5話「異世界の街、勇者の召喚事情 その1」

 本殿に戻ると、そこにあったはずの布団は片付けられ、話の席が整えられていた。

 今思うと、ジャージで寝ていたからそう恥ずかしくない恰好なのは幸いだった。夏だったらやばかった。

 そんなことを感じていると、自分に視線が集まっている事に気づく。

 いや、ま、そりゃそうか、突如として錯乱気味に走り出したのだ。

 トラブルか何かを心配しているのだろう。だから安心させるよう、バイトで鍛えた営業スマイルをニコっと作った。

 そして、

「えー、改めまして。挨拶遅れましたが、スズキ・ボンドと言います。皆さんこれからよろしくお願い致します」

「おお、ということは!」

「あー、そっすね。やってみます。でもただ、まあ何が出来るかわからないんで、正直あまり期待しないでください。俺、普通の高校生なんで」

「そ、そうでしたか」

 町長、左門フライトは、そんな謙虚で過小評価な挨拶に若干気落ちする。

 まあ、女の子の為に全力で頑張るって決めたんですが、そこは恥ずかしくて言えないんで勘弁してください。

 ついでに、いい人過ぎると人は他人を都合よく使うか毛嫌いして敬遠するものだ。善意があって当たり前などど思われるよりは、やる気のない謙虚さの方が同じ人間として扱ってもらえるだろう。

 ていうか、勇者だぞ勇者――普通に、無理だよ。まず恥ずかしくて無理だよ、その語感が。正義と勇気と優しさとか愛に満ちてそうなその語感が高二の俺には正直無理だよ。

 そんなごく普通なノリの内心に気付いているのかいないのか。 

 他の面々は冷静に様子見を決め込む様子にみえて、確実にこちらを値踏みするバイトの面接感を醸し出している。

 これは――適度に接せねば!

 そんなこちらの決意を全く気にせず、

「――じゃが、うまくやったのう?」

「え、なんですか?」

 神様がゆるりと上座へと向かいながらにそう言う。

 うまく、とは唐突に。いったい何のことか。

「とぼけるでない。うちの巫女と宜しくねんごろになる算段を付けたではないか」

「……は? え、なにが?」

 そう言う話じゃなかっただろうと振り向くと、三歩下がった所にいた彼女と目が合った。

 もしかして俺の事を真っ直ぐ見ていたのか、それは正直に瞳の真芯でぶつかり合うことになった? そんなことないだろうと軽く笑っていると、意味を理解してかしらずか、狐の仮面越しに素知らぬ顔で俺を見据えてくる。

 表情は見えない――しかし否定せずとも周囲の様々な視線にさらされる。

 何の話ですか? と、頭に疑問符を生やすだけで、首を傾げすらしない。

 うん、もう分かった。

「……命さんはそういう冗談が得意ではなさそうなので、はいスルーしますよ~」

「まあそうじゃが。ここは命の事を揶揄からかい赤面させるところじゃぞ?」

「いやいや――滑る気配しかしませんでしたよ。ていうか神様の振り、普通に不発だったでしょうが。それにね、そりゃ~配慮しますよ? なんせ今後俺の味方になる約束をしてくれたんですから」

 しかし……神様とほぼタメ口効いてるのに、そこは叱らないのかここの連中は。

 あ、一応俺が勇者だからか? 自主的な配慮をしなけりゃいかんのか。

 だが、

「ほほーう?」

「そのゲス顔を止めてください」

 ああ、つい。

「――ミナカ様」

「まあ、冗談はこのくらいにして本題と行こうかの」

 命さんに促され、神様が上座に(ダジャレではない)大人しく席に着いた。

 それを確認して。

「ではミナカ様、ここからは私が」

「そうじゃな、当事者の声が重要であろう――」

 フライトが今度こそと眼をみなぎらせる。それをどこか愉快げに見つめ、神様は自らの豪勢な席に背を預けた。

 そして俺は、

「こちらへどうぞ」

 上座の神様を頭に、挟んで二列、対面するよう座布団が並べられている。町長たちが座るその反対へと招かれるまま、その中央へと座った。

 すると、トリエとミーナがその横に腰を下ろす。まるで秘書かなにかのような立ち位置だが――何故あちら側ではないのか。

 しかしそれを気にせず、フライトは口を開いていく。

「このたび勇者様をお呼びしたのは、先ほど軽くご説明した通り、この『リア』の町興しですが――何故、町おこしが必要になったのかを説明する為に、まずはこの街の成り立ちから説明させて頂こうと思います」

