13話「街興し勇者、Lv1」

 ゆさゆさ、ゆさゆさ、

「――ボンド君、ボンド君」

 心地いい声が聞こえる。

「――、んん」

 俺は布団の中から体を起こし、眼を擦る。機械の無いこの生活環境にもだいぶ慣れたのだが、ただ一つ難点があった。

「ありがとう、命さん……やっぱ早起きは、目覚まし時計なしだと無理だった……」

「いいんです。それより、大丈夫ですか?」

「――ふぁ、大丈夫大丈夫。これから忙しくなるだろうけど」

 綺麗で声の好い女の子に朝起こして貰えるとか、もう最高――

「……そういうものですか?」

「あ、声に出てた?」

「わざと、ですよね」

「……寝惚けてるから」

「――嘘です」

 彼女も、見知らぬ男の事が、その生活にも慣れて来ている。

 そしてそう、これから、街興しの第一段階が始まるのだ。



「はい、ご苦労様」

「あ。どもー、ありがとございまーす」

 俺は庭の草むしりが終わり、テラスの椅子に腰かける。

 そこで依頼者の老婆からお茶を受け取り早速飲み干した。

「はぁー、御馳走様です、生き返る……」

「でも本当にいいのかしら? 他に何のお駄賃もなくて」

「ええ。いいんですよいいんですよ、役場の方で給料を貰っていますので、むしろ貰う訳にはいきませんから」

実際に貰うとしたら、時給換算でも千円も貰えるかどうかか?

 雨が降った後でもない、しっかり庭木と薬草、花だらけ庭園であるそこを綺麗にするには鎌を使えず酷い手間だった。趣味で始めたそれだったが、老化で膝を悪くし長く負荷が掛る姿勢が取れずに荒れ放題だったらしい。

 家族は働いていてそんな暇はないとか。

「その代りなんか近々街興しでするらしいんで、そのとき知恵を貸してください」

 

「――知恵ねえ、それならのもっとちゃんとした人の方がいいんじゃないの?」

 広大な野菜畑で芋農家のエルデさんが。

「いえいえ、なんでも意見を聞かせてくれればいいんですよ。愚痴を効いたり言ったりするぐらいの気持ちで」

 広い農場で、また雑草取りをしていた。益虫も魔術も使わない、使えないため、昔ながらの農法をしているらしい。

 抜いた草はそのままうねの脇に置き藁を敷き保水性と保温性を上げるとか。季節の終わりに良く乾いたそれ火をつけてそのまま焼き灰として土に撒けるとか。わざわざ纏めてたい肥にしなくともそれは家畜のフンと出荷できない刎ね品の野菜で十分だそうだ。藁も加工して売った方が金に生るとか。

 そんな為になる話を既に聞いていたが。

「そうかしら?」

「いいんですよ。一緒に何か出来るのっていいじゃないですか?」

「そうかしらね、何もしなくていいなら何もしたくないものだけど、誰かと一緒になんて。普通はただ飯喰らいは嫌とか、早く親元を離れたくて働くものよ?」

「そりゃあそうですけど、迷惑かけたくないっていうそれも、善意的でいいじゃないですか?」

「馬鹿ねえ、迷惑かけたくないんじゃなくて、あとで面倒なことになるからよ?」

「でも良い事してればいい人が巡ってくるじゃないですか」


「――良い事ばかりしていると悪人だって巡ってくるんだよ。だから何事もほどほどだよ、ほどほどが一番いいんだ」

 それは空が広がる人口の斜面、家の屋根の上で。

「そうですか? それでもいい相手に巡り合えるかもしれないし」

「目立つことしないと見つけてくれない相手なんざ、大したもんじゃないな」

「それもそうか……いや、自分の努力とは別腹じゃないすか?」

「そりゃそうだけどな、わざわざ目立つようにそんなことする人間なんて、むしろなかなか胡散臭くてなあ?」

 屋根に溜まった土埃に生えた草を抜き、悪くなった屋根材を剥がして新しい物を差し込み応急的に接着する。軽い説明を受けただけなので、おっかなびっくり手間取りながら慎重にだ。

