14話「街興し勇者、Lv2」
「それではボンドさん、明日は宜しくお願い致しますわ」
「OKOK。やれるだけやるさ」
「また明日ねボンドくん」
「はーい。また明日です」
鳥居の麓で二人と分れる。
トリエとミーナは、俺の議事進行の練習に付き合ってくれていた。台本の読み合わせというか、話し合いの最中にされるであろうダメ出しを潰していたのである。
町長に話を通してから、既にまた一週間経っていた。その間、便利屋として街中の仕事に精を出しつつ、夜、日が落ちてから神社で質疑応答の繰り返しだ。俺がそれぞれの家で家族ぐるみで懇意にしている、などと揶揄されないためである。
当日、緊張でかみ噛みならないように、進行に則った形式で、ありそうな意地悪な質問をして貰った。それはこれから自分がやろうとしていることの確認作業にもなる。何か見落としはないか、さらなる発展性はないか、その洗い出しも兼ねられる。
この練習の中で、当初俺が想像していたものより肉付きも増している。
ドラマやなんかで話し合いの最中にトラブルがあっても、さもその場のアドリブや機転だけで対応しているような場面があるが、現実にそれに対応できるとすれば練りに練った思考が頭の中にあるからで、それは練習なり、企画を書き上げるまでに繰り返し行われた問答の中で培われているのである。
頭の冴えではない。
どれも一言でいうなら『経験を積んでいる』のだ、そうした答えの蓄積の中から引き出しているのである。
超人的な閃きではない、鍛えられた対応力なら普通の俺にも身に着けられる。
それには討論を繰り返すしかない。自分一人ではどうしても都合のいい願望が入るし視野が足りない。それを補うためには人の意見と対面することである。
が――本来俺は街興しのアイディアを出すだけだった。その筈がなぜこんなことをしているのか。それは――
「出来ることなら最初は知り合いの料理人や農家と、小さい規模から始めたほうがいいとおもうのだが……」
「それじゃあ街全体を動かすことは出来ないと思うんですけど」
「それは分るが、しかし、なあ……」
町長は難色を示していた。
「……私は、会議を開くということ自体が反対なのだよ」
確実に利益を上げられる目算か勝算がなければ街興しの参加者を募れない――俺の意見にそう町長は否定した。計画にではない――それに関しては詳しい説明のあとで納得させることは出来たが、そういう訳だ。フライトは話し合いの場を持つことを完全に否定しているのだ。
だが俺は言う。
「……いや、これから街興しをするには絶対必要ですよ?」
一個人、一企業の努力では一か所に利益が出るだけで、街興しにはならない。なにより、それらが無くなったとき折れる。宿場として意味を失くしたこの街と同じと思うのだ。
何も変わっていない。
「――では、君が発案者の一人として会議に参加してくれるか? 出来れば議事の進行役として」
「普通に参加するつもりでしたが、司会ですか?」
「……良くも悪くも私は彼らの身内で、話し合いになると馴れ合いになるか喧嘩腰になるかしかなくてね、まともに会議が進んだことがないんだ」
「……そうなんですか? 分りました。話し合いの空気が悪くならないようにすればいいんですね?」
「ああ、頼むよ」
まあそんな理由では仕方ないだろう。
というわけだが。
「いや、まさか、プレゼン自体を預かることになるとはなあ……」
自室で資料を見直しながら命と話しをしていた。
わざわざ夜食を用意してくれた、そのおにぎりを摘まみ、頭が下がる思いでかぶりつき、ゆっくり大切に味わいながら、お茶で更に人心地ついていると、
「商会長さんがそうおっしゃられたのですよね?」
「うん。企画の発案者本人が話した方が熱が伝わるからってさ――まあ体裁としては町長さんの発案を、俺がその話の進行を預かるって形なんだけど」
最初はやり手のガストが発案者として立ち振る舞い企画の説明をするはずだったのだが、ガストは方々を飛び回っているので街の事業を預かるのに説得力が薄い――周りから見て責任感が足りないように見えるだろうということだ。
この街で暮らしているのではないから。対岸の火事で、いつでも逃げられる、そもそも意気込みが違う等々、この街の住民側から仲間意識として欠けさせてしまうのだ。
