15話「街興し勇者 VS 名前の無い怪物」

「えー、皆さん、それではこれから、これまで手を拱いておりました街興しについて、話を進めようと思います」

 会議室には多様な人間が集まっていた。

 街の農業組合、商会連盟、職人協会――

 厳つい頑固頭そうなオヤジ、じじい、おっさん達に男勝りのおばさん。

 うん、概ね知り合いである。初日の挨拶で顔合わせした面々だ。

 それらが疑問げに睨みつける――街興し事業におよそ関係なさそうな、主婦仲間、ちびっ子グループ、それに有閑貴族もいる――これも全員知り合いである。やはり便利屋の仕事先で顔合わせした、職人の妻やお孫さんや、ガーデニングの老婆(貴族)、店番中に出会った人々、その他諸々の数である。

「本日お集まり頂いたのは、とある若者からの有望な提案が出たので、それについて意見を交わして貰う為です。さて、ではその若者に前に出て貰いましょうか」

 ガストに促され、黒板の手前――広い会議室、視線の中心に俺は立つ。

「えーっと……初めましての方々もいらっしゃいますので、先に挨拶をさせて頂きます。スズキボンドです、最近街で便利屋をさせて頂いてます。この度は街の役場の方で街興しの為、雇わることになりました」

 スマイルスマイル、営業スマイル。相変わらず勇者であるという素性は隠しているがそこはご愛敬だ。

 つまらない挨拶を長々としても仕方ないので。

「さて、早速ですが皆さん、この街の現状についてどのくらいご存知ですか? 若者が街にいないとか、来客が減ったとか、外への移住が増えてきたとかですが……」

 ただ税金を払うために働いているのか、そうでないのかにも因るが。

 なんとなく。街が寂れてきている、勢いが無くなってきている。というのは感じてきているようである。ただ単に、息子が出て行った、収入が減った、という家庭の問題としての意識で終っているのか、社会の問題として続いているのか。

 ここにいる面々はあらかじめ街興しを「これから何かやる」という程度には話している。

 動機の同期である。同じ目的意識の導入でもある。他人の無知を確かめているのかではないので。

「――その原因はともかくです、今この街に人を呼び込みたい。賑やかにしたい、華やかにしたい、何かしたい――でも何をすればいいのかわからない、そんな暇はないから何も出来ない、そんな人は居ませんか?」

 シーン。まあここで素直に手をあげられる人はすごい。人が話している最中でもあるし。

「そこでです、とりあえず今回、これから私がする提案に、無理や不備が無ければ乗ってみませんか? では改めて本題へと移りましょう」

 下手したてに出るが同意は求めん、なぜならそれは決定事項だ。

 統率者として流れを握らせて貰おう。意見は認めるがな。というか、喰って掛るぐらいにどんどん意見を言ってもらうための下手さなのだ。

 若者と侮ってどんどんダメだしする気分でどうぞ。マジで。意見が出ずにシーン……としたまま終わると俺のワンマン空回りが確定するわけでさ。後ろ向きでも反対意見を言ってくれたほうが遥かにマシなんだよ。一番困るのはやる気のゼロの伝染で。

 さて、

「――私が今回提案するのは、祭りです」

 

 そう、お祭り――街興しの定番イベント。

 むしろなんでやって来なかったの? というと――

 今はそれを回せる若い男衆が居ないから。

 この辺りの祭りって、そんな男が必要なの?

