第30話 ミューダ城攻略(3/3)

 景斗らの部隊から制御室制圧の伝達を受けたゾーン侵攻軍は、夜明けを待たずに攻城を開始した。

 深夜、ミューダの魔導士が放った竜巻の魔法によって、一日かけて濠の中に積み上げた土砂はきれいさっぱり消え去っていた。

 だが、魔法による反撃が効力を失った今となっては、もはや濠の存在自体、さしたる障害とはならなかった。

 ゾーン兵は次々と濠を滑り降り、梯子を使って城壁側へと侵入していく。

 ミューダの魔法警備団は炎弾魔法を放って応戦してきた。

 しかし、標的に届く前に炎弾は蒸発するように消えてしまった。

 大気中のマナが不足しているがゆえの現象だ。

 景斗らの働きによって、城周辺のマナ供給が断たれているのだ。


 通常兵をほとんど要さないミューダ軍は、次々と攻め上がってくるゾーン侵攻軍に対して、なすすべがなかった。


 まもなく、ゾーン侵攻軍の第一陣が城壁へ辿り着くことに成功した。

 壁に辿り着いた兵たちは梯子を使って城壁越えをはじめる。

 それを阻まんと、ミューダの魔法部隊が城壁から身を乗り出して、炎弾魔法を落とし込んだ。

 だが、ゾーン軍後方の弓矢隊にとって、それは恰好の標的だった。

 壁から乗り出して、無防備に呪文を唱えている魔道士たちの上半身を矢が次々と捉えていく。

 魔道士たちはたちまちパニックに陥った。

 本能的に、攻撃してくる後方弓矢隊の方へ標的を変更する。

 しかし、魔道士の放つ炎弾魔法は、大気中のマナ不足により、極端に射程距離が短くなっている。

 弓矢隊は炎弾魔法の射程圏外まで下がりながら、魔法部隊に応戦した。

 一方的にやられ始めた魔法部隊は堪りかねて壁の奥へと撤収した。


 こうなるともはや、先兵部隊の城壁越えを阻むものはない。

 第一陣が、壁越えに成功した。


 城壁上の通路は、矢で射抜かれた魔道士の死体で足の踏み場もなかった。

 生き残りの敵兵は一人も見当たらない。

 逆にそれが不自然だった。

 ゾーン兵たちは、もちろんそれが見せかけだということを見抜いた。

 腰にかけていたビンを取り出し、辺り一面に一斉に投げつけた。

 ビンが割れると、中に入っていた白粉が散らばり、辺りはその粉煙で真っ白となった。

 煙の吸着で、次々と露わになっていく魔導士のシルエットを、ゾーンの兵士たちが剣や弓矢で追い立てた。

 魔道士たちは当初逃げ惑っていたが、やがて観念すると、反撃に転じた。

 しかし、形勢を立て直すには至らず、姿を見られた動揺からくる混乱が最後まで尾を引いた。


   ◆   ◇   ◆


《コンダクター》部隊リーダーのルナンザから状況を聞かされたダラス議長は額に大粒の汗をかきながら、どうするべきかを考えていた。

「被害の程度は?」

「《コンダクター》部隊の約3分の1を失いました」

「制御室はまだ奪還できないのか?」

「はい。城内が完全に《神域》となっているため、《コンダクター》以外の通常魔導士は全く機能していません。現在、通常兵士の特別招集をかけています」

「何を呑気なことを」と言いかけそうになったが、口をつぐんだ。

 そのような体制を作り上げたのは他ならぬ自分自身なのだ。

 軍隊を魔道士中心で構成し、通常兵士は傭兵や召喚等で間に合わせてきた結果がこの様《さま》だ。

 マナが切れると、魔道士は極端に脆い。

 ゾーン軍は見事にその弱点を突いてきたのだ。

 最強と自負していた魔導士軍団は、いまや全く役に立たない無用の長物に成り下がっていた。

 最強が聞いて呆れる。

「やむを得ん。撤退の準備だ」

 ダラスが絞り出すように指示を出した。

 今まで一度も行使されたことのなかった指示に、ルナンザは一時呆然とするが、すぐ我に返ると実行に移った。


   ◆   ◇   ◆


 城内のそこかしこで繰り広げられていた戦闘はまばらになりつつあった。

 たまに聞こえるのはゾーン兵の伝令だけである。


 念入り過ぎるほど白粉を撒いた結果、城内はあたかも砂浜に築かれたかのような景観だ。

 もはや《コンダクター》の気配も感じられなくなっている。


 制御室を死守していた景斗たちも、敵の攻撃がぱったり止んだこと感じ取った。

 先程まで激しく戦っていた《コンダクター》が後退したまま、姿が見えなくなったのだ。

 白粉が反応しないことを確認すると、最低限の警備兵を残して、景斗たちは中央大広間へ移動した。


 広間には既にゾックと補佐官が仮設テーブルを設置し、城内の構造図を見て、兵士に指示を投げていた。

「敵兵は?」

 駆けつけてきた景斗が尋ねる。

「ほぼ片付いた」

「捕虜は?」

 補佐官が広間の脇に縄で縛られて固められている群集を指差した。

 全部で30人ほどいる。

 景斗はネイビーのローブを着用している魔道士を探した。

 一人だけ見つけた。

「そこの魔道士」

 声をかけられた魔道士が顔を上げた。

 景斗と目が合う。

「……例の異人か?」

 相手の素性がわかったせいか、魔道士の目に少し光が戻った。

「お前が糸を引いていたのか……」

「仲間はどこから逃げた?」

「……この城のことを随分調べたようだが、そこまでは判らなかったか」

「隠し通路だな。どこに通じている」

「さぁな、わからん。嘘じゃない。隠し通路はあらゆる方向へ通じているからな。どの方面にでも脱出できるのさ」


 その後の城内調査で魔道士の言っていることの正しさが証明された。

 隠し通路は、人が通れないことはないが、歩いて外へ抜けるには複雑すぎた。

 もともと、転送魔法のマナ導線用に作られたものなのだ。

 だが、東西南北いずれの方向にも通じていることは確認できた。


 報告をとりまとめた結果、仕留めた《コンダクター》は合わせて15人だった。

 すなわち、ダラス率いる《コンダクター》部隊は半数が逃げおおせたということになる。

 その後、彼らはゾーンにとって決して無視できない勢力の一部になるのであった。

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