第25話 ラクターとの決着

 昼下がり。ラトア城の西裏門前に幌馬車がついた。

 毎週この時間に運ばれてくるワインだ。

 主に城内料理の調味料として使われている。

 幌に詰まれているワイン樽は8つ。

 だが、実際にワインが入った樽は4つだけだ。

 酒商人にはそのリスクに見合うだけの報酬が支払われていた。


 門番をする警備兵は、いつもの酒商人に対して、何の警戒心も持たない。

 通行証を一瞥するだけで、適当に商人をからかうと門を通した。

 門を通り抜けると、幌馬車は城に通じる本道を左斜めにそれ、小道を辿っていく。

 やがて、小さな木造の小屋に到着した。

 商人がエプロンのポケットから大きな鍵を取り出し、小屋の扉を開ける。


 中にはたくさんの樽が縦に並んで保管されている。

 人気がいないことを確認すると、商人は大きく息を吐いて馬車の方へ振り返った。

「さあ、もういいだろう。出てきてくれ」

 酒屋の呼び掛けで、奥側四つの樽の蓋が内側から開けられた。

「酒の匂いだけで酔っぱらったのははじめてや」

 虎太郎が樽から這い出ながら言った。

「はじめてって……虎太郎まだ未成年でしょ?」

 葵もフラフラしながら這い出てくる。

 酒屋は彼らの掛け合いには耳も貸さず、せっせと樽の蓋を閉め、空の樽を小屋の中に入れていった。

 補充されるべき樽の中身は4本分足りないが、すぐにばれることはなかろう。

 次以降の配達で徐々に補充していけばよい。


 今回の実行班はデルボアと一俊の2人だった。

 虎太郎と葵の二人は小屋で待機する。

 酒商人は30分だけなら馬車を待たせてくれると言っていた。

「それ以上は無理だな。怪しまれてしまう」

 リミットは30分。

「いいか、調理人が来ても、極力騒ぎは避けろ。万一見つかった場合は仕方がない。確実に始末するんだ」

 虎太郎と葵に指示すると、デルボアは一俊の方へ振り返った。

「じゃあ、行くか」

 実行班の二人は、城の方角へ小走りに移動を始めた。


   ◆   ◇   ◆


 二人は城門近くまでたどり着くと、一時、生垣の影に身を隠した。

 デルボアがこめかみに手をあてて、周りの様子を伺う。

「うーん。どうも城内にはおらんな。北側の裏庭付近にいるようだ」

「どうしてそんなところに?」

「さあな。もしかすると、もう検知されてしまっているのかもしれんな」

「デルボアアンテナに反応しているってことか」

「人を道具みたいに言うな。だが、まぁそういうことだろう」

 二人はゆっくりと移動を開始した。

 城の北側へ回り込みながら、裏庭を目指す。

「いいか。ラクターには俺が単独で潜入したと思わせる。お前は俺から距離を置いて、隙を狙え」

 デルボアは背中を向けたまま、後ろの一俊に言った。


   ◆   ◇   ◆


 奴が来ていることはわかっていた。

 事前詠唱をすると周辺のマナを消費する。

 他の使い手が、同時に事前詠唱をしていると、マナの奪い合いのような現象が生じる。

 空気が左右に揺らぎ、通常では起こりえないような奇妙な風が吹くのだ。

 奴と一緒に行動していたときにはよく体験したものだ。

 今、その風がここで吹いている。


「久しぶりだな。ラクター」

 背中から声がした。

 確認するまでもない。

「デルボアか。お前まだ生きていたのか」

 ゆっくりと振り向いた。

「まぁな。傭兵稼業でなんとか食っているよ」

「この乱世でお前が食いっぱぐれることはないだろうな」

「あぁ。しかも今度のは、ちと大仕事だ」


 デルボアがゆっくりと剣を抜いた。

 幾多の血を吸ってきたであろう大剣がギラリと光る。


 ラクターはまだ抜かない。相手の動きを観察している。

 両者にはまだ数十メートルの距離があったが、その距離は彼らにとって既に一足一刀の間合いであった。

「デルボアよ。お前、いつまでミューダ公国なんかに仕えているつもりだ? いい加減、時代の流れを読め。もはや魔法の時代ではないのだ」

