第20話 ゾーン侵攻軍

 進路を変えてからというものの、変わり映えのしない荒野が延々と続いていた。

 時折、葉もつかないやせ細った木がポツリポツリと立っているのを見かける。

 マナが豊富だと言われたミューダ公国も、辺境ともなればこの有様だ。

 おそらく、かつてはこの地もマナで満たされた豊かな土地であったのだろう。

 だが、マナの枯渇と同時にこの地に生息していた生物も一斉に死に絶えたのに違いない。

 なんとも寂寥感を掻き立てられずにはいられない光景だった。


「錬、どうしたの? 大丈夫?」

 馬を操縦していた緑帆が心配そうに錬を見やる。

 この地に入ってから、錬の具合が良くない。

 冷や汗が滲んでおり、顔色も悪い。

「この辺はマナが希薄な地域だからな……」

「なんですって? どういう意味?」

 景斗は回りを伺ってから話しを続けた。

「俺達は魔法で監視されていた可能性がある。それを振り切るにはマナの導線を一度断ち切る必要があったんだ」

 景斗は監視魔法をいわば携帯電話のようなものだと考えていた。

 お互いが充電されていなければ繋がらないし、一方が圏外に入ってしまっても通話不能になる。

 そして、一度圏外に入ってしまえば、魔法はリセットされてしまう。

 実際に魔法を断ち切ったという実感がある訳ではないが、この地域に十分なマナが存在しないことは錬の症状からも明らかだ。

 追っ手は振り切ったと考えてよかろう。


「だからって! 錬の命を危険に晒しているのよ?」

 景斗は黙った。

 緑帆の言っていることは正論である。

 けれどもそれは結果論だ。

 正直なところ、錬の容態がこれ程早く悪化するとは思っていなかった。

 錬のネックレスにチャージされたマナも尽きかけているということか。


「片倉さん、手綱を代わってもらっていい?」

 緑帆は錬の看病をするため、景斗に手綱を渡した。

 緑帆は景斗の路線変更を快く思っていないらしい。

 だが、皆の安全を確保するためにはこうすることが最善だったのだ。

 景斗は自分に言い聞かせながら、手綱を握った。


 前を向くと、左方から何かが飛んできて、ストンと馬の胴体に吸い込まれた。

 馬に目をやると、胴体に一本の矢が刺さっている。

 次の瞬間、その矢を取り囲むように多数の矢が続けざまに突き刺さった。

 馬がもんどり打って倒れる。

 その反動で荷車が大きく傾き、3人は大きく体制を崩した。

 景斗はなんとか顔をあげて、矢が飛んできた方向を見ると、革鎧で武装した十数人の兵士が弓矢を構えながら近づいてくる。

 緑帆がよろめきながらも剣を抜いた。

 景斗が緑帆を小声で制した。

「よせ。多勢に無勢だ」


 兵士たち近づいてくるのを、3人は黙って迎え入れた。

「貴様ら、何者だ? ここで何をしている?」

 相手が何者が判らずに、下手なことは言えない。

 申し合わせたかのように、3人とも押し黙った。

 そこへ槍が一斉に突きつけられた。

「言わぬと殺すぞ」

 兵士の一人が凄む。

 彼らは馬を躊躇なく殺しているのだ。本気であることは間違いない。

「私たちは旅の一行です」

 景斗が答えた。声に出すとなんとまぁ嘘くさいことか。

「どこから来た?」

「……」

 言いたくない。

「言え」

「ミューダです」

「ミューダだと?」

 相手は予想以上に驚いている。

「殺りますか?」

 兵士の一人が、リーダーらしき人物に伺いを立てた。

 どうやら最悪の受け答えをしてしまったらしい。

 場に緊張感が走る。

「いや、連れて行こう。処分は本部に任せる」


 非常にまずいことになった。

 てっきり、ミューダの辺境駐屯軍か何かかと思ったが、どうやら違ったようだ。

 下手をしたら殺される。

 死が近くまで迫っていることをひしひしと感じた。


   ◆   ◇   ◆


 馬車をその場に放棄させられ、景斗達は荒れ地を歩かされた。

 両腕をロープで縛られ、3人が一列に繋がれた状態で歩かされるその様は、囚人や奴隷と同等の扱いだった。

 前方を見渡しても、建物はおろか、草の根一本見つけることはできない。

 日もそろそろ暮れようとしているのに、一体どこまで歩かされるのか見当もつかなかった。

 疲労が蓄積し、次第に頭を垂らすような格好で地面しか見なくなっていた。

 どのくらい歩いたのか。

 いつのまにか前方の地面が途切れている場所に立たされていた。

 顔を上げて前方をみると、そこには凹状の巨大なカルデラ盆地が拡がっていた。

 斜面は思ったほど急勾配ではなく、下っていくための簡単な階段もつくられている。

 斜面の底は広大な平地になっていて、辺り一面に陣幕が張り巡らされていた。

 ざっと数百はあろうか。

 格子状に連なる陣幕の間の路を、蟻のように小さな兵士達が無数に行き来しているのが見える。

 そこは数万規模の軍隊を収容する宿営地だったのだ。


 景斗達は階段を下っていくと、比較的外側に位置する簡易な陣幕の一つに連れられた。

 陣幕内にはコンパクトな机と椅子が1セット設置されている。

 そこには、将官らしき男が座っていた。足を崩して、雑誌か何かを読んでいる。

「西の方角から接近してきた者たちを捕えました。いかがいたしましょう? 小隊長」

 ――小隊長か。

 景斗は密かに相手を値踏みした。

 小隊長では交渉相手として不足だ。


「どこのもんだ?」

 兵士の報告に振り返ることもなく、面倒くさそうに返した。

「ミューダから来たと言っております」

