10話「魔法」
「魔法……」
ものすごいふわっとしれっと使いやがった。でも、そういえば商会長が魔術道具とか、農家が土魔術とか、結構普通に言ってたな。まだ手から炎とかビームとかそれっぽいのを見てないから「あ、そうなんだ」で済ませていたが。
言いながらさりげなく料理は進行している。今度は魔法で鍋に水を張り、その下に入れた薪に指先から火の玉を飛ばしあっさり着火している。うん、Futsuuni Fantasy《普通にファンタジー》、略してFF。アニメとかゲームだから違和感ないけど3Dの実写で目の前やられるとすごい非現実感と現実感がごっちゃになる。でも、
「やっぱりあるんだなあ……」
いや、普通にすごいよ。
「……やってみますか?」
出来るならやりたい――
「……え? できるの?」
「……やってみなければ分りませんけど……」
「ああうん……そりゃそうだ……どうやるの?」
「……そうですね、まずは、見てください」
命は割烹着で巫女服姿のまま、人差し指を立てる。
そこに、小さな火を燈した。
「……分りますか?」
「……なにが?」
「魔法は、奇跡です。何もないところに、有を生みます。ここに理屈や理論などありません。それを踏まえて、まずは――」
何かを言おうとして、
「……やってみてください」
「……うーん」
出来るのかな? と思う。
やりたい、を支柱に、信じられない、出来るかもしれない、が揺れている。
どうやれば。と思うのだが、理屈でも理論でもないと言っているし。
とりあえず、台所、三和土と木の床を繋いでいた縁台から立ち上がる。
まずは彼女と同じように、指先を立て、じっと見つめながらそこに火が燈ることを願った。
……何も起こらない。
「……何か願われましたか?」
「うん。火が着け、って」
「……それは理屈です」
「……あ、なるほど」
奇跡は言葉にして起こるものではない。それは起こそうとして起こるものではない、ということかな。なるほど、理屈でも理論でもないわけだ。それらは起こそうとするとき必要になるものだ。
なら、願うことに意味はないのか。ということは――
再びじっと見つめる。言葉にして何かを思い浮かべるのではない、イメージを見る。
投影する。目の前に、火が燈ることを幻視しようとする。
理屈は思い浮かべない、願わない、そこにあることを思い浮かべた。
しかし、火は起きない。
「……今度は、何をしましたか?」
「いや、イメージを、そこにあるようにしようと……」
「頭の中にある、ですか?」
「いや、目の前に、そこにある――って感じで」
「……現実は現実です。そこにあるものは変わりません」
「……なるほど?」
よく分っていない。それなら、なんで魔法は起きたのかと。
ただ目の前を――現実を見ても意味がないという事か?
現実に彼女の指先に在っただろう。じゃあ、何が変わったのだろうか。
「……では、体の力を、自然体にして、目を閉じてください」
言われた通りに目を閉じた。体の力も自然にする。
瞼の裏には暗闇が広がっている。
「火を思い描いてください」
暗闇に火を燈す。イメージだ。
今、頭の中の視界には、ライターの火の穂先だけが浮かび上がっている。
それはゆらゆら小さく揺らめている。
「……火とは、なんですか?」
「え?」
「それをそのまま思い描いてください、理屈ではなく、感じるように」
言われ、直観的に、紙が燃える光景を、水で消える光景を、風で吹く光景を、その熱さを、匂いを、火傷を思い出した。
それは一瞬で。先に燈していた火の中に吸い込まれるよう消えていく。
「思い浮かびましたか?」
「うん」
「では、そのまま、火を消さないようにして、目の前の現実を思い浮かべてください」
目を閉じる前に見た光景を、暗闇の火に重ねる。
だが、うまくいかない。火が消えてしまう。現実に上手く重なり合わない。
イメージが持続せず暗闇だけの真っ暗になってしまう。
「……」
「……指先が燈る光景を、思い描いてください」
彼女にリードされ、今度は単純に二枚の絵を重ねるようではなく、一から指先に火が燈る光景を思い浮かべた。
もう出来ないとは思っていない。そして、やろうとも、出来るとも思っていない。
無心になった。
闇の中で。
「――目で見たままを写し取るように」
今までのそれはそれこそイメージでしかなく、空想もそのままの現実感のない光景を思い浮かべていた。それはアニメや漫画を見るのと同じだ。
現実で、目で見たそのままではないということだ。それは詳細にイメージするという事か?