 イレムさんは大工の棟梁だったのだが、もう目を悪くしている為に不安定なところがダメなのだ。その手足になって、口頭のみの指導で作業を終える。

 梯子を下りて、

「――あ、じゃあ俺も?」

「あんたはむしろ冴えないから、多少目立とうとした方がいいな。それで手間賃は――」

「材料も自前だったんで要りませんよ。その代りなんか困ったら話だけでも」

「ああ、話だけならな」

 まあ、要するに草むしりだった。

 晴れて開設された町役場の便利屋――俗な言い方をすれば、庶務、その役場内ではなく街全体での実働員として雇われた形だ。

 正確には、それを便利屋の仕事として請け負った、という体裁である。これなら生活できる仕事としての目途が立ったらすぐ独立できるし、役場の人間――正式な公務員として雇われたのではない為、直接的に税金で養われているとは思い難い。

 現在窓口は役場の隅っこに設けられている。仕事としての立ち位置は、街が会社、役場がその総務であるとしたら、俺は庶務の下請けの外注先の――

 人材派遣業、と言った方がしっくりくるかもしれない。

 社畜とか契約社員とか底辺とか言われる人達だ。何でもできるけど専門家ほどではない、器用貧乏でいずれは帰る俺にはちょうどいいのだ。いつでもつぶしが効くスペシャリスト、と聞けばいい。

 初日の顔繋ぎのおかげでただ座っているだけなのは回避できたがそれでも一日の内まだまだ暇な時間が多い。その時間は、新しく住民を受け入れるときに備えて街が管理している空き家の整備と点検を行っている。

 ――草むしりだ。

 廃墟並みに蔦が家を侵食して屋根が歪んでたり、雑草が森並みにうっそうとして蛇が居たとかそれだけで敬遠したくなるから。むしろ良くここまで放っておいたなと言うレベルだ。不動産屋はいったい何をしていたんだよ。割れた窓を付け替えたり屋根の補修や壁の補修とか床板の張替とか、色々教わりながらもう相当慣れたけどさ。

 ――いやうん、分るよ? ここ一週間、ほぼ、俺は草をむしっている。

 他にも街の清掃とか? 林業の助っ人で森の手入れの手伝いとかもね、枝落としとか日が当たらないと土が腐るとか――木ってでっかい草だろ?

 それは一角の大人から見て、仕事にもならない仕事だろう。職人技を極めようとするわけでも作業を熟せる様になる必要がある訳でもない。仕事だ。

 でも、それでいいのだ。

 なによりなりふり構っていられない。

 たぶん俺に出来ることの中で最良の結果を呼び込む方法はこれだと思うのだ。

 いや、他が自信がないわけじゃなく、これは必要な事なのだ。

 この街の住民を見ていて思った事。それは――


 その日の朝、町長フライトは配達の牛乳を取りに家の門戸まで足を運んでいた。

 起き抜けに朝の体操で体を解してからの一本、新鮮で冷たく濃厚な白いミルクを喉に流し込む、それが家で煙草も晩酌をしない彼唯一のささやかな嗜好品だった。正確にはそれ以外を妻が許さないのだが。

 寝間着のまま庭で右に左に体を捻り関節を解す。最近――だいぶ前からだが、普通の睡眠で、ベッドで寝て起きるだけなのに体が凝るようになった。寝たら回復していた体力が寝ても回復しきらず減っている、体が疲れるのだ。

 年を取った――三十代では気のせいだと思っていたそれを最近如実に感じる。

 勇者を召喚してすでに二週間、彼は彼が提案した便利屋業を町役場の一部署として預かりすでにその業務は始動している。

 しかし思ったよりというかやはり仕事の幅は狭く、来たとしても家の草むしり、農地の草むしり、林業の補助など、どう見ても街興しに絡まない案件ばかりだった。

 その数も少ない。一日に一軒あればいい方だ。そう毎日草むしりをするほど草は生えていない。いずれ限界が来る。そこで便利屋の窓口を役場だけでなく私が弟に任せた酒場にも設ける事になった。そこで店員をしながら依頼を待つそうだ。

 だが、果たしてそれで上手くいくだろうか? 正直勇者として外れのような気がするのだ。いや人が良いのは分るが、彼は能力として何の役にも立たない一般庶民なのだ。本当に彼自身が自己申告した通りで何の力もない普通の人間だった。諦めて次の勇者を召喚できれば良いが巫女は一人に付き一人しか勇者を召喚できない。この街に巫女は彼女しかいないのでそれは無理で、他の土地の空いている巫女にはこの街の町長である私の権限では頼むことも出来ない。

