第8話 伝説の6人

 召喚されてから2週間。ようやく周辺が動きはじめた。

 6人が《魔法院》への出廷を命じられたのだ。

《魔法院》はミューダ公国を事実上取り仕切る執政機関である。

 彼らは召喚を終えたシーナスに結果の報告を求めていた。

「《魔法院》は貴殿らに大きな期待を寄せている。その期待を裏切らないようにな」

 出廷前日、シーナスは6人に念を押した。

 虎太郎は両手を首の後ろに組みながら、気が乗らない表情をしている。

 景斗が虎太郎をちらりと見ると、口を開いた。

「期待すると言われても、応えられるかどうかわかりませんよ」

「我々に協力できないというのか?」

 シーナスの顔がこわばる。彼自身、《魔法院》の議員である。《魔法院》に協力できないとあっては、聞き捨てることはできない。

「誤解しないで下さい。努力はするつもりです。ですが、どうしても疑問が残ります。なぜ、我々にそれほどの期待をかけるのですか? ミューダ公国の財政を揺るがすほどのマナ資産を投じる価値が我々にどれだけあったというのですか?」

 召喚されてからこれまでの2週間、6人がずっと抱き続けてきた疑問をようやく投げかけることができた。

「異人伝説の話は知っておろう」

「えぇ。歴史書で調べました。しかしどの本も、『異人たちが魔法戦争を集結させた』の一文だけです」

「……いいだろう」

 シーナスは意を決したような素振りもなく、無表情に話し始めた。


「50年前、その6人は貴殿らと同様の技法で召喚された。それまでに行われてきた召喚よりも数段難易度の高い技法だ。それだけにマナの消費量も桁違いだったが、その当時マナの残量を気にする者などひとりもいなかった。

 召喚されたばかりの彼らは貴殿らと同様、戦闘や魔法に関する心得は全くなかった。だが、その後の6人の成長は目覚ましかった。なかでもひとりは世界に名だたる剣士となり、もうひとりは歴史に残る偉大な魔道士となった。

 実験は大成功をおさめたのだ。 彼らは数百万人の犠牲者を出した大戦に終止符を打った。この偉大な功績は未来永劫語り継がれていくことであろう……」

 シーナスの声は抑制されているものの、いささか高揚しているようにも聞こえた。

「どうして彼らはそれほどの能力を発揮できたのです?」

「私が召喚魔法の新しい技法を編み出した。この技法によって、召喚対象の潜在能力を高い精度で見極めることが可能になったのだ」

「俺達の召喚にもその技法が使われたのかい?」

「あぁ。貴殿らは厳選された結果、喚ばれたのだ。とは言え、貴殿らが伝説の6人に匹敵するかはまだ分からん。もう少し観察が必要だ。だが、私は貴殿らが再び伝説をつくるであろうことに疑いは持っておらぬ」

 なんとも不可解な自信に戸惑いの空気が流れる。

 だが、景斗はその自信の理由を理解した。


「彼らを召喚したのが、あなただからですね」

「なんやて!?」

 一同に驚きの声があがる。

「あなたの考える伝説とやらのために、彼らは生贄として捧げられた。そして50年後の今、また同じことを繰り返そうとしているというわけだ」

「その見方には賛同できんな。だが、推論は正しい。50年前の召喚も私のやったことだ」


 弾けるように一俊が抜刀した。

 全身に怒りのオーラが漲っている。

 同時にシーナスが静かに呪文を唱えはじめた。

「一俊、やめとけ」

 景斗が一俊の行く手を阻むように手を拡げる。

 目はシーナスに固定されたままだ。

「シーナス。召喚された人間にもそれぞれの人生ってものがある。それについてはどうお考えか」

 シーナスは質問に答えようとはしなかった。一俊の剣先を凝視したまま沈黙している。

「一俊、刀を納めろ。彼が唱えたのは死の呪文だ。心臓を握りつぶされるぞ」

 張り詰めた空気が場を包む。

 景斗の言う通り、シーナスが唱えたのは死の呪文だった。

 ただし、詠唱は完了直前で寸止めしており、あとは一俊の名を唱えるだけという状態だ。

 上級魔道士がよく使う「事前詠唱」のテクニックである。

 ここで他の言葉を発すれば詠唱の効果はキャンセルされる。

 それを承知で、景斗はあえてシーナスに質問を投げかけたのだ。

 勿論、そのような陽動にのるシーナスではない。押し黙ったまま、一俊の様子を窺っている。

 景斗に促された一俊がゆっくりと刀を鞘に納めた。

 一俊にしても本気でシーナスに斬りかかるつもりはなかった。ちょっと景斗の仕掛けにのっただけだ。

 その辺は景斗も理解している。

 刀が納まるのを確認すると、シーナスが口を開いた。

「最初にしっかりと警告をしておくべきだったな。死の呪文は一瞬で標的の命を奪う。抗うだけ無駄だ。今回は見逃してやるが、次にまた刃を向けてくれば容赦はせん」

「わかっとるわ。けど、一俊が怒るのも無理ないやろ」

 その場の緊張を和らげようと、虎太郎が割って入る。効果は多少あったようだ。

「貴殿らは召喚が一方的に行われたものだと思っているようだな。だがそれは違うぞ。貴殿らが 望まなければ、召喚は成功しない」


「そんなの嘘よ」

 シーナスは静かに緑帆の方へ振り返る。

「緑帆殿。貴殿は召喚されていなければ命を失っていた身であろう。よもや死ぬのを望んでいた訳でもあるまい」

「……!」

 思わず言葉に詰まってしまった。

「それでは出廷時の注意事項を伝える」

 皆の気が拡散した一瞬を逃さず、シーナスは事務的な話に入った。

 そして伝達が済むとさっさと退室してしまった。


   ◆   ◇   ◆


 シーナスがいなくなった途端、皆の緊張が解けた。

「なぁ、伝説の異人たちを召喚したのはホンマにシーナスなんか?」

「シーナスって一体いくつなの?」

「見た目70くらいだね」

「ということは、伝説の異人たちを召喚したのは20代の頃という訳か」

「だけど、召喚魔法は相当難しいと思うよ」

「若造の魔法使いにそんな難しい魔法を操れたかは、はなはだ疑問だな」

「せやけど、嘘はついてへんのちゃうか?」

 議論は次第に取り留めのない方向へと流れていく。

 6人がこの事実を消化し切るには、しばらくの時間が必要なようだった。

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