4話「異世界召喚と、その平凡なリアクション。後編」
「え」
……ドラゴン?
悠然と空を横切っていくその影を追い、俺は鳥居のところまで行く。
それを見上げ、遠ざかっていく巨体が水平線に近づくにつれ、視界は下に下がった。
どうやらここは山の中腹のようだ――日本風なのは目の前にある鳥居まで。
足元の階段から繋がっているそれには街が在った。
電柱も電線もない、アスファルトもコンクリートもない。
明らかに現代日本ではない。建築物が、そして時代錯誤な馬車が転がっている。問題はそれを引く――鳥の頭と、翼に、ライオンの胴体がついてる生物。ロープレでよく見るグリフォンだ。
景色の割合については、田畑の緑が多い。そこにレンガを組み重ねた石像のような重機が畑仕事をしていなければ。
今度はまた空に、小さな羽をはやした変な紋様のクジラが、雲のようにぷかぷかそらを呑気に流されきた。
それはこちらの視線に気づいたように、目蓋でニコリと微笑み、間延びした鳴き声を上げた。それから光の潮を噴き上げ空の中に波紋を広げて消えてく。
次々と。
それっぽい
「……嘘だろ」
表情筋が死ぬ。背中に宇宙の深淵が訳もなく広がり混沌とした何かの残骸ように転がっている気がした。
つばを飲み込む、そして簡潔に理解した。
「……絶対異世界だここ」
夢じゃない。
風も音も光も熱も、そして、澄んだ朝の匂いも。
非常識な光景も。
全てが現実だった。認めねばならない、五感のすべてが現実であることを指し示している。変に腕が震えていた。わけがわからない。茫然と立ち尽くしていると背後から足音が聞こえてきた。
それには声もついて来て、
「ようこそ。夢と現の境界『レイ・インフィニティ』へ」
「……ご丁寧にどうも」
「眼が死んでおるぞ」
顔全体じゃないですかね? 今度は怪現象演出は控えているようで、心臓に優しい気遣いが感じられた。
「しかしなんじゃ、怪現象は信じぬくせに、こんなありふれた日常をみて驚くのかお主は」
「……すいません。こっちじゃめっちゃ非日常です。あんな生物は脳内にしかいません」
他の面々はどうやら神社の建物――拝殿の中らしい。
巫女さんだけはその入り口のところで佇みこちらに何か言いたげにじっと見ている。
そして和ロリ十二単の神様は言う。
「で、信じたのか? ここが異世界であると」
うーわー、やっぱりそうなのか。
で、この目の前のロリは神様なのか……。いやいやいや、信じるしかない――いや、でも。信じた方が楽なんだよなあ。
「話を聞いておるのか?」
放心していた。そしてふんわりと思い出していた。
先ほど神様が言ったことを。ここが異世界で、そこに来たのなら、俺は――
「……ああ、はいただ、ええっと……さっき……帰れないって」
「……一応言わせて貰うがな、この世界に来ると言うことは、元の世界に戻れない可能性もあるということを、あの夢の中で説明があったはずじゃが……」
「……あの夢?」
直前まで見ていた明晰夢のことを思い出す。
言ってたか? そんなこと。……いや?
「……聞いていません。元の世界に戻れないとか一言も。そもそもこんな場所に来るなんてことも一言も聞いてなかったと思うんですけど」
その時神様は顔を一瞬強張らせた。
え、なにこのトラブル感。
「……まああの術式上、そういう事もあるかもしれんの」
「はあ」
おい、それで済ますなよ。
「まあそれについては追々話すとしよう。で、こんな場所に呼び出してすまんが、この町の住民をどうにかしてやって欲しいのじゃがのう……」
「……そういえば言ってましたね。町おこしがどうとか――いや、いや、それどころじゃないんじゃないですか?……帰れないって言った、ましたよね?」
「……うむ」
「じゃなくて……どうすんの?」
神様はその質問に答えない。それがさらに俺の不安を加速させていく。
「親父や、お袋……あんなに苦労して、俺を大学に上げることしか考えて無くて、まだ何も親孝行なんかしてなくて……」
いや、半分は親の自己満足で自分勝手の身勝手で独善的な判断なのだが。
愛情は愛情、人の話も聞かないし聞いたとしても半ばうっちゃるけど。
両親が自分のことを心配してくれていたことは分っている――半ば自己承認欲求を拗らせたままそれを押し付けるくそ親だけど。お互い方向性が合っていないだけで、決して憎んでいたわけじゃない――音楽性が合わなかっただけだ。
だから、どうしようもなくとも、養育費分(主観的には借金)は支払わねばとは思っていた。
それにあんな親でも、心配するときは心配するのだ。地味にそういうところだけ善良だから、ホント気に病むんだよな。だから、
「どうすんだよ……息子が突然行方不明とか」
まあ、良くないだけで悪くもない親だったよ。ああ、恩は感じていたしそれを返そうとはしていたよ。
決して真っ当な尊敬はしてなかったけど!
