第9話 魔法院
出廷当日早朝、6人は寝不足のままシーナスに連れられ、シェルター施設の末端にある階段を上がって外に出た。
魔法鍛錬所に通っていた錬を除いて、一同がこの世界で外の空気に触れるのは初めてのことだった。
そこには広大な庭園が広がっていた。
色とりどりの花が規則正しく植えられており、楽園のような風景に緑帆と葵は思わず声をあげた。
永らく、色彩の乏しい穴倉のような場所に閉じ込められていただけに、感激もひとしおだった。
はるか先には大きな白い建造物が見える。
かなり遠くであるにも関わらず視界いっぱいに広がって見えるその建造物は、魔法全盛の時代の姿をそのままに残していた。
一同は30分程歩いてようやくその入り口に辿り着いた。
◆ ◇ ◆
議会場は一国の最高機関に相応しい立派なものだった。
議員の席は巨人でも座るのかというほどに大きく、背もたれは議員の頭上一メートルほど余っている。
議員は全部で約20人程度。
入場した6人を取り囲むように並んでいた。
シーナスに言われるがまま、一同は前に3人、後ろに3人ずつ整列した。
作法がわからず、横でシーナスが小声で指示しながら、ようやく片膝をついて議員たちに会釈をする。
一同が顔を上げると、ちょうど正面の席の男が口を開いた。
「この者らが異国から来たという使者か」
痩せこけた頬と鋭い目つきばかりが目に焼き付く男だ。
錬はこの男の座っている椅子が他のものとは異なることに気づいた。
マナ伝導率が極めて高いと言われるルークの木で作られている。
魔法の使用が禁止されているこの議会場では特段役に立つものではないが、それがこの男の地位の高さを示すものであることは容易に想像がついた。
彼がこの国の実質的な最高権力者ダラス議長であることは、後ほどシーナスから聞かされる。
「この6人が新たに招き入れた異人たちだ」
シーナスはダラスに対しても、特に畏まることなく答えた。
「伝説の6人と比べてどうなのだ」
ダラスの左隣の議員が尋ねる。
「引けはとらないものと」
「状況が状況だ。我が国の運命はこの者らにかかっているのだ。憶測で判断することは許されんぞ」
どうやら魔法院は議長ダラスに迎合する議員で埋め尽くされているらしかった。
ダラス自身、シーナスをよく思っていないらしく、魔法院全体のシーナスに対する風当たりは強かった。
「で、検証はしたのか?」
「デルボアで試した」
「結果は?」
「一勝一敗だ」
平然と言ってのけるシーナスに対し、何人かの議員から笑いが漏れた。
「シーナス卿。この召喚にどれだけの資源がつぎ込まれたのかを理解していない訳ではあるまい」
「一敗したでは済まされないのだよ」
口々に発せられる非難の声にも、気に留める様子はない。
「召喚したばかりの結果としては上々の出来だ。問題はない」
「そんな答えでは議会を納得させることはできんよ。貴殿には召喚後の経過について説明する義務がある」
ダラスが皆を制する。
「まぁまぁ、良かろう。シーナス卿が召喚魔法の第一人者であることを疑う者など誰一人おらんのだ。我々も貴殿のこれまでの実績を認めているからこそ、今回の決断に踏み切ったのだ。それに為政には口出ししないのが我らのならわし。結果が出るまで待とうではないか」
なだめるような口調だが、シーナスにプレッシャーを与えるための茶番であることは明らかだ。
シーナスに動揺は認められないが、ダラスにしてもそんなことは気にも留めていない様子である。
むしろ、嫌味を言うのが習慣になっているようだ。
「で、作戦の決行は?」
「明日出発してもらう」
初耳だった。
一俊は顔を伏せたまま隣を伺った。
虎太郎が議員たちを無遠慮に見回している。
顔を上げるなというシーナスの忠告などお構いなしだ。
もっとも、議員たちの方は異人に全く関心がないようである。
目を合わせようともせず、完全に無視を決め込んでいる。
「成功を祈っているよ」
ダラスの一言で謁見はあっさりと終了した。
時間にして5分にも満たない。
次の者の謁見が控えているようで、シーナスに促され、6人は慌ただしくその場を退出した。
◆ ◇ ◆
いつもの部屋に戻るなり、シーナスは皆を集め、本作戦について話し始めた。
「ここから西に10日ほど行ったところにラトアという城塞がある。首都防衛の要となる要塞だ。そこがマルス軍に対して無条件開門をしたとの連絡が入った」
淡々とした説明だったが、景斗は事の深刻さを理解した。
