第32話 転送産業

「ホールを見学したいのかい」

 緑帆と錬が、転送ホールの前で料金の確認をしていると、長身の若い男が声をかけてきた。

「そこより安い料金でコンテナを間近で見せてやるぜ。しかも普通じゃ絶対知ることのできない解説つきだ」

 錬は苦笑いしながら断ろうとした。

 ダフ屋はどこにでもいるもんだ。

 ところが緑帆はお構い無しだった。

「いいわ。ただし後払いよ」

 若者は声をあげて笑った。

「大した娘さんだ。いいぜ、ついてきな。俺はテリムっていうんだ。よろしくな」


 どうみても自分の方が年下のくせに、と緑帆は思ったが黙っていた。

 テリムという若者はホールの裏側へ回り込んでいくと、人気のない場所へと緑帆たちを連れ込んだ。

「ねえ、どこに連れていくつもり?」

 怪しく思った緑帆は、剣の柄に手をかけた。

 テリムが驚いて両手のひらを前に向ける。

「おいおい、物騒な真似をするなよ。こっちだ、こっち」

 そう言うと、ホールの壁を指差した。


 そこには蔦に覆われていて、言われなければ気づかないような扉があった。

 テリムがその扉を力一杯引く。

 すると、ギリギリと音をたてながら扉が開いた。

 テリムは扉の脇に立ちながら、緑帆と錬に中へ入るよう促した。

 緑帆は剣に手を添えたまま、警戒しながらゆっくりと中を伺った。

 どうやら、かつて業者向けの裏口だったようで、コンテナがすぐ目の前に見えた。


 はるか向こう側には、正規の見学スペースが見える。

 人だかりができているが、確かにあんな場所ではこのコンテナを間近で見ることはできない。


 見渡すとホールにはたくさんのコンテナが整然と並んでいた。

 4個づつが2列になり、合計8つのコンテナが並んでいる。

 手前のコンテナを見ると、蓋にあたる部分に看板のようなものが取り付けられているのを発見した。

 錬はそれを声に出して読んでみる。


「バ・ザダ」


 テリムは頷いた。

「あれは魔法国家ザダの首都ザダム行きのコンテナだ。大陸には五つの国がある。それぞれのコンテナが、各国へ様々な物資を転送するための部屋になっているのさ」

 コンテナにはいくかの細い窓があった。

 マナの導線用の通気孔である。


「手前の4つはムドルから各国へ物資を送るためのコンテナ。で、奥の4つは逆に各国からここへ物資を運んでくるためのコンテナだ」


 転送魔法は、遠方にセットされた《転送石》のもとへと瞬間移動をする魔法だ。

 したがって、各コンテナにも必ず《転送石》が設置されている。

《転送石》はマナを含有する石に呪文をかけることで生成される。

 効果の持続時間は、数時間から数日間程度。

《転送石》に含有されるマナが時間と共に失われていき、完全に尽きるとただの石になるのだ。


「そもそもムドルは大陸の4つの国の物流を仲介することを目的に造られた国だ。このムドルが大陸間の物流を一手に担っているってわけさ」

「なぜ、そんな面倒なことをするの? 国同士で直接転送すればよいのに」

「転送魔法についてよく考えてみな。この魔法を使えば、大抵のものを運ぶことができるんだ。マナを伝導するものなら何でもね」


 テリムが説明している間も台車に載せられた貨物が次々とコンテナ内に運ばれていく。


「つまり、転送できるのは物資だけじゃないってことだ。それが災いのもとになる」

「人間も運べるということね」

 テリムがウィンクをしながら、緑帆を指差した。

 まさかとは思ったが、どうやら(当たりだ)と言いたいらしい。

 緑帆のもっとも嫌いなタイプである。


「その通り。もし相手国に直接転送できることになれば、敵国に軍隊を直接投入することも可能になる。あるいはドラゴンなどを転送させて、大暴れさせるってのもいいかもな。そんな事態は避けたいという点で各国の意見は一致した。転送魔法に関する協定がすんなり成立したのもそんな経緯からだ」