 いっそ傷が浅いうちに諦めて、町長という立場も返上して――

 そうすれば娘や妻が非難されることだけは避けられるかもしれない。

 私は前町長が倒れた時に、能もなしに信頼と多数決で押し付けられただけだ。やはり私は酒場の店主マスターとして気ままに酒と料理を出しながら、人の話や愚痴を聞いている性に方が合っている。それを「いい人だ」「話の分る人だ」と頭の良さや責任感と誤解されてしまった所為で……。

 いや、止そう。これ以上は言い訳になる。責任を持たされた以上は、それがどんな経緯であれ全うしなければ被害を被る物が出る。 

 そして、

「……まだ来ないのか?」

 ミルク屋が、遅れているのか乳屋に何かあったのか。

 まあ牛でも山羊でも乳の出が悪ければそういう日もある。ミルク屋といっても野菜農家が兼業で酪農もしているだけだ。安定供給できる専業の大規模な酪農家はこの街にはいない。最近足腰にガタが来ているといっていたし、ついにやられたか? 

 体内時計にも懐中時計にも狂いはない。仕事には誠実な爺さんだ。もう少し待っても来なければ様子を見に行った方がいいかもしれない――

 やれやれ、こういう性分の所為で担ぎ出されてしまったわけだが……。

 しかし、ようやく、がらがらカッポカッポと貨車を引く足音が聞こえてきた。

 心配は杞憂に終わった。ほっと胸をなで下ろしつつ、荷車を真っ直ぐ引き歩いてくるその背丈に――気づく。

 爺さんじゃない。新しく人を雇ったのか? 

 そんなことをすれば足が出るだろう。それに今のこの街でそんなことが出来る暇な男なんて居ただろうか。働ける男は皆それこそ自分の仕事で手一杯だ、爺さんの孫は居たがまだ幼く、大量のミルク瓶を積んだあの重い荷車は引ないだろう。

 一体誰かと思っていると、

「おはようございまーす。すいませんおまたせしましたー」

 黒髪黒目に凡庸な顔、背も肩幅も足の長さも平均的、どこにでもいるような男で。それはよく知る顔だった。

「……ボンド君? どうして君が?」

 というわけでもない。大体想像は付く。

「仕事の依頼を受けたんですよ。酒場でミーナさんと一緒にフロアに出ながらお客さんと話してたら調子が悪いとかそういうのを聞いたんで、直接伺って――手伝わせてもらってるんですよ」

「ああうん、そうか」

「ええっと、町長のところは瓶が二本と、ヨーグルトが……」

 それでこんな早朝の時間帯までご苦労なことだ。しかし町役場より依頼は入るのか。いや、自分で依頼を取ってきたような言い方だったか?

 だが、まさかこんな朝早くからの仕事までとは、

「それで街興しの方は――」

「大丈夫ですよー、これが終わったら臨月で動けないグレナさんのお使いに、料理屋のライアスさんからもお昼の混雑の助っ人と、酒蔵の富松さんから配達の依頼があるんで」

「――おお?! そんなに依頼を……」

 受付を変えただけで――?

 いやでも、やっぱり街興しには関係なさそうである。少なくとも何か商品的の発想が生まれるような構成ではない。ガストの娘は自分の商会の仕事もあり、付きっきりで彼の世話を焼いているわけではない――最初の内はそれこそ付き人の振りをしてこの世界の常識を逐一教えていたが、最近はもうその辺手を放しても大丈夫だと報告も聞いている。

 というか、この町興しでまだ当面やることがないから暇を出しているとか、少しずつ用向きを出されているとか。一体何をしているのか。

「じゃ、行きますねー」

「い、いや! ゆう――ボンド君!?」

 勇者トラブルを避けるため表ではそう呼んでいる。もう裏でも呼び捨てにしそうな気がしているが。

「はい?」

「……それで、街興しの方はなにか目算は付いたのかね」

「うーん、大丈夫だと思いますよ」

「……そうか、」

 だが曖昧な返事だ。

 彼はぺこりと会釈をして、ミルク缶を乗せた荷車を力を込め一歩一歩引いて行った。

「……はあぁ」

 本当に、大丈夫なのだろうか……。


「――大丈夫ですか?」

「んー……ああ、大丈夫大丈夫……」

 うそだ、全然大丈夫ではない。

 俺は気怠げに瞼を落とし食事をゆっくり咀嚼する。営業スマイルの残弾が尽きていた。

 そして何より現代人の体力を嘗めてた。俺は平均的に力が身に着くとか言っていたがそんなことなかった。この世界に人の体力がおかしいのか、それとも学校で椅子に座ってるだけの授業だらけの体力が低すぎるのか。

