第12話 急襲
一俊たち一行を乗せた馬車はミューダ城から西へと続く一本道をすすんでいた。
道ははるかディアドロフ砦まで続いていく。
途中、川を渡ったり山を越えたりと険しい道のりではあったが、迷う心配はなかった。
反面、分かりやすいだけに野盗の標的にもなりやすく、しばしば強盗事件が起きることでも有名だった。
馬車は幌もなく、お世辞にも立派なものとは言えない。
綱はカミラスが握っており、横にはサルートが座っている。
後方の荷車には虎太郎と一俊、葵の3人が囲むようにしゃがみ込んでいた。
「なんだ。虎太郎も剣道の経験があるのか」
「なんで黙ってたの! だったら剣道教えてよ」
一俊と葵が虎太郎に詰め寄る。
「経験ある言うても小学生の時やで。役に立つかいな」
「だいたい虎太郎の持っている武器って槍でしょ。なんで槍なの? 使ったことあるの?」
「まあ、あると言えばある」
虎太郎は意味ありげに言った。
「自分やてちっさい刀2本持って、使えるんかいな」
葵は2本の短刀を逆手に持って構えてみせた。
「ニンジャだからね」
「ガキかい」
◆ ◇ ◆
「香坂はニンジャだと思われたから選ばれたんだろうなぁ」
景斗がソファに横になり、魔法歴史書に目をやりながら独り言のように言った。
「えっ!? そんな理由で選ばれたの?」
魔法実践書を読んでいた錬が顔を上げ、応えた。
「シーナスの口から『ニンジャ』という言葉が出たろ。あれは香坂のことさ。魔法院に報告した手前、取り消せなくなったのかもな」
「そんな安易な……」
「シーナスも中間管理職だということさ。どの時代でも一緒だな」
景斗は本をテーブルに置くと、両手を頭の後ろに組みながら言った。
「それより、お前、魔法何か覚えたのか?」
「いくつか簡単な呪文は覚えたけど、なかなか思うように発動しないんだ。もっと練習が必要なんだと思う」
「ふーん。呪文を覚えただけでOKという訳じゃないんだな。何が難しいんだ?」
「なんといってもマナの操作だよ。マナをうまく操作できないと、呪文を唱えても魔法が発動しないんだ。普通は子供の頃からマナに触れていれば自然にコツを掴んでいくらしいんだけど、僕はちょっと年をとりすぎているようなんだ」
「14才で年寄りか。たまらんなぁ」
景斗は体を起こし、身を乗り出して錬に言った。
「いいか、魔法はがんばって身につけておくんだ。この世界で生きていくためには魔法を身につけておくのが一番だからな」
「うん。わかった。でも片倉さんは?」
「俺に魔法の才能はないよ。別のことで頑張るさ」
と、言うと魔法歴史書に目を移した。
◆ ◇ ◆
出発から3日後、一俊たち一行の馬車は平地から山あいの道へと差し掛かっていた。
次第に左右を断崖で囲われた視界の悪い道へと入り込んでいく。
背後に拡がる平地がはるか後方に遠のいた頃、いつの間にか十数人の武装集団に前後を塞がれていた。
最初、一俊たちは彼らがお面を被っているのだと思った。
だが、お面にしてはリアルすぎる。
比喩などではなく、豚の面そのものなのだ。
「オークです。狙われましたな」
カミラスが緊張した面持ちで言うと、脇にある剣に手をあてた。
「なになに? 人間じゃないの!?」
葵が慌ただしく悲鳴に似た声をあげる。
マナの豊富な地域にはこのような魔物が多く棲息している。
それが魔法使いによって姿を変えられた人間の成れの果てなのか、あるいは神か悪魔が人間に似せて創った生き物なのかはわからない。
わかっているのは、彼らが人間とは決して共生することのない種族だということだけである。
オークたちが一斉にサーベルを引き抜いた。
つられるように、荷車の上の3人もそれぞれの武器を抜く。
ジリジリと距離を詰めてくる十数人のオークたちが放つ殺気は、正気を失うほどの迫力があった。
肌を突き刺すような殺意に、刀を持つ一俊の手が震える。
デルボアと対峙したときとは別次元の緊張感だ。