ミューダ公国は、東側をゾーン、西側をマルスによって攻め込まれている。
西側の方は山脈が天然の要害となっているため、東に比べると守りは手薄だ。そのなかでラトア城塞は重要な守りの要となっていた。
そのラトア城塞がマルス軍の軍門に下ったというのだ。
一方で、東側は既にゾーンによって蹂躙し尽くされている。
つまり、ミューダ公国の領土はいよいよ首都のみになったということだ。
「ラトアは敵の手に落ちたが、直ちにここが危機に晒されるという訳ではない。この城に至るまでには、まだディアトロフ砦が立ち塞がっている。あれは難攻不落だ。それに、彼らはラトアからしばらく動かないであろうとの情報も入っている。どうやら後続の補給部隊を待つことにしたらしい」
西側から首都に至るまではラトア山脈の長く厳しい一本道が続く。その途中、突き当たるのがディアトロフ砦だ。
この砦がある限り、しばらくは安泰だという訳である。
「そこで貴殿達の任務だが、ラトアを占拠する敵将の暗殺だ」
思い思いに話を聞いていた6人の視線がシーナスに集まった。
「ラトアにはマルス軍には知られていない隠し通路がある。その通路を辿れば、敵将を直接狙うことができるだろう。ラトアの城主はディアトロフ砦に逃げ込んでいるとのことだ。まずは彼と合流し、手筈を協議してくれ。
将が倒れれば、マルス軍は攻城を見合わせるだろう。これは時間との戦いだ。補給部隊が到着し、ラトアを出発する前に、マルスの将を抹殺するのだ」
メンバーは問答無用に選出されていた。
一俊、葵、虎太郎の3人である。
残りの3人は城に残るというものだった。
これには皆、動揺を禁じえなかった。
「どうして、その3人なんですか!?」
緑帆が強い口調で抗議する。
「今回の任務には、サムライとニンジャが向いているであろうという魔法院の判断だ」
「サムライ? ニンジャ??」
緑帆は唖然としながら葵の方を見た。
葵が引きつったような笑顔で見返した。
「平気だよ……ニンジャだし」
「バカ言わないで」
緑帆がシーナスに詰め寄った。
「私が行きます」
「ならん。魔法院の決定だ」
「一体、どういう基準ですか?」
「貴殿たちの知るところではない。言うことを聞け。いずれ貴殿らにも別の任務が与えられる」
「おい、やめときや。矢島」
虎太郎が緑帆の肩に手をやると、場違いな緩い口調で諌めた。
「どうして?」
「そっちの3人にもどんな任務が課されるかわかったもんやないやろ。お前にはそっちのグループのとりまとめをしてもらわなあかんのや」
緑帆は、はっとして仲間を見た。
こちらのメンバーは緑帆、景斗、錬の3人だ。
緑帆以外に武道経験者はいない。
冷静に考えれば、たしかにバランスよく二つのグループに分けられていた。
「では、魔法院は貴殿らの働きに期待しておる」
緑帆が沈黙している間にそう言い放つと、シーナスはさっさと部屋を出て行ってしまった。
◆ ◇ ◆
次の日の早朝、早くも暗殺メンバーの馬車がミューダ城を出発しようとしていた。
暗殺メンバーには、地理に詳しい2人の使者が同行することになった。
一人は魔導士のサルート。もう一人は戦士カミラスである。
サルートは小柄で痩せこけた男だが、魔法の技術は確からしい。防御系の魔法を専門としているとのことだ。
一方のカミラスはやや小太りの中年戦士である。
表情に覇気がなく、果たしてまともに戦えるのだろうかと感じさせるような面持ちだった。
ディアドロフ砦までは道なりに100キロはある。メンバーは食料と武器の詰め込み作業に追われた。
「暗殺なんて出来る訳ないやろ。虫も殺したことあらへんのに」
作業をしながら、虎太郎は投げやりに言った。
「女は何人も殺してるけどね」
葵は空元気を出して、虎太郎に茶々を入れた。
本当は不安で押し潰されそうなのだが、必死に平常心を保とうとしているのがわかる。
「どちらかというと殺される方や。今回はほんまに殺されるかもしれへんけど」
虎太郎は過激なことをあっけらかんと言い放った。
城内待機となった景斗、錬、緑帆の3人が見送りに来た。
葵は馬車の上から緑帆の手を握り、無言で涙ぐむ。景斗は一俊の肩に手をやった。
「2人を頼むぜ。全員で日本へ帰るんだ」
「ああ、俺達なら大丈夫だ。景斗達も生き延びろよ」
お互いの無事を誓い合うと、メンバーは西に向かって出発した。
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