 たぶん後者だ。身体の筋肉から骨までそこら中が軋む。筋肉痛になっては回復してを繰り返して、徐々にだが楽になっているのだが。運動らしい運動なんて体育授業だけだ。

「――無理をしていませんか?」

「いやいや、全然余裕だから」

 確実に必要になる仕事なので、いまは休んでいられない。しかし休憩時間が移動時間のみでぶっ通しでバイトし続けるなんて夏休み以来だ。

「でもごめん。家事、全然手伝えなくなっちゃって」

「いいえ? 一人分増えたぐらいなら食事も家事も手間はそう変わりませんから」

「一緒に暮らしてるんだから、そこはきっちり分担したいとこなんだけど」

「私は、そのお世話をするのが仕事ですから」

 一応下着の洗濯だけは死守させて貰っている。そしてそこが最終防衛線だ。それすら出来なくなったら確実にオーバーワークである。

「いや、神社としての仕事だって、神様のお世話だってあるでしょ」

「それはいつも通りの事ですし、そのついでで出来ることですから」

「うーん……あ、男が家事に出しゃばらない方がいいってこういう事なのか? いや違うか」

 普段やらないから片手間に手を出して中途半端にホコリが残る出来栄えになる。根本的に必要ない上にパートナーが後でやり直すことになる。よく聞くのは楽な部分を少し手伝っただけでさも全てをやりきったような顔をされるとか、イラッと来るとか。

 仮に相手より出来たとしても、相手の領域を冒してしまうのだ。

「普通のご家庭でしたら、手伝えるなら手伝ってもらった方が嬉しいと思いますよ?」

「そっか。今後の参考にしとこう」

「……でも、一体、ボンド君は何をしようとしているんですか?」

 彼女にもやはり、金にならない日銭稼ぎにしか映らないのだろう。

「うーん……、この街の根本的な問題っていうか、今更の疑問て言うかね?」


 それから更に、一週間が経った。

 ダメだ、平凡な勇者はただ日雇いの日銭稼ぎを続けていた。そして一向に何か商品開発を打ち上げる話を持ってこない。しかし彼の街での評判は悪くないのだが、働き者で、人の話をよく聞く、愛想のいい、アクのない、人当たりのいい好青年で――

 目まぐるしく働いている、それは分った。最近何やら働き者の余所の青年がいる。そんな話がいくらか街で目撃されている。

 でもそれだけだ。そこに特別な期待は何もない。人を何か特別なことが出来る気にさせるそれだけのものを持っていない。

 それに、やはり彼自身取り立てて何かを始めようという気は起こしていないように見える。まさかあんなバイト生活だけで何かが変わると思っているのだろうか。まさか自分がここで生活できればいいとでも思っているのか? このまま街で面倒を見て貰って――さも何かしているように見せて誤魔化しているのだろうか、いや、まさか、そんな筈は。

 ないだろうな?

「ガスト、お前はどう思う?」

「僕に聞かないでくれるかな?」

 こいつは街を出た口だ。どこにも根付かず自分で立ち上げた商会も人任せで、拠点こそ隣町に築いているが娘も妻も放って自分の好きにぶらぶら仕事をしているだけ――それに何が言えるのか。

