6話「異世界の街、勇者の召喚事情 その2」
気を取り直す。かなり絶望的な問題だが、町おこしだって現実の世界では普通の一般人の方々がすることだ。
ならきっと出来るはず――筈!
とりあえず、問題を整理しよう。
まず、住民が減り続けているということの問題点。
現状の維持と改善にはもう力を入れているらしいが――それで人が出ていかないならもう助けを求める必要はない――つまり今のままではいけない。
何がいけないのか。勇者の作った鉄道の所為で町に人が来なくなったことだ。
都会の生活と比べて、ここでは生きていけない理由ってなんだ? 生活の豊かさってなにで決まる?
やっぱり仕事と――
(うーん……)
その、金も人手も技術も無いところでどうするのか。おそらく時間もだが。
そこで再認識する。
「あー、……だから俺が召喚されたわけか……」
「ふふふ、ご明察ですわ」
それを作り出す、人手と技術だ。
それも少なくとも、この街を衰退に追いやった勇者と同等のものが見込める。
目には目を歯には歯を。勇者の商品で衰退したなら勇者の商品――そこはなんとなく納得した。
この町に町としての独自の売りが欲しい。でも、歴史がない。伝統がない。人も技術も呼ぶのにお金がない。この世界で来てくれる人が居ないのなら、更に外から呼び込むしかなかったというわけだ。
なるほど、少なくとも、この町の住民だけでは無理だと判断したわけだ。
そして、この世界の住民にも――
……なら、あと確かめるべきは、
「……この世界、魔法とかあるのに、勇者の商品ってそんなにすごいんですか? 」
「――ボンド君は、その前に何故、町おこしに勇者を? と、疑問に思わなかったかい?」
ガストが問う。
「それは真っ先に思いましたが……」
それは当然ある。だって、この世界の歴史や文化やら技術が、ほんとうに現代社会の勇者が作る物に敵わないのか? と思う。
俺をこの世界に召喚した、科学よりよっぽどすごい魔法やらなんやらがあるだろう?
それに、その土地に合うものって結局その土地のものである事が多い。
文明技術というより文化の生活感、価値観との相性だ。
海外でラーメンがもて囃される様になったのは、スープの熱さも麺を啜ることにもお互いの理解が生まれたからだろう? それまではお互いに自分の文化を主張し合って否定していたのだ。
だったら、そんなにポピュラーになっているのはおかしいと思うのだが。
「ネームバリューだよ。かつて魔王を倒したという勇者の。そして勇者の作るものは概ね、何でも出来る魔法に頼っていたこの世界の人間には思いつけない物ばかりで刺激的で――分かれば魔法より遥かに便利だったんだよ」
「うーん……? 魔法って不便なんですか?」
「一応誰にでも使えるんだけど、理解力や想像力の問題もある。使いこなせれば便利だけど、歳を取れば衰えるし、ちょっとした体調や心の具合で使えなくなってしまうから……安定はしない、っていうのかな」
「あー、そういうところがあるんだ……」
要するに、人の能力によるのだ。しかも風邪とか肝心な時に使えなければ意味がないだろう。
それと、やっぱりカルチャーショックか。便利だっていうのが一番だろうけど。
行政の役割で現地産業や文化保護のための規制やテコ入れとかしても、その上が魅その力に落とされてたら意味ないしな。
「納得できなかったかな?」
「あ、いえ。じゃあ俺がするべきことっていうのは、新しい何か……俺の世界にあってこの世界にないものを作る――知識や技術を提供するってことで、いいんですか?」
「うん。それを我々がこの世界の文化や風習に合う形で落とし込むから」
「なるほど」
その辺はもう分っているんだな。
だが言わなければならないことがある。
「……でも無理でしょうね」
そう、だって俺は普通の高校生だったのだ。
工業とか農業とかそういう学校に通っていた訳でもないし、趣味や得意なことや特別好きなことをとことん追及する質でもない。勉強は予習復習はしてもテスト前は一夜漬けでやったら基本忘れる。
「専門的な知識どころか、そんな真面目に勉強もしてないですし」
「なら、本当になんとなく思ったことを口にしてくれればいいから」
「そんなんでいいんですか?」
「生きてる場所が違えば、色々な物が違ってくるからね――そこに気付いてくれればそれだけで上々だよ」
責任の分かる人で助かる。そんなうろ覚えの知識で作ったものなんて危険極まりないだろう。
で。とりあえず思いつくことをなんか言っていけばいいのか。
それぐらいならなんとかなるか。結果は分らんが。
「……じゃあとりあえず町を見れますか?」
「おお、早速ですか!?」
町長がよろよろと息を吹き返した。でもHPはまだレッドゾーンのようである。
「はい。あ……でももうここで話すことはありませんか? あるなら今のうちに話しておいてもらいたいんですけど。この世界の風習とか、危険な事とか、そういうの」
さっき、さらっと魔王とか言う単語が飛び出るくらいである。
それなら、魔物とかそういうのもいるだろう。他にも文化の違いで白旗が徹底抗戦の殲滅宣言とかそういうだったらシャレにならない。
だが、
「――ああ! そうでしたそうでした。ではその世話役についてお話ししましょう」
なんか町長が嬉々とし出した。何故だ? 何があるんだ?
