第6話 大陸の歴史

 その後一週間、一同が陽の光を浴びることはなかったが、生活に支障をきたすようなことも一切なかった。

 それは、食うに困らなかったという意味ではない。

 少なくともこの時代の人間が人間らしいと呼ぶだけの生活水準は保証されていた。

 たとえば、図書館もあった。

 ただし、図書館とは言っても、洞窟のような場所に大量の本が平積みになっているだけの空間だ。その有り様は、むしろ倉庫と言うに相応しかった。

 そんな場所でも景斗にとっては落ち着く場所だった。

 何しろ目にする本のどれもが物珍しい内容のものばかりで、飽きることがなかったのだ。シーナスからもらった魔法の指輪のおかげで、未知の文字も難なく読めている。

 景斗は特に魔法に関する文献を熱心に読みあさった。目当ての召喚魔法に関してはさほど多くの文献はなく、数少ない事例が紹介されているのみであった。

 次第に景斗の興味は魔法を取り巻く歴史へと移っていった。


   ◆   ◇   ◆


 この時代、魔法の源泉となるマナは世界的に不足していた。

 大陸はマナが豊富にある地域と、完全に枯渇した地域とに二極化していた。

 マナの豊富な地域を領土とした国は、周辺のマナに乏しい国に優位に立てるため、国防上の重要な資源としてマナの争奪戦が絶えず繰り広げられていた。

 一方でマナは人々の生活を豊かにしてくれる貴重な天然資源としての役割も担っていた。

 宝石や石などにチャージができるため、保存性が高く、持ち運びも便利な資源として重宝した。

 このような特性から、マナがチャージされた魔石は大陸中で盛んに取引された。

 とりわけ、有事には貨幣の代わりとなった。

 マナが世界的に不足するようになったこの時代では、昔のようにマナを大量消費する派手な魔法は行使されなくなっていた。

 召喚魔法もそういった魔法の一つである。現在では召喚魔法を専門とする魔法使いはほとんど見かけなくなっていた。

 代わりに台頭してきたのがデルボアのような魔法剣士である。

 魔法剣士の使う魔法は魔法使いほどの派手さはないが、戦いの中で効果的に魔法を活用する点に特徴がある。

その使い方があまりにも地味なため、一見して魔法が使われているとは気づかせないほどだ。たとえば、足が少し速くなる魔法や、命中率を少しだけ上げる魔法、相手を一瞬金縛りにする魔法などである。

 これらの魔法に、洗練された剣技が組み合わさると魔法剣士は実にしぶとい強さを発揮する。また、指輪にマナをチャージすることで、マナのない地域でも戦闘力を維持することができるオールラウンドな戦力として活躍した。

 景斗には、一俊のような魔法に頼らない純粋な剣士が魔法剣士に勝つのは至難の業のように思えた。

 しかし、それを覆すような記録も過去には残されていた。

 召喚された一人の剣士が十数人の魔法剣士を全滅させたというのである。

 50年前の大戦の終盤、魔法剣士が登場したての頃のことだ。

 その頃、魔法は現在よりも派手に使われており、魔法剣士はまだマイナーな存在であった。ましてや純剣士に至ってはさらに希有な存在であり、そういった時代で名を残すというのは相当な偉業であったに違いない。


 国家間の歴史も興味深かった。

 この時代、大陸には5つの国が存在した。だが、実際には東の大国ゾーン共和国と西の強国マルス帝国が、中央の小国3つを取り囲むようにして大陸を二分している。ミューダ公国もその小国の一つだ。

