7話「異世界の街、勇者の召喚事情 その3」
具体的に説明しなさい――
はい。ええ。ふわっとした若者キラーなセリフですね? 何も考えてない我々若者が一番困るワードです。ええ、もしくは意識高い系の口先だけ方々とか、ね。
まるで釘を刺すようこちらの奥底を見透すような眼である。
何か懸念でもあるのか? 疑り深い視線をそう思いながら、
「……そうですねえ。正直皆目見当も付かないんですけど」
――正直に無理めだ、と話すことにする。
やってみなければわかりません……じゃあダメなんだよなあこの手の質問って。
なんでかというと、これには全く別の意図があるからだ。
これは、その人の人間性を見るときにする質問だ。
準備も覚悟も出来ていないとき、人はどうするのか――それは、咄嗟の判断になる。そこで取った行動には地力はもちろん人間性が出る。
新しくゼロから何かを始める、というときの対応の一例として見れるだろう。そこで出た答えを見て、自分の会社に向いているとか、向いていないとか、欲しい人材かどうかを判断するのだ。だから正直に答える。でないと、この時着いた嘘や無理が後で自分を祟ってくるのだ。それに大人は声に乗った感情で嘘かどうか、自分を隠しているかなんてすぐに判断してくる。そんなことするだけ自分にマイナスなのだ。
まあ、バイト先の店長からの受け売りだが。
「とりあえずはこの町の町おこしにふさわしいなにかを作りたいんですけど……」
「……うん? 己の世界の物を作るのではないのか?」
「そのつもりですが、先ほど聞いた通り、自分の世界の物そのままじゃダメですよね。さっきガストさんが落とし込むって言ってましたし。私は普通の――取り立てるような特技も知識もない人間なんで、向こうの物をうろ覚えで無理に作ろうとしても、まともな物なんてかえって出来ないと思いますし」
誠実に誠実に。出来ないことは出来ないという。もし出来ない事をできると言って迷惑がかかるのは自分以上に相手なのだ。
虚勢や見栄を張っても一文の得にもならない。
……まあ、こちらの事実上の降参宣言に、数名が目を丸くしているが。
「……では、これからどうするのかな?」
「そうですね……町おこしっていうからには、余所の真似では意味がないと思うんですけど、本当にその街にしかないものなんて、それが在る所の方が珍しいですよね……なら、発想を転換して、この町だけのものではなく、どこにでもあるものの中で、この町で、人を惹きつけるものを探せばいい――と思います」
アドリブだが。今、まさにそう思いました。
多分間違っていないと思う、町おこしに初め必要なのは、個性や独自性でもなくていい。
真似では意味がない、と、言ったことと矛盾しているかもしれないが、これはただ後追いで同じことをそれより低いレベルではやらないほうがいいだろうってだけだ。
ただし、同じことをしても、それ以上の物が出来るなら、それはものまねでもオリジナル以上の価値があると思える。
まんま、ものまね芸人のようだが、それとは違う。
進歩の事だ。町おこしに必要なのは総じて一言――魅力なのだが。この町に足りないのは時代の変化――世界の代わり様に置いて行かれた部分である。そこを発達、発展させるのが必須なことは間違いない。
この町には何らかの進歩が必要だ。やはりそこはなんとなく的を射ている気がする。
――でも。それをやろうとしてこの人達は失敗したからそれをどうしようか、と言う話なのだが。
まずその為には……。
「だから――その為にもまずは、この町のこと知るつもりです。そういう面でも、この町の町おこしをする上で、実は今一番自分が足手まといだと思います。――勇者だけど何せこの世界のことを俺はほとんど知りませんから」
現状、この世界での俺は、職業:勇者Lv1なのである。
実際には、職業:町人A Lv17(年齢)なのだが。
だったらレベル上げだろう、と思うのだが――
「……なら、町おこしとは、具体的にどのようなことであるかな?」
「……うーん…そうですね……きっと……」
質問と応答がループと焼き直しの連続に見える。
同じ質問を繰り返して別の答えが出てこないのかを誘っているのか? とも思いたくなる。
でもこの『具体的に』は、さっきとはちょっと違う気がする。
真面目な場面で同じことを二度聞く大人は殆どいない。しかし、本当に大事なことは二度言って聞かせて来る。
多分、こんどはこちらの姿勢ではなく――こちらが町おこし、というその本質を捉えているかどうかを話せ、という質問だ。
なので考える。町おこし――町が興るって何を指すのか。
語感的にはその町が目立つ、キャラが立つ、みたいな感じだが、町に個性が出る事だろうか? それはそこに住む人が決める事だろうか。それとも外に住む人だろうか。それとも、誰の目に見ても分かる数字の評価だろうか。
それなら町おこし、なんてただのイベントみたいなものの言い方はしない。それなら単純な商売の話とか地方自治の計画の話になる。なら、キャラでも個性でも金でもない――精神性だろうか――
町おこしは、それをすることで起きる、精神的な変化が本質なんだろうか?