「瞼を閉じたまま眼を開いているように」
それはイメージの中で、現実を見るということか。
眼で見ているのと同じ。今、記憶のレンズを通さず眼で見る。
生のままの光景を見るようにする。瞼を閉じたまま眼で見る。
「……もう一度、最初から」
彼女に自然にリードされ、無言で、無心で、頭の中を初期化する。
一からやり直す。眉間の皺を抜き、深呼吸をした。
肩の力を抜く。理屈ではなく。余分なものを抜き。自然体で、火を思い描き、その意味を、現実に重ね合わせて――
何度か繰り返した。ごちゃごちゃしていたイメージが一つに重なった。
同じものが思い浮かぶようになった。
同じ光景が思い浮かぶようになった。
暗闇に、火を燈す。
指先に、火を燈す。
同時に。
別々の絵ではなく、一つの絵にする。
一つの光景だ。頭の中と現実が合致する。
自然に指先を立てていた。それはイメージではなく。
「スッと目を開けてください」
「……」
言われるまま淀みなく目を開けるその瞬間確かに火は灯っていた。
「……うお」
そしてすぐ消えた。
もう一度出そうとする、でもでない。
その不思議さに頭を捻る。
「最初はそんなものです。これに慣れていくと、極端な話、本来存在しえないものでも存在させることが出来るようになるそうです」
「へえー、まさに魔法だ」
きっと何もないところからお菓子とか、世界さえ想像できれば創造出来るとかそういう話になりそうだ。いや、まさかな。
「在れ――そして在る。その間には何もありません。これが魔法の基本です」
「なるほど」
だから理屈も理論も必要ない。願うことも、期待することも、魔法の呪文を口にする必要もない。
想像した事がそのまま其処にあるのだ。まさに夢の魔法だ。
おもえば彼女のリードはその間にある物を外す作業だったわけだ。
納得していると、彼女は、何かを危惧するよう伺ってくる。
「では、料理に戻りますけど、……参考になりますか?」
ああ、なるほど。これは役に立たない。
少なくとも商売に利用できるものではない。いや、むしろしてはいけないだろう。想像したものがすべて存在してしまうなんて、商売を、人の努力をすべてを潰してしまうだろう。
「……んー、女の子の背中だけ見せて貰おうかな」
「それは、恥ずかしいです。……
身を隠すように、顔を逸らす。
「じゃあ皮むきだけ手伝わせてくれる?」
「……分りました。ちゃんと隣に立ってくださいね」
「ごめんごめん」
そんなことを言いながら、結局最後まで隣に立ち続けた。
そこでは料理のにおい以上に、彼女の匂いが香しくて――
いや、本当に邪で済まないと思った。
「して? 街興しの目途は付いたのかの?」
「ああー、微妙ですねそれは……」
囲炉裏の食卓を囲む。神様と、巫女さんと、古き時代がたたずまう居間で。
明かりは神様が魔法で出している電球のような光だ。それが行灯の中、蝋燭の灯火のよう瞬いている。
テレビも何もないので、必然的に会話に花を咲かせている。
静かな夜の、温かな、ほんの少しの騒がしさだ。
「……大丈夫なのですか?」
「まあ初日だし。まだこの世界の事も色々と分らないしね、焦ってもいないよ」
「……いざとなったら、ちゃんと責任を取りますから」
「ほうほう! いいのう、若いもんは手を出すのが早くて。はやく孫の顔が見たいのお」
「おばはんですか」
なんか、神様という気がしない。幼女だし。ロリ婆だけど。
「――それで命に魔法を習った様じゃの」
「ええ」
「使えたか?」
「ほんの一瞬だけ」
