第21話 作戦会議
その夜、ゾック司令官、補佐官、各軍団長らメンバーに景斗ら3人を交えて、作戦会議が開催された。
ゾックはメンバーを見渡すと口を開いた。
「今日はゲストが参加している。こちらの3人はミューダ公国でクーデターを起こした、いわば革命家たちだ。ミューダ城防衛の内情にも精通している。我々にとって有益な情報を提供してもらえると期待している。まずは、彼らの話を聞こうと思う」
「司令官、その前に確認ですが」
補佐官が口を挟んだ。
「なんだ」
「この者たちを相手にどこまで話をしてよいのですか。この作戦会議の決定事項が外に漏れれば、我々は甚大な損害を蒙る可能性があります」
どうやらゾックは補佐官への事前相談を省いたらしい。
景斗らへの不信感うんぬんよりも、そちらの方が不満なのだろう。
「わかっておる。まずは黙って話を聞こうではないか。その上で、彼らが信用できるかどうかを判断すればよい」
ゾックは構わず景斗の方を向き、進めるようにと目で促した。
ここは「つかみ」が重要だった。
もしも信用が得られなければ、戦争が終わるまで半永久的に幽閉されかねない。
景斗は説明をはじめた。
「ミューダ城は、魔法戦に特化した城塞です。マナの流れを徹底的に制御することで、味方の魔法攻撃力を最大限に高め、敵の魔法を無力化します」
城内には『制御室』と呼ばれる部屋があって、そこでマナを一括管理しています。私はクーデターに参画した時にその部屋を一時的に制圧しました」
「ほう」
軍団長の一人が思わず声をあげた。
「制御室には、大気中のマナを自在にコントロールする機能があります。そのコントロール範囲は、城内にとどまらず、城外数百メートルにまで及びます。《魔気》と《神気》とを使い分けながら大気中に気流を作り出し、マナをコントロールする高度な技術が使われているのです」
《魔気》とはマナを豊富に含有する空気のことで、《神気》とはマナを全く含有しない空気のことである。
《神気》の満たされた場所では放出系の魔法は一切機能しない。
これは緑帆と錬がクーデターで実際に目の当りにしたことだ。
魔道士が放った炎弾魔法は、標的に届くことなく、途中で潰えてしまっていた。
景斗はクーデター実行に備えて、城内のマナ送配システムの構造を完全に頭に叩き込んでいた。
作戦に関係のない部分に関しても、何らかの役に立つかもしれないと考えたのだ。
「この城の攻略には、マナ制御の仕組みの理解が不可欠です。しかも、この仕組みは大変複雑です。侵入計画をよく練っておく必要があります」
景斗の話す情報の質の高さが認識されるにつれ、景斗に対するメンバーの態度が変わり始めた。
「我が軍は過去に2度、ミューダ城の攻略に失敗している」
補佐官がこれまでの戦況を話し始めた。
顔には苦々しさが現れている。
「城を囲む巨大な壕に阻まれて、城壁に迫ることさえ叶わなかったのだ」
壕は城壁から200メートルほど離れた場所に城を取り囲む格好でドーナツ上に形成されている。
深さ3メートル、幅50メートル程度の見た目は何の変哲もない濠だ。
「一回目の攻城では、壕に入った後に梯子を使って壕の上へあがろうとした。すると、城壁の上からミューダの魔導士部隊が一斉に炎弾魔法を打ち込んできたのだ。防壁魔法で応戦しようとしたがうまくいかず、結局、先頭の一陣は全滅した」
「その壕は《神壕》と呼ばれているものです」
《神壕》はマナを含有しない
その状態で壕の中へ突入すると、濠を這い上がって先へ進もうとする度に、マナの豊富な城壁側からの魔法攻撃をまともに浴びる。
防壁魔法も使えないので、全滅したとしてもおかしくない。
「なぜ、その濠には《神気》が満ちているのだ?」
補佐官が訊いた。
「濠の中に空気の通り道となりそうなものを見かけませんでしたか? もぐらの穴のようなものとか」補佐官は黙って考えている横で、軍隊長の一人がたまらず口を出した。
