17話「錬金術師ベアマート」
錬金術――
それは神いわく、人向けの神魔法。
(超便利という意味)。
普通の魔法は出したものを観続けなければ継続して存在させられない。仮に何もない所にリンゴを創出したとしてもそれは目の見える範囲から離れると消えてしまう。ほんの一瞬の火や光、水で汚れを洗い流す等であれば問題ないが、人が魔法で物や世界を真の意味で創造することが叶わないのはその為だ。
すべては幻想でしかない。
しかし、錬金術は違う。
錬金術はそこに存在する物質を媒体とすることで新たな物を作り出す。魔法を存在させるのではなく、そこにある物を使い現実を作り変えていると言っていい。その為世界を変える学問とか神の真理に至る術などといわれているとか。
まあ要するにゲーム的に言うと生産系の魔法だ。現実の物理法則や理論をすっ飛ばしてなんでも作れるまさに幻想チートで、反則技に近い。
まさに職人の敵――と言いたいところだが、複雑な機構を持つ道具なんかは作れないとのことだ。設計図が何枚も必要になるようなものをイメージで全ての部品ごと組み上げる――なんて、人の脳じゃ出来ないだろう。その核になる素材は作れてもだ――マーベさんのところで見た空飛ぶプランターである雲球【風の土】とかがそれだ。
そんな幻想素材を核とした魔道具を作れれる術士もいるが、それは術ではなくれっきとしたその錬金術師の工芸になるらしい。
『だから魔術師の工房が作る魔道具とたびたび衝突するのですわ』
『棲み分けは出来てないんだ』
『同じような物を作っていますから。ただ商品の開拓力は錬金術が、技術の開発力は魔道具が』
というわけで、
『それで――』
『え?』
さっそく俺は、この街の錬金術師を――命さんと共に訪れることになった。
顔繋ぎはトリエの役目だが、今回に限っては彼女も同行した方がいいと言い出して。
『――行けば分りますわ』
それはそれは、微妙そうに呆れた溜息を吐き出しながらだった。そして命さんにそのことを頼んで見れば、
『えっ』
半分狐の仮面に隠されているのに、そこには生気が消えていた。
言葉にしなくても分るほど、もう疲れ切っているようで……。
俺はこれから一体何と会うんだろうか。
それはもう分りやすい拒絶の表情をしてくれたわけだが。
自分でも愚にもつかないと思いながら、
『――その、デートの予行演習ということで』
むしろ本当はそうしたい。そうしたかった。
本当は会議で一区切りが付いたらという予定だったが、それの所為で今は街全体にそわそわとしたやる気の火が付いているので。
動き出していることを明確にするため、やはり頑張らねばと休日返上して勤めていた。
とはいえ、まさかそんな誘い文句ではむしろ受けて貰えないと思ったけど。
『……守ってくださいね』
『えっ』
分っている。この守って下さいって、恋人気分で
本気で不安が満ちつつ。
――でも割とこれがガチでデートでいいんじゃね?