商会長なんて上の人間がほいほい現場に出て働くなんてことはない。仕入れ先、取引先との折衝とか接待とか判子押しだ。実際彼がこの街で何かしているのは見たことがない。トリエも似たような立場だ。この街に定住しているわけではなく街興しの為に長期滞在しているに過ぎない。
だから、事情を知る人間の中で発言に適しているのは俺なのだ。
「……大丈夫なのですか? 以前にお聞きした、この街の問題は……」
「大丈夫じゃないかなー? 一か月かけてじっくり仕込みはしたわけだし」
草むしりだけでなく、狩りの手伝いや、緊急の子守、各種お店の売り子、他にもいろいろと任せて貰えるようになった。
これでダメならこの問題の解決は先送りにして、町長がやろうとしているように取り合えず経済活動の活発化と住民数の上昇だけ気にしていればいい。それでも町興しとして成功と言えば成功で解決と言えば解決なのだ。
そこまで面倒見る必要はないだろう。いい大人なんだから。
「……ごちそうさまでした。あーうまかった。遅くに食べる夜食ってなんでこんなにおいしいんだろ」
「……ひどくお疲れではありませんか?」
「え? そう? そんなふうに見える?」
「……少し、コケたような気がします」
「うーん。こっちとしては今まで以上に大変だけど、向こうにいた時よりは充実してるんだよね」
「――そうなのですか?」
「訳も分からず意味も分からず納得出来ずに勉強とかしてるより、誰かの役に立ってる実感があるからねー」
将来の為って言われても、いまいちピンと来なかったし。あれってとりあえず子供に勉強させるための正論とか理想を盾にした言い訳に聞こえていた。
夢なんて叶わないから無難に生きろ――それを曖昧にする為の。大人たちの格好悪さ、罰の悪さを誤魔化して、子供に願望を押し付ける為の方便に。
目標が見つからない内はとりあえず親の言うことを聞いておけ、親の為に勉強しろ……枕詞で「育てて貰った恩」「生かして貰う代償」とかが思い浮かぶ。夢を探させないように勉強詰めにしてとりあえず大学まで卒業させようとする節すらある。皆そういうことを話していた。
「それにしても、もう一月か……なんだか懐かしい」
本当に異世界にいるんだよなあ。
「――こんなことも自然に出来るようになったし」
指先に光を灯す。それを蛍のように指先から離し、部屋の行燈に付け加える。
「だいぶ慣れてきましたね」
「命さんのおかげ。毎晩時間を縫って教えてくれたからね。ほんとありがとう、もう頭が上がらないですよホントに」
「そんな……大げさです」
魔法は、普通に生活の補助に使える程度にはなった。それは間違いなく彼女のおかげだろう。仕事が増えて遅くなっても、欠かさず練習に付き合ってくれた。
その中でまた色々と教わった。
魔法の欠点は、イメージに左右され過ぎる為、常に同じ効果を得られないこと。
発動しづらい事。それを補うため、ゲームやアニメである呪文が存在し、同じ効果、同じ現象を引き起こすためにそれは用いられるとか。それも反復練習で、呪文を唱えると考えずにイメージを通り越し反射で現象を想起させるためとか。
まあ、恥ずかしいので、俺は呪文無しのイメージ派だ。
他にも、一瞬だけ体の能力を引き上げたり、そこにある物を浮かせて動かしたり――この辺は次の段階で、まだできないのだが。
「でも、街中で使ってる人って見ないんだけど、道具の方が便利だからなのかな」
「そうですね。イメージや集中せずに使える魔道具の方が利便性が高いですから。魔法は体調を崩していたり疲れていたりすると、それだけで使えないことも多いので」
「やっぱりか」
初めこそすごいと思ったが、すぐにその不便さには気づいた。現代文明に慣れていたからというのもあるけど、熟達しなければ魔法は決して便利ではないのである。釜戸で火を起こすにも火打石を使った方が早かった。水も井戸で汲んだ方が早い。
雑談もそこそこに資料を読み直そうとして、
「……ふぁ……」
「――今日はもうお休みになられてはいかがですか?」
「うーん。切りのいい所まで読み返しときたいから」
「お布団、用意しておきますね」
「あ、いや、それくらい――」
