第34話 帝国ザダ

 巨鳥に袋ごと連れらていく旅は、本当に奇妙な体験だった。

 動物の革をなめして作られた袋は丈夫で、防寒性も申し分ない。

 ただし、巨鳥が羽ばたく度に発生する大きな上下の揺れには、ほとほと参った。

 当たり前だが、緑帆と錬にとって、このような乗り物酔いは経験したことのないものだ。

 途中二度ほど、地上に降りて休憩をはさんだが、ザダにたどり着くころには、二人とも声も出ないほどぐったりしていた。


 一方のクウェンは一向に平気な様子だ。

 宿が確保できると、早速、緑帆と錬を食事に誘う。

 二人とも食欲が全くないので気乗りしない。

 とはいえ、情報収集はしなければならない。

 重い体を引きずりながらも、なんとか酒場に出向いた。


 ところが、そんな体調不良もすぐに吹っ飛んだ。

 酒場の聞き込みでミネルヴァの居場所が判明したのだ。

 だがそこは気軽に会えるような場所ではなかった。


「昔は英雄としてもてはやされたもんだが、今じゃ犯罪者さ」

 昼間から酒盛りをしている二人のおじさんが親切に教えてくれた。

 彼女は国立刑務所にいるのだという。

「一体、どんな罪を犯したんですか?」

「禁断の魔法を使ったのさ。国家的犯罪ってやつだ」

 なんとも要を得ない。

 それがどれだけ悪いことなのかさっぱり想像できなかった。

「刑期はどのくらい? いつ出られるの?」

「さぁ。一生出られないんじゃないの?」

「うんうん。皇帝が許すまでだ。でも、許さないだろうな」

「えぇ?」

 錬が情けない声を上げた。


   ◆   ◇   ◆


 3人は宿屋の部屋に集まって、相談をした。

 錬はミネルヴァに助けられた時の状況をクウェンに詳しく話した。


「なるほど。椎橋さんの牢獄に侵入したのが仮にミネルヴァだとしたら、使った魔法はおそらくトランス系ですね。つまり肉体はそのままで精神体だけ移動する魔法です。

 獄中の彼女には、マナ消費の激しい肉体の移送魔法を使う余力はなかったと思います。

 けれどもトランス系魔法であればマナの消費を抑えながらも、遠方へ移動することができます。だとしても、ザダとミューダの距離を考えると、やはり相当量のマナが必要だったでしょうね」


 クウェンはしばらく考えを巡らせた。

「もしかしたら、彼女は《コンダクター》なのかもしれませんね……」

「そうだと思います。僕も《コンダクター》ですから」

「えっ! 椎橋さん、《コンダクター》なんですか?」

 クウェンの驚き方は予想以上だった。

《コンダクター》というのは、錬たちが考えている以上に稀少な存在らしい。

「はい。シーナスに言われたので、間違いないと思います」

「そうでしたか……」

 クウェンはまた少し考えた。

「で、なぜ椎橋さんが《コンダクター》だと、彼女も《コンダクター》なんですか?」

「血が繋がってますので」

「そうでしたか……」

 今度はさほど驚かなかった。

 親戚か何かと勘違いしているのだろうか。


「《コンダクター》がマナなしで生きていけないことを考えると、彼女にはおそらくマナが定期的に支給されていたんだと思います。そのマナを少しずつ自分の身体の中に溜め込んでいったのでしょう」


 緑帆は思わず錬の表情を確認した。クウェンはさり気なく凄いことを言った。


 ――《コンダクター》はマナが切れると生きていけない


 ゾーン軍の宿営地となっていた《神域》で錬の容態が悪化したのはそういうことだったのか。

 だが、錬は特に驚いた様子もなくクウェンの話を聞いている。

 彼は既に気づいていたのかもしれない。


「彼女は念力魔法で僕の縄を解いてくれたんです」

「トランス状態で念力魔法を発動させたといういことですか……。彼女の魔法技術は相当なレベルだということですね」

 クウェンはもはや驚かなかった。大陸に現存する魔道士の中でミネルヴァがトップクラスにいることは疑いようがない。


「椎橋さんの元へトランスできたということは、ミネルヴァと椎橋さんの間にマナの導線が通じていたということです。対魔道士用の牢獄は厳重に《断魔》されていますので、普通に考えたら、到底不可能なことですね」

「でも、ミネルヴァはそれをやってのけた」

 錬の言葉にクウェンは頷いた。

「えぇ。とにかくミネルヴァは牢をくぐり抜けた。彼女にとっては造作もないことだったのでしょう」

 それだけ超一流の魔道士だということだ。

 これ以上、彼女がどうやって椎橋さんの元へ辿り着いたのかを考えても仕方がない。

 重要なのは、今現在も彼女はザダの刑務所に拘留されているということなのだ。


「で、これからどうしますか?」

 クウェンが錬と緑帆を交互に見ながら言った。

 今は未来に向けた議論をする必要があるのだ。

「もちろんミネルヴァを助け出しましょう」

 緑帆が返す。


「問題は方法です。ザダの国立刑務所の警備は堅固です。強攻策はあり得ないでしょう」

「他に策はないかしら?」

「私に考えがあります」

 クウェンが一つの提案を持ちかけた。


   ◆   ◇   ◆


 帝国ザダの領内中央には、《魔の山》と呼ばれるザクア山がそびえていた。

 正確なところは定かでないが、専門家の見積もりによると、この山におけるマナの埋蔵量は1000億を下らないという。

 これは天変地異系の魔法を数百回実行可能な量に相当する。


 マナショックが起こった際、大陸のマナ資源はあと十年だと囁かれたものだ。

 しかし、そんな予想はこのザクア山の調査報告によって、一気に吹き飛んだ。

 各国はその資源を自国のものにすべく、虎視眈々と機会を狙っていた。


 一方、それだけのマナが埋蔵されていると推測されていながら、ザダはこの山の資源を有効に活かすことができないでいた。


 そもそもこの山は人間によって管理されていなかった。

 50年もの間、ザクア山は一匹のドラゴンによって守護されてきたのである。

 問題は何から守ろうとしているかであった。

 ドラゴンはこの山を人間の手から守ろうとしていたのである。


「軍隊を動かして、ドラゴンを退治できないの?」

「ザダは大規模な軍隊を持たない国なんですよ」

「いつ他国が攻め込んできてもおかしくない状況ね」

「ところが不思議なことにどこもザダには攻め込んでこない。どうも国家間で何らかの密約があるとの噂です」

「ミューダはあれだけ攻め込まれているというのにね」

 この時、3人はまだミューダ城が落城したことを知らない。


「もちろん、皇帝が何も策を打っていないわけではありません。ドラゴンを退治してくれる人物を募集しているんです。退治した者には相応の報償を与えると言ってね」

 思わず緑帆と錬が顔を見合わせた。

「いかにも」といった展開である。


「一人の勇者が現れてドラゴン退治をするってわけね。そんな都合よくいくかしら?」

「昔の魔道士は一人でも十分にドラゴンに対抗できたんですよ。そのような高レベルの魔道士が現れることを期待しているのでしょう。仮に報酬をはずんだとしても軍隊を動かすことに比べれば安いものです」

「なるほどね……で、その話とミネルヴァはどう関係するの?」

「そこは話の持っていき方次第ですね。まぁ、ここは私に任せてみてください」

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