と思わされるのには十分だった。いやすごい名誉だよな……彼女でもない女の子と疑似デートだなんて。それも守って(重要)だなんて、女の子に一度は言われてみたいセリフじゃないかこれは。それも一つ屋根の下で同居してる彼女にだなんてもうどんなラブコメだよ(握り拳)。
なんだろ、心の底から力が出てくる感じだよ。それもガッツリと。
……俺こんな単純だったっけ。
本気で好きとかそういうのじゃないはずなんだが。なんでかな。好きな子は別にいるし。
あと、本番のデートは祭りの当日に時間を見繕ってすることにした。その方が催し物も多くデートに打って付けだからだ。
「あら――ボンド君は、今日は巫女様のお手伝い?」
「そんなところですね。――本当はデートにしたかったなあー、とか思いながら」
「気持ちは分るけど、そんなバチ当たりな事したらただじゃおかないよ?」
「それはもうしっかり荷物持ちを務めさせて頂きますとも」
「そうかい。――なら、安心だね」
雑貨屋を営むジーニは、なにやら気遣わし気に命を一瞥して、会釈だけ彼女に向ける。
俺たちも会釈で返しそぞろに通り過ぎる。と、
「――巫女様、今日もいい天気ですね?」
「はい。そうですね? 風も気持ちいですし、いいお洗濯日和ですね?」
「巫女様、初摘みの花豆が纏まりましたので、また今度ミナカ様に奉納させて頂きます」
「はい。ミナカ様も楽しみにしておられましたよ? これでは喜んで祈らぬわけにはいかないと」
「巫女様、ミナカ様のお世話、いつもお疲れ様です……!」
「いいえ。そちらこそ店子のお世話、いつもご苦労様です……」
主婦が、農家のおばちゃんが、雑貨屋の店主が、縁側のじいさんが、工事中のあんちゃんが、子供が、よっぱらいのおっちゃんが。
道往く町人がそこを行く度に声を掛けてくる、とても丁寧に。
――その妙に恭しいというか――
一定の距離を取るような他人行儀さを感じるような。ひょっとしなくともあまり仲がいい訳じゃない? とはまた別の。
「……どうかなさいました?」
「いや? なんだろ、ちょっと変な感じ?」
「?」
「……何気にここに来て一月近く、命さんと一緒に歩くなんて初めてだからさ、ちょっとそわそわしてる? なのかな?」
「……普段から一緒に居ますよね?」
心底疑問げに。
「ああうん、それとはまた別? なんでもないような、でもなにかあるような……あ、一緒に何かするっていうのかな。家事とは別のところで」
それに普通に答える。
「……そう言われれば、そうですね……」
一拍、何かを思案したように、
「……てっきり、また口説かれているのかと思いました」
「えっ!?」
「……やはり、違いましたか……」
「な、なにが?」
何かカマでも掛けてた?
「……無自覚に、気を付けた方がよろしいかと」
「え? ……あ、あー」
自分の言動を顧みて、その愚かさに気づく。
「……そうだね、今のは確かに、ちょっと誤解を招く言い方だった」
「……普段からこうなのですか?」
「そうですわ。無自覚に思わせぶりな言動を取ったり、不用意に女性の心の隙間に優しさを忍び込ませますのよ? おかげでこの界隈の奥様おばあさま果ては幼女まで――」
「それ全部仕事の話だよね? 重そうな買い物袋をちょっとお世辞言いながら持つとか、孫の代わりに肩揉みとか、シングルマザーが風邪で倒れて面倒を見れない子供とダブルにお世話しながら勇気づけるとか」
どれも恋愛対象にならない、そしてされない方々ばかりで。
「……」
「……」
「……なにその白い眼。しかたないじゃん。だってこの街の人口比率、あきらかに女性が供給過多だし?」
働き盛りの男がほとんど出稼ぎで――そんな家からの依頼が多いのだ。
「ふふふっ。でも、昨日は私でも本当に少し見惚れましたわよ?」
「いや、だからそういうの逆に恥ずかしいから」
まだ揶揄うつもりかと辟易していたところだった。
「……何かあったのですか?」
興味深げに、そして何故だか切なげにほんの微かに唇を窄めて聞いてくる。
まるで何かを訴えているような。
「ええ、いい男の包容力というものを拝見させていただきましたわ」
そこに、更に燃料が投下された。
言われた瞬間から、命は仮面越しにさりげなくこちらにさらなる催促と純粋な疑問を向けてくる。