 恭しく一礼、それから朗々と彼は語り始める。

 

 それはこの町の掻い摘んだ歴史だった。

 この町、リアの町は街道沿いの宿場町で、市町村の規格で言う面積としては市なのだが、人口が少なく町として扱われているらしい。確かに、見下ろした限りではそれなりに立派な街を形成していた。

 その主要産業は宿場町と言うだけあってやはり宿泊業、旅人を癒すためのサービス業、飲食業等が主となる。ただし、町の土地の半分が田畑地帯で占められており、それ以外の過半数がなんらかの農業を営んでいるという。

 それはこの町が元がただの農村で、宿らしい宿もなかったそこに作物の買い付けに来た商人や、税の監査に来た役人を空き家で持て成していたことから始まっている。

 そこで、村の女や木こり作った民芸品や木工品などを合わせて買っていく彼らを見て思いついたのだそうだ。

 片手間ではなくより丁寧に。よりよく持て成すことで強い縁を結び、そしてそれを商売にしよう――

 今より豊かな生活が出来るのではないのか?

 と、昔の地球の様に、身分、生業が容易ではない――わけではないのが幸いして。

 村で正式に宿泊業を開業した。本来通り過ぎるだけのそこを、お金を落としてもらえるようになった。

 元々街道上にあった農村で、隣の鉱山地帯と大河の交易都市との間――足休めの場として丁度好い所にあったそこに、商機を見出した商家や職人が移住して、とんとん拍子にそこそこの規模の町にまで成長した。

 だが、そう順調にはいかない。

「――しかし五十年ほど前、いえ、はっきりと分るようになったのは二十年ほど前からですが、そこから明らかに住民の流出が止まらなくなってしまったのです」

「そうなんですか?」

「はい」

「……なにがあったんですか?」

 率直に問うと、何故だかフライトは目蓋を俯かせる。

 そしてこちらを見て来た。

 いや、言いたいことがあるなら言おうぜ? しかしそれは彼だけではなく。周囲を見ると何故だか同じようにこちらをちょっと気まずげ見ている。一体なんだ? と思ったのもつかの間、 

「……勇者です」

「ん?」

 それは俺である。いや、他にもいるか。

 まあ要するに、聞き間違いじゃなかったわけで。

「……勇者が、原因?」

 周囲が、なにやら苦笑やら失笑やら苦悩やら困り笑いやら、切実な表情で眉間に皺を寄せている。

 多分本当なのだろう、その真実に思わず言わせてもらった。

「……いや、勇者って世界を救うんじゃないの?」

 

 本末転倒である。街おこしをする為に勇者を召喚したのにその原因が勇者って。

 どういうことだよ。時代は暗黒期で災害とかモンスターパニックで人が大勢死んだとかそういうことじゃないの?

 それとも、召喚した勇者が魔王やら魔物を倒して倒して倒しまくったせいで稼げなくなるほど金の生る木の魔物がいなくなっちゃったとか?

「……平和になって武器防具の原料である鉱山の需要が減って人通りが落ちたとか?」

「いえ、違います。それは嬉しい出来事ではありましたが、少々予想外ではあったというところでして」

 まあ、戦争が終わると武器屋が儲からなくなるとかそれくらいは政治家なら分かるか。対策ぐらいできるよな。

 じゃあ、なんだ? 他にも勇者が――対応マニュアルが作られるくらい呼び出されてるその勇者が街を衰退させる原因って、なんだ?

 分らん。

 ていうか、そんなんだったらなんで俺なんか呼ぶんだよ。訳分んねえ。原因増えてんじゃん。呼ぶ必要なくね? むしろ呼んだらいけないんじゃねーの? 