 屋台料理なんか、男でなくても出来るものばかり。

 いやいや、普段の仕事と並行してその準備をするのが大変なのさ。

 なるほど、今のこの街じゃできない。人が減った今、人足、設備費用までの経費、予算も時間も取れない。街全体で人を呼ぶような大規模なものとなるとやれば確実に首が締まる……。

 そんな話は多々出たが問題はない。納得して頂けた。

「祭りって、なんのお祭り?」

 花農家のマーベさんが。そう問う。

 さて、そこでどんな祭りにするかと言えば――

「――芋です」

 ちっ。

 うわ、誰だ今の――まあそうなるだろうな。分ってるんだよそんなことは。

 ちなみに誰が舌打ちしたかなんて教室の前からじゃ丸分りだぞ生徒諸君。

「――パッとしませんよね?」

 そうてめえだよ。しらばっくれてんじゃねえぞ? ちゃんと意見として否定しろよな?あ? を、ニコッの笑顔に込めてけん制しつつ。

「ですがまあはい。芋です。芋料理祭りです」

 認める。御来席の皆さま皆が眉間に皺が寄っている。うんまあ彼らの中ではそうなのだろう、がだ。

「――そんなに悪いもんですかね? じゃあこの中で芋が嫌いな人、好きじゃない人、別に普通な人――ちょっと手を上げて貰えませんか?」

 まばらに居た。

 概ね、老人世代だが――

「ちなみに理由をお聞かせ願うことは?」

「――芋は好きじゃないんだよ」

「なるほど。それは例えばどんな風にでしょうか」

「子供の頃にもう死ぬほど食ったんだよ。俺らの世代はな……他に食うもんが無くて、」

「ああ! 芋そのまま蒸したり茹でたりで?」

「そうだな、何の味付けもない。せいぜい塩があるかないかだ」

 前に聞いていた通りだが、皺枯れた意見に頷きで同意を返し、確認する。

「――他にも同じ意見の方は居ますか?」

 やはりまばらに居た。

 そこで、更に確認する。ただし、

「じゃあ他にも――この会議室だけでなく世間一般として芋って嫌われてると思いますか? ちょっと考えてみてください……」

 皆頭の中で想像し始めた。

 芋ってそんなに嫌われているだろうか。好きな人間もいる、嫌いな人間もいる。特別好かれていることもあればその逆もある。

 しかし話を聞かない人が居ないのは幸いだ。最悪は今の話だけでもう知ったことじゃねえよでキレている。

 まあそうでなくても芋好きな人にヘイトが行かないよう発言は振らない。そんなつまらないことで――と思われがちだがそんなつまらない事で仲違いは起こるのだから。

 話を誘導していく。

「――それほどでもないですよね。要は好き嫌いなんで、必ず一定以上の好きと嫌いと普通に分かれます。つまり三分の二は芋を嫌いではない人です。これは過半数越えの勝算ではないのですか?」

 不承不承納得、という顔も居れば、目から鱗、という人も居る。

 あえて言うならば、普通、嫌いでも好きでもない、これが一番多いだろうが。

 要するに、商売なんだから自分の好みなんて捨てろや、ということだ。

 そして、

「――やるとしても芋なら低価格で済みます。お祭りに来る人も手に取りやすく、なにより子供も大人もお小遣いで十分楽しめるものになると思うんですが、どうですかね? ――悪くはないですよね?」

「まあ、出来なくはないな」

「無理じゃあありませんよね……」

 ちらほら肯定的な意見が出始める。だが、

「――はぁあ! そんなパッとしねえもんで人を呼べるのかよ?」

 

 ため文句が立派な方がいる。

 だろうね、その疑問は当然だ。食卓の量増し要因、サイドメニューのもはや聖域、フライドポテト、ポテトサラダ、コロッケ、どれでも脇を固めあれば満足感。地味だが若者がすべからく嫌いと言う訳ではない。

 ポジションはやはり地味だ。でも、

「出来ますよ? 余裕で」

「じゃあ例えばどんな芋料理で人を呼ぶんだよ」

「そうですねー。例えば……」

 普通に言う。

「肉じゃが」

「ハ! はぁああ? そんなもんのどこで」

「――恋人の肉じゃが」

 その瞬間、男性陣の顔色が変わった。思い当たる節があるようだ。いや、経験か。

 女性陣は何やら乾いた「あーはいはい」みたいな顔をしているが。単純で悪いか。

 畳みかけさせて貰おう。

「――孫が初めて包丁を握って作った料理が、それだったら? 疲れ切って帰って来て、味の濃いぐらいの――優しいおふくろの味……恋人の味、そんなキャッチコピーで肉じゃがの屋台が出ていたら? 尚且つその売り子が可愛い女の子や色っぽい奥さん方でフリフリのエプロンをつけてだったら?」

