第23話 ミューダの混迷

 ミューダ城の地下には、一部の人間にしか知られていない隠し部屋が存在する。

 もともと隠しているわけではなかったのだが、永い間使われていなかった空き部屋を見繕って、土壁で囲い、隠し部屋に仕立て上げたのである。

 この部屋を使っているのは、ダラス直属の魔法特殊部隊《コンダクター》たちだった。

 部屋の真ん中に設置された大テーブルには怪しげな魔法の道具が雑然と置かれている。

 室内に明かりはなく、唯一、テーブルの中央に置かれた水晶だけが火元もないのに怪しげな光を発していた。


 その水晶を4人の男が取り囲んでいる。

 一人は魔法院議長のダラス。

 そして、クーデターを何とか生き残った派閥議員、アルシスとテイシスの2人。

 残りの一人は《コンダクター》部隊のリーダーで女魔道士のルナンザである。


 ダラスは身をかがめると、腕を組みながら水晶を凝視した。

「何も映っていないではないか」

「えーとですね。先ほどまでは見えていたのですが。おかしいな。どうも南東部の《神域》に入り込んでしまったようですね」

 ルナンザが慌てて答える。

 戦場では圧倒的な強さとリーダーシップを発揮する彼女だが、諜報活動だと途端に頼りない印象になる。


 ミューダ公国では、マナが完全に枯渇した地域を《神域》と呼んでいる。

《神域》に入られてしまっては、もはや投影魔法で追尾することは不可能だ。

「普通に考えて、例の三人が自ら好んで《神域》に入り込むなどないはずです。もしかすると、我々の追跡が悟られてしまったのかもしれません」

 ルナンザの額に汗を滲む。

 景斗達を泳がせて、シーナスの行方を探る計画だったが、このままでは主要な実行メンバー全員に逃げられてしまうことになる。

「やむを得まい。現地へ索敵班を向かわせて、三人を連れ戻してこい。場合によっては死体でも構わん」

「はっ」

 ルナンザはそそくさと部屋を出て行った。


「やはり、あのサムライ達は危険なのでは」

 議員の一人アルシスが言った。

「うむ。私もそう思う」

 テイシスが同意する。

「まだ危険はない」

 ダラスが断ずるように言った。


 まだ危険はない。

 だが、今後はわからない。

 シーナスの言っていた通り、彼らの成長速度は著しい。

 いずれ、伝説の六人のような存在にならないとも限らない。

 早めに芽は摘んでおくべきだというのは間違いない。


 それにしても、若手議員アルシスとテイシスは使えない。

 大体危険だとして、だったらどうするというのだ。

 今は索敵をする以外にやりようがないではないか。

 生き残ったのがこの二人だけとは、全くもって運がない。

 シーナスはダラス自身の暗殺には失敗したが、派閥を弱体化させることには成功したといえよう。

 ゾーン軍がいつ3回目の攻城をしかけてくるのかわからないが、早々に立て直しを図る必要があった。


 それからもう一つ。

 ダラスは隠し部屋を出た後、衛兵を呼びつけて指示を出した。

 裏切り者を始末しなければならない。


   ◆   ◇   ◆


 正装に着替えるために共同居室に入ったサルートは、先客がいることに気づいた。

 デルボアだ。

 誰もいないのをいいことに大テーブルに両足を乗せて、ふんぞり返っている。

「よう。いつ帰って来てたんだ?」

「昨夜です」

 サルートは構わずに着替えを始めた。

「ほう。昨夜は大変な騒ぎだったんだぜ……知ってるか?」

「えぇ。例の三人が脱走したんですよね」

「ああ。お前もグルじゃないかって噂だぜ。何しろお前はシーナスのお気に入りだからな」

「……」

「これから謁見か?」

「えぇ。魔法院からお呼びがかかりました」

「処分されるぜ……」


 サルートは手を止めると周りを伺った。

 潜伏している人間がいないとも限らない。

 デルボアが問題ないという手振りをした。確認済みということらしい。

「悪いことは言わん。逃げな」

 聞き取りにくい低い声で忠告する。

 サルートは手を止めたまま俯いた。

「魔法院にお願いしておきたいことがあるのです」

「ラクターを殺りに行った三人のことだな」

「……えぇ。今、窮地に立たされています。彼らに救援を送っていただきたいのです」

「果たして魔法院が聞く耳持つかね」

 サルートは、正装に着替え終えた後、しばらく考え込んだ。

 やがてデルボアを真っ直ぐ見据えた。

「あなたが行ってくれるのなら話は別です」

 デルボアは声を上げて笑った。

「随分とぶしつけな依頼だな。だが、いい線いってるぜ。たしかに俺なら国益に反しない限り、何をしてもあまり文句を言われない」

 サルートも微かに笑みを浮かべる。

「お願いできますか?」

「いいぜ。ちょうど退屈してたところだしな。だったらお前が魔法院に行って直々に懇願する必要もあるまい。俺が自分で名乗り出ればいいさ」

 サルートは小さく頷いた。

「だが、なんでお前はそこまでして異国のやつらを支援するんだ?」

「恩人に報いるためです」

「ふーん。人に恩を売るような奴には見えんがな」

 サルートは壁に立てかけてあった大杖を取り上げた。

 マナ伝導率の高いルークの木で仕立てられており、先端には大きな宝石が埋め込まれている。魔道士にとってもっとも強力な武器の一つである。