町の心って何だろうか。いや、そこに暮らす住民のことなんだろうけど。
つまり、町おこしで住民の心にどう変化が表れるのか――なら、どう心が変化すれば町おこしとして成功なのか?
――心が変わるなら、どんな風がいい?
そりゃ当然、
「……多分、人を元気にすることなんじゃないのかと」
領主の眉間の皺、そして、厳格そうな眉が上がった。
琴線をそれは掠めたのか。まったくの外れではなかったということだけは分かる。
精神性についてはこんなところだろう。あとは、事業を成すうえでの具体的な目標も上げなければと思う。人口流失が問題だしな。そこは、最初に町長が言っていたこの街の問題を解決することである。
「――それから、根本的に街を賑やかにすること、で、人を増やすことですよね」
現時点での、具体的に、は、多分これで出そろった。
となると問題は、この後実際にこの町でする方策のことになる。
この町に仕事が――将来が無いから住民は出て行っている。都会が便利だからとか、それだけではなく。
多分、この町で仕事をしても根本的に人が来ないから、いずれは必ず、それをしても無駄になると思ったのではと思う。都会の方が住みやすいとか便利と言うのは、単にその言い回しで。
この町に人が来ないのは、鉄道で、足や馬車旅をするその必要がなくなったから。
それは過去の時点での問題。現在もそれが継続しているのは、観光事業に転向するのを失敗したから。つまりは、この町に泊まる魅力が無いから。
つまり必要なのは、外から内からも見ても、魅力的な街づくりである。
……か、それからも全く離れた主産業の転換――になるはず。……いや、凄い難題だよなこれ、改めて無謀だと思うわ。
思うのだが、
「……」
「……」
そんなことぐらい、分ってんでしょう? 大人なんだから。
いや、そんなに見られても。
「……えー、これ以上何も言えません。以上です」
「……そうか……」
領主はこちらを見て、ふむ、と、何やら思案すると沈黙した。
降って沸いた自己PR&質疑応答は終了した。
そこそこ満足げだ。ありがとうラーメン屋の店長、休憩中に聞いた就活メソッドが役に立ったのかもしれない。
「……で、あとはやっぱり、君の住む場所の問題かな。最初は誰かに面倒を見て貰いながら覚えた方が良いと思うけど――娘の料理は絶品だよ?」
「はあ」
あ、ガストさんが復帰してきた。まあ、あんだけ自分語り染みた会話してれば当然か。
そしてホームステイの話ですか。そうですね、そこは何一つ話が済んでなかったですね。ていうかこのガストって人はやっぱりやり手っぽい。さり気なく町長の家ではなく自分の家を勧めてるし。
「で、どうするかな?」
「ぐ、貴様、またさりげなく自分の好いように事を運ぼうと」
「うちは自由恋愛推奨だからね。あとは自己責任で。まあ、彼とは気が合いそうだけど」
「あ、これそういうこと? ただのハニートラップ?」
「大人たちのバカな算段ですの。子供は全くそのつもりはないのであしからず」
「歳とか現実を見たらなりふり構ってられないけどね~。勇者様、本当にごめんなさい。トリエも、本当にごめんなさいね? 父も本当に悪気があってこんな提案をしてるんじゃないんですが」
「まあ、町の為となったら立場上必死ですよね」
「――ごほん!」
娘たちの暢気な会話に正気に戻ったのか、町長は咳ばらいを一つ、
「――で、どうするかな? 現実問題、今すぐ君を受け容れるとなるとそれが出来るのはこの町でうちか彼の家ぐらいぐらいだと思うが」
「そうですかー」
どのみち選択肢はないんですね?
でも、どちらかを選ぶとしたらどちらだろうか?
……うーん。正直、どっちでも変わらないような気もするが。
悩んで視線を行き来させていたその時、上座に座っていた神様が、
「ガストや。そこに儂も入れて貰うぞ」
そんなことを言い出した。
「――ミナカ様がですか?」
「まあ面倒を見るのは主にミコトじゃがな」
「えっ」
神様の提案に巫女が面食らっている。
あ、アドリブなんですね?
「なあに、ここで養う分のもお主らのところで囲うのも変わらんであろう? むしろよほどのバカか何かでない限りは手を出そうとはせんし、仮に出してきてもどうとでもなる。下手に女を宛がうよりこのほうが安全ではないのか?」
「ええ。確かにそれが一番安全ですが」
「――安全? 安全って何? え、何か危険なの?」
「勇者の知恵や権威を狙って、またはその所為で職を失った者たちの恨みの矛先が向かんとも言えぬからの」
「……うええ?」
割と真面目な理由だった。そうか、だから町の名士てきな人達が囲おうとしていたのか。田舎っぽいしな。
「う、うーん……」
想像以上に、ちょっと複雑な状況だったようである。
これは一人暮らしなんて言わずに大人しく誰かに囲って貰うべきか。
でも政略婚はちょっと――でも本人たちは関係ないって言ってるし。
それとは関係なく完全な安パイだと思われる神社は、全く無関係?な命さんが世話役をするという超マイナス要素が存在している。
だが、好きでもない女となんかやりたくない。確実に他の二つより気が楽だ。それに世話の問題なら俺がこの世界の常識を覚えるまでの少しの間だ。家事も覚えれば元々の彼女の負担も減らせるだろう。
でも! 心の準備もなく知らない男の世話をさせられる女の子の気持ちは――!
