11話「異世界の夢、前編」
元クラスメイトで、不登校で、親子関係を壊して、生き方、人間性まで壊してしまった。寝たきりの人形になってしまった彼女。
そう聞いている。
――しかし、彼女はそこに居る。
目の前に居る。
「……向こうを、向いて、ください……」
一糸纏っていない。水滴だけの彼女に言われた通りに動いた。
「……ごめん」
頭が混乱していた。裸を見たとかそういう衝撃よりも、どうして彼女が、彼女と同じ顔なのかという理由を考察していた。
「……ミナカ様ですか?」
「……ああ、うん……」
「すみません、お手数おかけして……」
「……」
「事故ですから」
「……そうじゃない。そうじゃなくて……あぁあ……」
何を言えばいいのかわからない。俺は何を見た?
裸じゃなくて。彼女の素顔を思い出そうと眼を閉じる。
同じ顔だった。狐の巫女さんは、彼女の顔をしていた。
全く同じだった。別人ではありえない。まさか自分と同じようにこの世界に来ていたのか? 何を聞けばいいのかわからない。だから連絡が取れなかったのか? そうなってから一度も彼女の家にも病院にも行かなかったし。
教師からも行方不明とかそういう情報も何もなかったけど。
淡い希望を抱く――そんなことあるわけないと否定する。
しかし彼女は
彼女は、
いつもどこか遠くを見ていて、年に不釣り合いな幼さと大人っぽさが同居していて、どこか浮世離れしていて。
彼女は――こんな人間だったろうか。本当に本人なのだろうか?
それをどう確かめればいい?
「……ごめんなさい、その、服、着たら、っそっち向いても?」
「……もう少し、向こうで待っていてください」
「ああうん、ごめん」
男を警戒するニュアンスに。背中を向けたまま彼女が絶対見えない森の中まで行った。
男として酷く警戒されている――それが酷く心臓に突き刺さった。
しゅる、しゅる、と、濡れた肌を滑る衣擦れの音が響く――それを聞かないよう眼が痛むほど瞼を閉じた。湯飲みに鉄器と両手が塞がったままではそれしかなかった。
早く終わってほしい――確かめたい。
「……もういいですよ」
「――っ」
勢いよく振り向くと、
「……そんなに、見たかったのですか?」
着物の胸元を、手で押さえてしっかり閉じている彼女は既に狐に化けていた。
半分だけ覗ける顔の下、彼女の唇にはやはりその面影がない。
印象が解けていく。
やはり違う。彼女じゃないと思う。しかし先ほど見たその顔は――記憶に間違いない。
「……違うよ、ただ、知り合いの顔に似てて。ひどく懐かしい顔を見た気がして――ごめん、その面、もう一度だけ外して見せてほしいんだけど」
「……すみません。これは禊の時以外は外せないので」
「……そういうものなんだ」
「はい。己を無にして勇者を召喚する依代となる……その禊のときにしか」
「じゃあもう絶対見れないか……」
「――、そうですね。隠れて覗きにでも来ない限り」
「うん、見ないです」
「……そうですか。私の裸に魅力はありませんでしたか」
「……好きな相手ならともかく」
彼女も、彼女も。こんな冗談を言う人間だったろうか。
そういう誤魔化しなんじゃないのだろうか。
「その方は……」
「……もうずーっと話してない。顔も見てない。だからてっきり、こっちの世界に来てたのかと思ったんだ」
「……すみません。私は、この世界の生まれで」
「……そっか」
やっぱり勘違いか。もしそうでなければ彼女も勇者か何かなわけだし。
もし、彼女が彼女であれば、何を話しただろうか……。
「……お湯を頂いてもよろしいですか?」
「あ、うん――はい、どうぞ」
早速注いで渡した。彼女はそれを受け取り、こくりと飲んだ。
「温まります」
「うん……」
何度かに分け飲み干し、その湯飲みを両手を添え丁寧に返してくる。
「……ちゃんと」
言われる。
「……ちゃんと、忘れてくださいね」
「……何を?」
「……私の裸に決まっています」
「――だよね」
「……行きましょうか」
「うん」
じっと見上げてくる彼女の視線に、先に歩けと促される。
無防備に視線を受けるのを警戒しているのだろう。だとしたら済まない、それはあの嘘を吐いた神様の所為だ。
「やってくれましたね」
「いやいや、不幸な事故じゃよ。ラッキースケベともいうが、まさかそこまでしておるとは思わなんだ、すまん」
「……」
「本当じゃよ」
「まさか神様が巫女に手籠めにさせようとか」
