第35話 ドラゴン討伐隊(1/2)

「つまり、そなたらにはドラゴンを手なづける力があると言うのか」


 ザダの皇帝は、ドラゴン狩りを申し出てきた3人を見下ろしながら言った。


 たしかに勇士の募集はかけた。

 だが、本当に名乗り出てくる者がいるとは思っていなかった。

 ユーリからは放っておけばよいと進言されたが、どのような人物なのかこの目で確かめたいと思ったのだ。

 好奇心旺盛にもほどが過ぎると、ユーリからはブツブツ言われた。


 一方の3人の方も、いきなり謁見の機会が与えられたことに戸惑っていた。


 曰く、ザダ皇帝は29代目にあたるラ・ムーの正統な末裔だという。


 その割には、通された部屋があまりにも貧相だった。

 教室ほどの広さに教壇ほどの段差。そして豪華とも絢爛とも言い難いノーマルな椅子に皇帝は腰掛けていた。

 横には魔道士と思しき老人が一人控えている。あとは、両端に警備兵が一人ずつ、と云ういかにも手抜きな警備状況だった。


 そもそも、どこの馬の骨ともわからない自分達を皇帝にいきなり謁見させるのも無用心過ぎる。

 簡単に襲ってしまえそうな雰囲気だ。


 錬は、ミューダ城の時のように《コンダクター》でも潜ませているのではないかと疑ってキョロキョロと回りを見渡していた。


 実際には、皇帝の周りは目に見えない強固な障壁魔法で覆われていた。

 詠唱者は皇帝の右隣に立つ初老の魔道士ユーリである。

 ユーリは皇帝から絶大な信頼を勝ち得ていた。



「ドラゴンは知性の高い魔物ですから、そう簡単に手なづけることはできません。こちらが強い力を持っているということを十分に示さなければならないでしょう」


 クウェンが慣れた口調で答えた。

 ノースキングに仕えていたせいか、場慣れしている印象を受ける。


「ではどのようにして力を示すのだ?」

「強力な魔導士が仲間に必要です」

「汝らの中にも魔道士が一人いるであろう」

 皇帝は、ローブを身にまとった錬を見ながら言った。


「彼はまだまだ修行の身。ドラゴンと対峙するには未熟すぎます。そこでお願いがございます」


 クウェンは一呼吸開けてから、続けた。

「聞くところによると、稀代の魔女として名高いミネルヴァが貴国の獄中に収容されているとか。彼女を私どものドラゴン狩りに同行させていただけませんでしょうか?」


「ミネルヴァだと? そうなのか? ユーリ」


 皇帝に問われたユーリは一瞬気まずそうに間を置いてから答えた。


「確かにミネルヴァは城内の魔道士専用特別牢獄室にて厳重に収容されております。

 がしかし、あの者は例の戦争において我が国を存亡の危機に立たせた重大戦犯です。

 強大な力を持っているが故、外に出すのは危険かと」


「うむ。そうか」

 皇帝は顎鬚に手をやり、考え込んだ。


 だが、よく考えたとは思えぬほど、すぐに結論を出した。


「ではユーリよ。替わりに我が国で最も偉大な魔導士であるお前が同行しなさい」


「えっ? 私がですか?」


 ユーリは怯んだ。

 クウェンは思わぬ展開に焦って何か言おうとした。


「ミネルヴァさんでなければ困るんです!」


 思わず叫んだのは錬だった。

 びっくりしたクウェンと錬の目が合う。

 どうやらとっさに言ってしまったらしい。

(どうしよう)という表情でクウェンに助けの目を向けている。


「ほう、なぜだ」


 皇帝が錬の方を見据えて、ゆっくりと尋ねた。

 しばし流れるその場の沈黙の空気に耐えきれなくなり、錬は意を決した。


「ミネルヴァは僕の母なんです」


 場がしんと静まる。


 クウェンはいやな予感がした。

 これは決して良い展開ではない。

 皇帝は鋭い視線を錬に向けた。


「そうか。汝等の目的はそれか。ドラゴンを手なづけようなどとは考えておらぬな? 母を助け出せばそれでよいのであろう」


 錬の血の気が引いた。

「そ、そんなことはありません! この任務を全うするには母の力が必要なんです!」


 皇帝は相変わらず鋭い視線を錬に向けて、黙っている。

 錬は背けそうになる目をなんとか皇帝に返し続けた。


「よかろう。ではこうしようではないか。お前の母を任務に同行させる。だが、その間、お主には彼女の代わりに牢に入ってもらおう。彼女が無事、ザクア山を制圧することができたら、解放してやろうではないか」


 クウェンの悪い予感が当たってしまった。


「危険すぎます! あの魔女は危険すぎます」

 皇帝がしゃべっている間中、ユーリが横からぶつぶつと呟いている。

 皇帝はうるさそうにユーリを一瞥した。


「うるさいやつだな。それなら、お主が同行して魔女を見張ればよかろう。マナさえ持っていなければ魔女など人形同然だと、常々言っておったではないか。

 必要最低限のマナを用意しておいて、魔女にはドラゴン対決の直前で少しずつ渡せばよかろう」


 ありえない。

 いかにも素人が考えそうな事だとクウェンは思った。

 実戦ではマナをケチりながら戦う余裕などあろうはずがないのだ。

 ましてや相手がドラゴンともなればなおさらだ。


 だが、そう進言する訳にもいかない。

 結局、謁見は終了し、ドラゴン討伐は、ミネルヴァ・緑帆・クウェン・ユーリの4人で行くことに決まった。

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