眼でちょっと彼女の反応を見てみる。
狐の半面を着けた巫女さんは、素知らぬ顔ですっと視線を返してきた。
頷いてくる。
私なら大丈夫です。と言いたげだ。ああ、さっきの約束を思い出したんですね?
覚悟を決めた顔をしてらっしゃる。ああでも、まだ罪悪感に塗れてるんですね? 大変悲愴な顔をしていらっしゃる――ああああ、むしろどんと来いとまな板の鯉のような死の寸前の自然体でいらっしゃる!
……止めた方がいいかな。
でも、その物言わぬ様子を見ていると……。
放っておけない気がする。脳裏を、胸の鈍痛を引っ張られる。
魅入っていたわけではない。が、
「……確かに、ミナカ様の言う通りだね。ここが一番安全だ」
「あ、それでいいんですか?」
「それにこの町の、この町にしかない所でもある」
「へえー、そうなんですか」
「でもできれば私たちの方も選択肢に入れて欲しいな」
「あ、はい、そうですか」
じゃあ、選ぼうか。
それぞれに眼を向ける。商売人か、一般人か、神の道か――
俺の住処は――
「……ここの生活って、外と何か違いますか? もろ和風なんですけど」
だからそう神様に聞いた。それにニヤニヤと彼女は勝利の笑みを浮かべている。
「そう多くは変わらんの。外より若干礼儀にうるさいくらいじゃ、清貧に暮らすことになるじゃろうが――この世界独自のものならよく見れるじゃろう」
なら願ったり叶ったりだ。普通の生活については何でも屋?のバイトでも分るだろうし、そこでまた分ることも増えるだろう。
他の面々は、十人十色の顔色をしているが、
「じゃ、神様のお宅訪問ということでどうか一つ」
「決定だのう」
フライトが盛大に溜め息を吐きまた肩を落としている。そんなに娘の嫁ぎ先を決めたかったのか? まさか行き遅れじゃあるまいし。
そしてガストも肩を竦めているが。
「うーん、噂に聞く異世界の話を本物に聞けると思ってたんですが、仕方ない」
「それが本音か。この小童め」
「いやあ夢は幾つになっても捨てきれませんよ」
ああ、このガストって人は異世界人に対する純粋な興味だったのか。でもそれが商売に直結するのだろうとは思う。
「いっそ重婚という手立ても」
「え、ちょっと何言って――」
「もちろん、冗談ですわよ? 勇者様は、浮気は出来ないタイプですわね?」
トリエがそんなことを言った。まあ冗談だろうが。選ばれなかった女の矜持を仄かに匂わせてくる。
が、声の色からして――多分本当に冗談だ。
「なんかすいません。すごい気を遣ってくれたのはなんとなく分るんですけど。商会長さんにも、町長さんにも、それを無碍にしちゃって」
「いえいえ。いいんですのよ。色々な都合からとはいえ、どう見てもお父様方の誘い方がお下手でしたわ」
「私は正直ちょっとほっとしてます。年下とはいえ――勇者様とはいえ、知らない男の子と一緒に暮らすのはちょっと……」
「えっ? ……俺、一七歳ですけどミーナさんは……、えー、多分一個か二個上?」
「えっ!? ……ふふふ、ありがとう。八つ上ですよ?」
二十五歳か。
「……ひょっとしてその「えっ!?」は、もっと年下に思っていたということですか?」
「ううん? そんなに若く見られてたんだな~って、ちょっと新鮮で」
可愛いお姉さんぐらいだ。一回り近く年上には全然見えない――いやでもお胸様は自分と同年くらいに見ていた顔立ちに似合わず確かに大人の色気をデカく主張してらっしゃる。
いままそうとは見なかったが。よく見れば服の下で『たゆん』としていらっしゃる。
「……ちなみにトリエさんは?」
「私は逆で年下ですわよ。三つほどですが」
「えっ、すごい大人っぽくない?」
「世界の荒波に揉まれた結果ですわ」
「世界っすか」
規模デカいな。商人の娘だし、親や周りの大人と旅していたのかなー。
いいな、そういう生き方、ちょっと興味ある。
そういえば、彼女は立ち居振る舞いもちょっとした表情の作り方もちょっと気品がある。
上から目線観、住む世界が違う感、格上と思っていた。いや、今でも明らかにそう思っている。小市民の魂が叫んでいる、俺が下だと。
じゃあこの人は――
「……十七歳です」
「よし」
命さんは、今度こそ俺と同年代だった。
……いや、逆に自分より年上だと思っていたのだが。
そうか、同い年か――
彼女の顔が横切った。そういえば、いまごろ、彼女は何をしているのだろうか。あんな夢を見ている最中にここに来たからか、それがやたらと脳裏をチラついた。
一人突如として感慨に襲われていると、神様がにこりと笑い、
「――では、最後じゃの」
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