「売れるな」

 一瞬でそのおっさんに女性陣から非難の目が行くが、つまりはそういうことだ。

「じゃあ一店舗はこれで決まりということで――これは冗談ですが」

「冗談かよ!」

「やりたいんですか?」

「……」

 ええんやで。

「という具合に、仮に地味でパッとしなくとも、売り方次第、見せ方次第でどうとでもなります。これはあくまで一例ですが」

「一例?」

「ええ。というか本当に言いたかったのはですね? この街の誰にでもできるという事です。それこそ主婦でも若い恋人でも、子供でも――男手が無くても誰でも参加できます」

 そこで初めて、そこに居る面々の多くがハッとさせられる。

「――これがどういうことか、分りますか?」


「人手不足の解消――」

 誰かが呟いた。

「――その通りです」

 要するに、この街の現状でもできるのだ。

 問題一クリア。だが、

「要するに素人料理で稼ごうってのか? 甘えよ。ただでさえ祭りなのにただ芋料理の屋台出すだけじゃむしろシミたれちまうだろうが、仕事でやってる奴らがやるならともかく誰が来たいんだよそんな祭り……」

 先ほどと同じ人がクレームを入れてくる。

 まあそういう弊害もあるよね。それは考えてたよ。

「それは先ほど言った通り、やり方次第ですよ。要はイベントとして派手で華があって人を呼べればいいんですよね?」

 ――考えてたんだよ。

「大会にしましょう――それも賞金付きで」


 女性陣の眼の色が変わった。それもさっきの男性陣よりかなりエグイ鋭さで。

 狩人の眼だ。男性陣がさりげなく遠くを見て目を逸らしてる。

 でもフィーッシュ。

 まあそれはともかく、

「……大会?」

「ええ。芋料理のレシピ大会――競い合うって嫌でも盛り上がりますし金が絡むと熱も段違いに違います。おっしゃる通り、個人で参加となると料理が商売の基準に達するのかって不安もあるのも確かです。だからそこを事前に――本職さんがレシピ審査をして振るいに掛け料理のレベルを上げることは出来るんじゃないでしょうか?」

 これは大会じゃなくてもだが。自由参加ではなく参加基準や条件を設けることで水準の設定は出来る。

 ただの街の祭りでそんなことをすればただ敷居が上がって参加者が減るだろうが。

 大会であれば――競い合う、という名目の元それに出る為の審査自体にも必然性が生まれる。それが大会形式の一つの利点だ。

 そして、

「事前審査ですがこれにはもう一つ理由がありまして、素人商売で一番怖い赤字――と、そのときに出る余り物の廃棄処分の予防にもなりませんか?」

 これも、討論の段階で出た問題だ。

『ただの素人の個人参加だとその屋台が失敗する可能性が高い』

 知識も経験もない人間はまず前向きな絵空事を考えリスクを考えられない。

 思い付いた脳内のみの勝算でも見ればそれだけになる。

 欲を搔きもっと稼ごうとする、大量に材料を用意し大量廃棄する――大赤字だ。とりあえずやってみよう――大事故だ。

 試算をする人間がどれだけいるだろうか? 