「本当に事故なんじゃよ――で、他に何か気づいた事はなかったかの?」
知り合いに似ていた。というそれではないだろう。
「不幸な事故のおかげで、俺への気負いは若干減ったんじゃないですかね」
それを狙っていたのかなと思うのだが。
「……そうか」
そうでもないような、それ以外の何かのような。
神様はいったい、何を願っていたのだろうか。
「どうかなさいましたの?」
「いや、昨日の夜ちょっと寝付けなくて」
彼女の裸を悶々と思い出していたわけではない。顔だ。しかし確かに首から下がデフォルトで裸だった。が、彼女はそもそもあんな巨乳で美乳じゃなかった。
精々制服を押し上げている膨らみは、良くてCよりのB、BよりのAくらいだったはず。たった一年で三つも四つもカップオーバーはない。
夢でそこを思い出して冷静に彼女じゃないと判断出来たのはどうかと思った。
「大丈夫ですの?」
「大丈夫大丈夫」
鉄道の揺れも関係ない。
鉄道と言ったがそれは現実世界の鉄道と同じ、電車や蒸気機関車ではなく魔術で動く列車だった。それも地上を走る車輪ではなく。
「…まさか、宙に浮いて走るとは」
それは側面に地面に垂直にではなく、底面に、地面と平行に備え付けられ、宙をゆっくりと何かに沿うよう進んでいる。
魔列車というらしい。
「最初期は地面にそれこそ鉄道を敷いていたのですが、それですと魔物に線路を壊されてしまうことが多々ありまして。精度の低い触媒を使い、地面すれすれを飛空艇のよう浮かせて、かつての線路上をなぞる形になりましたの」
「なるほどねえ」
鳥獣被害か。線路上に動物が居座って時刻表が遅れたりのあれだ。
屋根の上にはパンタグラフの代わりに帆が立てられ、風を受けて速度を補助しているらしい。
あの後、部屋で雑記帳を開いて思いついたことをとりあえず書き連ねた。
設備投資の要らないB級ご当地グルメはやはり必須で。
町の外から人を呼び込む形として、観光客と、住民と、その二つをどうするのか。
街の人たちはいったい何を求め、なにに幸せを感じているのか。幸福度の追求である。
などなど色々だ。とりあえず手を付け始めるとして、やはり即興かつ即行で出来そうなのがご当地グルメで、街の人の手伝いをしつつまずそこからだと思った。
あの街らしいご当地グルメって何だろうか。地元に愛されて、外から来た人にも愛される。そんな料理――
伝統の中からか、それとも新しい何かか。
そもそも料理の普及って、どうやるんだろうか。
そして頭の中を彼女の事ばかりが過って、
「……あのさ」
「はい? なんでございますの?」
「命さんとはどれぐらい――いつぐらいからの付き合いなの?」
やはり気になり、聞いてしまう。
「……そうですわね、幼少のころ、母が私をあの神社に一度預けられ共に住まうようになてからですから、もうかれこれ10年近くになりますわね」
「ふうん……」
やはり彼女はこの世界生まれか。なら違うか。
「……預けられた?」
「仕事が一番忙しかったころですわね。母がなんだかトラブルを抱えていたようで、危険だからと。それから父と迎えに来て、再婚して今の場所に落ち着いたのですわ」
「へえー。じゃあよっぽどいいお父さんだったんだね」
「え?」
「ん? だってそっくりじゃん。性格とかちょっとしたところ。顔つきもかな、顔つきっていうか表情の作り方? よっぽど懐いてないとそんなに良い所が似ないと思うんだけど」
「――他に気にするところはありませんの?」
きっと再婚云々のところなのだろうが、そんなこと何も興味がない。
「んー、お母さんはどんな人?」
「……破天荒ですわね。何せもとは凄腕のスパイだったとか」
「うわぉ、そりゃ破天荒だ。ネタが?」
「職歴がですわ」
「マジなの?」
「マジっぽいですわ。ナイフ投げとか体術とかかなり仕込まれましたもの。実際このスカートの中にもナイフとか頑丈な糸とかいろいろ服の方にも仕込んでありますのよ?」
「うわーマジっぽい」
「うふふ、ネタじゃありませんのよ?」
まあそんなトークを駅弁にして。
着きましたよ。都会に。
いや、都会って言っていうか、
「うおう……なんだこれ……」
「この辺りで一番大きな街――ソラトパレスですわ」
丘陵地帯に段々と、街並みが競り上がっている。それはリアの街は及ぶべくもなく、鉄道から眺めていたこれまでの街のどれよりも密度が高い。
