍・斧などがかけられている。

 真剣勝負だということがわかり、全員が息をのんだ。

「で、どなたが相手をする?」

 しばし沈黙が流れる。

 皆の視線が自然と道着姿の一俊に集まる。

 言われるまでもなく、一俊の決意は固まっていた。

「俺がやろう」

 名乗り出ると、壁にかかっている武器に目を移した。

 軽そうな細身の剣を手に取る。

 戦士はニヤつきながら重厚な剣を抜き、軽々と振り回した。おそらく、一俊が手にした剣の数倍の重量はあるだろう。

 一俊は戦士から目を離さずに、ゆっくりと剣を抜いた。

 と同時に、合図もなく戦士が襲いかかってきた。

 反射的に後方に下がりながら、攻撃をかわす。

 2~3kgはあろうかという戦士の剣は想像以上に速かった。

 体に少しでもかすったら、骨ごともっていかれそうな勢いだ。

 しかし、竹刀に比べればスローだ。

 大振りだし、太刀筋もはっきり見える。

 戦士の太い腕から振り下ろされる大剣を見切ると、大きく踏み込み、戦士の首すじを狙って思い切り振り抜いた。

 勝負が決したかに思われたが、戦士は何事もなかったかのように二の太刀を振るってきた。

 一俊はその大剣を体全体で支えるように受け止めた。

 強烈な衝撃が体中を駆け抜ける。

 剣が折れやしないかと肝を冷やした。

 見ると戦士は全く傷を負っていない。

 どうやって攻撃がかわされたのかさっぱり分からなかった。

 しかし、鍔迫り合いをしている戦士の顔からはニヤついた表情が消えていた。

 しばらく鍔迫り合いのまま膠着するが、相手が何事かをつぶやきはじめたことに気づき、戦士の顔を伺う。

 こちらを睨む戦士の姿が赤い炎で包まれている。

 いや、炎を発しているのは戦士の剣の方だった。

 交差する一俊の剣が瞬時にぐにゃりと曲がる。

 一俊は声をあげて反射的に剣を離すと、のけぞって後ろに尻餅をついた。

 顔を上げた時には一俊の鼻の先に剣が向けられていた。

「勝負ありだ」

 歯を見せながら戦士が一俊を見下ろす。

「魔法を使うなと言ったろう」

 シーナスが顔をしかめながら呟く。

「まぁいずれにせよ貴殿の負けだ。召喚は失敗だったか」

 一俊はしばし呆気にとられていたが、すぐに我に返った。

「ちょっと待てよ。負けそうだったからって、変な魔法でごまかすな」

「なんだと?」

 戦士がギロリと一俊を睨む。

 一俊の挑発に、むしろ仲間達の方が肝を冷やしている。

「勝ってからほざけ!」

 まだ座り込んだままの一俊に向かって大剣が振り下ろされる。

 一俊はころがりながら壁ぎわに張り付いた。

 ふと、壁にかけられた日本刀に目が止まる。

 なぜこんなところに日本刀があるのか、と考えるよりも早く手にとった。

 日本刀は祖父の家にある骨董品を見たことがあるぐらいで、直接触れたことは一度もない。

 しかし、先程の剣よりもずっと手に馴染む。鞘には見たこともない家紋が刻み込まれていた。

 抜刀すると同時に襲ってきた大剣をかわし、踏み込んで前に出でいる戦士の右足を払った。

 ところが、戦士は難なく足を引いて、これをかわした。

 驚異的な反射神経だった。

 どうやらこの戦士の回避能力は天性のもののようだ。

 一俊の住んでいた現代の日本では到底身に付けることのできない嗅覚のようなものをこの男は持ち合わせている。


 一俊は体制を立て直すと、正眼に構えた。

 戦士は大剣を肩にかけて、相変わらずニヤニヤしながら無防備に近づいてくる。

 一俊が笑みを投げ返した。

 思わぬ反応に戦士の気が一瞬逸れた隙を捉え、渾身の飛び込み面を打った。

 一俊は、この飛び込み面で全日本剣道選手権の決勝にまで登り詰めたのだ。

 これにはさしもの百戦錬磨の戦士も驚いたらしく、体制を崩しながら、かろうじて受けとめた。