ていうか、
「世話役?」
「ボンド君はこの世界に来たばかりだから、この世界の常識や暮らし方を教える人間が絶対に必要だろうと思ってそんな人間を既に用意しておいたんだよ」
「あーそれは助かるんですけど、期限はどれくらいですか? 常識を覚えるくらいまでは居て欲しいんですけど」
「大丈夫だよ、これから君と商人や職人を繋ぐ地元のパイプ役になって、街興しで物を作ったり事業を立ち上げる手伝いもするから、これからほぼ常に一緒に居ることになるんだ」
「あっ、そうなんですか?」
それは結構重要な仕事なんじゃないの?
「――うちの娘と、町長の娘さんが」
「……え? あ、この配置、そういうこと?」
何故だかあちらではなくこちらの座布団に座った二人。
「そうなんですわよ?」
「……ええっと、じゃあこれからよろしくお願いします。トリエさん」
右に向き、座礼。
「ご丁寧にどうも。こちらこそどうぞ宜しくお願いしますわ。勇者様。私はこの町の紹介や職人などの繋ぎ役です。そして町の一般住民との繋ぎ役は町長の娘さんがしますわ」
左に向き、座礼。
おっとり系の町長娘、ミーナはにっこりと朗らかに微笑みを返し、よろしくね? と首を上品に傾ける。
それを満足げに、町長は見遣り、
「……さて、それでこれからの生活は、我々どちらかの家で暮すことになるけど……どちらがイイかな?」
うん?
「……どういうことですか?」
いきなり他人と暮らすと言われても、訳が分からない。
「事情を知ってる誰かと一緒に暮らした方が、君がこの世界の常識や習わしを覚えるのに丁度いいだろう? だから僕の家か、フライトの家で預かることにね」
「ああそういうことですか」
なるほど、この世界の常識や文化を学ぶには、その方がいいだろう。
が、何より町長のその笑顔になんとなく野望めいた感情を感じる。
これは……。
「……ええっと……なんか心苦しいんですけど、誰かのお世話になるとしても、とりあえず日雇いのその日払いの薄給でいいんで、バイトとか仕事ありません? 出来れば将来は一人暮らしを希望で」
いや、半分ただの思いつきで言ってしまったし無謀なのは分るのだが。フライトは仰天し、ガストは何故か面白げに感心している。
「なっ、何を言ってるんだねボンド君!」
「いや、ご親切や町おこしをする都合もあるんでしょうけど。こっちとしても……それを頼むくらいなんだから、町の予算に余裕がないことも分るんで。だからただ誰かのお世話になるだけなのはちょっと。それに、ちゃんと町おこしが出来るのかどうかも正直また未知数ですしね。それだったら最初から? そことは関係のない所で、この町の住民になろうとしておいた方がいいんじゃないかと」
「……その気持ちは嬉しんだが、しかしそれはこちらが無理を言って頼んだことをして貰うのだから……それに、町おこし以外の仕事に手を出されても……」
「まあ、そうなんですけどね……でもやっぱりこうした方がいいと思うんですよね」
「……それはどうしてだね」
まず、誰かのお世話になって、楽をしながら悠長に生活し勉強している時間なんてあるのか? ということ。
それなら最低でも今から死にもの狂いで始められることを始めたほうが良いと思うのだ。なんせこちらは凡人なのだ。他人を越える結果を得るには二倍三倍と努力しなければならない。こんなせっかくの歓迎ムードのところ悪いが、ぶっちゃけ今からあえて苦境に飛び込まなければならないと思う。
それに、
「なんていうか――、これが町おこしに、結構関係が出て来ると思うんですよね」
皆の視線が静かに集まっている。そして、
「……なにがかね?」
町長の言葉に同意するように――おい止めろ、緊張しちまうだろうが。