「でもまあ、悪いことをしているようには見えないよね」

「なくとも今する必要のない仕事を見当違いにしていたら意味がないだろう!」

 優先順位を間違えているあれだ。手順が悪いというか手際が悪いというか。仕事がないから机整理や掃除をしているのと同じだ。

 役立たず。

「それにお前は何をやっているのだ」

「別に何も? 僕は君に頼まれて勇者君の世話係を提供しただけだよ? ノルマは果たしたんじゃないかな? こっちだって自分の生活の為の仕事があるし」

「それは分るが!」

 別に頼っていた訳でも期待していた訳でもないが参加した以上はもう少し何か意見を言って欲しいと思う。

「いっそそれこそ勇者君に聞いて見たらどうだい?」

 でもそうか、その通りか。

「――はあ、そうだな、今すぐ行ってくる!」

「いってらっしゃーい……」

そう言い、役場の応接室にガストを残し、私は彼の元に向かった。彼は弟の酒場に居てそこで、

「いらっしゃいませーっ! お客様は何名様のご案内になりますか?」

 歯切れのいい営業スマイルをしていた。

 昼の酒場は寡黙な弟の代でスイーツと軽食を出す喫茶店化している。酒場らしい酒場料理を好む男が今は少ないので、その方向転換は間違っていないのだが少々複雑である。

 娘はいい歳してふりふりのエプロンドレスを身に着けているのだ。女性向けのメニューの雰囲気に合わせてだが、まあ見た目は同じ年頃より幼く見えるのでまあいい。

 本当は子の職場に顔なんぞ出したくないのだが、

「いや、私だ」

「業務ノルマなんで諦めてください――仕事の依頼ですか? それでは席にご案内したしますね? どうぞこちらへ」

「いや、さらりとマニュアルに混ぜ込まないでくれないか」

 とりあえず人気の少ない一番奥の席に案内された。衝立で遮られ会話も他に届きづらい、仕事の話が出来る場所だ。

 店の客入りはまばらである。食事時を過ぎたとはいえ、昼間から呑気に茶と菓子を楽しめる層は街には少ない。いや、売れている店ならその時点で席を満たせているのだろう。

 いやそんなことを観ている場合ではない。

「今日は君に用があってだな――」

「何かあったんですか?」

「いいや――いや、むしろそろそろ何かあってほしいんだが――」

「こちらメニューとおしぼりになります。ご注文がお決まりになりましたらお声をお掛けください」

「ああとりあえずコーヒーのホット――じゃなくてだなミーナ」

「他のお客さんの邪魔にもなるんだから早めにね」

「分っている! 話させてくれんのはお前たちの所為だろう……」

「あ、すいませんちょっと失礼します」

 別の客の会計に勇者殿は席を立った。そして娘は新たに注文を取りパフェを作っている。他に店員は居ない、娘はそれらフロア仕事を一人でこなしていたのか? 弟は無口にコーヒー豆をミルに掛け始めているし。

 しかし娘に他人行儀に業務マニュアルで接せられると中々の疎外感だ。いや、ここは娘の仕事場なのだから、私の方がおかしいのか。

「お待たせしました。それで本日はどのようなご用件ですか?」

「……はぁー。そろそろ街興しのプランが何か出来ないのかな」

「じゃあそろそろ会議でもしましょうか」

「は?」

「いや、街興しなんだから街ぐるみでやるんでしょう? なら企画に絡む人たちの意見も聞きながら一緒に考えないと。それなら会議ですよね?」

「……企画は?」

「ありますよ?」

「ならなぜ先に言わない」

「……それは町長さんに先頭に立って欲しかったからですよ。ぽっと出の雇われの俺がイベント企画を出してそれを通すなんて、役場の他の方やそれに関わる街の人からも不安で心配がられるだけかも知れないじゃないですか? 発案者は俺であってもそこに柱や屋台骨を通して組み立てるのはこの街の方々でないと。そして町長さんには起点になってもらいたかったんですよ。だからその為にわざわざしびれを切らしてあくせく足を運んで頂くのを待ってました」

「……」

 嘘くさい、嘘くさいが。

 確かに、毎日毎日草むしりなんぞしている青年の言う事なんぞ当てにしないだろうし、早足でここに来る姿は何人にもみられている。かといえそれだけでそう上手く印象付けられるかと疑問にも思うが――

 それなりに、色々と考えてはいたようだな。

「だが」

 会議か……。

「何か問題でも?」

 あの連中の顔が思い浮かぶ。

「……いや、話し合うと返って話が転ばなくなるかも知れないからな」

「……そうですか? でもとりあえず招集してください。日時はお任せしますけど、とりあえず飲食店さんと農家さんは必須で」

 その二つで商品づくりか? 何か真新しい事であるのは間違いないだろうが。

「……それで何をするつもりなのかね?」

 そこで彼が提案した事に、私は軽い絶望感を覚えていた。

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