無視して、彼女は遠慮なく世話を焼き始める。問答無用だ。
「……なんか、あしらい慣れた?」
「それは、いつまでも気を遣ってられませんから。誰かさんと違って」
「いや、別に気を遣ってないんだけど?」
「そうですか?」
「そうですよ? 女に子に女の子として気を遣うのと、他人行儀なのとは別でしょ?」
「――ええ、そうですね? ――女の人に格好をつけているんですよね? それも、見境なしで」
どこかで聞いたフレーズだ。
「……トリエか」
「……女性にとても優しくしているそうですね。仕事先も女性ばかりで、評判だと」
「風評被害だ。この街、慢性的に男手が足りないみたいなんだからそうなるのは当然だって。それに仕事なんだからそりゃ全力を注ぐでしょう?」
「そうなんですか?」
「そう。だから頼まれれば命さんにだってもっと優しくするよ?」
「……間に合っているので」
「あ、彼氏いるんだー」
「いません。そういう意味ではなくて――」
「ふぁふ……」
意識が揺れた。お腹が膨れた心地よさで。
「……少し動かないでくださいね」
「ん?」
そんな油断を縫って、彼女が背後を取る。ふわりと甘いいい匂いが後ろから押し寄せてきた。
それは俺の肩に指先を置き、力を籠めて肩揉みし始めた。
「……ん、やはり、凝っていますね」
「ふひゃ、」
止める間もなかった。触れずとも背中を、耳朶を、首筋を這い、彼女の気配が心臓まで浸透してくる。
「くすぐったいですか?」
「はひ! ははっ! かなり! ――ごめん!力を籠めると余計に!」
「くすぐったがり屋なんですね。意外ですけど、じゃあ、逆に……」
手の平を広げ、おまじないの手当てのよう優しく撫で始める。熱を移しながら、柔らかな心地よさが肉に横たわっていく。
「……」
「気持ちいいですか?」
「うん、かなり……力が抜けてく……」
当然のように、瞼も落ちていく――
「……いやまずいって、ちょっとストップ」
資料の見直しが……。
「だめです。明日少し早く起こしますから、それまで寝てください……」
彼女は膝立ちになり、両腕を交差させ俺を後ろから包み込む。すごいふわっとした弾力が耳を押し、身体が背後へと寄せられた。
そのまま引き倒された。彼女の胸元に――いや、ひざ元まで抱き寄せられている。
花のような、はちみつタップリの紅茶のよう甘い匂いがむわっと漂った。
天井が、彼女の顔が天地逆さに見えたのは一瞬で、すぐに絹のような彼女の手の平が瞼の上に真っ暗な蓋をした。
「……眼を、開けないでくださいね」
ふわっとした彼女の手が、あごや頬を、優しさでぬぐうように撫でていく。
感触が気持ちいい……。
もう目蓋が開く気がしなかった。
「……無理、本当にしてないんですか……」
「……別に、平気だけど……」
無理をしていない、とは言わない。
それなりにずっと気を張っていた。自分は普通だから。ただの高校生だからと。ただの家事でも、頼まれた仕事が上手く出来るかどうか不安でしょうがなかった。家事万能の高校生なんて主人公にありがちだけど、そんな男子高校生中々居ないって。男でも女でも絶対普通の高校生じゃないから。
普通のバイトらしい仕事だって、慣れるまでは緊張の連続だ。元の世界でもだ。
でもやるしかない。だからやる気を出していた。前向きになろうとして前向きになっていた。そういうことぐらい当たり前だったから、生きていれば普通に当たり前だったからやれていたけど、異世界で知り合い無しに、ただ一人でなんて、よく考えれば異常だ。
結構、頑張ってきたんじゃないかな。うん、結構心細かった。
周りと仲良くなってきたけど、本当はただ気を遣い合ってるだけなんじゃないのかな?
付き合いって、そういうことあるだろう、それと同じだ。クラスの中で何人が本当の友達なのか不安になる。そんな感じで。
彼女の手の平が離れる、名残惜しい、もっと撫でていてほしい。
コト、と、何かを置くような音がした。
彼女が身を折ったのか、覆い被さるような柔らかな熱量が顔を包んだ。それは目蓋越しに、手の平の代わりに大きな影を落としている。
ふとももと、ふっくら、たっぷりとした何かに挟まれている。
そして、片手をこちらの心臓に手を当ててきた。それは、嘘を吐かないでください、という意味なのか?
