閑話「とある彼女の報告書」

 お母様へ。お元気ですか?

 私は今お母様に言われた通り新たに来訪した勇者の内定をしております。

 まだお話をし始めてそれほど経ってもおりませんが、その内面はおおよそですが分ってまいりました。

 件の勇者たちのように、身勝手でもなく、自信過剰でもなく、非常識でもなく、引き籠りでも対人恐怖症でも社会不適合でもなく極めて良性の勇者のようです。

 ただ極めて平凡で、小心者で、慎重で、それでいて変なところでズケズケとものを言い、その割やたらと周囲に気を遣っているような気配があります。

 彼はまず住民との交流と理解を求めようとしておりました。

 自ら市井の末端に交わり――この世界の常識や知識、生活を知ろうとしていました。

 今までの勇者は、とりあえず思いつく限り自分のやりたいことをやり、善意とあらば見境なく人を救おうとする。後先考えない思い付きの行動をする。おだてられても迎合せず回りを巻き込む。それか言われるまま言われたままに求められたことをする。どんなに元の世界に未練が無くても帰りたいと駄々を捏ねるか、煽てられても難色を示し、その割に引き換えで異性か富を与えれば簡単に喜色を示す――

 ただの人間――

 自分の欲と不満を満たすか否かで。勇者と言ってもそんな両極端ばかり、異世界に住むただの人だと伺っておりましたが。

 いえ、彼もただの人なのですが、その――

 矛盾だらけです。どうにかこうにか自分の都合の好い所で立ち回ろうとしているようですが、それにしては酷く効率が悪いです。強権をふるって我儘を言うことに恐れを抱いているような節があり、おそらく悪人には成れない質なのでしょう。そして広い視野、多角的な物事の考え方をしている。【揺れない天秤】とは上手く言ったものです。善悪のどちらにも心を傾けない。それは確かに彼の魂の器――資質なのでしょう。それがあの神の言った通り、彼自身の能力を平均的な物にするものなのかというと疑問を持ちます。だって私、

 ――ただの女にされました。

 ええ。誤解があるように言っております。

 彼は私達の複雑な家庭環境を、何も気にすることなく、私を普通の女の子に、父を普通のいい親として扱いました。

 ちょっとズッキュゥゥゥゥンと来ちゃいました。ええ。大抵苦笑いか気を遣って優しくしようとか同情していい気になっていい人ぶろうとかいい男ぶろうとするだけですのに。

 彼は普通でした。あり得ないくらい普通にしてくれました。ええ、ええ。

 ――スケこましです。

 ほかの方にも自然に、負い目や引け目を感じさせないように振る舞っております。あれはやばいです。異性を感じさせない異性に優しくされたら、そりゃあ心を揺すりますのよ。友達止まりの危険大ですが――

 いえ私、彼の何を心配しているんでしょうか。

 性を意識しない異性の友人というのは貴重です。これは同性でも同じでしょうが。

 そういう建て前も本音もなく話せるのですから、そりゃあ安心しますもの。微妙にお互い勘違いさせないよう距離を開けようとするところがまた、肉食系の心を揺さぶりますし迫りたくなりますのよ! 下品な視線が過ぎるようならスカートの中身を存分に振る舞う所存でしたがその心配はむしろありませんでしたし、多分、いえ確実に童貞でしょう――0から仕込むなら手頃な物件ですわ。

 まあこれは冗談ですが。

 適当に雑にして、家で家族とくつろいでる様な居心地も仄かに感じますのよ? 正直お父様とちょっと似てるような気がします。

 つきに、お母様はお父様を落としたとき、もしくは落とされたときどんな感じでしたか? ええ、裏の仕事の忙しい時期が過ぎ、幼い私を迎えに来たときにはもう男連れでベッドインどころかゴールインしてたとか正直当時は恨み骨髄でありえないと思いましたが。

 その辺詳しく! こんど是非お教えください。

 誤解なさらないように――私はまだ落とされていません。

 ええ、こんな冗談が言えるくらい余裕ですとも。それに彼はいずれ確実に自分の世界に帰られる方でしょうから、そんな想いを抱く訳にも行きませんしね。

 正直お友達として? 酔った勢いで一度ぐらいなら? という程度でしょう。

 ――顔も平凡ですし。


 以上、勇者に関する一次的報告を終えます。

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