地味に神経病んで常にイライラしてそうなところが想像できる。
「……安心せい、とは言わん。だが心して聞くがよい」
神様はそう言った。だが正直済まない――反抗期がまだ抜けていないみたいで、わりとダメージないわ。
「なんじゃ、その、ツマラナイ校長の話、みたいな態度は」
「いえ。そんなことは。ただ家出少年の気持ちがほんの少しわかるだけで」
「トラブル有か。まあよい。まず。帰れないとは言ったがそれはしばらくの間ということで、お前の要望通り『今すぐに』とはいかないだけじゃ。何せ元の世界への帰還には、お主がここに呼び出された理由を解決せねばならんのでな」
その答えにちょっとほっとした。いや、それ問題クリアしないと永遠に帰れないってことじゃ。つまり、
「……この異世界の町を、町おこししないとだめ?」
「そういうことじゃのう」
心か静まる。
ややあって、理解が追い付いてきた。
あれだ、よくある魔王を倒せとか世界を救えとかそういうの。
ゲームのクリア条件みたいなものだ。いや、でも……。
町おこしって、どうやって?
ただの学生の学校の勉強と、ラーメン屋のバイト知識でどうやって?
「……絶対ダメな奴だこれ、絶対、俺、ここに永住するしかない!」
「いやいやいや、ただの町おこしじゃぞ?」
「無理無理無理、俺ただの高校生だし!」
「大丈夫じゃ、みんな最初はそう言うんじゃ。最弱とか不遇とか。でも大体実は強いとか俺スゲーとかつえーとかそういうことになるんじゃ」
「俺ガチでほのぼの日常系の一般人なんだけど」
「大丈夫じゃ、なんか目覚める」
「そうですね、目が覚めて目蓋を開けるといつもの天井が――」
「それは現実逃避じゃ。おぬしのう……別に疫病の特効薬を作るでも魔王を倒すでも神を倒すでもないただの田舎町の町おこしじゃからただの一般人にも出来んことはないぞ? そうじゃな、せいぜい危険と言えば――その辺のヤクザか不良に絡まれるくらいじゃよ」
「その微妙にリアルな危険でさえ一般人には普通に命の危機なんですが」
例え異世界であろうと現実であろうとただの高校生が町おこしをするって――いや、現実ならむしろ実際、微妙に実例が在りそうだけど。
いや、ならむしろ、いきなりファンタジー世界で、本当の本当にただの高校生がそんな無茶ぶりされて出来るわけがないんじゃないだろうか?