「まあそんなものじゃろうな。だがみだりにそのことを街の者に言うなよ?」
「まずいんですか?」
「使う人間自体がもうほとんど
「へえ……ん?」
「どうかしたか?」
「魔術は誰にでも使えるんですか? ていうかあれ、魔術と魔法って違うんですね?」
「使えるぞ。そして違う。そうじゃのう……魔法が奇跡であるなら、魔術はそのできそこない。と、その組み合わせじゃ」
「できそこない?」
「魔法を満足に使えない者が中途半端に魔法を発動すると、起こそうとした奇跡とは全く関係のない奇跡が動く。全く意味も関係もない、単体では役に立たないそれじゃが、その奇跡のなりそこないを記録し、組み合わせることで望んだ奇跡と全く結果をもたらす」
――機械とそのプログラムとおなじような仕組みだろうか。
単体の命令では無意味。しかし多重に組み合わせることで複雑な動作を可能とする。
「それを、体や触媒に刻み込むことで確かに制御する。魔術回路、魔道具と呼ばれるそれじゃな。その理論と法則に基づく技術はもう奇跡とは呼べまい。自由に、何でも出来るように見えて、縛られておる」
魔法に理屈など要らない。それとは真逆になり、理論と理屈と技術で出来ている。
それは確かに奇跡ではない。
「なるほど。でも……魔法の方が便利そうなのに……」
「そうそう使いこなせるものではないからの。イメージしたものをそのまま現出させられるといっても人間はこの世の
「……じゃあ、神様なら?」
「その神の格による。物語と一緒じゃ、大作を作り上げられるものもおれば子供の絵本より単純で狭い世界しか作れぬ者もおる。顕現すること自体は楽に出来るのじゃがの」
「……本当にすごいんですね」
人は使えないとはいえ、魔法にそんなことが出来るとは。
それはもう魔法とは言わず、神の力と言うべきなのではないか。
命は湯呑を口に運んでいる。
既に食後の茶の時間だった。囲炉裏に掲げた鉄器のヤカンを、鉄のやっとこで挟み急須に傾け注ぎ込む。
本当は、一人食卓の片づけをしていたところをミナカ様が引き止め、談笑の席に付かせているのだ。賓客を神様に持て成させるのかと閉口させられてだ。
「ではミナカ様、私はそろそろ」
「うむ、そうじゃのう」
そう言い、膳を塔のよう重ねて、
「どこ行くの?」
「――禊です」
「……みそぎ」
「水行ですね。一日の罪や穢れ、煩悩を祓うため身を濯いで清め、祈りを捧げる。裏に滝があるのでそこで水を浴びて。では」
失礼します、と言いながら、彼女は食器を回収しながら囲炉裏の間を出ていった。きっと食器の片づけをしてからなのだろうが。
「……ま、ただの風呂じゃの」
「あ、ああ」
お風呂に行くの暗喩だったのか? だとしたら恥ずかしい思いをさせたかもしれない。
「……あれ、じゃあ俺も水浴び?」
「いや、ここにも普通の風呂はあるぞ? 鎮守の森の奥にも、儂の趣味で作った湯殿もいつでも沸いておるし、そこもいつでも使ってよい」
「いつでも?」
「温泉じゃからな」
「温泉すっか。神様すっげー」
「ただまあだだっ広いから正直寂しくてかなわんのじゃ。で、いつもは命にやらせておるのじゃが、よければお主も背中を流せ」
「……あー、」
「まさか
「そんなことないっすけど……見て平気ってわけじゃ」
性欲は反応しないが子供でも女の裸は女の裸だ。見ること自体が恥ずかしいというそれ以前に気を使うんだよな。
逆にグラビアとかヘアヌードに十八禁映像は堂々とガン見するのだが。