直感と言うか、なんというか、町おこしをするにせよ、この世界の事を学ぶにせよ、自活できる資金力を得る為にも――
「……ええー、仕事って人に必要とされることで出来てますよね? だから、この世界の仕事が分かればそれは町おこしにも繋がります。それはこの世界の常識や習わしを、何から何まで面倒を見られて他人ごとにこの街を眺めているより……うまく内情を味わうが出来ると思うんですよね」
我ながら、こじつけ染みているが、中々的外れではないと思う。
みなの丸くしている眼が証拠だ。
まあ他にも、更に小さな打算としては周りに甘えようとせず頑張ってる自分を作っておきたいところもある。
打算的な善意、偽善で悪いが――
町おこしのために頑張る、と言いつつ、その経費で世話され潤沢に暮らしているってどうよ? 頑張ってるなんて見えないだろう?
……そんな人間の言う事を聞く気になれるか? なれないだろう。
状況を整理した時、何の危機感も持たない呑気な若者が、外から来ていきなりごちゃごちゃ言ってる――そんな風に見られないと言えるだろうか? そう、バイトでもよくある話「入りたての新人がなにを偉そうに、意見だぁ?」だ。
建設的に見える偽善も偽善だが、これも処世術である。生きてる人の印象って、普段から何をしているとか、見ていないようで割と人は見ているし想像はしている。
単純に、自分がこれからしようとしていることに対して筋を通すということでもあるが。
多分、今一番しなければいけないのは価値観の擦り合わせ――
現状に対する危機感の共有――だと思う。
その辺は、彼らからの話だけではあまり伝わってこなかった――伝えようとしていないようにも思えた。それは
どのみちこの世界の生活観、価値観が分らないと、この町に合うアイディアなんて出ないと思う。幾ら勇者製品を作ってほしくても、そこで実際に暮らす人の不満や欲求、生活スタイルが分らないと何も思い浮かばない。
何かが欲しいって欲求だ。自分が何かを欲しいと思うのなら――
飢える必要がある。もちろん、なんとなく町長の笑顔に陰謀を感じたからでもあるのだが。
「――だから理想はそうですね、この街の困ったこと。家庭の手の足らないところ、男手の欲しい人、細々としたお手伝いをするような……何でも屋? みたいな仕事――もしくは職業ってあります?」
「そ、そんな子供でもできることじゃなくてもっと大きなことを君にはしてほしいんだがね」
「じゃそれっぽいことを農業、工業、サービス業問わずで下っ端から」
「いや、だから君には町おこしの仕事がだな」
「いや、だからその大きなことをするために必要な事なんですよ。調査費用が掛らない
「……ううむ、いやしかし、そんな仕事にもならない仕事は……いや、第一それでは生活自体することが――」
「それももっともなんですけどねー」
家事手伝いは職業にあらず。
唸りをあげ頭を捻るフライトは、一応こちらの意見を聞きそれを尊重しようとしてくれていることが分った。どうやらそう話の分からない人間でもないらしいが。いまいち経営者としての度量と言うか器と言うか余裕が足りない気がする。
それとも、やっぱり、普通の人間が問題に対してそうそう的確なことなんて言えないか。
しかし、やれと言われても出来ない期間はどうしたって出来る、ましてアイディアを出すだけなのだから並行して他の仕事もしていたほうがいいと思うのだが気のせいだろうか。
そう思っていた時だった。
「――そういうのは冒険者ギルドの分野だね」
「冒険者ギルド?」
ガストが言うそれはあれだろうか。RPGやネトゲでありがちなあれだろうか。