 やべえ、どんどん疑問が出てくる。その所為で逆に訳が分からない。

 そんな困惑の視線を向けると、フライトは困った笑みを浮かべながら、再び説明をし始めた。

「実は現在――いえ、最初の勇者が召喚された百年前当時から……既にその頃から彼らがもたらす異世界の知識、技術――物産がこの世界を席巻していたのですが……その中で、あなた方の世界にある『鉄道』なるものが再現された結果、この宿場町の価値そのものが失われてしまったのです」

「あ、交通革命か」

 なんてポピュラーな衰退理由。

「他にも飛行艇や車などが開発され、主要産業である宿泊業に少なからずダメージは出ていんだが……ここ最近は特に勇者が頻繁に呼ばれるようになって、様々なものが急速に普及しているんだ。その煽りで、宿だけでなく土産物、工芸品なんかも売れなくなってしまってね」

 趣味、娯楽、嗜好品、贅沢品が売れなくなったということは、

「……えええ? 生活観も変わった……ってことですか?」

「ええ。それで、こんな寂れた宿場町、農村未満の土地じゃ暮らしたくないとか、そもそも暮らしていけるだけの収入がえられない、とね……人口の流失が止まらない状況にまでなってしまって」

 異世界なのに……理由がなんか物凄いしょっぱい。世界の危機とか疫病とか魔物大発生とかじゃなく、ただ単に時代が変わったからとか。

 ここ、本当に異世界なのか? ただの現実じゃないのか?

 しかしどの国でもありがちだが、外交をしているなら異文化、異文明の流入によって現地産業の駆逐が起こりえるというのは分かる。

 より優れたものが、より劣るものを下すなんてあたりまえのことだ。その対策に関税や、輸入制限等があるのに。

 食い止められなかったのか? いや、宿場としての衰退が一番の理由だ。それは前述の対策ではどうしようもない。止めを刺したのがそれ以外だとしても。

 それが異世界で、原因が勇者とかいう変人の所為だなんて……、

「……なんていうか、その辺、勇者の人達は何も考えてなかったんですかね」

「ちゃんとこの世界各所の王や国、行政に忠告はしたらしいけど、必要な痛みだ、ってことでね」

 ガストは商人としてか、クレバーな口を挟む。

「でもなんか、罪悪感を感じるなあ……」

「いえいえ。元はといえば魔王を倒すために異世界の人間を募った我々が原因ですので。そしてそのおかげで世界全体としては最盛期を迎えつつ在りますから」

「その恩恵にあずかり確かにこの街の庶民の生活水準も大きく向上して、そのことについては皆大変感謝しておりますよ」

 再びフライトとガストが口を揃えて言う、それが嘘ではないということは、皆が頷いているから間違いないだろう。

「それに当然ながら、この町でも対策を取りました。宿場の価値それ自体が薄れた以上は産業の転換を図ろうと、元よりある宿場のもてなしや民芸品――手工芸や技芸などを発展させ、ただの宿場ではなく泊まることそれ自体に価値がある、観光を楽しめる街にしようと目指しました……ただその努力が上手く実らなかっただけです。決して勇者様の所為だけ、という事だけは、ありません」

「そうですか……何でうまくいかなかったのかは、訊いてもいいですか?」」

 そこに原因があるのなら、二の轍は踏まないようにしなければと思う。

 しかし、

「……それは」

 そこでフライトの顔がこれまでになく剣呑に曇った。

 なんかあったのか。いや、真夏の真っ黒な積乱雲並みである。雷が落ちそうな――普通じゃなさそうな。

 いやな予感はするが踏み込もう、問題は先延ばしにするほど怖さが増すのだ。

「……あの、何かあったんですか?」

「ああ、すいません、ちょっと嫌なことを思い出しまして」

「はあ」

「……そうですね……これも話しておかなければならないでしょう。以前、街の発展の為にここにはない技術や知識、感性を取り入れる為に、役場の方で出立金を用意し職人の卵や街の若者を外に送り出したのです。が……送り出した彼らが、帰って来なかったのですよ。それも、出立金も返さない者までいて……」

「奨学金……借金――の持ち逃げっすか」

 溜息、町長フライトは、鉛を喉に詰めたよう重々しく、その肩を落とす。

 クソ、ふざけんなよそいつら。

 そう思うけど、本当に悔しいのも苦しいのも町長なので口には出さないようにする。

「……どうしてまた……そんなことしたら迷惑なんてもんじゃすまないことぐらいわかるでしょうに……役場から、ってことは、この町の税金か何かから出てるんですよね?」

「意気込んで出たものの、二年、三年と、徐々に帰郷を延長し、多くがそのままそこに商人や職人として居着いてしまったのですよ……。都会の利便性や暮らし安さ、贅沢さに目が眩んで、またはそこで大切な人が出来てしまって……。出立金を返さないものはごく少数でしたが、若者の町離れが加速したのは何よりも痛手でした」

「……うーん」

 奨学金を返さない、それは別として。

 責任がある、とは言い難い。彼らにとっては住む場所を変えただけだ。

 目的を忘れて個人の生き方に走ったのは、無責任ともいえるかもしれないが。人生をどう生きるかなんて、他人が決められることではない。

 ……一応、街の事業を転換するのに必要な余力は当時十分あ、若者が街に帰るまでの間持ち堪える為にも、名うての商会を誘致したりして、街の現状維持と改善もしていたらしいが。

 目算は外れている。

 が――でもその田舎あるある、よくあるよ。

 大学で都会デビューして長男帰って来なかったとか。地味女がギャル化して夜の蝶になってママ化しちゃったとか。ここ、ホントに異世界の問題なのか?

