第38話 岩場の決闘(2/2)

 ユーリは転送酔いでうずくまる緑帆の背中をさすりながら、ミネルヴァの行方を追っていた。


 ミネルヴァとユーリの二人がかりとはいえ、緑帆に対する転送魔法が一回で成功するとは思っていなかった。

 体内のマナ含有率がゼロに近い緑帆のような一般人の転送は、失敗する可能性が極めて高い。

 それをカバーするには、一緒に転送される魔道士自身のマナ含有率が相当高くなければならない。

 ミネルヴァ自身がマナ含有率の高い《コンダクター》に類するのは間違いなかった。


(もしや《スーパーコンダクター》なのではあるまいか?)


 ユーリの頭をよぎったのは、魔導士の間では酒場の話のネタにしかならない幻の魔導士タイプのことだった。


 《スーパーコンダクター》とは、マナの伝導率が限りなく100%に近い超伝導体のことだ。


 この時代、既に人間以外の《スーパーコンダクター》の存在は確認されていた。

 いわゆる精霊や悪魔の類いである。

 彼らはマナの満ちた《魔域》に生息する。

 《魔域》にいる限りにおいては、彼らは万能の存在である。

 一切の自然法則から解放されているのだ。


 恐るべきは、どんなものにでも姿を変えることができるということだ。

 生物はもちろんのこと、金属や岩石などの無生物、究極は液体や気体にも変幻が可能だ。


 魔法学の定説によれば、魔法を発動するのに必要な要件は2つある。

 ひとつは、コントロール可能なマナが存在すること。

 もう一つは、マナを操る「意志」が存在することである。


 たしかに、精霊や悪魔には、コントロール可能なマナもあるし、魔法を操る「意志」もある。


 しかし、彼らの「意志」というのは、得てしてとるに足らない内容だ。

 大抵は悪戯程度に魔法を弄んでいるだけであり、大きな志や野望があるわけではない。

 それゆえに絶大な力を保持していながら、世界を覆すほどの大きな事件に発展することは滅多になかった。


 転機は50年前。

 マナ含有率がほぼ100%に達する鉱石の生成が実現した時からはじまる。


 生成に成功したのは、ザダの国立魔法研究所だ。


 鉱石は《超魔石》と名付けられた。


 《超魔石》自体はもちろん「意志」を持たない。

 だが、魔導士が何らかの「意志」を持ってその鉱石を操ることで、絶大な力が発動される可能性が示されたのだ。


 当然のことながら、他国は《超魔石》の存在を恐れた。

 《超魔石》を用いて何ができるのかはまだ判ってなかったが、絶大な力が得られることは疑いなかった。


 ところが、それから1年を待たずして、ミューダ公国でも《超魔石》の生成に成功する。


 以降、二つの魔法立国は《超魔石》の力を生かせる超魔法の開発を競うようになった。



 一方で、人間自身が《スーパーコンダクター》になり得るのかについても、議論がなされた。


 常識的に考えれば、マナ漬けになった人間が生き永らえることは到底困難だ。

 仮に生存できたとしても、マナ中毒で正常な心理状態が保てない。

 ましてや《スーパーコンダクター》ともなれば、もはやヒトの姿を保っていられるかどうかも疑わしかった。


 生来の《スーパーコンダクター》である精霊や悪魔にしても、幻獣や武器、魔法具などに変幻した後、そのまま意識が変容してしまい、元の姿に戻れなくなったという事例は枚挙に暇がなかった。


