第36話 ドラゴン討伐隊(2/2)
錬は結局ミネルヴァと顔を合わせることも許されず、城内の一室に軟禁されることになった。
皇帝も錬を本気で牢に放り込むつもりまではなかったようだ。
緑帆とクウェンだけが、ユーリに連れられて、ミネルヴァが収容されているという特別牢獄施設へと案内された。
施設は地上が一般向け、地下が魔道士向けの牢獄となっている。
地下に向かう途中、一同は《マナロック》と呼ばれる小部屋へ通された。
その中で数分間の待機をさせられる。
「これは《断魔》をしているのですね」
クウェンは小部屋内が徐々に《断魔》されていくのを感じ取っていた。
魔力のない緑帆には、そういった変化がさっぱり感じ取れない。
だが、この小部屋が、宇宙船で中外を行き来する際に空気を出し入れするのに似た機能を持っていることは想像できた。
この先に続く地下牢を完全に《断魔》するために必要な部屋なのだ。
入ってきた扉と向かいにあるもう一つの扉が開いた。
そこにはまっすぐな通路と続いていた。
通路の左右に2つずつ、数十メートル奥の突き当たり正面に1つ、鉄格子の扉がみえた。
正面奥の牢は鉄格子の中が丸見えの状態である。
中には、一人の少女がこちらを向いて直立していた。
ミネルヴァは緑帆たちが来ることを既に知っていたかのようだった。
錬の証言通り、彼女は白い寝衣を身に纏っていた。
背が低く、華奢なその容姿は十代前半の少女のものだった。
緑帆は、彼女が錬の母だということが俄かに信じられなかった。
「ミネルヴァ。出ろ」
指示されるままに、少女は首にかけていたネックレスをはずし、鉄格子ごしに警備兵へ預けた。
マナがチャージされたネックレスなのだろう。
魔法発動の原資となるエネルギーであると同時に、彼女の命の源なのだ。
それを受け取ると、警備兵が扉の鍵を開けた。
少女は、自分の部屋から出てくるかのように、平然と牢の外へ出た。
◆ ◇ ◆
一同は、普段、警備兵の控えとして使われている部屋に集まった。
ミネルヴァ・緑帆・クウェン・ユーリの4人がテーブルを取り囲む。
まず、ユーリがミネルヴァに今の状況と任務の内容を伝えた。
「わかりました。私が任務を全うすれば錬は解放されるのですね」
「そうだ」
「そのために私は旧友と戦わなければならない……ということですね」
ユーリはその問いには答えず、ミネルヴァの表情を窺った。
特に感慨を受けている感じはない。
それにしても、あのドラゴンと旧友だとは……。
やはりこの女魔道士は要注意だ。
ミネルヴァはあらためてクウェン、緑帆のそれぞれと握手を交わした。
「緑帆さんですね。来てくれると信じていました」
透明感のある黒い大きな瞳で覗き込まれて、緑帆は心の奥まで覗き見られるような錯覚を覚えた。
一瞬目を逸らすが、すぐに視線を戻して小さな手を握り返す。
「錬を助けてあげてください。彼はあなたを信じています」
ミネルヴァは無言で微笑んだ。
◆ ◇ ◆
ドラゴン討伐に話がうつるや、まずミネルヴァがユーリに尋ねた。
「マナはどれだけ用意してありますか?」
「これだ」
ユーリが革袋を取り出す。
ミネルヴァに渡そうとすると、警備兵が身構えた。
ユーリが制する素振りをする。
いちいちマナの所持制限をしていたら、任務遂行などできたものではない。
ミネルヴァが袋を受け取ると、中のものをテーブルの上にばら撒いた。
数十個の宝石が音を立てて散らばる。
どれも2、3センチ程度の小さな宝石だ。赤・青・緑と色は様々である。
ミネルヴァはそれらの宝石を丹念に数えはじめた。
「全部で1000万マナといったところですね。雷撃魔法を一回放ったらお終いです」
「わかってる。わかっておるよ。だが、これ以上、割ける予算はないのだ」
ユーリがミネルヴァの発言を遮る様に言った。
「そんなはずはないでしょう? 貴国は大陸内で最もマナ資源の豊富な国なんですから」
冷静なクウェンが珍しく抗議をする。
