第3話 召喚 ~ 一俊の場合

 全日本剣道選手権では、前例のない決勝戦が行われようとしていた。

 二人とも高校卒業間もない若者であり、どちらが勝っても最年少優勝となる。

 並み居る先輩の強豪達はことごとく彼ら二人に敗れ去った。

 二人の中でも特に小野大輔はトーナメントを全てストレートで勝ち上がってきており、無敵の強さを発揮している。

対する伊東|一俊(かずとし)は苦しい戦いを強いられながらも、ここ一番の強さを発揮し、逆転勝利を重ねたきた。

 小野大輔と伊東一俊の2人は小中高と全国大会のライバルとして戦ってきた。

 二人の実力は同学年の中でも圧倒的だった。

 しかし、2人の相性ははっきりしていた。

 一俊はこれまで大輔と幾度となく対戦してきているものの、一度も勝利したことがなかったのだ。

 今回の全日本剣道選手権が始まる前評判においても、2人は既に注目されていたが、まさか決勝まで昇り上がってくるとは誰も予測していなかった。


   ◆   ◇   ◆


 一俊の控え室。一俊は大輔との対決を前に落ち着かなかった。

 コーチとして帯同してくれている高校の恩師、宮崎が声をかける。

「一俊。ここまで来たんだから、結果はどうあれ、あとは思いっきりやれ」

 宮崎の言い振りに一俊は敏感に反応した。

「結果なんです。結果を出さなければ意味がないんです」

 一俊のつぶやきを聞いて、宮崎は少し間を置いてから静かに口を開いた。

「結果を気にしてたらあいつには勝てん。お前があいつに勝るのは踏み込みの一瞬のスピードだ。迷いがあったらそのスピードが出んぞ」

 会場からワァッという聞こえた。三位決定戦が終了し、いよいよ決勝戦だ。

 一俊は会場脇の控え席に座り、向かいを見た。大輔はまだ来ていない。

 小野大輔のコーチが何やら審判と立ち話をしている。

 審判が一俊と宮崎の方へ近づいてきた。

「小野君がちょっと見当たらないそうです。開始を5分遅らせますので、そのままで待ってください」

 大輔のコーチは慌ただしく会場を出て行った。しばらくして、大輔のコーチが戻ってきた。どうやら本当に見つからないらしい。

 審判団はしばらく話し合っていたが、じきに審判長がマイクを持ち、アナウンスをはじめた。

「小野選手が定刻になっても会場に現れないため、伊東君の不戦勝といたします」

 会場がざわめいた。

 あぜんとする一俊と宮崎コーチ。

 宮崎コーチが審査へ詰め寄る。一俊はその場に立ち尽くした。

 ――大輔が試合を棄権?

 混乱がおさまらず、一俊は座り込んだ。

 ――大輔はどこだ? なぜ棄権するんだ?

 一俊はふと我に返って、頭を上げキョロキョロと大輔を探しはじめた。

 会場はまだざわめきが止んでいなかったが、席を立ち始める観客がちらほら出始めていた。

 その中で、一人立ち上がってこちらを見ている男と目が合った。

 一俊の父である。

 父は黙ってこちらを見ていた。

 そこからは何らメッセージは伝わってこない。

 宮崎コーチが戻ってきた。

「駄目だ。小野君は試合放棄とみなされた」

「……一体どこに行ったんですか?」

「わからん。コーチがそこいら中を探したけど、見当たらないらしい」

 宮崎コーチは一俊の様子を見かねて、

「ちと探してくるわ」

 と、言うなり逃げるように去っていった。見つかったとしても今更判定がくつがえる訳でもない。

 一俊はやるせない気持ちになり、膝を抱えうずくまった。

 こんな結末が納得いくはずがなかった。

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