「――特に何もなかったって。特別なことは」
「やる気のない大人を初めとしてウインキさんまで、あれだけ見事にやり込めておきながら?」
幾分盛った表現をしたトリエの言葉に、命は絶句した。
何故だか、まるでその事実を否定するように、
「……それは、本当なのですか?」
「いや、なんでそんな驚いてるの」
「それはそうですわ。あの方はたまたま、以前の街の事業転換の際何もしなかったから、何も負債を抱え込まなかったことを先見の妙と――まずいことにそれは周囲の人間を強固に保守的に走らせ声を大きくしていましたのよ? 開くたびに会議が破綻するくらいに」
「え? うわ、そうだったんだ」
確かに彼、ウインキは否定だけして意見は言わなかった――話し合いに一番参加してほしくないタイプだった。
「正直、街の誰もが見放している――いえ、色々な意味で相手に出来ないというべきでしょうか? 常に外側から野次を飛ばして、傍観を決め込んで。正しくも悪く、決して的外れではない。だから彼の言うことに何も言えなくて……」
隠れぼっちか? 場にいて話は出来るけど友達は居ないみたいな。
普通だけど普通ではない――感情的には嫌いだけど、理屈では間違えていないから。目の前にいるけど頭の中からは自然に排除される。時々無駄に迷惑で邪魔な奴だ。
黙っているのが一番いい――みたいな。
とりあえず居るから仕方なく一緒に居る、みたいな。
悪い意味で、自分に出来ることしかしない、出来ないことはしない、を体現したような。
俺も似たようなものだが、そうなるのはあくまでやれるだけやって絶対に無理だった時だけだ。出来るだけやった、出来ないことは出来ないことだった、みたいな。全力で練習したけどマラソンで優勝だけは一生無理とかそういうのだ。
彼は、みんなやることを平然とやらないタイプというか――そんな感じがした。ここも俺とは真逆――の筈。俺はみんなで出来ることをやろうとしている筈だ。
「……まあなんにしても大げさだって。本人もやりたいとは思っていてもその手段が思いつかなかったとかそういうこともあるし」
「いいえ。あれは本当に、最初からやりたくないことはしない、というだけの人ですわ」
「……最初からかあ……」
それじゃあ――多分――もしかしたら……。
「何かおかしなことでも?」
「んー、……最初からやりたくないって、言い方を変えれば『無欲』なんだけど。そんな欲がない人間なんて余程特殊な環境じゃなきゃ育たない、と、思うんだけど……」
そんなことない、なんて言えるわけがない。そんな人間を俺は知っている。彼女は余りに善良的過ぎてで、彼は全く別種の人間だが――
「……でも、そのままにはしておかないつもりなのでしょう?」
「そりゃね」
でないと潰れてしまうだろう、今回俺のすることで街の厄介者に正式にのし上がり疎まれることになるのでは? これまではただ微妙な正論を言いそして意見を言わない外野で済んでいたが。
それも本来自己責任なのかもしれないが。
この言葉で片付けたら俺自身、自己責任しか果たそうとしない彼と同じではないのか。
――正しい自分を見せつけたいとか、そういうことじゃない。
ぶっちゃけこの自己責任問題、みんなで一緒にやれば解決するとか思うんだけどさ。それよりただ何となく嫌な予感がしたのだ。
俺は優しいわけでも正しい訳でもないのだが、命さんは聞いてくる。
「……どうして、そこまでしようとするのですか?」
「……うーん。本当はみんなで一緒にやりたかったんじゃないかな、とか、一応放っておけないというか、まあ色々あるけど……」
単なる我儘として、
「多分、なりたい自分になれない、気がしたから? ……見捨てるとかどうとかじゃなく」
命さんに聞かれてそう答えた。
「……そうですか……」
何故だか、命は視線を落とした。
何か不味い事でもしたのだろうか? それとも何か別の事が聞きたかったのだろうか。
じっと彼女を見つめる。そういえば――
命さんの普段ってあまり知らないんだよな。
買い物に出かけているところとか、俺以外と話しているところとか。街の人と交流してるとことか、何気にさっき見たのが初めてだ。
俺は便利屋で昼は街中を駆けずり回ってるけど、神社は昼に人が来るのだろうか?