「うん。魔物がいる危険な場所に行って、貴重な鉱石資源や薬の素材を調達してくる専門家の集まりだね。もっとも、ボンド君の欲しがってる街の中のお使いレベルじゃ、ギルドも依頼自体を受け付けないだろうけど」
「へえー、そんなのがあるんですか……」
大抵のゲームは街の何でも屋的なものだが、この世界の冒険者は冒険という言葉らしい冒険をするようだ。やはり海を駆け巡ったり秘境を探検したりするのだろうか、そこはちょっと気になる。
「……そこでなんだけどね」
「はい」
「それでさっそく起業してみたらどうだい?」
……俺がだよな。何言ってるんだこの人。
「起業って、会社を作るって――? いきなり無理じゃないっすか? そんなの俺出来ませんよ?」
「いや、君の提案は立派な需要だと思うよ。特にこういう男が出稼ぎで軒並みいない町では。男手はどこも欲しい筈じゃないかな? もちろんフライトの懸念通り、生活できるようになるまでじゃないけど――それも町中から仕事をたった一人で集めるのだったらどうにかなるよ? 今すぐ独立、自立は無理だろうけど」
「そうですか? それ位になるんなら是非そうしたいんですけど」
「いっそ町役場の一部署として依頼を受けるって形なら? 一定の給金も出せるし、町の人は無料で依頼を頼めるよね――実質税金だけど」
そして、それなら……ギルドの方に話を前以て通しておけば商売を掠め取る相手として睨まれることもないだろうし。いや、むしろそういう困った勘違いの依頼用の下請け業者として歓迎されるかもしれないかな。そういう依頼は本来冒険者の人となりを調べるのに使うらしいけど上手く提携すれば――支部のないところなら逆にギルド向きの仕事があればそれを彼らに紹介してその仲介料を……いやいや。などともう何やら独り言のように思案に耽り始めた。
そして、
「ボンド君、この話ちょっとうちで預かってもいいかい? 手始めにギルドのないこの町専門の個人操業にすれば問題ないし人手も融通しよう。これなら町おこしのプラン作りにも時間を割けるし悪くないと思うんだけど、どうかなフライトも」
「なっ、ちょっお前おい勝手に!」
「フライト、これなら依頼がない時は役場の人間として働くことも出来るから、彼の身分も町おこしに自然に関われるし、暇を弄ぶこともないだろう? 町興しの正式な役員にするにもとても都合がいいよ?」
「お、う、……うーん……」
「その方が彼もお金を使いやすいだろうしね」
「そうっすね。労働もせずもらった金で生活なんかしたくないんで」
「あ、ああ。確かに、それがいいか? ……よし、じゃあそうしよう」
なんかトントン拍子に決まった。
やり手の大人ってなんかカッコイイよな。こういう風にズバズバ働けたら気持ちいいんだろうと思う。
それにしても、
「……お父さんひょっとしてヤリ手?」
「普段は割とドジッ子ですわよ? 勢いが出るとこうですけど」
すっかり仕事モードで大人二人は子細を詰め始めている。こちらが振った話なのに彼らが持って行ってしまったわけで。
そこで所在なげにそれを見守っていたところ、
「……儂からも二、三聞きたい」
領主バンナムの、重々しく、眉間の皺で口を開いたような声を聞いて、
「はい。……なんでしょうか」
思わず畏まった。一番目上の人間だから。
なにより、今までただ黙って見ていたのに一体どうしたのだろうかと。
不安になる。
彼はその老年に刻まれた年輪のような重厚な眼を開き、
「勇者よ――お主はそうしてこの街に必要なものを知ったとして」
言う。
「――それで具体的に、どのようなことをするつもりなのだ?」
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