 かつて、この大陸はムー帝国によって統一されていた。

 ムー暦532年、帝国分裂の前年にあたるこの年、魔法原理学会が発表した事実は大陸全土を揺るがした。

 ――マナは有限な資源である

 という事実である。

 どういう訳かそれまでマナは無限に湧き出るものだと信じられてきた。それだけに、この事実が人々に与えた衝撃は大きかった。

 魔法原理学会の試算によれば、このままのペースで消費し続けた場合、大陸に存在するマナ資源はあと10年も持たないというのだ。

 マナは急激に暴騰し、史上空前の価格を記録した。

 一時は、市場から《魔石》が姿を消すという前例のない事態にまで発展する。


 後年「マナショック」と呼ばれる経済危機である。


 これをきっかけに帝国は南北に分裂。紛争が勃発した。

 この紛争により帝国はわずか3カ月で人口の半分を失うことなる。

 しかし、これほどの短期間で、当時の帝国人口の半分にあたる四千万人を殺戮できるほどの魔法は知られていない。

 惨劇に大きく関わったとされる魔導士たちは、いずれも拘束されるか、処刑されるかで、表舞台から消え去っている。

 いくつかの書物を漁ってみても、この事件について詳しく追究されたものは見当たらなかった。

 景斗はこの件についてもう少し深堀をしてみたいと思ったが、歴史の大観をつかむ方を先決することにした。


 終戦後も、帝国は北のザダと、南のミューダに分裂したままだった。

 大陸のあちこちでマナ不足が顕在化しはじめると、その混乱に乗じて、帝国時代に属州となっていた二つの小国が独立を宣言する。

 東端のゾーンと西端のマルスである。

 これらの国はもともとマナ資源に恵まれない土地を拠点としており、魔法に頼らない風土を育んでいる点で共通していた。

 そういった風土が、ここに至って追い風に働いたのだ。

 地勢的を見ると、この大陸はザクレア山脈によって北東と南西に大きく分断されている。定説では、大陸内に存在するマナ資源の大半がこの山脈に集中しているという。

 魔法大国であるザダ帝国とミューダ公国は、このザクレア山脈を取り囲むようにして領土を保っていた。


 ここに至って、ようやく景斗は合点がいた。

 ミューダ公国にはもはや東西の新興国を抑える力はほとんど残っていない。両国に飲み込まれるのは時間の問題なのだ。

 シーナスが危機感を募らせるのももっともなことである。

 ミューダ公国の山脈には大量のマナ資源が埋蔵されていると言われている。

 だが、マナのあるところは、決まってたくさんの魔物が巣食っていた。そのため開発は一向に進んでいない。

 結局のところ、ミューダ公国が実質的に保有しているマナの量はそう多くはなかった。

 せいぜい数十億マナといったところか。

 調べた限りでは、召喚魔法を唱えるのに最低でも1億マナは必要となる。

 6人分ともなれば6億マナだ。

 ミューダ公国の国力を考えれば、それだけのマナを消費するのは英断であったにちがいない。

 となれば、このまま何の見返りもなく、我々6人を元の世界に戻してくれるはずがあろうか。

 彼らの要求に応えない限り、期待できない話だ。あるいは何らかの方法でマナを大量に入手し、誰かに召喚魔法を詠唱してもらう他なかった。

 だが、この世界に関する知識が十分でない今の状況ではどうすることもできない。

 しばらくはミューダ公国の方針に従って、様子を見るより仕方なかった。


   ◆   ◇   ◆


 景斗が思いに耽りながらゆっくりと部屋へ戻っていく途中、ホールの方角から竹刀の重なる音が聞こえてきた。

 緑帆と葵が剣道の稽古を行っているようだ。

 景斗は気分転換に彼らの様子を見に行くことにした。

 ホールに立ち寄って最初に目にしたのは、緑帆と葵の相打ちの瞬間だった。

「へぇ、大したもんだな」

 景斗は思わず感嘆の声をあげた。

 葵は照れて面の奥から舌を出した。

 一方の緑帆はバツが悪そうだ。

「タイミングの悪いところを見られたわね」

 実際、葵の上達は目覚ましい。飲み込みが早いのだ。

 緑帆は中・高と剣道を続け、高校時代にはインターハイに出場したほどの腕前である。

 その緑帆が素人相手に相打ち面をとられるなど、想像もしていなかったことだ。

 もっとも、不覚をとったのはその一回だけである。

「いや~、剣道難いわ」

 葵はホール脇の長椅子に腰を掛け、面と胴を慌ただしく外した。