そして仮にだ、もし出来たとしてもだ。
「……ていうか、町おこし出来るまでの間、俺、向こうで行方不明なんじゃ。親父とお袋と警察が行方不明の息子を捜し続けるんじゃ。ちょっとした事件じゃ」
「心配するな。その辺何せ世界が違うからの――今ここで流れている時間は向こうでは流れていない、向こうの時間もこちらでは流れていない。ということで、それを利用して帰る時はきちんとこの世界に来た瞬間に戻ることになる」
「……あー、なら少しは安心か……ならまあいいか?」
「やるのか?」
「やるしかないんでしょう? 出来る出来ないはともかく。あ、それならここでどうやって――生活とかは? まさか勇者一人に問題全部押し付けて、町人は今まで通りの生活――とか言わないですよね?」
「その辺はあ奴らからこれから話があろうじゃろうて」
「ああ、そっすか。ならいいかな」
でもつまり、町おこし出来ずに永眠するまでこの世界で暮らすこともありえるのか。うわー……、ま、そのときは結婚相手位見つけて幸せに暮らそう。
普通の人間、諦めない根性より諦めが肝心。
「さて。では拝殿へ戻ろうかの」
神様はゆるりゆるりと和ロリ着物と足を滑らせる。
そして気付く、改めて、自分達が出て来た建物が、神社だということに。
天之御中乃神社――と、しっかり漢字で、軒下に表札?が付いている。
それは宮作りのそれ――
いや、おかしくないか? これって……。
「……そういやなんで日本建築物が?」
「それはわしがおぬしの居る世界の日本という場所の創世に携わったからじゃよ。まあ趣味で作らせたのじゃがな、どうにも洋物は肌が合わんのでのう」
「はあ、なるほど、それでですか……」
和ロリって和服――か。混ざってるけど日本生まれだもんな。
ていうかこの人(神)何かの神話に出てくるのか? 古事記か? 現国も古文も苦手なんだよなー。
そんなふうに向かった先から、狐の半面の彼女――巫女さんが軒先から歩み出て、恭しく腰を曲げ一礼してくる。
そのまま、顔を上げてこない。
その様子に俺は若干面を食らい疑問に思い、立ち止まった。
彼女はそのままの姿勢で、沈痛に声を落としてくる。
「……申し訳ありませんでした」
「えっと……なに? なにが? いきなり謝られても訳が分らないんだけど」
「召喚の儀式を執り行ったのは私です。……私の不手際で、あなたの人生を狂わせてしまいました。この償いは私の身命を賭して必ずや致します。だからどうか、この町の皆々様をその矛先に晒さないで下さい。どうか、お願いいたします……」
しまいには地面に手をつき頭を擦りつけようとしたので、慌てて肩を掴んで立たせる。
「ちょ、止めて止めて。いやいやいや、もうそんなこと気にしてないから――って、いや不手際って」
その疑問に頭を下げ続ける巫女さんに代わり、その責任者が答える。
「この世界に来る前、お主は夢を見ておったじゃろう?」
「見てたけど? あれが?」
そういえばさっき何かそれについて言っていたような。
「うむ。あれは【夢渡り】という儀式でな? 神の視点で見た世界と世界の狭間、認識の隙間――『夢の境界』を媒介とし、夢と夢を繋げてそちらの世界からこちらに呼び込むものなのじゃが――それはただ召喚者を呼び出すものではなく、夢の中で召喚者の深層意識を探りその本質を見るものでな?」
そういえば、やたらと昔の記憶が掘り起こされた様な。幸い脳内のエロ関連フォルダは閲覧されなかったようだが。
しかしいきなりワケわからん単語が出てきたが――それで何をしようとしたかは分った。つまりだ。
「――それで? ……そこで何か失敗した……ってこと?」
彼女に会話のパスを渡す。
「……私が未熟であったため、私達の願いの不純物を濾過しきれず深層意識が混線してしまい――そのときにお伝えすべき、帰還についての事柄をお伝えできなかったのです」
「……ええっと……要するに俺は呼び出されるべき人じゃなかったとかではないわけ? ただ、本当は断れたけど、断れなくしてしまった?」
「……はい」
まあ、そんなこともある時はあるんじゃねえの? くらいにしか思えないのだが。
「まあ先ほど中におった二人の娘も、勇者を呼び出す【願い柱】として夢を繋げておるから、一概に命の所為とは言い切れぬのじゃがな」
「ねが――なに?」
また分らない単語が出て来たよ。
「願い柱、呼び出す勇者の質を高めるための要じゃよ」
「またファンタジー要素か」