 小隊長が少し顔を上げる。

「ミューダか。面倒だな。早いところ処刑しろ」

「はっ……」

 命令に従ってすぐさま連行しようとする兵の手を振りほどくと、景斗が大声で叫んだ。

「我々はミューダ公国の人間ではない!」

 声を張り上げる景斗に小隊長が顔をしかめた。

「なら、何者だ」

「ミューダ公国からは亡命してきた。もともとはミューダの人間ではない」

「……で、どこに亡命するつもりだ」

「ムドル国だ」

「ならば方角が違っているだろう。この地域一帯は我々が制圧している。我々に捕まった以上、亡命は失敗だということだな」

 小隊長はニヤつきながら言った。

 どうやら話のわかる男ではなさそうだ。このままでは本当に処刑されかねない。

 景斗はわざと周りに聞こえるよう一層大きな声を張り上げた。

「我々はミューダ公国に対してクーデターを起こした。残念ながら失敗に終わったが、ミューダ公国に関する重大な情報を入手した!」


 緑帆と錬は景斗の大胆な行動に唖然とした。

 景斗は大きな賭けに出たのである。

 この軍がゾーン共和国の侵攻軍であることは、小隊長の胸章を見てすぐにわかった。

 この軍の目的がミューダ公国の攻城にあることは間違いない。

 この一年間、ゾーン共和国はミューダ公国の主要都市を進攻し、ついには王城へ攻め込む段階にまで到達していた。

 しかし、これまでに2度、王城への突入を試みているものの、失敗に終わっている。

 難攻不落のミューダ城に関して、ゾーン侵攻軍はぜひとも情報が欲しいはずである。

 景斗はそう踏んだのだ。

「ならば、その情報とやらを話してみろ」

 高飛車な物言いだ。だが、話す相手はこいつではない。

「重要な情報だ。総指揮官と直接話がしたい」

 景斗は周りに聞こえるよう、できるだけ大きな声を出した。

 こう大っぴらに言われては、この小隊長の独断で処刑を決めるわけにもいくまい。

 小隊長はしばらく陣幕内をウロウロして考え込んでいたが、ようやく決心したようだ。

「いいだろう。手配しよう」

 そう言うと陣幕を出て行った。

 おおかた情報入手を自分の手柄にしようとでも画策しているのであろう。

 その間、景斗達3人は陣幕の前で、立ったまま待たされた。

 3人とも相変わらず手は縛られたままである。

 景斗と緑帆は何とも思わなかったが、錬はこの囚人扱いに相当ショックを受けているようだった。


   ◆   ◇   ◆


 2時間後、軍隊の総指導者と話すことが許された。

 ひとまず最悪の事態が回避できたことに、3人は内心胸を撫で下ろしていた。

 警備兵に連行されて宿営地の奥へと進んでいく。

 司令官の陣幕は宿営地の中央付近に位置していた。

 警備兵が少し多く配置されているということ以外、特に変わったところは見当たらない。


 中に入ると、初老の男が待ち構えていた。

 ガッチリとした体格で頭は綺麗に禿上がっている。

 いかにも軍人らしい出で立ちだ。

 しかし、景斗たちに向けられた眼差しはいたって穏やかであった。


 ゾックと名乗るその司令官は穏やかな表情で3人を迎え入れた。

 兵に縄を解かせると、簡素な長椅子に座らされた。

 ずっと立たされっぱなしだった3人は深々と腰を下ろした。

 司令官は咥えていた葉巻を口から離すと、早速本題に入ってきた。

「クーデターを起こしたそうだな」

「……はい」

 景斗が答える。

「クーデターの理由を聞かせてくれるか」

「企てたのは魔法院議員のシーナスです。彼の考えに賛同して動きました」

 緑帆は景斗をちらりと見た。

 一体どこまで話すつもりなのだろう。

「ほう。あのシーナスが謀反を起こしたのか……で、なぜ失敗した?」

「ここから先を話すには条件があります」

 ゾックは微かに眉をしかめた。

 大胆にも景斗はゾーン侵攻軍の司令官を相手に、取引をしようというのだ。

 ここから先の話はミューダ公国の最高機密情報にあたる。

 もし、ここで情報提供をすれば、自分達は国家的犯罪者としてミューダ公国から一生追い回されることになるかもしれないのだ。


 ゾックは足を組んだ。

「いいだろう。条件を言ってみたまえ」

 微かに笑みを浮かべている。

「我々を解放し、ムドル国へ行くのを支援していただきたい」

「ムドルへ亡命したいのか」

 ゾックはしばし考え込んでから、口を開いた。

「なるほど。だが、お主らの情報が本当かどうかも判らぬというのに、解放するわけにはいかんな。あるいは我々がミューダ公国を攻め落とすまで待っていてくれるか?」

「それでは困ります。こちらの二人だけ先に解放してもらえませんか。私は残ってあなた方がミューダ公国を攻略するまでお付き合いしましょう」

「景斗!」

 緑帆と錬は驚いて景斗を見た。

「ならんな。我々のことを他に漏らす危険がある」

「そんなことはしませんよ。なんでしたら付き添いをつけていただいても構いません」

「そんな余分な兵士などいない」

 穏やかだか、有無を言わせぬ口ぶりだ。

「私の情報で、お釣りがでます」

 引こうとしない景斗に、ゾックはわざと困った顔をして笑った。

「お主の情報にそれだけの価値があるというのか。では、そのことを私に認めさせてみろ。

 今夜、作戦会議がある。そこでお主の持っている情報を披露しろ。その情報に価値があるなら条件は飲もう。価値がなければそこまでだ」

 「わかりました」

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