「あった! 確かにあった! 濠の横や地面の壁に無数の小さな穴が開いていた。蟻の巣にしては大きいなと奇妙に思ったので覚えている」
「おそらくそれでしょう。それらの穴から《神気》が送られてきていたのだと思います」
「なるほど。となればその穴をふさいでしまえば魔法が使えるようになるというわけだな!」
補佐官が威勢よく言った。
景斗は補佐官の方を見て、小さく首を振った。
軍隊長たちにはわかったようだ。
「濠の全長は20キロ以上あります。それらの穴すべてを塞いでいくのは不可能です。その間、敵が手をこまねいて待っていてくれる保証もありません」
「……たしかにそうだな」
補佐官は素直に景斗の意見を認めた。
「ちなみに2回目の攻城はどうして失敗したのですか?」
「2回目は濠埋めを試みた。濠に重装兵隊が突入できるだけの土の橋を架けることができれば一気に城壁へ迫れると考えたのだ。
だが、これがまた大変な作業であった。日中の作業だけでは終わらず、一旦引き上げて翌朝に作業を再開することにした。
ところが翌朝、濠に戻ると信じられないことが起きていた」
「積み上げた土が全て消えてなくなっていたのですね」
「その通りだ。よくわかるな」
「おそらく魔法で一掃したのでしょう」
「魔法? 《神濠》の中では、魔法が使えないのではないのか?」
「普段、穴からは《神気》が送られているので魔法は使えませんが、夜の間に《魔気》に切り替えたのでしょう。つまり、昼の間は《神濠》ですが、夜には《魔濠》に変わったということです」
ミューダ城でこのような近代的な仕組みを使って大気中のマナを自在に制御できるようになったのは、鉄や銅などの金属がマナの絶縁体であることが発見された後のことである。
それ以降、鉄の管を通してマナを拡散させずに運ぶことが可能となった。
「《魔濠》の中では魔法は使い放題というわけか……」
「えぇ。《神濠》だと思って攻め込んだら、
一同はやるせない手詰まり感を覚え、静まり返った。
「問題はそれに留まりません。仮に《神濠》を突破し、城壁も越えて城内に潜入できたとしても、第二の関門が待ち受けています」
もはや誰も発言しなかった。
第一の関門ですら糸口が見えないというのに、二番目の関門の話など聞きたくもない。
「ミューダ城内には《コンダクター》による魔法特殊部隊が配備されています」
「な、なんだと?!」
ゾックは不覚にも声が裏返った。
「その数は確認しただけでも30人超。彼らを攻略しない限り、城内に侵入できたとしても結局は全滅でしょう」
ゾックは口を開けたまま景斗の方を見ていたが、焦点は景斗に合っていない。
他のメンバーも同様に呆然として、声を失っていた。
「君はこれほどの……この難攻不落の城塞をどのように攻略しようというのかね」
「攻略は可能だと考えています。ただ、そのためには、いくつかの実験と準備が必要です」
ゾックの目にようやく光が戻った。
「わかった。景斗殿、計画はお主が中心となって練ってくれ。必要なものは、要求してもらってかまわない」
景斗が頷く。
「では、例の件もお願いできるのですね?」
「例の件?」
「彼らの亡命を許可して頂くという件です」
緑帆と錬に目配せした。
緑帆は何か言いそうになるが口をつぐんだ。
「あぁ、そうだったな。ムドルまで護衛をつけよう。但し、くれぐれも我らのことは他言無用でお願いする」
景斗はあっさりと了承が得られたことに、幾分拍子抜けした。
それだけの信頼を勝ち得たということだろう。
ゾックは、景斗の協力なしでこの戦争を勝ち抜くことは到底できないのだと思い始めていたのだ。
過去2度に亘る城攻めは、ミューダ城の固い守りに阻まれて失敗に終わった。
今回の作戦はゾック司令官にとってまさに背水の陣であった。
景斗の情報は天からの授かりものだ。
いや、むしろ景斗という人物そのものが授かりものだと言えるのかもしれなかった。
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