白塗りと真っ青な屋根が埋め尽くし、蒼空がそのまま街になったような景色だ。
街の至る所に――壁の中を絵が生きている。
動いている。クレヨンで描いたような絵のそれが、壁から壁へ、石畳で舗装された街路を、水の流れのように滑らかに動き回っている。
それは鳥や虫、動物や、ただの光の原色で、景色そのものが動いているようだ。
「そこかしこに見えているのは精霊界ですわ」
「精霊界?」
「自然の裏側、とでも言えばよろしいのでしょうか。神様によれば、世界の鏡像のようなもので、お互いに不干渉で情報のやりとりだけが出来るということですわ」
そして、
「――ロボット?」
が歩いている。二足歩行の、完璧な人型のそれだ。装甲を継ぎ接ぎにしたようなそれではなく、鋼鉄の人に水着を着せたよう滑らかなものだ。
「勇者様は度々そう言いますけど、この世界ではマキナと呼んでいますわ」
「
完全に超未来の光景だよ。
ていうか住民もすごい格好だ。ロボットに負けじと水着みたいなボディースーツに、逆に装甲染みた金属パーツの服を着ている。着ているというか、もう換装とか合体とか
あれだ、クラスのオタクが言ってた娘メカとか
世界観が違くね? 昨日まで魔法とか神様とかファンタジック農業とかそんなんだったけど。もうファンタジーじゃなくてSFじゃね? 高度な魔法は科学とかその逆とかそういうのかもしれないけど。
オタクだ。その勇者は絶対オタクだ。
「いま主流のファッションですわね。これもやはり勇者が広めたそうです。ただ単純に着る服ではなく、追加するアクセサリーの組み合わせで、一着で様々な環境に適応できますの。他にも緊急時に身体能力の補助が入るとか」
「……街中を派手な水着で歩いているようにしか見えないけど」
露出面積が少ない全身タイツに、その逆の面積自体が少ないスーツもある。ただどちらも女性も男性もボディラインが丸分りなので見ようによっては卑猥な服でしかない。
それにコートや外套、ケープやスカートをそれぞれ合わせている。
「一応流行の最先端なのですが――それに便利ですわよ?」
「着たことあるの?」
「アクセサリーもめぼしい物は一通り試しましたわ。商人の端くれとして流通には必ず目を通しませんと」
「あーなるほど」
次に何が流行るのか――誰が何を売りに出すのか目を付けて、先んじてそれに関連する事業を押さえられれば大きな儲けが出る。先んじて動く分、狙ったものが売れなければその分マイナスが確実に出る。例えば、今まで見向きもされなかった有用なそれを発掘して意図的に売り出し流行を作るのも手段だ。今の俺と彼女たちの関係はそれだろう。
ともあれ。流石にこの街で生活に密着するのは無理なので、せめてここでよく使われる商品を見ることでその具合を探ろうと思うだが。
「……日用雑貨とかはどんな感じなんだろ」
「そうですわね、生活魔道具の大店に行ってみましょうか」
「あ、その辺リアの町にはなかったよね」
「ええ、良くも悪くもまだまだ個人操業の職人レベルで賄えますから」
商品は素材から仕入れて自主製作の、家具職人の延長上だが、いわゆる町の電気屋さんみたいなもだ。ガスコンロがわりの魔術で火を起こす釜戸や冷蔵庫、油の要らないランプや、匂いと汚れを分解する水洗トイレ。それぞれ特許使用料を支払い制作していたが軽く現代越えだった。エネルギーは使用者の魔力らしい。
この街は大型量販店、デパート規模だろう。
ていうか実際それだった。正確には魔道具職人の
どれも機械的部品ではなく魔術触媒に置き換わり、よりシンプルに――現代機器より場所を取らない優れた小型化がされていた。
というかただの皿そのものがレンジで、そこに乗せるだけで物が温まったり。
干せば乾き、皺までパリッと取れるアイロン機能付きハンガーとか。
それが複雑な機構も用いずに科学と同じ能力を発揮するとか、どうみても現実越えしていた。
うん、無理。科学関係無理。現代チートむしろいらない。夢に現実が叶わない、叶う訳がない。
でもおかしなことに、それを作り出したのは全て勇者だという。
その勇者はもう帰還していて今は居ないということだが。
それはさておき。
「――でも食べ物とかはそんな変わんない感じだね」
「そうですわね。しいて言うなら嗜好品、お菓子の類が多いでしょうが」
食品、食材レベルでは変わらずただ単に文化が違うという程度だ。