 このテリムという若者は軽薄で好きにはなれないが、ガイドとしてはなかなかのものだった。


「わかったかい。こうしてムドル自治区は、大陸全体の物流の仲介拠点として、各国の合意のもとで設立されたんだ。

 そういった経緯から、中立性を保つための努力が絶えることなく行われている。

 運ばれてくる物資の検閲を行うのは各国から派遣された役人たちだし、ホールを守る警備隊も各国の兵士たちだ」


 緑帆と錬は、数人の警備兵たちがホール内のあちこちに配置されているのを確認した。

 錬はその中の一人と目が合ったが、特に反応する様子はない。


「ムドルは微妙なパワーバランスのなかで辛うじて存在してきたのさ。だが、それも時間の問題だろうな」

「どうして?」

「あそこのコンテナを見てみな」

 テリムが一番奥のコンテナを指して言った。

「あれは、ゾーン共和国行きのコンテナだ。何かに気づかないかい?」


 錬はテリムの言いたいことがすぐにわかった。

「隣のミューダ行きのコンテナは物資がひっきりなしに出し入れされているのに、ゾーン行きは閑散としていますね」

「その通り。ムドルからゾーンへのマナの導線は途切れがちで、転送魔法は度々失敗する。そのため転送料が高騰し、利用者が急減しているんだ。この状況はマルス帝国にしても同じだ。

 つまり、現状ではマナの豊富な国だけがムドルの転送魔法の恩恵を受けているってことさ。

 こうなるとゾーンやマルスは面白くない。現に最近はゾーンとマルスからの警備兵派遣が止まったことが問題になっている。まぁ、その程度で事が済めばよいがな」

「どういうこと?」

「仮に君がゾーンやマルスの指導者だったらどうする?」

「どうするって……」

「ムドルの交易を止めさせたいと思うでしょうね」

答えに窮している錬に代わって、緑帆が答えた。

「だろうな。そのためには武力行使が一番手っ取り早い。既に不穏な噂も流れ始めている。ムドル自治区は自らの国を守りきるだけの軍事力を持ち合わせていない。この状況でゾーンかマルスに攻め込まれでもしたら、なすすべもないだろう」


 ムドルへ行くといった時に、ゾック司令官が見せた微妙な表情の意味がやっとわかった。

 ムドルは決して安全な国などではないということだ。


 もしかすると、ゾーン共和国はムドルへの進攻を既に決定していたのかもしれない。


「ところで。あなた一体何者なの?」


 緑帆はテリムを睨んだ。

 いくらなんでも知り過ぎだ。

 ここまで知ってしまった自分たちを無事に返すつもりはあるのか。


 テリムは立ち止ると、緑帆の方を見て笑った。

「ただのガイドだっていう答えじゃ納得できんだろうな。白状するよ。実のところ、本業はこの交易ホールの雇われ転送魔導士さ。今日は非番だ」


 要はバイトでガイドをしているということらしい。

「このホールの人間なのに、どうして内情をばらすの」

「内情ってほどのもんじゃない。この国の人間であれば皆感づいていることだ。わざわざよそ者には説明しないだけさ」

「どうして逃げないの?」

「なんだって?!」

「ゾーンやマルスが攻めこんで来るかもしれないんでしょう? 逃げなきゃ」

テリムは力なく苦笑した。

「逃げるって……どこに逃げるっていうのさ」

「わからないけど。だって、戦争が起こるかもしれないんでしょ。危険でしょう」

「俺の見立てじゃ戦争にはならんよ。ムドルにはそもそも武力らしい武力がないからな。軍に占拠されて終わりだろう」

「それはちょっと楽観的すぎるんじゃないの。ムドルが戦わなくても、魔法国家が防戦するかもしれないでしょう?」

「そうかもしれん。だが、仮にそういう状況になったとしても俺達民間人にはどうすることもできんよ。ムドルの情勢が危ういといっても、滅んでしまう訳じゃない。頭がすげ替わるだけのことさ。むしろこれから先のことを考えると、早いところゾーンの支配下に入った方が安全かもしれんな」


 緑帆と錬は黙った。

 それでは成り行きまかせということではないか。

 民間人の認識とはこのようなものなのだろうか。

 何とか現状を打開しようと、もがき続けている二人にとって、このテリムという若者の呑気な言い分は違和感のあるものに感じられた。

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