 材料費と販売価格の差額――単純な利益の計算の中に、調理に使うガス代、電気代、食器代が商品料金に含まれていることまで普通に考えられるだろうか? それをどれくらいの時間で作りどれだけ捌けるかまで。

 いくらいい物が作れても、それに時間が掛り過ぎては採算は取れない。

 単純に芋料理の屋台では花が無い、本職だけでは数が足りず賑やかさが出ない。

 屋台ではなくそれなら――

 と、その防止策である。

「まあ、芋なら、保存がきくから余ったら時間を掛けて自己処理も出来なくはないんですけどね。お店でもご家庭でも。これも芋を選んだ小さな利点です」

「ああ、なるほど。そういう理由もですか」

「ええ。同意を得られてうれしいです」

 それはクレームを入れた人ではないが。

 そこをしっかりアピールしながら思う。

 それで完全に防げるとは言えないが。

 大会であれば商売ではなく見世物――イベントであればこれらの問題は確実に解消する。精々勝負の審査に必要な量だけ作ればいい。

『更に展望としては、事前にそのレシピが分っていれば――優勝まで決まっていれば? 材料の仕入れにも目途が付き、売り上げの見込みも出せますわね。これれなら屋台としても堅実に品を出すことも出来るかも知れません』

 審査員が絶賛する料理を食べたくならないだろうか? 出来レースまでやるとアコギすぎるが商売としてはありだろう。審査員も事前にコメントを用意できるし。

「……どうでしょうか? 絶対にできませんかね? あとおまけに、街の税から出す賞金ですが、本当にいいレシピが出たら街の方で買い上げて利用すればあとから採算が十分取れるでしょう。大会で表に出す前に話を付けられれば横取りの心配もないです」

 レシピはどこかの食堂か料理屋、屋台を営む人に移譲することになるだろうが、祭りの後もそこで利益が上げられる。

 地道な商売、とは真逆だが、これも堅実な商売だ。

「……あとは参加者を街の外でも募集すれば、芋づる式にその家族が来るかもしれませんね。もしくは主婦繋がりの友人なんかも」

「どちらにせよそこからいい宣伝にもなるか……」

「ただ祭りを宣伝して開くよりは、確実かもしれませんね」

そうなれば、

「……街の外から来た人に、少しは確実にお金を落として貰えるでしょう?」

「いや、そもそもそれだけで人が寄らなくなったこの街に人が来るのかよ」

「もちろん人寄せは他にも必要です。知り合いや縁故に声を掛けることは必須ですね。なので出来るだけ、ここに集まった面々で声を出していく必要はあります」

「そんなことまでするのか? 結局商売に自信がねえのかよ」

「縁故と言ってもただの宣伝でしょう? それともまさか今まで看板もチラシも作らずいいものを作って店番だけしてれば人が来ると思ってたんじゃないでしょう?」

 俺は何も発言していない。自主的に会議に参加し始めている。

うん、会議に火が付いてきた。

「――でも、それで商売としての不安はかなり消えるんじゃないですか?」

 売れなそうだから売らない。売ろうとすると忘れがちだが商売の基本だ。

 これで弊害は解消される。

 そして当初よりの問題、街としての外貨を稼ぐ目算も少しだが立つのだ。

 会議の雰囲気が上向いてきた。なんとなくだが、やれそうな予感――それがひしめいている。

 しかしだった。

「だがなあ――そんなことしてる暇がこの街にあるのか?」

 一人、

「残ってるもんは男でも女でも今は働き詰めだしなあ」

 また一人、

「屋台でもタダじゃないしな。店持ちでもそっちを持ってないもんの方が多いだろうし」

 また一人、

「普通に働いてたほうがまず稼ぎがいいんじゃねえか?」

後ろ向きなことを言う。

「その辺を役場が全部、資材や何から何まで、保証まで用意してくれるなら話は別だがなあー」

 過剰に甘えたことを言う者も居る。

「そもそも祭りに人が確実に来るのかよ」

 正しい意見をいう人も居る。

反対意見万歳。色々な責任やリスクの認識を促すためにも必要なので、この疑問が出なければこちらから打ち出していたことである。

『この街の世帯の多くはほぼ共働きなのよ』

 それも男が出稼ぎ、残った女で店番や畑、宿の仲居やなんやかやと、小さい子が居ればその子の世話に明け暮れている。専業主婦をやれるのは貴族か余程の資産家の裕福な世帯だ。肝心の層、賞金を目当てにするであろう世帯び下流、中流家庭を祭りの当日に時間的拘束出来るかというとかなり厳しくなる。