「体操の方が難しいんじゃない?」

「う~ん。どうだろ。なんせ物心ついた頃から体操やっているんで。難しいとか思ったことないのよ」

 緑帆は苦笑した。

 自分も物心ついた時から剣道をやってるが、一度も簡単だと思ったことはない。

「ちょっと体操やってみせてよ」

「え! ここでですか? 」

 葵はニヤニヤして煮え切らない態度をとる。だが、まんざらでもなさそうだ。

 しばらくウロウロしたのち、

「じゃあ、ちょっとだけね!」

 と、せわしなく小手を取り外すと、裸足のまま跳ねるように走り出した。

 そして、側転からバク転、最後は大きく宙返りをして見事に着地した。

 背筋を真っ直ぐ伸ばした姿勢が美しい。

 余裕あるゆったりとしたモーションが葵の体を一段大きく見せていた。

「凄いじゃない!」

 緑帆は目を丸くした。

「袴じゃなければ、もうちょっといけるんだけどね」

 照れ隠しに言い訳をする葵の手をとって、緑帆が珍しくはしゃいでいた。

 そんな二人を見ながら景斗はあらためて考えた。

 シーナスは決して適当な人間を召喚したのではない。

 そこには明らかな意志が働いている。

 召喚魔法によって呼び寄せられた者には、それぞれに呼び寄せられるだけの理由があるのだ。

 一俊は全日本選手権に出場するほどの剣道の達人だし、自分も囲碁界では多少名の知れた棋士だ。

 ただし、ナンバーワンという訳ではない。

 他の皆も同様だ。各々がそれぞれ才能はあるものの、召喚される理由として説明しきれるほどかといわれると怪しかった。


「ねぇねぇ、片倉さん。私たちって、いつ帰れるの」

 景斗の隣に葵がちょこんと座って、尋ねてきた。

 高校生にしては無邪気過ぎる質問だ。

「さぁ。わからないな」

 いつも妹にしているような適当な答え方をした。

 不躾な質問の仕方が妹によく似ているのだ。

「そもそもこの世界ってさ、ちゃんと私達の世界に繋がっているのかな?」

「どういう意味よ? それ」

 緑帆の方が驚いて反応する。

「ここってさ、そもそも未来か過去かもよく分からないんだよね」

「そりゃあ……」

(過去でしょう)

 答えようとして、緑帆は考え込んでしまった。

 あまり深く考えずにそう思い込んでいたが、そんな保証はどこにもない。

「まぁ、考えても意味ないかもだけど」

「どうして?」

「ここってさ……もしかして異世界なんじゃないかな」

「え?」

 緑帆は唖然とした。

 飛躍し過ぎて、にわかにはついていけない発想だ。

「異世界? それって、この世界には日本もアメリカも存在しないってこと言ってる?」

「そうね……少なくとも私たちが住んでいたような日本は存在しないのかもね」

 もう決まったかのような口振りだ。

 たしかに、剣と魔法が支配するこの世界を現実のものと考える方がどうかしている。

 それにしても、さらりと言ってくれる。

 それがどれだけ深刻な意味を持つのか判っているのだろうか。

「香坂の言いたいことは分かるよ。俺もそれが気になって世界地図を調べてみたんだ」

 景斗は早い段階でこの疑問にたどり着いていたようだ。

「で、どうだったの?」

「少なくとも、この大陸は俺たちの世界には存在しない。見たこともない形の大陸だ。大きさはおそらくオーストラリア大陸の数倍程度。周りにもいくつか別の大陸が存在しているようだが、どの文献にもあまり詳しくは書かれていないんだよ」

「ここの人達は大陸から外へは出たことがないのかしら?」

「あまり外の世界には関心がないようだな。どうやら大陸の外はマナ資源の乏しい地域らしい」

「マナのない荒地に魅力はないってことね」

 葵の理解は早かった。

 もしかすると、葵は想像以上にこの現実に真剣に向き合っていたのかもしれない。

 ともあれ、ここが一体どこなのかということに関しては、今のところ手がかりらしいものは見つかってなかった。

 いっそうのこと、異世界だってことにした方が楽かもしれない。

「いよいよ葵の仮説が有力になってきたって感じね」

「なに? 仮説って」

 あっけらかんとした葵の返答に緑帆が呆れかえる。

「ここが実在しない異世界だってことよ!」

「あぁ、そういうことね。でも、もう実在はしちゃってるんだけどね」

 どうも葵とは根本的なところで噛み合っていなかった。

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