 棚からは宝石を取り出すと、袋一杯に詰め込んで腰に吊り下げた。

 マナがたっぷりとチャージされた宝石である。

 これで完全装備が整った。


「彼らを頼みましたよ。デルボア殿」

「あぁ。それよりお前、監視されているんだぜ。逃げ切れるのか?」

 部屋の外では二人のガードがサルートの着替えを待っている。

 あからさまではないが、監視しているのは間違いない。

 ほかにも、《コンダクター》が潜伏しながら監視にあたっている可能性もある。

 公式に通達が出たわけではないが、例のクーデターで《コンダクター》の存在は城内に知れ渡っていた。

「大丈夫です」

 サルートは事もなげに言うと、部屋を出ていった。


   ◆   ◇   ◆


 居室の扉が開くと、中庭で待機していた二人のガードは顔を上げた。

 早足に中庭へ向かって歩いてくるサルートを目で追う。

 行き先は魔法院の議会場である。

 ガードらはサルートに歩調を合わせると、両側から挟み込むようにして間を詰めた。

「サルート殿。謁見時の杖の所持は禁じられています。我々が預かりますゆえ」

 手を差し出しながらサルートに近づいたガードは、もう片方のガードとぶつかりそうになった。

 二人のガードは、一瞬何が起こったのか判らず、足を止める。

 お互いの顔を見合わせた。


「逃げられた!」

 ようやく事態を飲み込んだガードらの目の前に、別の男が忽然と現れた。

 サルート同様、ミューダの正装ローブを纏っている。が、色違いである。

 正規のローブはベージュだが、彼のローブはネイビーだ。

 それは、彼が魔法特殊部隊《コンダクター》の一員であることを示していた。

「まだ逃げられてはいない。隠れただけだ。奴は《コンダクター》だ」


 このエリアは通常、《神域(マナの存在しないエリア)》となっているため、転送魔法は使えない。

 その《神域》で突如消えたとなれば、その魔道士は自分の体にマナを溜め込める《コンダクター》だとしか考えられなかった。

《コンダクター》お得意の潜伏魔法で姿を眩ましたのだ。


「制御室へ伝達だ。外部へのマナの導線を絶つように。お前は閉門の指示だ。私は魔法院へ報告にいく」


 見たこともない男に突然指示を出されて、ガードたちはしばらく面食らっていた。

 しかし、男のローブに刻まれた紋章は確かに本物だ。

 二人は顔を見合わせると、考えることを止めて指示に従った。


   ◆   ◇   ◆


 その後の城内の対応は迅速だった。

 もともと城内は《魔域》と《神域》が斑になるように設計されており、転送魔法を使って城外へ一気に脱出しようとしても途中で導線が断絶されてしまう。

 サルートはそれを承知の上で、《魔域》では転送魔法、《神域》では潜伏魔法を使って移動を行った。

 難関は、外壁越えである。

 浮遊魔法が使えれば、壁越えは容易だが、外壁周辺は《神域》となっている。

 脱出を阻むためというよりも、むしろ外部からの侵入を防ぐための措置だ。

 サルートは、ローブを脱いで軽装になると、杖とマナ袋を体にくくりつけた。

 呼吸を整えて、呪文の詠唱に入る。


 微かにサルートの体が輝きを帯びはじめた。

 急激にマナを体内に集積した際に生じる現象である。

 輝きは、徐々に体内へ吸収されるように静まっていき、呪文を唱え終える頃には完全におさまった。

 サルートはゆっくりと顔を上げると、目前にそびえる壁を見上げた。

 一通り観察をし終えてから、助走を始めた。

 最初の跳躍で3mの高さにある突起に手をかけた。

 その後は、ところどころにある突起に手足をかけながら、テンポ良く壁を登っていく。

 常人の身軽さではない。

 魔法によって一時的に身体能力を高めているのだ。

 とはいえ、訓練されていなければできない動きだった。

 15m級の外壁を数秒で登りきり、反対側は一気に飛び降りた。

 結局、サルートが逃走開始から城外脱出まで要した時間は数分に過ぎなかった。


   ◆   ◇   ◆


 玉座の間で報告を聞いたダラスの心中は穏やかでなかった。

 シーナスと異国の3人に加え、彼らの逃亡に手を貸したサルートにまで逃げられたのだ。

 最強の魔法部隊を擁しておきながら、全くもって不甲斐ない結果だ。

 それにしても、サルートが《コンダクター》だというのは予想だにしていなかった。

 つまりは、シーナスの配下にも《コンダクター》がいるということである。

 その意味は深刻だ。

 他にも《コンダクター》がいるのだろうか?

 自分たちと同様、シーナスの方でも《コンダクター》育成方法を既に確立しているのではないか……。

 様々な疑惑が脳裏をよぎる。

 敵にも《コンダクター》がいるとなると、これほどプレッシャーがかかるものだとは思っていなかった。


 一方でダラスにはいつまでも裏切り者に頭を悩ましている余裕もなかった。

 西はマルス帝国、東はゾーン共和国がいつ侵攻を開始してもおかしくない状態なのだ。

 それなのに、彼らを迎え撃つ体制が全く整っていない。

「これは建国以来の危機だな……」

 ダラスは声に出して呟いた。

 が、周りの議員には聞こえていないようだった。

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