「言いたくないが、我が国の財政は相当厳しいのだ。だからこそ、ザクア山を奪還するのにお主らのような者たちの力を借りようとしているのではないか」
緑帆が反射的にユーリに目を向けた。一俊や虎太郎なら喧嘩になりそうなセリフだ。
そういえば、彼らは無事でやっているだろうか……。
ユーリの言う通り、ザダの財政はたしかに厳しかった。
とはいえ、マナが全くないわけではない。
要は優先順位の問題だ。
ザダはある魔法効果を維持するために、莫大なマナを消費する運命を背負っていた。
「とにかく、これだけのマナで何とか戦わねばならんのだ。お主も稀代の女魔道士などと呼ばれているんだから、なんとかしてくれ」
言っていることが無茶苦茶だった。
マナのない魔道士が全く戦力にならないことぐらい、ユーリ自身もわかっているはずだ。
しかし、そんな無茶振りを気にも留めず、ミネルヴァは宝石を見つめて考え込んでいた。
「止むを得ません。なんとかしましょう」
ミネルヴァの言葉に、クウェンが信じられないといった表情をする。
考えていることを読まれたのか、ミネルヴァと目が合った。
「ドラゴン相手に、これだけマナがあれば足りるということはありません。いつも『もう少しマナがあれば』と思うものです。ここは知恵を出して乗り切りましょう」
十代の少女の落ち着きぶりとは思えなかった。
◆ ◇ ◆
王宮の正門から外へ出ると、ザダの首都ザダムの町並みが拡がる。
そのやや左側後方には、ザクア山がそびえている。
町の景観によく馴染むその姿は、ザダムの大抵の風景画に登場する。
単にマナの宝庫だという以上に、その山は人々に愛されていた。
そんな、人々の生活の傍にあるザクア山だったが、実は結構な距離があった。
丸2日を費やして、一行はやっとのことで山の麓に辿り着く。
今は廃屋となっいる登山者用の小屋をその日の宿とした。
次の日からの行程は、登山経験のない緑帆には過酷なものだった。
クウェンにはもちろんのこと、華奢なミネルヴァや老人ユーリにすら遅れをとる始末だ。
日頃の運動不足は否めなかった。
ようやく山の中腹に差し掛かったあたりで、見晴らしの良い岩場に出た。
「ここからドラゴンの住処までどのくらいですか?」
ミネルヴァがユーリに尋ねた。
「およそ4~5キロといったところだろう。あそこの大きな岩の裂け目を抜けたら、あともう少しだ」
「ではこの岩場を対決の場にしましょう」
そう言うと、宝石袋を取り出した。
そして、呪文を唱えながら、岩場のあちこちを飛び回り、宝石を一つずつ丹念に設置していく。
周辺にいくつもそびえ立つ二十メートル級の縦長の岩場にも、クウェンの巨鳥の助けを借りながら、宝石をセットした。
小一時間で作業を終了すると、ミネルヴァが皆を集めた。
「クウェンさん、危険な役になりますが、囮役をお願いできますか。
でも、決して無理をなさらないように。
おびき寄せたらそのまま遠くへと逃げてください。ドラゴンは山を守るのが目的なのでそう執拗には追ってこないでしょう。
あと、ユーリさんと緑帆さんは遠くの岩場に隠れて待機して下さい。
もし私が負けたら、ドラゴンが去るまでそのままやり過ごすように」
「私にも戦わせてください」
緑帆が思わず声を上げた。
このままでは全く役に立てないと感じたのだ。
ミネルヴァが年下とは思えないやさしい表情で緑帆を見つめる。
「残念ながらドラゴンは魔力を持たない人間が太刀打ちできる相手ではありません」
「それではここに来た意味がありません」
ミネルヴァは少し考えたのち、緑帆の目の前に手の平を広げた。
「では、矢を何本か貸していただけますか」
背中から矢を3本取り出して、ミネルヴァに渡す。
ミネルヴァは矢に向けて呪文を唱えた。
「脅しぐらいにはなるかもしれません。でも無理はしないでください」
「わかりました」
矢を受け取りながら、緑帆は微笑んだ。
4人は作戦の段取りを再度確認したのち、四方に散った。
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