「ともかく、願い柱とは、この世界に勇者を召喚するさい必要な、強い願いを持つ者のことを指すんじゃがの? 柱は多ければ多いほど強い勇者が呼ばれる。そこでその者たちは本来国規模、世界規模で集められ、そこで『どうして勇者が必要なのか、どのようなことをして欲しいのか』を願うのじゃが、人には様々な願いがある。――純粋に世界を救う、人の為、それだけを願える物などいない。そこで、
そうして始めて全世界の願いを一つにした、『世界を救う勇者』を召喚することが出来る。それがさっき言った事も併せて【夢渡り】の全容じゃの。で、今回は町おこしじゃし、この町の娘三人にのみしぼったのじゃが――」
「……なるほど」
なんとなく合点がいく。混線とか言っていたが、要するに雑念が混ざった。だからあの時一人だけじゃなく、何人かの声が混ざっって聞こえたのか。
で、それが出来なかった自分を彼女は未熟と、責任を感じている。
でもまあそれって……。
「うーん……それって、誰かが露骨に私事を願っていてそれが呼び出されたとか、俺が召喚されたこと自体が間違いだってことじゃないよね?」
「えっ」
「まあそうじゃの」
「なんだ。じゃあ失敗じゃないんじゃない? 俺が実は勇者じゃないとかそういうことじゃないんでしょ?」
「……そ、それは……」
「いいのいいの。要は俺のやる気の問題だけなんでしょ? ならもうしょうがないから俺やるよ」
「……え?」
「……それとも今から他の人を呼び寄せて交換とかできるの?」
「……いいえ。できません」
「ならいいじゃん、俺で」
悲壮感漂ってるところを軽いノリで何の覚悟もなく決めちゃって悪いけど。
しかしまだ彼女は納得できていない様子なので、
「――ちなみに神様」
「――なんじゃ?」
「召喚されるはずだった人の条件って他にもあるの? なんか心と力は問題ないみたいな言い方だったけど」
説得材料を探す。要はそれに当てはまっていれば、やる気以外にも俺で間違いじゃないと彼女も思えるはず。
それを神様も理解しているのか、明朗快活に、
「うむ、それはあるにはあるの」
「例えば?」
「そうじゃな、さっき言った精神的資質、願いに呼応した力、それ以外に細かな条件として最低限、『自分の世界に未練のない者』『身内にしがらみのない者』『この世界に来ても後悔しないだけの覚悟を有する者』を選定するようこの術は作られておる」
「あーなるほど。まあ確かに、別に後悔はしてないな俺。親の心配はしてるけど別に問題ないってことだし……」
「そんな――先程あなたは……」
「それも帰れなかったらの話でしょ?」
「力では問題ないってことだし。でも、巫女さんが気にしているのは俺の決意のやら自分の責任の話? でもそれは俺の気持ちがある時点で何の問題もないよね?」
彼女はそれを言い訳だ、後付けの誤魔化しだといいたいのだろうが――
「……いい? 俺は、今、選んだんだよ? あのときが、今、遅れてやってきただけ。多分あのとき、話を聞いてたら――やっぱり、俺はここに来ることを選んでた。まず間違いなく」
「……」
それでもダメなのか。
狐の半面に隠された視線と感情の半分は、何も伝えてくれない。
ただ唇をキュッと引き結んで、口を閉ざしている。
俺は何も言わずに――そんな彼女の真ん前に行く。
今いる場所からでは良く見えないから近くで顔を突き合わせる。その無機質な面越しの奥にあるであろう瞳を真っ直ぐに見た。
彼女はそれから、それを逸らそうとしなかった。罪悪感でも何でも、そこからは逃げようとはしなかった。
自分を誤魔化そうとはしなかった。でも涙を堪えて、ごめんなさい、と言っているような気がした。
「じゃ、ちょっと耳を貸してくれる?」
「……」
彼女は怪訝に、言われたままに横顔を見せた。
あ、内緒話なんで。ちょっと聞かないようにしてください、と、神様にジェスチャーで耳を塞いで向こうを向くように指示する。それから、
「……あのとき、泣いてる女の子を助けたいと思った」
「っ!」
彼女の心臓が跳ね上がる音が聞こえるようだ。
「……だからまあ、誰を助けてもいいよね?」
彼女の耳から離れる。
酷くくすぐったそうに彼女はそこを抑えて撫でつけている。――うん、我ながら超絶気持ち悪いほどキザなことをしたと思う。
「スケこましめ」
「……神様、ここは聞こえないふりをところじゃないすか?」
「この距離じゃ、耳塞いでも聞こえるわ、馬鹿め」
「あっ、ですよねー」
ヒソヒソ声の内緒話ってむしろ目立つもんだ。