 その隙に乗じて、死角に回り込む。

 しかし、戦士は野生の勘としか考えられない反応で剣を背後に送ってきた。

 お互いの剣が交錯する感触を捉えると、戦士は体勢を一瞬で立て直し、反転しながら剣を水平に薙ぎ払ってきた。

 両刃の肉厚な剣が低い唸りをあげ、地面に張り付くように身体を沈めた一俊の頭上を掠める。

 背筋が凍りついた。

 かわすのが少しでも遅れていれば、一俊の身体は真っ二つに分断されていたことだろう。

 それでも一俊の剣の切先はしっかりと戦士の喉元に突きつけられていた。

「どうだ」

 一俊は息を切らしながら言った。

「よかろう」

 シーナスは表情を変えることなく言い放った。

「デルボアは我が国の中で最も腕の立つ剣士だ。魔法の力を借りなかったとはいえ、デルボアを負かしたことは、貴殿の力を十分証明したものと言える」

 それを聞いて一俊が剣を引くと、デルボアと呼ばれた戦士は大剣を鞘におさめ、ニヤつきながら一俊に近づいてきて肩に手をやった。

「まあ、今日のところは譲ってやろう」


   ◆   ◇   ◆


 その後、一同は別の部屋へ案内された。

 今度はドアも付いている全うな部屋だった。

 白い壁には風景画がかけられており、質素だがソファも設置されている。どうやら来賓用の部屋らしい。これらの設備は城内の緊急シェルターとして作られたものだが、普段は王宮警護隊に開放されているのだという。

 様々な設備が充実しているため、生活に困ることはなかったが、窓のない部屋の息苦しさは如何ともしがたかった。

 基本的にシェルター内は自由に行き来してよいということだったが、四人の兵が警護に就くという気の遣いようだった。とはいえ、一人ずつに警備兵が就けるわけでもないため、バラバラに行動するのは慎しむよう要請を受けた。

 結局は用がなければ部屋からは出にくい雰囲気となった。

 しかし、部屋の中で延々と過ごすのにも限界がある。

 次第に各々が勝手に行動を始めた。

 まず最初に痺れを切らしたのは一俊である。

 ホールに行きたいと言い出し、警備兵にかけあった。はじめ警備兵は渋っていたが、自由に行動して良いというシーナスの言葉を盾に、一俊はなかば強引に部屋を出て行った。その後を仕方なく警備兵がついていく。

 一人を許すと後は歯止めが効かない。葵も立ち上がって、緑帆を外に誘った。

「ねぇ。剣道教えてよ」

「いいけど……本格的にやりたいの?」

「う~ん。どんなもんなのか知りたいだけなんだけど」

 緑帆は首をかしげたが、すぐに気を取り直した。

「じゃあ、まずは構えからやってみようか。行こ」

 自分たちもホールへ行くと警備兵に断りを入れると、二人はさっさと部屋を出ていった。


   ◆   ◇   ◆


 一俊は一足先にホールで素振りを繰り返していた。

 まだ体の震えが止まっていない。

 戦っている時には何ともなかったのに終わった途端に震え始めた。

 緊張からくる震えなのか、あるいは武者震いなのかはよくわからない。

 とにかく気持ちが高揚しており、刀を離すことができなかった。

「おーい。イッシュン。やってるかね!」

 素振りを止め、ホールに入ってきた葵と緑帆を見た。葵は両手を振りながら飛び跳ねている。

 ――「イッシュン」か。

 それは、一俊が中学、高校を通じて、ずっと呼ばれ続けてきたあだ名だった。

 葵がそれを知っているはずもなかったが、そう呼ばれるのは時間の問題だろうと思っていた。それにしても随分早い。

 一俊はようやく構えを解くと、刀を納めた。

 と同時に、緊張が体からすぅっと抜けていくのを感じた。

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