「着きましたわね……」
初日の時は留守だったけど、今日はどうなのだろうか。
この世界の民家がある。正確には錬金術師の工房なのだが、それは町外れにあった。頑丈で分厚い塀がぐるりと囲み、まるで外と内を隔絶している。
しかし、その門を越える前に彼女はまず鼻を動かした。
彼女に倣い鼻を動かすと、確かにする。
「……異臭が」
酸っぱくて目に染みる何かがそこらへんに漂っている。
「――いますわね」
「え、なにそれ」
「居る時はよくあるんですのよ……言わなかっただけで前回も警戒してましたのよ?」
「ああ、そうなんだ」
そこを潜り玄関のドアまで行く。
「それじゃあノックしますわよ? 念のためドアの横に避けていてください」
「……なんだかなあ」
「あ……」
とりあえず命さんを俺の後ろへ。トリエは全員が脇に避難したのを確認してから、そこにある金具を二回叩き付けた。
ややあって、しかし、物音ひとつしない。
「ベアマートさーん、いらっしゃるのは分ってますのよー?」
されど辺りはシンとしたままだ。
トリエは大きく溜息をつき、
「……巫女様がいらしてますわよー」
小声で。
まるであえて聞こえないように。
しかし、
「はぁああああいぃぃ! 只今ああぁああ!」
家の中からドタバタけたたましく何かが猛烈に走ってきた。
それはドアを開け放つ。
「俺は巫女が好きだーっ!」
なんか危険な気がしたので、後ろにいた彼女を更に後ろ手で背中に隠した。
橙色のローブに白のコートを重ねた、見るからにインドア系の優男はドアから飛び出るなり周囲を猛然と見まわした。
俺と同じ歳くらいの男だ。そして彼はドアの脇に居たこちら三人に気づく。
「……あ、トリエ」
「もしドアが誰かにぶつかっていたら容赦しませんでしたわ」
「ひっ――だ、だったらあんな呼び方しないでくれよ」
トリエは懐からギラつくペーパーナイフを取り出し、彼の頬をぺしぺしと叩いていた。いつ距離を詰めたのかは分らない。
「そ、それで巫女様、巫女様は?」
「そこにいらっしゃいますわよ?」
「――」
「――」
眼が合った。
「初めまして、最近町で便利屋をやってます、スズキボンドです」
「ああ、そう……ところで」
「なんですか?」
「なぜ巫女様を後ろで両手で隠しているんだ」
「言動が怪しかったからですね」
「確かに。それについてはぐうの音も出ないな。――お久しぶりです巫女様」
正気に戻ったようなので彼女の前から
公正な彼女にしては珍しく、渋い口を動かすようだ。
「……お久しぶりです」
「ああ! 聞くだけで耳が洗われるようだ! 出来ることなら毎日でも聞きたいところですが残念私には神へと至る道の邁進に余念がなくそして暇もないため出来ればこのまま結婚して一緒に住んでもらえませんか?!」
うわぁ……。
こんなに魅力の無い口説き文句初めて聞いたかもしれない。命さんの心の中で重い溜め息が吐き出されているのが手に取るようにわかる。
「……ベアマートさん、この度はあなたの錬金術を頼りにする方がいらっしゃいましたので、その紹介にと」
「ははあ、なるほどなるほど――命さんのお頼みでは断りようがありませんね。出来れば報酬に今度デートしてください」
「先約がありますので」
「そうですかそうですかそうですよね相変わらずクールビューティなお断り――」
停止。
「……は?」
「……先約がありますので」
その瞬間、彼の中で何か世界が終わる様な爆発が起きていた。
「……もう一度お願いします。よく聞き取れなかったので……」
「……もう、先約が、あります……」
「…………う、うそだ……」
ベアマートはよろめき、その勢いのまま開いたドアに寄り掛かり、掴んだノブに振り回されるよう円を描きながらゆっくりと地面に崩れ落ちた。
「駄目だダメだもうだめだ神は死んだ今日はお休みもう寝るね? じゃ」
「ちょ……大丈夫ですか?」
俺は即座に彼を揺り起こす。
虚ろな目の彼は案外早く復帰すると、しかし狂気じみた壊れた笑顔で問う。
「――いったい誰と!?」
「今あなたの目の前にいる方とですわよ?」
瞬間凍り付くような目でこちらを射抜き、彼は言う。
「――決闘だ!」
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