リアの町ではそんなお菓子自体が珍しく、野菜や果物を加工した自然なドライフルーツ、が多かった。凝ってもクッキーか煎餅、飴玉や
この街ではグミやキャラメル、チューインキャンディー、お菓子屋のスポンジケーキからクレープ、スフレにタルトまで様々である。値段でいうとこちらの方が高い。
かなり専門的な知識がないと作れないものだ。その方面に明るい人が召喚されたのか。いったいどれがこの世界産でこちら産かはもう関係ないが。
最先端というより、一般層に愛されているものを見繕って眺めていたが。
一般の奥様やら子供はかなり黄色い声を上げている。喫茶店の軒先や洋菓子店で度々そんなグループの光景を見かけた。付き合いだからという様子の人も居たが、その人はグループのノリに無理してどうにか付いるようだった。着ている物も、周りより一段落ちて使い込んでいる気がする。
そこはスウィーツの評価とは別なので省く。
そして思う、
なによりやはり、
「人が多いなあ……」
真昼間から遊びで出掛けている人がいる。それぐらい経済的に豊かなのだ。大人でも子供でも。遊んでいられる余裕がある。
「ですわね。そのおかげで、あれだけの商品や店子がありながらどれも腐らず消費されていますもの。もちろんその中での敗退はあるのですが、商売自体が失敗し撤退しても、すぐに別の店子が入りますし」
新陳代謝が激しいのだ。
「――あ、ラーメン屋だ」
「ご存知ですの?」
「いやま、向こうでバイトしてたからね。友達も一緒に――」
奴は東京で修行すると言っていたが、今頃学校で何をしているだろうか。本当にもうその進路に決めたのだろうか。
「昔からあるの?」
「そうですわね……私が生まれたころ、いえ、父と母が子供の頃の勇者様が。最近は骨をじっくり煮込んで作るスープを開発したとか」
白濁系のスープか? 最近は豚骨だけでなく牛や鳥どころか魚介類でもあるからな。
「それまでは肉から出汁を取ってたのかな」
「でしたらそろそろお昼時ですし、ここにしましょうか?」
「そうだね。ちょうどいい時間だし」
自分の知識の中で唯一使えるであろうものだ。向こうの世界とこちらの世界とのレベル差を比べ安いかもしれない。なにより鉄道に乗ったとはいえ朝からの長距離移動で街の中では歩き通しだった。少し早いがちょうどいいかもしれない。
「いらっしゃいませー!」
「お客様は何名様ですか?」
「二人です」
「ではこちらのカウンター席へどうぞ。ご注文がお決まりになりましたらお声をお掛けしてくださいませ。失礼しまーす」
おしぼりとお冷が用意される。厨房は五名、フロア三名、カウンター席が十二、テーブルは八つ、店としては中規模の部類だろうか。土地の狭い都会ではそこそこ大きいのか?
メニューを見ると値段は――この街としては標準価格だろう、リアの昼食価格よりワンランク上である。都会だけあって物価が高いのかもしれない。
カウンターの椅子から厨房を除くと料理人の顔が見える。高さの都合で手元、まな板の上までは見えないが、作業動線がどう流れているのかは分かった。
店主がどっしり作業の中心に立ち指示を出しながら、修行中らしき少年が寸胴の前で仕込み中のアク取りをし、青年二人が鍋をふるいサイドメニューの餃子やチャーハン、野菜炒めを焼いている。
一人は足りなくなる具材や野菜の下ごしらえを、厨房の隅、まな板の前で必死に刻んでいた。
その一人に目を疑った。
「……佐藤?」
ぴくん、と耳を動かし、一番下っ端らしき彼が顔を上げる。
ただ手拭いを巻いた頭から、犬の耳が隙間を縫って生えている。
小さな背丈、毛皮は服の下に隠れているが、その顔は間違いなく仲のいいクラスメイトの友達だった。
「――どこかで会いましたか?」
「え、あ、すいません、他人の空似でした」
「そうですか? ――いやあれ、どこかで……」
「――おい。お客様と話してても手は止めんな。もやしの髭取り――ネギもまだか!」
「すいません! 今すぐに!」
「王都に店出すんじゃねえのか!」
「はい!」
邪魔してしまった。また他人の空似か。いやまあ、あいつに犬耳なんて生えてなかったし。
迷惑だと分ってはいるが。
「――修行中なんですか?」
「はい! まだまだ駆け出しの中でも端っぱなんですけど!」
「そうなんですか? 俺の友達もラーメン屋やろうとしてるんですよ。こっちは都会で勉強して、地元で店を持とうって話なんですけど」
「あー、いいっすねえ! そういうのも老後は良さそうで!」