子供の頃の裸ネタって大きくなった時ダメージがデカいし。
「ふむ、ではボインボインかの」
「そうですね、欲張るなら大きく、そして大きすぎずがジャストです」
「ふむふむ、じゃあDかEまでかの。ならそれぐらいになろうか」
「なれるんですか?」
「なれるぞ? ふふん、なろうか?」
「いやぁ、逆にありがたみがなくなると思うんで」
「まあ溜まったら相手をしてやるからそのときは正直に言え」
「命さんに嫌われたくないんで」
「はは。正直じゃのう。まあそれぐらいだと丁度命とサイズ被りするしの、あとで思わず見て気まずくなるやもしれんし」
そうかジャストボインか。結構デカいな。緋袴はゆったりしてるし白衣も和服だ、下はたぶんサイズを抑える着物用矯正下着かさらしを入れているのかな……。
「……」
「……ハッ」
「まあ、好きなのはいいんじゃないかの」
「……そんなつもりじゃないんだからね!?」
「ツンデレか?」
「いやまあネタに奔っただけですね」
神様はころころと笑いなら残された茶の湯を口に運ぶ。それから、
「あああと、もう少ししたら、そこの白湯を裏に届けてくれぬか? 普段は儂が後でさりげなく置いてやるのじゃが、今日だけはどうも体の芯まで冷やして来そうでの、すぐに飲ませておきたい」
「あー、……分りました」
「頼む」
一日の罪を濯ぐ――俺を召喚したのは自分の未熟と言っていた。そういうことだろう。
神様はそれに静かに笑みを返すだけだった。
「……良ければ、良くしてやってくれ」
「はいはい。お母さんは心配性ですねー」
「くくく、気を遣っておるだけなのじゃがな……」
いや、何故そんな黒い笑みを浮かべるのか。
星明りと月光が辺りをぼんやりと青白く染めている。
所々に灯った行燈の光を足場に、木目の回廊を行く。変わる景色を見ながら自分の位置を把握し、頭の中で地図を書きながら、彼女はどこにいるのかと辺りをまた見回す。
聞いた話では森の中に伸びる道があるそうだが。
これまでそれらしい道はない。
森に遮られてか爆ぜる水音はまだ聞こえない。
一体どこなのか。禊は襦袢を着けて行うので水行を行うそこまで足を運んで平気だそうだが――軒先の回廊を渡って行くと境内から森に伸びていく石畳を見つけた。
耳をすませば、微かに……バシャバシャと。
そこに降りる階段の先、草履を見つける。鉄器のヤカンを片手に、湯飲みを一つ盆に乗せたまま、足だけで履き替える。
行くと森の中は獣道か剥き出しの土だった。夜闇の中さらに森の影が覆いそのほんの少しのトンネルを包んでいる。虫の音、木々と草の衣擦れがさらさら流れて、砂利を踏みしめる自分の足裏だけが異音に聞こえる。
徐々に、徐々に、闇のトンネルを抜けていくにつれ滝音が大きくなっていった。
抜ける。
崖肌から小さな滝が落ちて、底に溜まった水が澤になり森の中に伸びていた。
「ミナカ様?」
巫女装束は森の梢に綺麗に引っ掛けられていた。
噴き出し水の泡沫を上げる其処に、揺らめくそれに映った月光を纏っていた。
ただ――それ以外何も纏っていなかった。女性的な起伏の曲線も、水が吸い込んだ薄光は、真っ白な肌で銀色に変化していた。
魅入った。見ちゃいけないとかそういうのを通り越した。
そして狐の半面も着けていないその顔に、思わず彼女の名前を呼んだ。
「……
「っ――」
素顔を突き合わせて、彼女は息を呑む。
それは、不幸なアリの名前だった。
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