オークたちからは皆殺しにしてやるという断固とした意志が伝わってくる。
ちらりと虎太郎と葵の様子を見た。
2人とも武器の構えがおぼつかない。
到底まともに戦える状態とはいえなかった。
「どうする?」
誰に対するともなく呟いた。
「突っ切ろう」
カミラスが振り返ることなく返してきた。
オークたちは突っ切られるのを警戒して、馬の前方を重点的に固めている。
このままでは無事に突っ切るのは難しい。
「前方は私が防ぎます」
サルートが聞き取りにくい声で何事かを呟きはじめた。呪文だ。
「よし、行くぞ!」
カミラスが馬に鞭を打った。
馬車が勢いよく走り始めると同時に、オーク達が飛びかかってきた。
荷車に乗り込もうとするオークを一俊が振り払う。
その間に、反対側からもう一匹が乗り込んできた。
短剣を構えたまま固まっていた葵がオークと鉢合わせになる。
「あっ」という表情をした一同の視線が、対面する葵とオークに集まった。
一瞬の間が空いた後、オークは葵めがけてサーベルを大きく振り下ろした。
葵はそれを二本の短剣を使って本能的に受け止める。
火花が散る。
打ち込まれた反動で葵は座り込むようにして崩れ落ちた。
それを見下ろしながら、オークが再びサーベルを振り上げた。
が、振り下ろすよりも早く、オークの胸を虎太郎の槍が捉えた。
そのまま押し込むと、サーベルを振り上げたままの体勢でオークは荷車の外へと落ちていった。
虎太郎は突いた槍の感触に呆然としている。
怪物とはいえ、その感触は人間そのものだった。
その間も馬車はオークを弾き飛ばしながら前へ進んでいく。
だが、よく見ると弾き飛ばしているのは馬ではない。
馬の鼻先に見えない壁のようなものがあり、それが斬りかかってくるオークを弾き飛ばしているようだった。サルートは目を閉じながら息もつかずに呪文を唱え続けている。
ついに前方を守るオークらを振り切ることに成功した。
ほっとして背後を振り返ると、一俊の耳元を何かが掠めた。
弓矢であると気づくや、うつ伏せになる。
荷車に無造作に置いてある盾に手を伸ばした。持ち上げて、後方に向ける。
矢は立て続けに数本飛んできた。
葵は恐怖で小さな悲鳴をあげながらうずくまっている。
虎太郎は這いつくばりながら、必死に盾を取り上げ、矢を防いだ。
サルートが呪文を唱え続けながら後方に反転した。
すると、今度は飛んでくる矢が見えない壁に跳ね返された。
徐々にオークが後方に小さくなっていく。
なんとか逃げ切ったと判断すると、カミラスは馬車の速度を緩めた。
しばらくの間、荷車の3人はオークの見えなくなった後方に向けて武器を構え続けていた。
10分ほど速歩で進み続けるうちに、ようやく緊張が解けてきた。
「もうマナがほとんど残っていません」
サルートが袋の中の魔石を数えながら呟いた。
「防壁の魔法は本来数秒しか効果が継続しない魔法です。さっきは連続して唱えすぎました。ディアトロフ砦でマナの補給ができればよいのですが……」
「期待薄だろう。ダメならラトアで行商から買うんだな」
手綱を引くカミラスがふっきらぼうに返す。
「占領下の城塞で買い物なんかできるの?」
「状況次第だ。市民が皆殺しにでもなっていれば無理だろう……」
カミラスの返答に葵は縮み上がった。
「まぁ、それはないでしょう。うまく紛れ込めれば、手に入るかもしれませんね」
サルートがフォローするが、どうにも見込みが薄そうな雰囲気だ。
「お金はあるのですか?」
「一応用意してありますが、なにしろ戦時下です。マナは暴騰しているでしょう。果たして売ってもらえるかどうか」
敵地に入り込む前に、いきなり大切なマナを消費し尽くしてしまったという訳だ。
それにしても、重要な任務を遂行するというのに、なんとも心許ない装備だ。
日が暮れるのに合わせるように、一行の雰囲気は暗く沈んでいくようだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます