第28話 ミューダ城攻略(1/3)

 作戦決行の日は雨が降っていた。

 というよりも、雨が降っている日を決行の日に選んだのである。

 南東から貿易風に乗ってやってくる雨雲はマナの濃度が極めて低い。

 一方でミューダ城周辺の土壌は水はけが良い。

 その結果、雨水は大気中のマナを巻き込みながら、地下へと吸収されていく。

 一雨降りさえすれば、周辺一帯はマナ濃度の低い環境に変化するというわけだ。

 もともと魔法に頼らないゾーン侵攻軍としては、そのような環境の方が戦局を優位に進めることができた。


 日が上がりきると雨も止んだ。

 その頃には、ミューダ城の東門付近に、およそ四万のゾーン軍が集結していた。

《神壕》のふちに沿うように陣形を拡げる。

 兵士達はスコップを手に並ぶと、一斉に濠埋めをはじめた。

 景斗はゾック司令官と共に軍勢の後方、馬戦車の上からその作業を見守っていた。

「先方は夜更け過ぎに動き始めるでしょう。あまり無理する必要はありません」


 兵は数時間間隔で交代しながら壕埋めを進めていった。

 だが、進捗は思わしくない。

 雨を吸った土が想像以上に重く、作業が思ったように進まないのだ。

 夜が更けはじめても、深さ3メートル程度の濠の中に高さ1メートルほどの山がところどころに積み上げられただけだった。

 進み具合は10%程度といったところか。

 途中、城壁上方からミューダの魔道士が単発的に炎弾魔法を打ちつけてきた。

 しかし、単なる威嚇射撃のようで被害はほとんどない。

 とはいえ、その度に現場の作業は中断せざるをえず、濠埋め作業は遅々として進まなかった。

 結局、暗くなって視界が効かなくなったところで、その日の作業は切り上げられた。


   ◆   ◇   ◆


 ゾーン軍は、濠から五百メートルほど距離をおいたところに宿営地を設置し、夜を明かすことにした。


 だが、景斗の作戦は実はこれからが本番だった。


 全長20キロ超はあるという神壕のふちに沿って、数百メートルごとに2名ずつ、計100名の斥候兵を配置した。

 むろん隠密行動である。

 斥候兵たちは息を潜めながら、いつ現れるかも知れない「それ」を待ち続けた。


   ◆   ◇   ◆


 夜もすっかり更け、斥候兵達の疲れもピークに達した頃、先方にようやく動きがあった。

「おい、来たんじゃないか?」

 メルが居眠りしているヤードの肩を叩いて起こした。

 彼らは宿営地と城を挟んだちょうど反対側、西門付近で任務にあたっていた。

 ヤードが目をこすりながら、メルの指差す方向に目を凝らす。

 暗すぎるせいで何も見えない。

 この真っ暗闇ではむしろ聴覚の方があてになる。

 息を潜めてよく耳をすますと、一定のテンポで砂利を踏みつける音が聞こえてきた。

 その音はゆっくりではあるが城壁の方から徐々に近づいて来る。


 ヤードがメルの肩を軽く一回叩き返した。

 間違いない。予想通りだ。


 彼らは作戦実行前、景斗に声をかけられていた。

「それ」は宿営地と正反対の西門付近に出没する可能性が高い。

 それ故、決して気を抜かないように、と念を押されていたのだ。


 二人は息を潜め、耳だけで「それ」の動きを追った。

 まもなく足音が止まった。

 数秒の間をおいて呟き声が聞こえ始める。

 呪文だ。

 唱え始めると同時に壕の縁に立つ魔導士のシルエットが浮かび上がった。

 どうやら姿が見えなかったのは暗闇のせいではなかったようだ。

 その魔道士は潜伏魔法を使って、姿を消していたのだ。

 呪文を唱えることで、魔法の効力が切れ、姿が明るみに出たというわけだ。

 そしてもう一つ。この魔道士は《コンダクター》だ。


 魔道士が呪文を唱え終えた。

 すると、手に持っていた杖の先端がぼんやりと光りはじめた。

 強い光ではなかった。

 しかし、暗闇の中で魔導士を一心に凝視していたメルとヤードには堪らなかった。

 目が眩んで、一時的に魔導士の姿を確認できなくなる。


 この光の魔法が何を意味するのか。

 メルには見当がついていた。


 ――《神壕》を《魔壕》に変えよ


 という本部への合図だ。

 おそらく、いま壕の中にはマナが徐々に充満しはじめているのだ。


 しばらくして、魔導士が壕の中へ杖を向けながら長い呪文を唱え始めた。

 壕の中に充満しているマナを誘導しようとしていることが、知識のないメルにも判った。

 正確にはメルが感じ取ったのはマナの流れではなく、空気の流れだ。

 壕の中に気流が発生し、それが次第に強まっていくのを肌で感じたのだ。


 二人は黙って行く末を見守っていた。

 景斗にそう指示されていたのだ。

 魔導士がやることについては一切手を出さないこと。

 見過ごすように、という指示だ。


 ついには、激しい暴風が壕の中を吹き荒らすまでに成長した。

 強烈な砂ぼこりで、近づくこともままならない。

 堪り兼ねて、メルとヤードは、ほふくをしながら壕との距離をとった。

 十数メートルの距離をおいてから、壕の方を振り返る。

 凄まじい光景が目に入った。


 先ほどまで壕の中におさまっていた激しい気流が壕から飛び出し、上昇を始めたのだ。

 巨大な竜巻のようにも見えたが、通常の竜巻であれば、天と地上をつなぐような形をとる。

 この気流は縦幅3メートル程度のドーナツ状の形をしており、回転しながら宙に浮いていた。


 さらに上昇を続け、やがて魔導士の姿が視認できるまでになった。

 夜目を凝らすと、魔導士は手を大きく左右に広げながら、気流を見上げている。

 気流を操っているのは明らかに魔道士であり、そのために彼は全集中力を注いでいた。


 メルとヤードはお互い目で合図を交わし合うと、壕に向かって全速力で走り出した。


 気流はその後もぐんぐんと上昇し、ついには上空の彼方に消えてしまった。

 魔導士は余韻に浸るかのようにしばらく上空を見上げていた。


 やがて、我に返って正面へ向き直ると、新たな呪文を唱え始めた。

 任務が完了したことを伝える光の魔法である。


 辺りが光に照らされると、魔導士はすぐ両脇に二人の男が立っていることに、ようやく気づいた。

 その一人、メルが魔導士の首筋にナイフを当てている。

 ヤードが魔導士の手から杖をもぎ取った。

 こういった仕事となると二人の手際は良かった。


「さぁ、予定通り城へ帰ろうか」


 メルがナイフを当てたまま囁いた。

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