「時代の流れねぇ。ま、俺には関係ないさ。要はこれを振るえればいいんだ」

 そう言うと大剣を縦に一振りした。

「俺もお前も今はまだ魔法剣士などと恐れられているが、そのうち『魔法』が外れて、ただの『剣士』になる。そうなった時、お前はまだそうやって剣を振っていられるのか?」

「もともと魔法なんかには頼ってなかったんだ。まぁ、使える間は使うがな。その後はまた考えるさ」

「その日暮らしは変わってないな」

 デルボアは軽く笑うと、すぐに真面目な顔に変わり、呪文を唱え始めた。

 詠唱開始は、これ以上対話はしないという意思表示でもある。

 ラクターもデルボアとの対話を諦めると、剣を抜き、呪文を唱え始めた。


 二人が立つ周辺だけ、風が一層騒ぎ始める。


 デルボアの大剣が呼吸をするように空気を吸い込んだ。

 次の瞬間には、吐き出すように火を噴いた。


 あたかも火炎放射器のような直線的な火炎がラクターを襲う。


 ラクターは魔法によって強化された強靭な脚力をもって火炎をかわした。

 デルボアもそれを見越したかのように火炎を移動させてラクターを追い立てる。

 弧を描きながら芝が焼き払われていく。

 ついにはデルボアを中心とした円が描ききられた。

 だが、ラクターを捉えることはできていない。


 第一撃の火炎が尽きたと見てとるや、ラクターが一蹴りの跳躍で一気に間合い詰めた。

 デルボアが受け太刀をしようと身構える。

 その寸前、相手が雷撃魔法を唱えていると気付いて、反射的に攻撃をかわした。


 すかさず二撃目が襲ってくる。

 これもかわそうとする。

 だが、首元までぐんと伸びてくる剣先をかわしきれず、受け止めてしまった。

 途端にデルボアの体全体に電撃が走る。


 雷の直撃に等しいダメージを受けたデルボアは、それでも目を見開いたまま仁王立ちしていた。

 体全体から微かに煙が上がっている。


 この光景を、一俊は後方十数メートルの生垣の影で見ていた。

 倒れまいと踏ん張るデルボアに対し、ラクターが再び呪文を唱えて、剣を大きく振りかぶる。

 とどめを刺すつもりだ。


 チャンスは今しかないと一俊は悟った。


 刀の柄に手をかけ、生垣から飛び出すと、デルボアの背中めがけて一直線に突進した。

 デルボアの影で死角にはなっていたが、ラクターはすぐに一俊の突進に気づいた。

 デルボアへ放つつもりであった雷撃魔法を寸止めすると、振り上げた剣を止めて一俊の突進にタイミングを合わせる。

 デルボアの大きな体がゆっくりと傾いていき、死角が徐々に解消されていく。

 一俊との間に遮るものがなくなった瞬間、ラクターが一俊めがけて剣先を突き出した。


 剣の先端から光が放たれる。


 一俊は右方へステップを踏んだ。

 抜刀はまだしていない。

 すると光は一俊の体をわずかに逸れ、後方にある楡の木を直撃した。

 木は雷撃を受けて、横真っ二つに分断される。


 一撃目を外されたラクターは、少し後ずさりをしながら再び呪文を唱えた。

 が、その間に一俊がラクターの懐に入り込んだ。


 ラクターが後方へ跳躍。

 一俊が抜刀。

 デルボアが横転。


 3つがほぼ同時だった。


 手応えはあった。

 ラクターははるか20メートルほど後方へ跳躍していた。

 だが、ラクターの胸から腹にかけて、逆袈裟にざっくりと裂かれた傷が刻まれていた。

 とめどなく血が流れ落ちる胸を押さえながら、ラクターは後方へ2,3歩後ずさると、そのまま仰向けに倒れて絶命した。


 一俊はすぐにデルボアの元へと走った。

 強靭だった戦士はほとんど黒こげといっていい状態だった。

「おい! デルボア! 大丈夫か?」

 呼びかけで、目が開いた。

 ぎょろりと一俊を見る。

「剣を抜かずに感電を逃れたのか」

「あぁ、居合いというサムライの技さ」

「いい仕事だ。だが、強敵はあいつだけじゃない。すぐにここを離れろ」

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