だが、嘘ではない。本当に嘘ではないのだ。あの夢の中で、俺は、女の子の声を助けたいと思ったのだ。本気で。
それから平然と、
「……あと一応こっちにも事情はあるけど、そっちにも事情だってあるし。そこを変に恨むのはお門違いだって事ぐらい分かるし」
「……どうして、そんな風に思えるんですか? こんな理不尽な状況で、何もかも」
「……まあ楽観できないことも確かなんだけどね。でもそれを気にし出したら切りがないし。気にしててもつまらないし。こういうことは深く考えなくていいんじゃない?」
しかし、彼女にちゃんとポカ分の負債を支払わせるべきなのだろうか。その方が要らない罪悪感が消えるのならそうした方がいいかも知れない。
それなら、こちらが望む形で――
ふむ、いい案を思いついた。
「……うーん、じゃあ、俺の味方になってくれる?」
「……えっ」
「もし帰れなくなったら。俺が下手こいたとかそれでも、俺の居場所になってくれる? それと誰も来ない泣き場所とか教えてもらおうかな」
「……」
そうでなくとも、思う。なんてったって家族も友達もいない。ぶっちゃけいまだって孤立無援だ。
弱音を吐ける家族が居ない、不満を当たり散らして喧嘩出来る相手が居ない。気軽に気楽に愚痴を言い合える友達が居ないのは寂しい。それは辛い。
それでも一緒に居られる仲なんて、今近くには誰もいないのだ。もう誰にも会えないのかもしれないのだ。
そう思うと考えるだけで心臓が縮こまる。怖くてしょうがない。そんな自分も確かに居る。だからもしもの時の為にそういう場所は欲しい。
そういうゲームオーバー的なものは、ゲームじゃなくてもあるだろう?
その時俺は……。
「そういうとき、味方でいてくれる?」
これは卑怯なお願いだ。絶対にしちゃいけない取引だ。
そんなもので手に入れてはいけない関係性だ。
だって、正真正銘ただの高校生の俺に異世界で『町おこし』なんて出来るのか?
ただテンション上げ上げすればいいんじゃないだろう? そんなことが出来る高校生が世の中にどれくらい居る? 考えるとマジで怖い、何もできないと思うよ。ぶっちゃけもう一生帰れないことが可能性に入ってる。
不安になるから考えないようにしようとはしているが――とか切り替えは効くけれどさ。
「――まあ、今のは大げさだけどさ。正直誰も居ない誰にも聞こえないようなところが欲しいな~、エロ本も隠したいし」
「……」
いや、真面目な眼で観ないで。
これでも精一杯、格好つけてるんだから。
苦笑いで返して。
「……いや、本気でエロ本読む場所か欲しいとかそんなんじゃないからね?」
「……分りました。でも……」
「うん?」
エロ本を読みたいことを理解したんじゃ――
「……泣かないおつもりはありますか?」
「そりゃ極力ね」
真面目か。
冗談言おうとしてごめんなさい。
まあ実際、出来ればだけど、その覚悟は決まってるぞ、と。
だから――さあ、女の子を二度と泣かさないようにしようか。じゃっかん弱気だけど平気。そんな決意を精一杯胸に、
「……わかりました。そのときは、必ず、私はあなたの味方になります」
「うん、じゃあこれからしばらくよろしくね?」
俺は彼女に手を差し伸べる。それに彼女は最初こそ戸惑い、しかし遠慮していたがややあっておずおずと握り返した。
そこで、改めて、気付いた。
「あ、そういえば」
「?」
「巫女さんの名前は? 確かまだ聞いてなかったはず」
彼女だけ、それを知らなかった。そのことを思い出した。
「――申し遅れました。私は
「こちらこそ――あっ、」
恭しく頭を下げる、相変わらずのそれに、ひょっとして彼女の常なのかと思い苦笑いする。そして気付いた。
「?」
「……そういえばこちらこそ初めましてー。スズキ・ボンドです。どうぞこれから改めてよろしくお願い致します……」
しれっと言ったが、何気に自分こそ名乗っていないということを思い出す。
そこには間の抜けた微妙な空気が流れていた。
が、そこで初めて彼女はふっと息を抜き、
「……はい。よろしくお願いします――勇者様」
朗らかに、穏やかな声で彼女にそう呼ばれた。
正直込み上げてくるものがある。
それは、
「……勇者様は恥ずしい! ごめん、名前で呼んでくれる?」
「は、はあ」
でも、なんとなく、異世界で勇者をやるのも悪くないと思ったのだ。
彼女の穏やかな表情を見ていると、何故だかそう思うのだ。
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