「老後は?」
「いやなんていうか、自分がどこまでできるのか挑戦したいときってないすか!」
今度は手が止まっていない。見るからにスピードアップしながら材料を下ごしらえしている。
「ある。あるある。分る! じゃあ店出来たら食べに行くから、そのときはここ来ればいい?」
「ええ!? 早いっすよ!」
「バカ! 客第一号だぞ! こういうときは掴んどくもんだろうが! おごれ!」
「あ! あぁあ! じゃあおごります!」
「じゃあってなんだ! もっとやる気だせおめえはよ! このでれすけ!」
逆に申し訳なく、会釈と苦笑いを返し合った。
犬の佐藤は夢を追っているようだ。それもどうやら現実の佐藤とは違い故郷ではなく大都会での出店を希望しているらしい。
不思議な縁である。
「どうですか、都会の味は」
「正直逆に面倒くさいな俺は」
ラーメンの話ではない、生活水準の話だ。便利な道具やシステムがあるのは良いけど、それがあり過ぎて、しかもそれを使わなければ流行遅れ、まともな人間じゃないという風潮がある。
なにあの田舎者――という露骨な視線が道を歩くたびに突き刺さった。礼儀知らずどもめ、その倫理観こそまともじゃないだろうがと言いたい。現実世界でもよくあった。携帯はスマホでズボンはズボンと言っちゃいけない的なあれだ。
最先端でなければいけないという風潮――それを使いこなせなければ生きていけない、仲間外れ、共感する気がない、という異質と煽られ焦燥に駆られる感覚。
要するにピーラー、スライサー、各種替え刃を使わなければバカなのだ。包丁一本で何でも切れるとかどうでもいい、そんなところだ。
「――ただ、見て分った。決して勝負にならないわけじゃないと思う」
幾ら便利でも代えが効く、もしくはなくても困らない。
都会にある物でリアの街にないもので、本当に困る物、というのはなかった。
贅沢品や嗜好品については仕入れればどうにでもなる。
さて、問題になるのはやはり、街そのものの活性化だが。
それと並行して、
「――でもここから人を呼び寄せるにはどうすればいいと思う?」
「もちろん宣伝するしかありませんわね」
「じゃあガストさんの商会ってどのくらい進出してる?」
「領地内でしたらどこにでもコネはありますわ。ですが宣伝するだけの何かが上手くいったとして、ここから動きたがる人がいらっしゃるのでしょうか」
「んー、そこは問題ないんじゃないかな」
「根拠はなにかお有りですの?」
「地元が合わない人ってどの街にもいるでしょ。理由はいろいろあるけど、都会の人間が
田舎の人間はいい仕事を探して都会に出て行く、が、都会の脱サラリーマンは田舎で農業を始めようとする。見栄と肩肘、重圧的で強制責任的な人間関係に嫌気がさして人の相手をしなくていいからとか色々あるが。
例えばその中で、魅力的で優しい人間関係が構築できる街なら、名誉とか栄達とか度外視でそこそこの生活さえあれば気楽に暮らしたがるだろう。どちらにせよ住民を募る為には街の人間に外の人間を受け入れる努力が必要になる。
ただ現実問題、生きるために働くことが出来ないから人はそこから出て行くわけで。そこをどうにかしない限り、街興しはどうしようもないのである。
(やっぱり仕事をどうするかなんだよな)
雇用を生まなくちゃ――その為の商品開発とか事業起こしなんだよなきっと。
街興しって。
新規の住民が働ける場所、古参の地元民が稼げる場所。働きたい場所があって、そこで生きていたい理由――生き甲斐があって……。
「……ところでお嬢様」
「なんですの?」
「――気づけば両手いっぱいに荷物があるんですが」
「体裁としては下男の荷物持ちですわよ?」
「まあそうなんですけどね」
都会を
彼女の商会の為の資料集め、ということにして、その腕力を貸している。
一応便利屋の一環としてだ。昨日の今日で部署も窓口も出来ていないので個人の繋がりで請け負っていることにしている。
これも雇用といえば雇用だが。
「……にしても人が多くないですか。この世界の都会っていつもこんな感じで?」
「いいえ? もしかしたら何か催しごとがあるのかもしれませんわね」
そのときだった。
「勇者様だ!」
「勇者様の凱旋だぞー!」
露骨な叫びが聞こえてきた。
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