第26話 追っ手
ラクターの遺体が発見されたのは、対決から一時間ほど経過した後だった。
兵士達が回収準備をする間、遺体をはさんで男女の騎士が向かい合って立っていた。
男は細身で中背。年は30代半ば。
女の方はブロンズのショートヘア。年は20代後半といったところだ。
二人ともラクター同様、帝国の紋章が刻まれた白いマントを身に着けている。
「ラクターが殺られるとはな。信じられん」
男が覗き込むようにして遺体を確認する。
胸から腹にかけて鋭い刃物で切り裂かれた傷があった。
「ラクターがここまで見事に切り込まれるとは。相当な手練だな」
「一対一ではなかったのであろう」
女が周りを見回しながら、上の空で答えた。
「相手はデルボアかもな……」
「ほう、なぜわかる?」
女が芝生を指さす。
そこには弧を描くように焼け跡が残っていた。
「あれはデルボアの仕業だろう……」
「魔道士も似たような技を使うぜ」
「あいつの技にはクセがある。すぐにわかる」
「へぇ、俺にはわからなかったがな」
男が意味ありげにニヤニヤしながら言う。
「何が言いたい?」
女が男を睨み付けた。
「エザック。お前は少し真剣味が足りないのではないか? もし、これがデルボアの仕業だとすれば、次の標的は我々だ」
「そう怒るなって。冗談が過ぎた」
エザックと呼ばれた男が両手を前に出しながら詫びた。
だが、軽薄な笑みは消えていない。
「まぁ、そんなに心配する必要もあるまい。今のミューダには、こういうゲリラ的な戦い方しかできんのだろう。補給が終わり次第、攻め込んでしまえば、すぐに落とせる」
女騎士はしゃがみ込んで、焼跡が描く弧の中心を調べている。
誰かを引き摺った跡があった。
その跡は西門の方へと続いている。
立ち上がると、兵士を呼んだ。
「索敵隊を西門に呼べ。犯人の探索に向かう。あと、私の馬も連れてこい」
「おいおい、ティスタ。お前の仕事はラクターの敵討ちじゃないんだぞ。そういうことは部下に任せておけよ」
ティスタと呼ばれた女騎士は、エザックを一瞥した。
「心配するな。ラクターの替わりは責任をもって果たす。補給が終わるまでの余興だ」
身を翻すと西門へ向かった。
◆ ◇ ◆
《漆黒の森》の渓谷に沿って、獣道が這っている。《血塗られた滝》へと続く道である。
そこをラトアに追われる一行が荷車を引きながら進んでいた。
荷車には全身火傷を負ったデルボアが載せられている。
虎太郎が荷車の牽引役、葵が先導、一俊が後方固めをしていた。
騒ぎが起きる前に何とか城門を通過するのには成功した。
だが、酒商人の馬車を降りてからの歩みがきつい。
デルボアの巨体を人力で運ぶことが移動の大きなハンディとなっていた。
《血塗られた滝》は幅1km、高さ100メートル超のいわば自然が作り上げた天然の国境である。
ラトア帝国とミューダ公国を隔てる役割を担っていた。
自然環境が厳しいために、警備が常駐することはない。
それゆえ、亡命や密輸をする者たちにとっては好都合なルートとなっていた。
堅気の人間が立ち寄る場所ではないということだ。
ましてや、ラトアに追われたミューダの人間が逃げ込むような場所ではない。
わざわざ敵領地に入り込むなど、愚の骨頂だった。
しかし、彼らに他の選択肢を探っている余裕はなかった。
一俊は後方をしきりに確認しながら、荷車を押していた。
ふと、荷車の上から手が上がっているのに気付いた。
虎太郎に荷車を止めさせて、デルボアの様子を見る。
何かを伝えたいらしい。近寄って耳を貸した。
「追われているぞ……隠れろ」
一俊と虎太郎は顔を見合わせた。
隠れろと言われても、荷車を隠す場所が見当たらない。
道の右手は荷車すら入り込めないほどの密林。左手は渓谷だ。
渓谷まで下りれば、草薮に荷車を隠せないこともないが、もとの道に戻すのには相当骨が折れるだろう。
「荷車はここに置いていこう。虎太郎、デルボアを担いで下へ降りれるか?」
渓谷を見下ろしながら一俊が言った。草薮の中に入れば、人が隠れることは十分に可能だ。
「まぁ、何とかなるやろ」
「えぇ!?」
軽く言う虎太郎に、葵が思わず声を出した。
何とかなるとは到底思えない。
虎太郎の体格もなかなかのものだが、デルボアの体格は普通じゃない。
引き締まった筋肉に包まれた体の重さは優に100キロは超えている。
それを担いでこの坂を下りるという。
だが、一俊と虎太郎にとって、出来るかどうかなど二の次のようだった。
やると決めたら、やるだけのことである。
「よし、じゃあ俺は足止めをする。お前らは下りろ」
「イッシュン、無茶だよ。一人で足止めなんて……」
葵が弱々しい声を出す。
「心配するな。無茶はしないよ。お前はとにかく逃げることだけ考えろ」
一俊が明るい声で返した。
だが、正直なところは万事休すといった気分だ。
おそらく自分は助からない。
せめて、虎太郎たちだけでもやり過ごしてもらえれば、といったところだ。
「カズトシ」
虎太郎におぶさっているデルボアの目が開いていた。
「なんだ?」
「ティスタという女がいる……気をつけろ……四神の一人だ」
「そうか」
「やつも将軍だ」
「なるほど。倒せば、また大金星だな」
一俊が言うと、デルボアが小さく笑った。
(何言ってるのよ)
葵は突っ込みたくなる気持ちをグッと堪えた。
この状況で他に選択肢はない。
捕まれば終わりなのだ。
やれるところまでやるしかないのだ。
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