「……」
「……」
「……あまり無理しないでください」
鼻孔いっぱい、口いっぱいに彼女の匂いが満たされている。
脳が溶けていた。
嘘が吐けない……。
「……眠い……」
「寝てください」
「うん……」
「大丈夫です」
「――うん」
意識がブラックアウトした。
「――どうしてそこまで頑張れるんですか?」
「……どうして……?」
そこには知り合いが居た。
濃密な長い黒髪――夜色の影を身に絡ませた彼女が、
「……香凛さん?」
「……いつから名前で呼ぶようになったのかな」
「……あれ?」
そんなふうに呼んでいる気がした……? 学校では名字にさん付けだったな。
「あはは、ごめん」
「ううん、いいよ?」
「え? そう?」
「うん」
「……あはは、なんか久しぶりに話したな」
「……うん。そうだね」
何を話せばいいのか分んねえなあ……何か話したいことがあったはずなんだけど。
疲れてるせいか、頭が動かない。
「……ねえ」
「うん?」
「いま……あなたは、何をしてるの?」
この世界で暮らしていることか? やらされている街興しのことか? それともここ最近の過密スケジュールの事か?
「……何のこと?」
「……そんなに疲れ切るまで、誰の為に、何のために頑張ってるの?」
なんでそんなこと知ってるのか、と思うが、まあ夢なので。
「……やらざるを得ないから?」
「……じゃあ、本当はやりなくないの?」
「……うーん、いやいや。そういうことじゃない。なんて言えばいいのかな……」
必然性、と一言で片づければ簡単なのだが、そうではない。
やらざるを得ない状況で。
気持ちの問題など考えていられない。
そんなのは誰だって同じで。
でも、その中で、自分はどうして頑張るのか、という理由――なのだ。
俺にとってなんのために頑張るか、は。
人それぞれの、一人一人違う目的を持っている中、理由もなく従っている中、それぞれ満たしたい欲求ややりきれない我慢を抱えている中で。
その中で俺は――どうして頑張るのか。
誰かの為とか、何かの為とか、自分の為と言われてもピンと来ない。
あえて言うならそれ全部というか……。その全てだからこそ、動いてないと気持ちが収まらない。大人っぽい言い方をするなら、しがらみの中で生きているから、だ。
「……俺は人より何も出来ないからさ。せめて人より頑張らないと、人並みになれないんだよ。……そうしないとみんなと同じように生きれないっていうか、」
努力して人並み、努力しなければ人以下――
だから俺は努力して、普通になろうとしてそう生きている努力しなければ普通で居られない。みんなと一緒になれない。。
なにもしなければしがらみに絡め取られて何も出来なくなる。我慢しなければ不満だらけになるし、前向きに考えなければなんでも味気無さに襲われる。可能性が見えなくなるというか、自由がなくなるというか、そこにある物を楽しめなくなるというか。
力が無いと、自分も、誰かも、何かも、切り開けないというか。
自分の周りに何もしていない人なんて居なかった。だから、自分も何かしなければいけないと思わされているというか。
「……どう考えても、胸を張って笑って生きていけない気がするから? あと、これぐらい働かないと、飯が美味く食えないからか?」
ここで頑張る理由。
他人の世話になって仕事を貰って働いている以上、期待以下の仕事をするなんてありえないし、自由奔放にやりたいことをやりたいようにやるなら独立してからだ。
それは向こうでも同じか。結局のところ自立したいのだ。
誰かの世話になっている子供のままでいるのが嫌なのかもしれない。大人が偉ぶるから。
それに、だから、と言う訳ではないが。働く基準って、どれくらい疲れたかのような気がする――いや、そんな病んだ基準だったか?