 うーん。 

「……でも、誰も帰って来なかったんですか?」

「……全く帰って来ないというわけではありませんでしたが」

「じゃあその人たちは――……って、ああそこは……」 

「職人や商人としては一人前、単純に店を持つだけならともかく、街を発展させるほどとなると駄目だったんだ」

 やはりか。どうにかなってたら俺がここに呼ばれるわけないし。

 そんな有能な人が居たら、そもそもここですでに一旗揚げててもおかしくなかっただろうし。

「他にも理由は様々ですが、概ね優秀な者が帰って来なかったのは、その土地が行う囲い込みの所為も多かったですわね」

「……え? 囲い込み?」

 なにそれ。ブラック企業か?

「技術を持った職人の出国規制や、技術を学ぶそれ自体に帰化が必要、スパイ行為に対する重罪、情報漏えいに対する密告制度――でもまあこれはまだ穏便な方で、時代や相手によっては修行中はちょっとした軟禁でトイレに行くだけでも監視が付くとか。間違ってでも故郷に帰ろうとすれば地のマフィアに目を、腕を、足を潰され穀潰しにされて帰される、なんてこともあったんだよ? 弟子入りし技術を得るならその町の娘と結婚、一角の職人に成れるとわかれば職人の娘婿や養子にして店子を任されるとかして身動きできなくさせる、なんてのはまだ善良で上等な手段なんだけど……」

「……ちょっ、なにそれこわい……最後の方なんかぶっちゃけハニートラップなんじゃ」

「正当な政略結婚ともいいますわ」

「うおう」

 いや、ほんとファンタジーじゃないわ。

「――まあ概ね、弟子が商売敵にならないように、自身の土地の売り上げや、輸出品の価値が落ちないようにとの対策になんですのよ? 生活と利益を守るためには当然のことですわ。それに、才能が有るのでしたらそれこそ人材として確保しておきたいわけですし」

「あ、なるほどねえ……」

 で……フライトが怨念めいた顔をしているのは何故? 

 と、視線を送る。と、その理由をガストが語ってくれた。

「……彼は可愛がっていた息子さんを、職人の娘さんに取られてしまってね」

「……胸中お察しします」

 被害の爆心地だったのか。

(――やばい俺本末転倒とか言っちゃったよ)

 彼に眼を向けると、彼は既に殺人機械人間を止めようとしていた。

 うん、どう慰めたらいいのか分らない。

「それもようやく帰郷というところでね――本気の恋だったとか、子供も出来ちゃって帰りたくても帰れない状態らしくてね」

「……町の予算を割いて送り出したんだぞ……それを、あの、バカ息子め」

「まあ裏は取ったけど、美人局じゃなかっただけいいじゃないか」

「あ、自由恋愛の結果すか?」

「ええ。……お父さん、最初から手紙で『真面目にお付き合いしてる』って、子供が大人になって向こうの店を継いだら、ちゃんとこっちに帰ってきて暖簾分けもするって師匠さんと約束してるって言ってたでしょ?」

 ミーナさんが非情に困った様子で取り成そうとする。が、

「それじゃ街の再興には間に合わんだろうが! いや、一番の問題は勝手に向こうで式まで上げて――その式をこっちには知らせず呼び寄せなかったことだ!」

「ええ? それはちょっと――」

 擁護不能である。

「それもうっかりお父さんが『勘当だ! 死ぬまで戻ってくるな!』って、言っちゃったからでしょ? 私は出たよ?」

「なに!? ……あれか!? あのときか!? お前の友達の、ソフィーの結婚式に出て来るって!?」

「あの、身内話はその辺にして――」

「す、すみません、勇者殿」

「あ、出来ればその呼び方、止めてください。出来れば年相応で」

 途中からただの親子喧嘩と結婚にまつわる顛末になってしまったが。

 まあなんにせよ、伝統とか地域工芸ってそんな側面もあったのかと思い知らされる。いや、現代でも軍事技術や科学技術、特許の囲い込みはあるし――

 でも、他に方法はなかったのか? 

 金の問題なら金で解決できないのか。例えば……

「……でも、加盟料を払ってフランチャイズとかレシピの買い上げとか技術提携とかそういう仕組みはなかったの?」

「そういうのはここ最近出来上がりましたわね。でも、そういうお店なら既にこの街にもありますし、なにより独自色として『この町』を盛り立てることには向かないでしょう?」

「ああ、それもそうか――」

 ま、コンビニが出来ました! で、住民が帰ってくるわけないか。ついでに言うなら、移住者も。

「……なんにせよ、今回みたい他人の技術を取り扱わせて貰うためには、せめて同等の価値のある何かを取引するのが常套手段だね、予期される損失の補填って奴だ」

「刃傷沙汰になる最悪のケースの大概は、それを用意せずに技術だけ持ち帰ろうとした結果ですわ。それを避ける手段として最低限、役人、商人に、その土地の顔役と許可をもらい職人に繋いで貰うこと――そうすることでおおやけの商売、いわばまつりごとの一つとして成り立たせるんですわ。そうすれば地の者もおずの手を出せなくなる」

 金の問題なら金で解決できたということだ。

 いや、つまり今さりげなく政治家とヤクザの繋がりが絶対にあることが……何も気付かなかったことにしよう。

「……でもあれ? この町がしようとしたことは、実は、実質として技術の盗用だったんですか? 仕事は盗んで覚えろとか言いますけど。それとも、この町はそういう交渉をしなかった?」

 何も言わずにただ弟子になって盗むもん盗んだら故郷で店を持とう……と?

 うんうんと感心するように商人親子がこちらを見ている。そして町長の眼が逸らされた。

「……あ、半分自業自得? 持参金が足りなかった?」

「それもありますが、いえいえ。この町は元々が農村上がりの宿場町ですのよ?」

「? それが?」

「それぐらいぐらい自分で稼げる、と言う事ですわ」

「……うん? つまり、他に欲しいものがある?」

「ええ。これは職人と職人のやり取り――職人にとって一番の財産は、技術ですわね?」

「あー」

「この町は町としての歴史が薄く、連綿と続いた文化、価値のある伝統もなくこれといった特徴がありませんの。だから当然ながらそこに住む職人さん、学者さんのレベルも決して高くありませんのよ」

「――つまり、技術的な取引材料がなかったと」

「ええ。特にここ最近、勇者様のもたらした数々の知識や技術が氾濫するようになってからそういったものには頼らない職人各位の感覚の技術には厳格なのですわ」

 他にも、元々営んでいた農業でもこの辺りで作れるものでは特産や名産にはならないものばかりですから種も苗木も売れない。広大な農地でもありませんから特別安く売ることも出来ない――街道町としても、流通の要である西のビックデーンの立地には敵いませんし、新たにひかれた街道で東隣のダリノ・ロックボートにも鉱物資源の原産地として人の流れを持ってかれていますし、北のトメントーサには酪農、木工技術、自然の豊かさでも負けている、と。

 短くまとめて、

「――ハッキリ言っていいとこ無しという以外特徴がないのが特徴?」

「ええ」

 町長親子の心のすすり泣きが聞こえてくるのは気の所為かな? 

「……せめて、秘境めいたぶっ飛んだ田舎なら観光地として需要がありますのに、そうでもなく――」

「もういい、もうわかりました。そのへんで止めて上げてください」

 ……そんな状況で、若者どころか、このままでは将来がないからと住民たちが総出で出ていこうとする始末なわけだ。

 いやもう滅多打ちである。町長のHPがみるみるゼロになって――ていうか既にしくしく泣いてるよ。

 見事な土気色だ。娘はその背中を懸命に叩いていた。

 もうちょい手加減しようよとトリエを見るが処置もなしと肩を下げられた。

 ますますどうしようもないな……。

(……いや、これ本当にどうにか出来るのか?) 

 ただの高校生に出来る範囲をすでに超えてるだろう、人口流出って――何すればいいんだ? 人が住みたくなる町づくりって何? ていうかそれ、やっぱり勇者が解決する問題じゃないだろう?

 ただの一般人の俺には――

(俺、本当に帰れるのか?)

 そう疑問するより、他に無かった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る