 専門家の間では、人間は《スーパーコンダクター》にはなり得ないというのが定説となっていた。


 それでも人々は夢を抱いた。

 もしかしたら、人間も《スーパーコンダクター》になれるのではないかと。



 ユーリは自らの想像を振り払った。

 そもそも、もしミネルヴァが《スーパーコンダクター》だとしたら、ザダ王宮の牢獄に、おとなしく幽閉されていたはずがない。


とはいえ、彼女が優れた《コンダクター》であることは疑う余地がなかった。


   ◆   ◇   ◆


 戦況の方は決してよくなかった。


 ミネルヴァが瞬間移動すると、すぐさまガイラックが次の転送場所を見つけ出し、備える間もなく襲いかかってくる。

 ミネルヴァは呪文を詠唱して逃げ回るのが精一杯という状況だった。


 戦況を見つめていた緑帆は思わず背中に巻きつけてあった弓を掴んだ。


 ドラゴンはミネルヴァを追いかけるために、低空飛行をしている。

 緑帆が立つ岩壁の上は、ドラゴンを見下ろしながら、狙い打ちができる位置にあった。


 緑帆は、ミネルヴァが魔法を唱えた矢を一本取り出した。


 弓を引く手が震えた。


 大会本番でも経験したことのない緊張感だった。

 ドラゴンの飛行速度はジェット機並みである。

 機動性にいたっては、それを遥かに凌ぐ。


 ドラゴンがミネルヴァを丸ごと呑み込もうと口を大きく開けた瞬間に、矢を放った。


 目を狙った矢は目標を逸れてドラゴンの背中に命中した。

 その瞬間、轟音を立てて、矢が爆発した。


 ガイラックが苦しそうなうめき声をあげる。

 だが、その背に傷はつかず、赤い跡がついただけだった。

 矢の放たれた方向を振り返ると、即座にブレスを吐いた。


 次の矢をつがえようとしている緑帆の背中を、ユーリが慌てて引っ張る。

 危うく丸焦げになるところだ。


「お前にしては卑劣な戦い方だな」


 ガイラックがミネルヴァを睨んだ。

 ミネルヴァは肩で息をするだけで、答えない。


「これならどうする?」


 ガイラックが緑帆たちの方に向けて口を開いた。

 口元が徐々に光を帯び始めた。


 ガイラックは即座に発射が可能な炎と、炎の数十倍の威力はあるが、チャージに時間がかかる光線の二種類を吐くことができる。


 今、吐こうとしているのは、明らかに強力な方だ。


「待ちなさい! あなたの相手は私でしょう!」


 だか、ガイラックがチャージを止める気配はない。


 ミネルヴァは早口で呪文を唱えると、緑帆らがいる岩壁に瞬間移動した。


 緑帆とユーリが岩壁の縁から数メートル後方に倒れ込んでいるのを確認する。


 既に光の玉はガイラックの姿を確認できないほどに大きくなっていた。

 二人を掴んで転送する余裕はないと判断すると、ミネルヴァはその場で片膝をつき体制を整えた。

 右手に持った杖の先をガイラックの方へ向けると、転送の呪文を早口で唱え始める。



 ボンという音とともにガイラックの口から光が解き放たれた。


 直径10メートルはあろうかという光の玉がミネルヴァのいる岩壁へと迫り来る。


 光の玉がミネルヴァを包み込もうとしたその瞬間、ミネルヴァが叫んだ。


「ボウク!」


 ミネルヴァの長い髪は反動で後ろに僅かになびいた。


 が、受けた衝撃はそれだけだった。

 光の玉はミネルヴァの前から忽然と消えてなくなったのだ。


 だが、ミネルヴァは光の玉を消したのではない。

 転送したのだ。


 ガイラックの後方に再び出現した光の玉がガイラックの背中を直撃した。

 驚きの表情で目と口を大きく開いたガイラックは、やがて完全に光に包まれた。

 そのまま光はガイラックを巻き込みながら前方へと進んでいき、ミネルヴァの立つ岩壁の根元に着弾した。



 大きな爆発が起き、岩壁が砕かれる。

 反動でよろめいたミネルヴァの足元が、ごっそりと崩壊した。

 もはや転送する力もなく、なすすべもなくミネルヴァは崩れ落ちていく。


 クウェンの巨鳥が、落ちていくミネルヴァを長い足で捉えると、滑空しながらその場を離脱した。


   ◆   ◇   ◆


 クウェンは比較的平坦な場所を選び、巨鳥を静かに着陸させた。

 急いで巨鳥から降り、クウェンはミネルヴァの元へ駆け寄る。

 肩を貸そうとしてミネルヴァの腕に手を伸ばした瞬間、クウェンはギョッとして固まった。


 ミネルヴァの腕に瑞々しさはなく、水分を失ったミイラのようになっていた。


 うずくまっている彼女の表情は窺い知ることができない。

 しわがれた声がクウェンに問いかけてきた、


「魔法が完全に切れました。マナは残っていませんか?」


 クウェンは我に返り、手元に持っていた指輪を2つ、彼女に渡した。

 彼女は骨ばった震える手でそれを受けとると両手で握りしめて、呪文を唱えはじめた。

 クウェンは横を向いて、彼女が呪文を唱え終えるのを待った。



「見苦しいところをお見せしましたね」


 声の方に目を向けると、再び10代の姿となったミネルヴァが立っていた。

 彼女は困惑した表情で、クウェンを見詰めている。


「本当の私はもちろんこの姿ではないし、錬が知っていた昔の姿でもない。

 私はもうこの地で50年以上を過ごしてしまったのです。

 親子として錬と対面するのは難しいかもしれませんね」


 返す言葉が見つからなかった。


「ところでクウェンさん、一つお願いがあるのですが」


 ミネルヴァが手を合わせながら言った。

 その姿には、少女らしい可愛らしさが戻っていた。

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