第29話 ミューダ城攻略(2/3)

 メルが魔道士から聞きだした秘密通路へ、10人からなる一隊が足早に向かっていた。特攻を専門とするゾーンの精鋭レンジャー隊である。

 この隊には景斗も同伴していた。


 城壁の横、若干盛り上がった小山に、枯れ木が一本不自然に立っていた。

 その木の真下に、城内へと続く秘密通路の入口があった。

 進軍する際には、ちょうど避けて通ってしまう位置にある。

 隠し通路としては確かに恰好の場所だった。


 木を引き抜くと、一人ずつが辛うじて入って行けそうな穴が現れた。

 かなり深いらしく、穴の奥は暗くて確認できない。

《コンダクター》であれば一気に転送魔法で移動するのだろうが、景斗たちは一人ずつ這いつくばって進入するほかなかった。

 だが、景斗には、この穴をつたっていけば必ず城内へ到達できるという強い確信があった。


《コンダクター》の使う転送魔法にはマナの導線が必要である。

 しかも、その導線は必ず「人間大」でなければならないのだ。

 この「人間大」というキーワードは《コンダクター》が使う様々な魔法で付きまとう制約条件だった。

 潜伏魔法や変装魔法などにしても、体を大きくしたり小さくしたりはできない。

 あくまで、もとの人間の体のサイズが保たれたままだ。

 転送魔法も同様で、やはり人間が通れるサイズのマナの導線が必要とされていた。

 もし、導線がネズミの抜け穴程度の大きさしかなければ、転送魔法が成功することはない。

 したがって、この穴は必ず人間が入っていける程度の大きさで作られているはずなのだ。


 最初のレンジャー兵が穴に入った後、向こう側出口に達したとの合図が返ってくるまでに10分を要した。

 その後は、残りの兵たちが続々と穴へ入っていった。


 出口は、入り口同様、城壁近くの細木の下に設置されていた。

 全員揃ったのを確認すると、景斗が部隊を先導し、ゆっくりと移動をはじめた。


 移動をしながら、レンジャー兵の一人が腰にかけていた小さなビンを取り出した。

 蓋を開けると、中に入っている白い粉を周りに振りまきはじめる。

 きめの細かい粉が白煙となって、緩やかに空気中を舞っていった。

 やがて、辺り一面を白く染めるまでに拡がっていく。


 移動して煙の外に出ると、またすぐに新しい粉を撒きながら前へ進んだ。


 途中、前方の粉煙が無風状態にもかかわらず生き物のように動いた。

 次第に煙が一箇所へ集まっていき、最後には人のシルエットを形作る。

 そのシルエットは、吸い寄せられていく粉に狼狽し、振り払おうとしていた。


 レンジャー兵の一人が躊躇することなく、そのシルエットめがけて矢を放った。

 矢を胸に受けたシルエットが仰向けに倒れる。

 すると、そこには全身が白い粉に覆われて絶命している魔導士の姿が浮かび上がった。


 この粉はマナ吸収力の強い魔石を粉末状に砕いて作ったものである。

 通常、魔石はマナを吸引する性質がある。

 だが、粉末状にすると、逆に粉の方がマナへと吸い寄せられていく。

 この性質を利用し、潜伏している魔導士の所在を炙り出すのだ。

 景斗によって考案された作戦で、事前の実験で有効性は確認していた。


《コンダクター》は、議員の警護役を除けば、大部分が分散配置されているだろうと景斗は読んでいた。

 予想通り、途中出くわす《コンダクター》はいずれも単独行動だった。

 こちらの隠密行動が悟られておらず、粉の存在も知られていない今のうちに、出来るだけ多くの《コンダクター》を個別撃破しておきたかった。

 結局、目標地点に到達するまでに5人の《コンダクター》を仕留めることに成功した。

 上々の出来であった。


   ◆   ◇   ◆


 目標地点のマナ制御室は、件《くだん》のクーデターで警備が強化されていた。

 50平米足らずの部屋の警備に4人のガードが配置されている。

 だが、精鋭のレンジャー兵たちにとって、奇襲をかければ一掃するのは造作もないことだった。


 だが、一点。

 粉の使用を怠るという失態を犯してしまった。

 潜伏して警備にあたっていた《コンダクター》を一人見逃してしまったのだ。


 ところが、《コンダクター》側も失態を犯した。

 遠隔会話ですぐに援軍を呼んだまでは良かったのだが、その後、彼はガードたちを援護しようと、すぐに自らの姿を晒してしまったのだ。


 だが、《コンダクター》の攻撃力は凄まじかった。

 ガードが倒れた後も、その《コンダクター》一人を倒すためだけに、4名のレンジャー兵を犠牲にしなければならなかった。


 多大な犠牲を払ったものの、なんとか制御室の制圧には成功した。


「《コンダクター》が既に援軍を呼んでいるかもしれない」


 景斗たちは急いで、テーブルや椅子でバリケードを作り、制御室の入口を塞いだ。

 また、制御盤の操作により、周辺を《断魔》することも忘れなかった。

 これで放出系魔法を無力化することができる。


 バリケードが完備すると、部屋の外に白粉を撒き、煙幕を張った。

 煙幕は《コンダクター》を感知するセンサーの役目を果たしてくれる。。

 白い煙が通常の空気の流れとは別な方向へと吸い寄せられることで、その先にいるマナを帯びた何物かを検知することができるのだ。


 このセンサーによって、不用意に近づいてきた援軍の《コンダクター》一人を、早速、弓矢で蜂の巣にした。


 しかし、その後到着した《コンダクター》たちは煙幕の意味を理解したとみえ、迂闊に出てこなくなった。


 景斗たちにしてみれば時間をかけてくれるのは悪い展開ではない。

 一方の《コンダクター》たちにとって、制御室を奪われることは補給路を絶たれたことに等しい。

 何としても奪還したかった。


 そのような状況下で、潜伏魔法も放出系魔法も使えないことが判ると、《コンダクター》たちは、なりふり構わず姿を見せて、白兵戦を挑んできた。


 マナのない《神域》であっても、《コンダクター》には、まだ自己対象魔法という強力な武器が残されている。

 自己対象魔法は、マナを我が身にまとう《コンダクター》の得意技だ。

 自己の身体的な能力を高めたり、体を鋼鉄などに変化させたりする魔法である。


《コンダクター》は素手であるにもかかわらずクマ並の怪力を発揮した。

 だが、どんなに身体能力に優れようとも、剣術や体術までが向上するわけではない。

《コンダクター》たちは白兵戦の訓練まではしていないのだ。

 不得手な白兵戦で挑まねばならないほど、《コンダクター》たちが追い込まれていたと云えよう。


 力技で攻め込む《コンダクター》に対し、レンジャー兵たちはバリケードの隙間から槍や弓矢で応戦した。

 徐々に、経験の差が表れはじめた。

 分が悪いことを認識すると、《コンダクター》は一旦距離をとって、体制の立て直しを図った。

 やがて、戦闘は小康状態に入っていった。

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