第22話 それぞれの選択

「片倉さん、あなた本気?」

「なにがだ?」

 作戦会議からの帰りがけ、緑帆が景斗に囁いた。景斗と緑帆、錬の3人は警備兵に連れられて、司令部の近くの陣幕へ移る途中である。

「ミューダ公国を完全に裏切って、ゾーンに寝返ることになるのよ。本当にそれが正しい選択なの?」

「あの状況で他に選択肢はなかった。それに俺達はとっくにミューダ公国を裏切っているよ」

「ゾーンにミューダ城を攻め入られたら、一俊達の帰る場所がなくなるわ」

「そうなったら一俊達を迎え入れてもらうように俺が手をまわすさ」

「……」

「いいか。いまや俺達はミューダ公国にとって反逆者なんだ。このままだと一俊達も同様のそしりを受けかねない。今の状況の方が危ないんだ。ゾーン共和国にはぜひとも勝ってもらって、一俊達の帰る場所を確保する。それしか道はないんだ。そのために俺が行く」

「クーデターに協力したのが、そもそもの間違いだったわね」

「君の口からそんな泣き言が出るとは思わなかったよ」

 緑帆は景斗から目をそむけた。

 景斗の理屈は理解できる。だが、緑帆には、ミューダ公国が無くなってしまうと自分達の帰る道が絶たれてしまうような気がしてならなかった。

 陣幕に到着すると、警備兵は一礼をして去っていった。既に士官レベルの待遇になっている。

「片倉さん、一つだけ言わせて」

「あぁ、なんだ」

 景斗と緑帆は、陣幕の前で向かい合った。錬は不安げに二人を見守っている。

「今回のことで私たちは戦争に加担してしまうことになる。それをわかってる?」

「俺達が関わろうが関わるまいが戦争は起こるよ」

 緑帆は首を振った。

「そうじゃなくて。あなたはその戦争を先導しようとしているのよ」

「このまま手をこまねねていても状況は変わらないだろ。俺たちが自ら動くしかないんだ」

「いくらなんでも戦争に加担するというのはやり過ぎよ」

「じゃあ、君はどうなんだ。武器を手にとっているじゃないか。戦争に加担するのとどこが違うっていうんだ」

「もちろん私の手も汚れているわ! でもあなたのやろうとしていることは一線を超えているのよ!」

 胸を締め付けられるような気持ちになって、緑帆は自分の胸を押さえた。

「それは線の引き方の違いだ。俺は自分たちが帰るために必要なことをやっているだけだ」


 沈黙が三人を包んだ。

「矢島は帰りたくないのか?」

「帰りたいに決まってるでしょう」

「なら、この件については俺一人に任せてくれ。矢島と錬は関わらなくてもいい。このままムドルへ行って、シーナスと魔法少女を捜してくれ」

 緑帆の顔色が変わった。

 勝手にやるから、放っておいてくれと言っているに等しい。

 錬があわてて口を挟む。

「わかった。言う通りにするよ。だけど、片倉さんも後から必ず来るって約束してもらえる?」

 景斗がようやく緊張を解いた。

「あぁ、約束するよ」


   ◆   ◇   ◆


 軍の方針が決まるまで、兵士達は宿営地内で自由に過ごすことが許されている。

 酒を飲んだり、カードゲームをやったりと過ごし方は様々だ。

 陣幕の中で何をするともなく横になっていても問題ない。

 緑帆と錬の過ごし方がそれだ。

 景斗だけは連日行われている作戦会議に出席している。


「景斗はちょっと身勝手過ぎるわよ」

 緑帆の怒りはまだおさまっていなかった。

「錬、あの時どうして途中で話を止めたのよ」

「だってあのまま続けてたらケンカになってたじゃない」

「とっくになってたわよ」


 ――いつも冷静な緑帆さんがこんなカンカンになるなんてなぁ。

 錬は妙なところに関心する。

「彼は戦争を起こそうとしているのよ。そんなこと許されるはずないじゃない。私たちはこの世界ではあくまで客人なんだから」

「そう思うよ」

「なら止めなきゃ」

「でも、片倉さんがああしなければ、いまごろ僕たちは処刑されていたんじゃないかな?」

「……生き残るためには仕方なかったっていうの?」

「そこまで割り切っていたかは判らないけど……」

 緑帆が黙る。


 錬には緑帆の葛藤がよく理解できた。

 きっと、景斗の決断は倫理的に許されるものではないのだろう。

 けれども、人間は本当に追い込まれると、そんなことはどうでもよくなるものだ。

 かつて錬が生死の間を彷徨った時がそうだった。

 苦しくて苦しくて、死にたいと思った。

 諦めてはいけないとか、自殺はいけないとか、もうそんなことはどうでもよくなってしまうのだ。


「僕ね。生死がかかるあの場面で片倉さんが下した決断を素直にすごいなと思ったんだ。片倉さんは僕たちが生き延びることを何よりも優先したんだよ」


「……」

 錬の「生」に対する強い執着が伝わってきた。

 錬は自分よりもずっと現実主義だ。

 自分の言っていることは所詮、理想論に過ぎないのだろうか。

「帰りたくないのか」と景斗に問われた時、緑帆の頭に父の教えがよぎった。


 ――自ら行動を起こして道を切り開け。


 景斗はそれを実践している。やり方には賛同できないけれども。

「きっと、片倉さんは僕たち6人の運命を一手に引き受けようとしているんだよ」

 喋っている途中で、錬は苦しそうに咳き込みはじめた。

 緑帆は慌てて錬の背中をさする。

 ここに来てから錬の容態は確実に悪くなってきている。

 早く錬をマナのある地域へ連れて行きたいと思った。


   ◆   ◇   ◆


 夜も更けてきた頃、ようやく景斗が会議から帰ってきた。

 夜食をとりながら、緑帆と錬に会議の内容を話す。

 ミューダ城攻略に向け、景斗が中心となって兵士の訓練計画を立てているという。

「まぁ、それはともかくとして、こっちの方が大事だ。やっと出発の許しが出たよ」

「皆でムドルへ行けるんだね」

 横になっていた錬が体を起こす。

 景斗が苦笑する。

「言っただろう。行くのはお前ら2人だけだ。俺は残る」

「片倉さんはいつ来れそうなの?」

「そうだな……ミューダ攻略後の凱旋パレードの時にでも寄るかな」

 ちっとも現実的ではない。果たして本気で合流する気があるのだろうか……。


 結局、その翌々日に緑帆と錬は景斗を残して出発することになった。

 錬の体調を考えるとこれ以上長居はできないという判断だった。

 軍から馬2頭と数日分の食料をもらい受け、二人は南東のムドルへと旅立った。

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