みんなこれくらい苦労している、だったら同じくらい、というか。
色々なバイト先で、パートのおばちゃんや年配の上司がにやにや「疲れただろう~?」と気を遣って心配している風に声を掛けてくるが。そんな暗に『怠け者だね?』『学生なんて楽なもんだろう?』『今まで私たちはこんな苦労してたんだよ?』『立派なんだよ?』と気持ちの悪い棒読みを利かせてくるが。
そういう偉ぶった奴らの倍は仕事が出来るようになってバカにしてやりたいというか。それだけでは偉くないことを見せつけたいというか、苦労自慢不幸自慢じゃなくてちゃんとした自分自慢ができる有意義さで生きたいというか。
ああうん、違う違う――そんな理由じゃない。
「いや」
これは俺が自分の為にしていることだ。
俺は今何をしているのかだ。俺が誰のために何のために頑張っているのか……。
ぶっちゃけそれは自分の為で、でも他人の為なんだけど、……。
頭のいい分かったような理屈ではなくて、だからこそ考えると逆に迷走してしまって。
どちらかといえば。とてもシンプルに。
「……人の為になることは気持ちいいからかな……」
乗せられやすいというか。
「……本当に、そうなの?」
君は、本当はどうだったのさ。
「……香凛さんだって、なんだかんだ、みんなが喜んでるときは笑ってたよ?」
「……そうかな。でも、私は……」
「うん……」
彼女は、優しさが返ってくると願っていて、それを裏切られて――そんなの本気で喜べるわけがない。
強かに生きたい――俺が本当はどういう人間だとかは関係ない。
笑わせたい、彼女の代わりに何かしたい、彼女が楽になるように何かしたい――
ああ、うん、そう思ってたんだ……。
仕方ないだろう。結局のところ、目の前にいる彼女の為に何かしたかったんだ。彼女が自由になれるような何かを伝えたかったんだ。
もういないから。
彼女はそんなつもりで生きていたのではない。本当に誰かに優しくしたかったんじゃなく、そうしなければ居場所が無かったんじゃないだろうか。彼女は本当は誰かと同じ普通になりたかったんじゃないだろうか。
どうして彼女はそうなったのか。
それは、言えない、言うべきではない。それは彼女を救う言葉ではない。必要な言葉ではない。彼女の可能性を開く言葉ではないのだ。
なら何を言うべきか。
いや、じゃなくて、今俺がここで何をするべきか。
この異世界で。
「……まあ頑張るよ」
「……誰も本当には感謝しなくても?」
「うん?」
「案外どうでもいいと思ってるかもしれないよ? ボンド君が思ってることや、やっていることは、本当に感謝されないかもしれない」
自分に見えない所なんてざらにあるからそれはいいんじゃないのか? 気にしなくても。
「そうかな? ま、そうかも。でもいいよ、それならしらみつぶしだから」
「……助ける価値がなくても?」
「……何の事を言ってるんだ?」
「それは、もうすぐ分るよ」
「ん? 何――?」
彼女が闇に溶け、落ちていく。
慌ててそれを掴み取ろうとした。
「……いよいよですわね」
「……」
町役場に先乗りで軽い読み合わせをしていた。
それも終わって、会議中のお茶の準備を人数分用意していたのだが。
「……あの、どうかなさいましたの?」
「ああうん、なんか色々あって」
「はあ。大丈夫ですの? 何なら代わりますわよ?」
「いやいや。ここに来てそれはないよ、そこまで臆病じゃないし。それに、これまでの成果が少しは出るかも知れないからさ」
「ふふ、そうですわね。きっと大丈夫ですわよ。分っている方はちゃんといらっしゃいます」
「だよね」
問題はそこではなくて。予期せぬトラブルというもので。
それはすでに発生していて。
「あのさ、」
「なんですの?」
「……女の子とデートすればその子とは本気ってことになると思う?」
「――伺いましょう」
「そのニヤニヤやめろ。はあ、誤解の無いように言うと、命さんとデートすることになった」
「……マジですの?」
「いや。……公認のデートごっこ? デートをしましょう、これはデートですよ、でも本当のデートじゃありませんよ? ――ってデート?」
「……まあ、デートと言えばデートだと思いますけど。そんな姿勢で臨まれても悲しい思いをするだけ――」
「いやいや。人生初デートだから、何気にノリノリのガチガチだから」
「……本気と緊張を掛けましたか?」
「うん」
「……なんでそんなことになりましたの?」
夢の中で彼女に抱き着こうとして、彼女に間違って抱き着いたのだ。
それも膝枕にうつ伏せで尻を鷲掴みにした挙句ふとももの谷間から匂いを思い切り吸って吐いて正義の鉄槌を喰らったのだ。
色々話し合った。その結果、
「……お互いまだまだ遠慮してるから、もう少し仲良くなって自然に甘えられるようにしろ、との神のお告げです」
「……あーあーあー。なんか簡単に想像できましたわ」
「マジで? 俺そんな人間像ちょろい?」
「ちょろ過ぎですわ」
「……マジかよ」
そして親指を立てる。イエー。うん。気分のウォームアップ終わり。付き合ってくれてありがとう。あ、デートは本当よ?
何気に緊張してる。何せ――金が絡むことを自分が主導でやってるなんて、バイトとはわけが違う。責任の重さも、期待も不安もだ。
ま、死ぬつもりでやれば生きているだろう。
誰だって出来る、誰だって出来る。
そう言い聞かせて、俺は言う。
「――よし。やるか!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます