12話「異世界の夢、後編」

 勇者――

 召喚時に聞いた最近頻繁な勇者の召喚――その一人なのだろう。これだけ大きな街なら居てもおかしくない。まあ俺素性バレじゃないことは分ってるので特に慌てることもなかった。要はだ、

「この街のご当地勇者かー……」

「間違っていませんが、その呼び方はどうかと思いますわ」

 でも俺なんか街興し勇者なわけだし、その勇者の活動内容にも因るだろうが大体そんなもんだろう。で、そのご当地勇者なんだが、

「ちなみにどんな勇者か知ってる?」

「ええっと、確かこの街に在住していたのは……」

 内容によっては話を聞いて街興しの参考にしたいと思った。

「キリット様ーっ!」

「黒の剣士様ーっ!?」

「俺にも二刀流を教えてくれーっ!」

 でも、彼への歓声を聞く内にそんな気持ちは吹き飛んだ。

 何故なら、どこかで聞いた事のあるフレーズなわけでさあ……。

「今度俺達とパーティー組んでください!」

「言っとくけど俺はソロだ」

「一緒に遊びましょうよ!」

「死なないゲームなんてぬる過ぎるぜ」

「どれだけレベル上げたらそんな強くなるんですかー!?」

「レベルなんてただの数字だよ、そんなものより大事なものがある」

 キャラづくりだな。 

 いや、そのキャラを仕上げてた努力はすごいとは思うけど。

「じゃ、帰ろうか」

「え? 伺わなくていいんですの?」

「いいのいいの」

 背中に二本の剣を交差させ背負っている、全身黒ずくめの男なんかに街興しの相談なんて無理じゃね? あれほどアニメで街興しはダメだって言ったのにね。

 絶対無理だから。ていうか関わりたくないから。 

 これ以上、著作権の侵害に関わりたくないから。

 そう思い、人垣の向こうへ目を向けていた。

 それがいけなかった。

「――」

「……」

 あ、眼が合っちゃった。そこにいる俺をピンポイントで彼が何故か見てくる。

「――ごめんみんな、ちょっと先約があってさ。悪いけど気を遣って貰えないかな」

 不承不承ながら、しかし快く事情を理解した群衆は去った。

 キリット氏がそう言い散らした蜘蛛の子の中、俺は迷わず背を向け去りゆく人の流れに乗ろうとする。

 踵に重心を置きクルリと綺麗に回れ右して、

「――じゃ俺たちも行きましょうか」

「えっ、いいんですの? 今後の参考にお話などをお聞きしたほうが――」

「アニメで町興しは絶対無理です」

 少なくとも狙って当たりが出た例を俺は知らない。痛車祭りとか行ったことあるけど、あれは怖いもの見たさとバカにした半笑いで面白がっているだけだ。

 土着しない。一回見れば十分、ファンだってそう何度も足を運ばない。飽きられて終わりだ。

 売られるアニメグッズも買うのは外から来たオタクだけ。そこに人を集めてお金を落として貰ってるけどそこに居る地元住民は商工会の販売員も含めて別に熱は無い。赤字が出ないかの心配をしているだけだ。本気でアニメ文化を根付かせようとしている人間などいなければそれを望んでいる人間もいない。これをやりたい、でも、良い物だ、と思っているわけではないのだ。

 アニメは、地元が進化した、という成果ではない。街興しって、単純に金を稼ぐだけでは長続きしないのもその所為だ。

 始まったな――というのとはちょっと違うと思うのだ。

 ――は、おいて置く。

 本音は秋葉原以外で全力でキャラ芸している人はちょっと――どころじゃなくかなり危険信号を発している。いやむしろこの世界のファッションは全てコスプレ染みているので案外普通なのかもしれないが。

 でも一般人の血が物理的に即座にオタクから離れろと言っているのだ。分るだろ?オタクを見つけた時の苦い愉快感。

「――そこの君」

 背後から声を掛けられたが気のせいだ。音は放射状に波として広がる。絶対に俺であるとは限らないだろう?

「お呼びのようですわね」

「いやいやいや。お嬢様との二人きりのデートには邪魔ですって」

「せ、設定の変更ですの? 真っ正面から言われると嘘でもやぶさかではありませんわよ?」

「じゃあこのまま休憩にでも入りましょうか。絶対に追って来られないはずだから」

「ちょ、ええええ? ……は、入るだけなら許しますけど、お、強引に押し倒したりなんかしたら、私流石に」

「しませんから」

「なんかムカつきますわ」

「さあさあ、気にせず行きましょうか」

「いや、そこの黒髪黒目の君だ」

 三番テーブルから御指名が入った。

 そう言われると他にそれらしい者がいないので立ち止まるしかない。振り返り、皮肉と嫌味と抵抗を込め自分の顔を指さして確認する。

 「あっ、気のせいです」と言ってほしい。この微妙に関わりたくない顔を見て。ほら!

「――いや、君だよ。もしよかったらこれから話せないかな」

 コミュ力ねえなこいつ。今ので大抵の普通人は分るぞ? 声掛けんな。って意味がな。しかも「君だよ」ってリアル空間でもよっぽど上の人間しか言わねえよ。

 下手に出てるつもりでかなり気取ってるのがムカツク。

「――いえ。申し訳ありませんがお嬢様の下男としての務めがあります。職務中ですのでまたの機会にお誘いくださいませ」

 どうだ、これが本物の嫌味の無い慇懃無礼だ。気付かれずに距離を作りたかったら使えばいい。ただの礼節のような気もする。

「ああ、これは失礼しました。――もしよければ名前を聞いても?」

 それは礼儀正しく、俺ではなく彼女に尋ねられた。くそ、踏む相手を間違えていない。

「トリエと申しますわ、お会いできて光栄です勇者様」

「こちらこそ。それでもしよければ、トリエさんの許可が頂ければいまから――もしくは後日日を改めて彼と話がしたいんだけど、ダメですか?」

「そうですわね、こんな機会は滅多にごさいませんし、私としては構いませんけど……ボンドさん、貴方が決めていいですわよ?」

「よろしいのですか?」

「ええ、構いませんわよ?」

 ニュアンスからして、一応聞いておいた方がいい、という程度だろう。

 が、仕方ないので、キリット氏に向き直り、

「……理由をお聞きしても?」

「――きみ、日本人だよね?」

「いえ? なんのことですか?」

「え? いや……何か神様に加護を貰ったりとかしてるよね」

 いきなり色々当てられてドキッとする。

 にしてもだ、こんな風に人が言っても居ない素性部分を口に出す相手なんて信用できない。

 俺は人間的な警戒度を一段階引き上げる。

「え? ……それって、その日本人とか勇者様限定なんですか?」

 ――そういえば目に見えないそれが何故分かった。

 営業スマイル鋼鉄の笑みでガン垂れる。読めよ?空気。

「いや? 他にもいるにはいるけどさ。僕はこの世界に来た時に鑑定能力が身に付いて、それで他にもいろいろ名前とかステータスが見えるんだよ」

 そこじゃない! 勝手にプロフ公開すんなってとこ!

「それで――きみは名前と見た目からして日本人なんじゃないかなって。確かに勇者じゃないみたいだけど、久しぶりに同郷の人と懐かしく話をしたかっただけなんだ……ダメかな?」

 男の上目遣い気持ち悪い。

 正直こいつ気持ち悪い。いやメッキの勇者様相手に酷い言い方だとは思うが。

 個人情報勝手に閲覧しやがった挙句に自分の要求を突きつけるってどうよ?

 俺叱った方がいい? ちょっとこの人年上っぽいけど、叱っていいのかな? あまり役に立たない年上のバイトの後輩をディスるつもりで叱っていいのかな?

 初対面の人間でも礼節ぐらいを払えよ大人!

「……ああ、そうなんですか? でもそうやって勝手に人の個人情報見るのって相当なマナー違反じゃないですか? その上で自分の要求を突き付けて? それがこの世界の常識かどうかはまだ知らないですけど正直いい気分なんてしませんよ?」

 オタクってみんなそんな発想なんですか? 

 普通相手の素性なんて相手が自然に話さない限り深く探らないだろ? 表面的なところでも精々会話の中でなんとなく触っちゃいけない所に配慮してさ、話しづらくならないようにしてさ、自然に気を遣うもんだろう?

 気楽に話せるように気を遣ってさ。話したいことを話せばいいんじゃないんだよ?目の前にいる相手が自然に振る舞えるようにするのが良い会話なんだよ? 強制的に仲良して会話できない子をディスるのはコミュ力じゃないんだよ?

 まあ、正面切ってのこういうダメ出しならするがそれも初対面だからで。 

「――あ、ああ、うん、そうだね。……ごめんね。この世界に来てから色々と人にじろじろ見られることが多かったから。それも笑ってるのに眼つきがギラギラして怖い人ばかりでさ」

 へえ。

「それで、僕は能力で犯罪歴とか職歴まで見れるから、つい癖で覗いちゃうようになってて――」

 ……根っからの悪人ではないのか? 

 平然と言い訳を言えるのは善し悪しだけど。自分より年上の社会人の猫背気配に面を食らった。穿った眼で見なければ……本当に同郷の人と話したかったのかと思う。

 同意有りとはいえ、長期単身赴任で慣れない土地で日本人に遭ったとかそんな感じなのかもしれない。これから自分も下手すればそうなるので気持ちはややわかる。もうちょい礼儀ぐらい何とかしてほしいところなのだが。

「はあ……とりあえず場所を替えませんか?」

 その言葉に、彼、キリット氏は破顔した。


 

 本名は古畑正和ふるはた まさかずだそうで。キリットはネトゲのハンドルネームらしい、ここでの本名ということだが。キリットは冒険者を生業にしているようで、この街一番の稼ぎ頭らしい。結構しっかりした豪邸だ。家族や使用人がいないので閑散としているが、そこには彼の冒険の足跡らしきお宝や調度品がそこかしこに飾られている。

 そんな彼の家に俺たちは腰を落ち着けた。

 棚から出したお茶を振る舞われつつ、

「――それで早速聞きたいことがあるんだけど」

「なんですか?」

「ベルセル○完結した? ハンターは? あとバスタ○ド」

 何それ。え、漫画? 漫画の続きが聞きたかったの? ホームシックってそんなんだっけ?

「……すんません、ハンターはとりあえずまだ続いてます。でもそれ以外知らないです」

「――ああそうなんだ。まあ終わりがないのが終わりとかそんなノリで待ってるからいんだけどね。あー、君はそんなアニメとかゲームとか好きじゃないのかな?」

「もうほとんど見ないですね。精々……深夜バラエティのCM中にチャンネル回したら――たまに見るってところです」

 面白い物はその後も継続してみることはある。

 アニメは子供が見るものとは思っていない。普通に面白いものは面白い。変な哲学的邦画よりずっとだ。ゲームは普通にやる時間が無い。てかツマラナイ。

「卒業しちゃったんだ」

「そうですね。でもたまに同窓会がある感じで、今でも繋がってる感じの友達が一人か二人ってところです」

「あはは。いい例えだ」

 俺はだが、小さいころ買ったおもちゃが壊れても捨てられないのと同じ感覚だ。つまらない面白いではない感動と言う奴だろう。しかし人間関係だと逆に簡単に潰れたり捨てたりするもんだけど。

 本当にそんなことを聞きたかったのか――キリット氏はお茶を飲みながら久方ぶりの地元話の余韻に浸っている。

 ――異世界と地球地元という距離感、定規スケールが狂いそうだ。

 と、ふとこちらから話を振る。

「……どれくらいここにいるんですか?」

「もう六年かな。三十二でこの世界に来たんだけど、新しい娯楽が欲しいってことだから趣味で描いてた漫画の技術を教えてたんだ」

「へえー、漫画ですか」

 普通にすげえな。

「プロを目指してはいたんだけどね、成れなかった、アマチュアの同人作家だよ」

「そうなんですか」

 でもやっぱオタクか。それで金が稼げるか稼げないかの境目って結構曖昧だっていうけど。

 ――ああでも、普通の人かな。野球選手や公務員を選ばなかっただけでちゃんと夢を目指した真っ当な人だ。吐きニートじゃ無ければだけど。

 ともあれ、この世界に二次元文化や語彙を広めたのはあっちの世界の勇者ってことで間違いないわけか。で、

「過去形ってことは――」

「うん、僕が教えられることはもう全部教えたからね。このままこの世界で暮らすか帰るか選んでいいって言われて、残ることにしたんだ」

「えっ?」

 それには驚きを隠せない。

 だって――

「……帰りたくなかったんですか?」

「あは。情けない話あそこじゃ僕は必要とされてなかったからね。それに、物語のような冒険に憧れていたしね……この世界にはまだ人間の到達してない場所とか色々あるから、それを自分の眼で観てみたいって感じでね。だから僕はこの世界に根を張ることにしたんだよ」

「……夢が叶ったってことですか?」

「まあ、そんなところかな……少なくとも僕にとってこの世界は向こうより遥かに自由に生きられるしね、なにより、必要とされてる」

 ……しかし、決して能天気に幸せそうではない、陰のある笑みを浮かべている。

 漫画の続きが知りたいとか、本当に未練はそれだけだったのか?

 と思う。思うが……。

 ……ていうか、さらっと聞き流してしまったがけっこうおかしなことを言ってたような。

「……え? 32?」

 で6年――38歳……え?

 見た目は某あのキャラ未遂ということは置いといて。

「どこが!?」

 どうみても二十代前半。

 見えない。見た目おかしくね? 多く見積もっても二十代半ばぐらいにしか見えないんだけど!? 

「僕はネトゲプレイ中の寝落ちでここに来てね。一応呼び出しに承諾したんだけど、気づいたらこのアバター姿でこの世界にいたんだ。しかも服だけじゃなく顔と体つきまで作ったキャラそのままでね、いや驚いた驚いた……これが噂の異世界転生キター! ってね」

「二次元の年齢詐称問題じゃないんですね」

 どうみても社会人に見える中学生テニスプレイヤーとかな。でもアバターか……そういえば某黒の剣士とかなり違うな。声は結構そのままだったからかなりの危険球を放ってる感じだったが、それは声真似だったのだろう。

 今は地声で話しているし。

「……でも、若返った? その姿になってたって……」

「異世界転生あるあるだね。ネトゲプレイ中にそのキャラの見た目でスキルやシステムごと転移っていうのは。まあ僕の場合強く憧れてたからね――ゲームの、現実じゃない異世界に行って大冒険をする……その願いがこの世界の魔法にさらされてこうなったらしいよ」 

 魂の器がなんちゃらのあれか。この場合、見た目プラスそういう能力で、三八歳じゃなくなったのか。【この世界の魔法】は同時翻訳といいほんとなんでもアリだな。

 ゲームの世界に憧れて、必要とされる自分を求めていて。それでゲームキャラになってしまったということだが願いがそんな風に影響を及ぼすのなら、俺は現状に満足していたということか? 見た目や能力的にも。

 いやぶっちゃけ、多少、女にモテたいとかそういう願望はあったんだけどなあ。そんな傾向全くないし。

 本当にポカで呼ばれたんだろうなあ……。

「――ああ、じゃあ他にも黒の剣士的な人が居るんですかね」

「金髪ツンツンの大剣使いならいたよ? ちなみに名前は案の定♰クラウド♰だった。多分見た目が変わる人は結構いるんじゃないかな。中には転移直後に転生する人も居るみたいだしね」

「……転生、ですか?」

「うん、生まれ変わりたかったとかさ、あるからね。本当に死んだ人間をこの世界に――っていうのもあるって聞かなかった?」

「……あまりいい話じゃないですね」 

「じゃあ君はどうしてこの世界に来たんだい?」

 面白げにそう訊ねてくるが、俺はトリエを見る。

 街興しについてその辺話していいのかと。

「この方でしたら大丈夫ですわ。領主さまから、確かお墨付きの勇者です。――ただ私達が何のために動いているのかは秘匿して頂けますか?」

「当然だね。僕もその辺はなかなか苦労したから、ちゃんと配慮するよ」

 ならいいか。

 念書もない口頭約束だが。

「単純に街興しですね。能力の方は何もないですよ? 人並みの努力で人並みの力しか身に着かないって」

「君自身に目的は?」

「ないですね。ほとんど偶然です。あれです、書類を見ずにサインした感じで。だから能無しなんですよ?」

「ええっ? それはまた珍しいね。でも、能力に関しては向こうの世界での願いが必ず何かしらの形で身に着くはずなのになあ……」

「あー、多分特に強い願いとかなかったからじゃないですかね? そう不満があったわけでもないし」

 嘘だ。不満ならアリまくりだったが大概慣れていたし諦めていた。なんていうか、可もなく不可もない人生を逆境も後押しもなく適当に平凡に送ってたから。

 もちろん努力はしてた。でも、特別な不満も希望もなかったっていうか。

「……それも中々あり得ないと思うけどね……」

「そうですか? 大体みんな生きてる内にこんな感じだと思いますけど」

「ははは。最近の子は枯れてるなあ。まあ若い時ってのは自分の夢どころか気持ちにすら気づかなかったり、それを探している最中なもんだがね」

 大人はみんなそんな風にさも自分は昔、夢と希望を持ってました、みたいに言うよね。大げさに。理解している風に、度量がある風に見せたがって。

「そうですね。向こうじゃ俺、ちょうどそれを探しているところだったし」

 正確には、それが見え始めたところだったか。あのまま向こうで暮らしていたらどうなったのだろうか。

 それ以上深く話を聞くことはお互いしなかった。

 どうやら口煩いまでではないらしい。

「まあ何かトラブルがあったら教えてくれたまえ、相談には乗るよ」

「じゃあ早速一つ」

「なんだい?」

「この街で余所に移住したがってるような話って聞きますか?」

「うーん、まあちらほら聞くときはあるね――ああ、街興しって言ってたね、それでか」

「はい。いくらいい街にしても移住をしてくれる人が居なければ意味がないですから。居るならそういう人にまず募集を掛けてみようと」

 イベントや商品を作るだけじゃなく、そういう情報発信もしないとね。なんか町長はとりあえず金稼ごうと気が逸ってたみたいだけど。

「そこからどんな生活環境に住みたいのか、最低限これはあってほしいとか、そういう生の声も聞こえてくると思うんで」

「――そういうつもりでしたの?」

「うーん、最初から何から何まで準備してやる必要無いと思うんだよね。やってみると無駄な準備とかもあるし。まあ、今のうちにその辺の情報も集めておきたいってところだからですけど」

 ただ街に来てくれた人に魅力を伝える――

 そんな風に待つだけでは足りない。住民獲得にはもっと積極的に前に出る姿勢も必要だろう。それに、移住希望者が居ないかを街の役員同士でやりとりしても、面と向かってそんな情報は手に入らないだろう。自分の街を出て行きたい人の声なんて、他には聞かせない筈だ。それだけ税収が減るのだから。

「――色々考えてるんだねえ」

「そうですか?」

「普通の高校生はそんなに賢くないと思うよ」

「そうですか? 大概言っても取り合わない人が多いから言わないだけですよ?」

 意見を言う=俺の意見を聞いてない=敵=生意気、である。日本の悪い縦社会慣れというか。大人が教える正しさや優しさなんて大抵都合のいい自己肯定だからというか。

「あ、あと――」

 これは個人的な興味なのだが、一つ聞きたいことがある。

 純粋な興味と、偉そうなこと言ってきたしっぺ返しとして。

「ん?」

「――夢って叶うと、本当に幸せですか?」

 夢の異世界を夢見て、それが叶って――

 しかし、それほど最高に幸せって訳ではなさそうな正和さんをみているとちょっと疑問に思うのだ。これはそれ以前から感じていたことなのだが。

 彼はこの質問に大人としての責任を感じたのか、ほんの少し逡巡して、ふざけずに答えてくれた。

「――はは。そうだね……幸せでも不幸でもないかな?」

 どこか乾いた声で、しかしどこか満足げに微笑を浮かべている。それは大人独特の、格好付けた虚勢に見えたが、彼自身もまだよく分っていないような様子だ。

 続けて、

「……僕は、夢っていうのは、生き方を決める、ってことだと思ってるから。それは幸か不幸かで図るもんじゃなくて――後悔しないかどうかを決めることなんじゃないかと思うよ」

 彼の言葉を自分の中で反芻する。生き方、後悔しないかどうか。

 結局のところと彼は繋げて、

「だからきっとね――夢は夢の形をしていないんじゃないかな」


 多分、現実で夢が叶わなかった大人はそう言った。

 その人は、夢を見つけていたけど、それが叶わなかった人で。

 夢は夢と思わない方がいい、ということなのか。

 それは現実的な目標にしろ、ということなのか。

 なんとでも言える謎掛け――答えとしての逃げなのか。

 

 そして夢を叶えたその先、後悔しなければそれを追っても諦めてもいいのか。

 例えば、野球選手になるところまでが夢なのか。それともなった後から終わるまでが夢なのか。

 漫画家になることが夢なのか、漫画を描き続けることが夢なのか。

 彼は生き方を決めることだと言っていた。それは、夢を見るだけではなく毎日生きることを考えることが前提だ。なら、夢って何があっても前向きに生きるということではないのか?

 たぶんそう生きられたら何より幸せになれるかもしれない。その中でなにを抱えていても。幸せに想えるかもしれない。

 それは毎日が夢を叶える努力だけでなくて、生きるための努力と両立しているからだと思う。どっちかだけでは成り立たない。

 それは誰かに生かされて、遊んでいるだけの子供には出来ないことだ。 


 それは確かに、その人の生き方が決まることだと思う。

 後悔するにせよ、しないにせよ――それは前向きな生き方をしたほうが良い。ということかもしれない。

 そこでまたふと思う。

「この世界の人たちって、普通どんな夢を見るのかな」

 現実世界の人間が、英雄譚や冒険譚、摩訶不思議なファンタジーを夢見たとして。

 幻想世界の人間は、一体どんな夢を見るのだろうか?

 高度で便利で豊かな社会だろうか。それとも、現実と同じ夢物語か。

 そんな気はする。だからこの世界の人は、勇者の知恵と知識、技術を強く求めているのではないのか――

「そうですわね……きっとそれは、豊かな明日ですわ」

「豊かな明日」

「昨日より今日、今日より明日を豊かにする――」

 それはごく普通の夢だ。

「勇者様がそうなのか、そちらの世界がそうなのかは分りませんが、概ね勇者様たちは冒険や好奇心を――命の危機感を捨ててでもそこに向かおうとしますわね。こちらの世界でそれはどちらかというと最底辺、最低限の生活を強いられるものが至る夢ですわ。もちろん英雄譚を自分で興そうなんて方もいらっしゃいますが、そこに生じる大きな報酬があるからやるのですわ。自分を豊かにするために」

 そこにある精神的報酬は――どういう意味でだろうか。

「……そうかー」

「失望されましたか?」

「いや、全然。むしろ親近感湧く」

「そうなのですか? ……どちらに?」

「こっちの人にだけど。夢を見るのも生きるために働くのもやっぱり一緒じゃん」

「……こちらに呼び出された勇者様の中には、失望される方が多いので、少々意外ですわ」

「そうかな」

 多分この世界に呼び出された勇者は、生きるために戦うのではなく楽しむために戦うのだろう。物語の主人公にでもなった気分で、ゲームや空想感覚で。

 もしくは気持ちの良い使命感に突き動かされて。

 そんなの、いやだなー。ただ遊んでるみたいで。

「じゃあ、トリエさんはどんな夢を持ってる?」

「そうですわね、在り来たりですけど綺麗なお嫁さんになって、幸せな家庭を築くことでしょうか。商売は趣味で続けられるか生きる手段でいいと思っていますわ。目標のある夢というよりも」

「そうだったんだ」

「ええ。私にとって商売は、ある人に必要とされる手段ですから」

「ある人?」

「ふふ。それは秘密ですわ」

「そっか」

 ……誰かに必要とされること。それは幸せなことだと確かに思う。

 それが彼女がどう生きることに繋がるのかはわからない。

 でも――

「……好きな人と一緒になれればいいねー」

「こ、恋人ではありませんわ」

「あ、そうなの?」

 いったい誰なのかな。まあ、誰だろうと、トリエが幸せならいいけど。

 

 たぶん、そういえば、現実世界でも俺や友達たちはそこを悩んでいた。

 この街を出て行くのか、この街に留まるのか。どんな仕事に就くのか、どこで誰と暮らしていくのか。

 やっぱり同じである。ここが幻想世界であろうと現実世界であろうと。

 どこでどう生きるのか。どこで何をするのか。作られている物は同じなのかもしれない。


「……明日から忙しくなるといいんだけどな」

 台所で皿を洗う。隣には狐の巫女さんが居て。

「なにかありましたか?」

「うーん――俺以外の勇者に遭ったんだけどさ、意外に普通の人だったよ」

「普通ですか?」

「うん。普通にオタク」

「それは……普通、なのですか?」

 今日は既に料理を終えられていたので、洗い物だけはやらせて貰った。

 ちなみに、先日の火に代わり魔法で水を出そうとしたところ、今回は割と簡単に出せた。といってもなんどかトライ&エラーはしたのだが。

 如実に進歩している。あはは、魔法、普通に使えるようになるなんてなんか俺、ちょっとどころじゃなく現実離れしてきた?

 それに比べてみれば――なんて訳でもなく、オタクだって――

「普通普通。なんか苦労しててでも好きなことがあって、それに没頭して――あー、むしろその辺、そこらへんに居る人よりよっぽど自由で羨ましいくらいだな」

 好きなことを好きで居られる、それって難しい。人にけなされたり貶められたり嘲られたり、そんな中で一つのものをずっと好きでいられるなんて中々無理がある。

 少なくとも、我慢できても無傷ではない。どんなに傷ついても好きな物を守るには笑っていなければならない。笑えなくなったら好きじゃなくなるから。

 ま、それはともかく。

「それで、その人の話だとなんだか異世界人て召喚だけじゃなく、本当に偶然この世界に迷い込んだり……それに転生とかもあるんだって?」

「――ええ。そうですね、ごく稀にですが。偶然以外にも神様が意図的にそうする場合もあって、転生の場合、それは魂の消滅を避けるためだと聞いております」

「魂の消滅?」

「はい。輪廻転生を拒むか、望まなくなってしまった魂の末路で、そうなると生まれ変わることがなくなります。そこで死が決まってしまった世界から、そうではない場所に送り死を無かったことにし、優遇された生を送らせることで生きる楽しみを再認識させているのだそうです」

「……なるほど」

 要するに難易度イージーでリ・スタートか。

「……もし、そんな方に会ったらどうしますか?」

「どうって……?」

 生きる気をなくした人に会ったら――それとも、そんな理由で転生した人に――

 両方か。それなら多分俺は、

「どうもしない」

「どうも、しないのですか?」

「うん」

「何も……なにか、言うことは」

「……何も言えないだろうな」

「――」

「んー、辛かったことを掘り返しても辛いだけだろうし。形はどうあれ、辛い人生から生まれ変わったのなら良い事だと思うし。それでまた生きる気になれるのならやったほうがいいんじゃない? じゃあ、やらなかったらって思うと……辛かっただけだろうしさ」

 だから、何も言えることなんてないと思うのだ。

「あ、いや……一緒に遊ぼう、かな」

「え」

「だってそうすりゃ楽しい事増えるじゃん。年近ければだけど」

 碁とか将棋なら出来るか? 

「……逃げた、とは、思わないのですか」

「そんなの思わないよ全然」。

「……どうしてですか?」

 ……どうしてそんなに訊くのかな。

「だって……うーん、何かをやりたくない時ってどうしようもないときじゃん? それを逃げたっていうのは、違う気がする。何も出来なくて何も出来なくて、何も見つからなくて――」

 だから、きっと、彼女はこういう気持ちだったのだろう。

 望みが絶たれている――絶望だ。

 それは、逃げることすら出来ないという事なのだから。

「……例えばそれで死ぬってどうしようもない事じゃん。仮に、魂の消滅とかでも、おれは責めたりしない。もしするとしたら……自分でも責めようかな。どうして助けられなかったんだ、って」

「っ、……どうして、そんな、」

「そうすれば、もしかしたら生きる気になるかもしれないじゃん? そんな風に自分を責めさせたりしない、とか」

 だから。

 たぶん、あの時彼女に言うべきだったのは、もっと別の事だったのだ。前向きな方法論とか結論とか正論、状況を打開できそうな答えじゃなくて。

 そう思うのだ。

 生きる希望を与えるとか、やる気を出させるとか、前向きにさせるって、優しさとか正しさとか理論とかじゃなく、欲求だよな、多分だけど。

 彼女に必要だったのは、解決できない問題に向き合わせることじゃなく。

 その外側――

 それこそ何でもない日常だったのだと思う。縁側で茶でも飲もうとか、それでよかったのだろう不幸な日常を塗り替えるとしたら。そこに心身を置くことだったのだと思う。その方法は分らなかったけど。多分、もっと何かやるべきだったのだ。

「……せめて冗談でも女の子をデートに誘う度胸かがあればなー」

「……何の話ですか?」

「いや、向こうで誘いたかった女の子が居たんだけどね、デートに」

「……、それは、どのような方ですか?」

「うーん、……髪がおかっぱで、前髪ぱっつんとしてて、メガネの子」

 その瞬間、狐の彼女は硬直した。

「……あ、趣味悪いとか?」

「いえ……」

「……ベタだと思った?」

「……いえ」

「……気の弱そうな子を騙す悪い男?」

 無言で顔を横に振った。

「……その子は、」

「ん?」

「その子は、きっと、恋人になってくれたと思いますよ」

「……そう?」

「……私が、そうですから」

「はい?」

 それどういう意味? え、今ここで押せってこと!? OKってこと?!

 いや、そんな雰囲気じゃないな。なんかひどく真面目で。

「……弱っているときに、そんなに優しくされたら、私なら、その人に泣きついて、落されてしまうでしょうね」

 あ、例え話ね。ていうか、慰められてました? そんな悲壮な友人が居た的に。いやそんなことないって分ってましたよ? 分ってますけどでもドキッとするのが人ってもんでね。

 瞬間風速がすごかったよ。ホント瞬間で止まったけど。

「……はぁ。逆にそんなふうに優しく慰められたら、もう恋に落ちちゃいそう」

「……」

「……冗談だからね」

「……そうなんですか?」

「……うーん、命さんなら正直アリ」

「浮気ですか?」

「あ、そうなるのか。じゃなしで」

「……ふふふ」

 意外に揶揄うんだなあ……。

 

 何気に、ちょっとだけ彼女の身内として、馴染んだ気がした。


 俺は部屋で文机に向かいながら雑記帳ノートを開いた。

 これからの事を考え購入した。一番安いボロのものだ。

 計画と情報をまとめよう。

 どんな生き方が出来る街にするのか――出来ることは限られているんだろうけど。

 地元の人が、外の人が、何を求めているのか。何が足りないのか。

 生き方――どんな生き方が出来るか――

 思考がぐるぐる回る。こんなときカッコイイ主人公ならやることがパッと決まるのだろうか。最初から答えが出てるみたいに。

 能天気に構えてなんていられない。俺はやっぱりただの高校生なんだろう、色々目移りりしながら悩みまくってしまう。

 まだいまいちピンと来ない。

 まずそこを何か出さなければならないだろうけど――

 この街の人は概ね芋好きで芋嫌いで。人手がなくて――

 やりたいこと、出来ること、出来ないこと。

 俺はあげられるだけ計画を列挙していった……。

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