第24話 加勢

《漆黒の森》を数百メートル入ると渓谷がある。

 渓谷はさらに奥の《血塗られた滝》から流れてきている。

 一俊・虎太郎・葵の3人組は、この渓谷の斜面に拠点をおいて潜伏を続けていた。

 木々が鬱蒼と生い茂っているのに加えて、二十度はあろうかという急斜面のため、視認性はすこぶる悪い。

 ラトア軍の追手に見つかる可能性は低く、潜伏にはもってこいの場所だと云えた。

 だが、その代償は大きかった。


 居心地が最悪なのである。


 斜面に洞穴を3人分掘って各人の寝床としたのだが、湿気が多いために虫が出た。

 それも元の世界ではお目にかかったことのないビッグサイズのムカデなのである。

 なんと、直径が人間の腕周り程度はあるのだ。

 葵にとっては到底許されるサイズではなかった。


「眠れる訳ないでしょーーー!!!」


 葵は断固抵抗し、川の向こう岸の木陰に隠してある馬車の中で過ごすと言い出した。

 隠してあるとはいえ、ラトア軍が来れば真っ先に発見されてしまう場所だ。

 その中で夜を明かすというのはやはり危険な行為だった。

 一俊と虎太郎が執拗に止めたが、結局、葵は聞き入れなかった。


   ◆   ◇   ◆


 湯気のように朝靄が立つ小川から顔を上げると、虎太郎は馬車の方を見た。

 寝ているのか、葵はまだ出てこない。

「葵には困ったもんやな」

 顔を拭きながら、一俊に言った。

 一俊は上半身を手ぬぐいで拭っている。

「まぁ、無理もないよ。穴の中に虫が入らないよう柵はしたけど、落ち着いて眠れないのは俺も同じだ。都会の人間にこの環境は過酷すぎるよ」


 1時間経ってようやく葵が馬車から出てきた。

 3人は洞穴の麓に輪になって、朝食の干し肉を食べはじめる。

 一俊がチラリと葵を確認した。

 目に隈ができており、表情も冴えない。

 さすがにもう限界といった印象だ。

 この朝食が済んだら、残る食料はあと1食分だけになる。

 早々に作戦を決行しなければ、戦う前に餓死しかねない。


 だが、依然としてこれといった策は持ち合わせていない。

 このまま突入しても玉砕して終わりだろう。

 何とか現状を打開する手はないものかと思案していると、渓谷の上部から荷車が近づく音がした。

 3人は食事を中断し、手元の武器を掴んで構える。


「随分とシケた朝めしだな」

 気の抜けた声の主はデルボアだった。

 渓谷の上から3人を見下ろしている。

 デルボアは片手で引いていた荷車から袋を一つだけ担ぎ上げると、そのままひょいひょいと渓谷を降り始めた。

 若干緊張が解けたものの、一俊と虎太郎は相変わらず警戒を解かずにデルボアの動きを追った。


「何のようだ?」

 降りてきたのを見計らって一俊が質問した。

 我ながら間の抜けた質問である。

 だが、カミラス同様、自分たちを始末するために派遣された可能性も拭えない。

 デルボアはニヤついたままだ。

「まあ、そう警戒しなさんな。あんたらを始末するつもりなんざ毛頭ない。城の方でも色々あってな。あとでゆっくり話してやるが」

「そんな余裕は私たちにないのよ」

 葵が鋭い眼つきでデルボアを睨んだ。

 3人とも虫の居所が悪い。

「怖ぇなぁ、ねぇちゃん。腹が減ってるからってカッカするなよ。まずはたらふく食おうや」と言って、担いでいる革袋をドンと叩いた。


   ◆   ◇   ◆


 一同は無言でモグモグと鳥のモモ肉をかじっている。

 干し肉以外を食べるのは数週間ぶりだった。

 デルボアは石に腰掛けて、肉に食らいつく一俊たちを眺めている。

 既に腹ごしらえは済んでいるのか、自分は肉に手をつけようとはしない。


「お前らだけでは到底ラクターには勝てんだろうな」

 デルボアは茶化す風でもなく呟いた。

「あんた……あの雷神のこと、よく知っているんだろ?」

 一俊が肉を食らいながら、デルボアに尋ねた。

「あぁ。かつての同胞だからな」

「どうして仲たがいしたの?」

「別に仲たがいなんかしてねぇよ。時代の流れでお互い違う道を歩むってこともあるのさ」

「ふーん」

「で、奴の手の内は知ってるんだろ?」

 一俊はとにかく雷神の弱点を探りたくてしようがない。


「ラクターは俺と同じく魔法剣を使う」

「それはもう見たで。稲妻みたいなやつやろ」

「そうだ。その他にも警戒しなければならない魔法があるな」

「脚力を高める魔法だろ」

「なんだ。わかってるじゃないか」

「当たり前でしょ! あんたに勝ったのは誰だと思ってんの」

 葵が割って入る。

 相変わらず怒り目だ。

 デルボアは気に留めずに、話を続ける。

「自分の体に魔法をかけるということは、本来大変なことだ。生身の人間には負担が大きい。到底耐えられるもんではないな。だが、奴の両足は別だ。腿のつけ根まで義足だからな」

 一俊が肉を食う手を止めた。

「戦いで失ったのか?」

「いや、自分自身で切断したのさ。マナ伝導性の高い義足を手に入れるためにな」

 葵も手を止めた。

「信じられない……」

「奴の戦いに対する思い入れは並じゃない。相当気合いを入れていかんと勝てんだろう。たが、プライドが高いので近衛をつけていない。そこが狙い目だろう」

 確かにラクターの周りに護衛はついていなかった。


「あと、奴は瞬間移動魔法を即座に発動できるよう、普段から定期的に事前詠唱を行っているはずだ」


 事前詠唱とはあと1,2音、言葉を発するだけで魔法が発動する状態にまで魔法を詠唱しておくテクニックだという。

 瞬間的に魔法を発動できるという絶大なメリットがある反面、寸止めしている間はマナがじわじわと消費されていく。

 また、事前詠唱中は他の魔法を詠唱することができないほか、喋ることができないなど、何かと制約が多い。


「事前詠唱の有効時間は限られているので、ある程度の時間が経ったら、また詠唱し直さないといけない。あと、事前詠唱中はマナを少しずつ消費する。そのマナの流れを注意深く追っていけば、奴の位置も大体わかる」

「ほう」

 一俊と虎太郎が反応する。少し希望が出てきた。

「ということはつまり、あんたには彼の位置がわかるってことなんだな」

「大体はな。だが、それは向こうにしても同じことだ。俺もフレーム魔法を事前詠唱するからな」

「なるほど……となればデルボアさん。あんたの役割は決まったな」

 デルボアは一俊を睨んで、ニヤリと笑った。

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