 その日だけ休業に出来るだろうか。それに、

『祭りの屋台でも大会でもやるとなれば、個人でも店でもそれ用の資材が必要になりますわね。そこはむしろ商売の発生なのですけど、買う側からただの消費、消耗にもなりますし。最初から所持していれば問題ないのですけど』

 普通の飲食店だけでなく他の店子もその予算や人員を出せるのか。その日だけは店を閉めなければならないのか。はたまた家族に迷惑をかけるのか。

 通常の収益が消える危険――これは当然ながらある。リスクを負って参加し稼ごうとした祭り自体が失敗することもある。懸念だらけだ。

 が、

『屋台とか、特別会場を用意しなければ?』

「出来ますよ」

「なに?」

「出来ます。まず暇ですが――レシピって普通に毎食ごとの料理で試せますよね、普通の時間で。料理屋なら賄いとかで十分試作出来ます」

「そうね。主婦を舐めてるわ」

「料理人もな」

 多分料理をしない人だったんだろうな。

「あと、お店を閉じたとしても前持った告知や張り紙でどうにかなるでしょう。祭りで人が集まる場所に屋台を出した方が確実に人は来ます。祭りにおける街の外の人の呼び込みに関しても同じです」

「それで確実に来るのか――?」

 そんなものそもそも保証なんてないだろう。雨が降れば野外イベントなんてそれだけで即死だぞ。ていうか同じ質問を二度するな――大事なことだからってのは分るが。

 説明しましょう。

「だから人の伝手、縁故を頼りましょう。楽しくなるからぜひお祭りに来てくださいって。実は嫌われてるとかでない限り確実です」

 商売に関係ない街の住民も呼んだのはその為でもあるのだ。卑怯に卑屈に感じるのはこの街に自信がないからだろうが。それを身に着ける為の計画でもあるのだ。

 他より劣っていようと不遇であろうと前に進むこと。だからそこは言葉にして大丈夫だなどとは言わない。手段の提示ならするが。

 そして、

「資材や場所の準備についてですが、屋台でも大会会場でも、作る暇や物がなければその必要が無い場所でやればいいんです」

「そんな場所この街のどこにあるんだ? その辺の家の軒先か?」

「近いですね」

「ああ? ふざけてんのか?」

「――街道の空き店舗や、潰れた宿を使えませんか?」

「あっ、」

「その手があったか……!」

 それは、概ね街道で店を開いている面々は否定しづらいだろう。

 元々の人の流れもあるので祭りに来るつもりの無い人も運よく拾える。宿であれば整った厨房もある。屋台より遥かにいい。

「会場は街道全体でも元々お店が多い辺りを中心にして、空いている宿、店を埋めて、レシピ大会の会場だけは見やすいよう道端にお立ち台でも組むくらいなら――多少交通整理が必要になるかもしれませんが、街道自体も塞がずにできるでしょう。元々人通りは少なくなっていたんですから問題ない筈です」

それらはつまり、

「まあ、要するに、この街の衰退――それを逆手に取りましょう」


 明るい表情が灯り始める。

 うん、マイナスの部分でも使えると分れば大分意識が変わるだろう。この街でもまだやれると思えるはずだ。

 運営の一部として、一般人の参加を募る企画にしたのもこれが本当の理由だ。

壁の突破、現状意識の克服、やる気のブレイクスルーだが。

 やる気は動機や目的意識から発せられることが多いが、気持ちだけでは越えられない現実がある。それら不遇や不運に対面してもそれを維持するには理念が必要になる。やる気はただの向こう見ずではないからだ。それは欲求だろう。理念は生き方――気持ち、精神性ではなく、れっきとした理論や理屈、手段が必要になる。

 だから、何かに八方塞がりのときやる気を出せ――と口にして言うのはほぼ意味がない。やる気はあって当然だがそれだけでは意味をなさないのだ。

 逆上がりも自転車も出来る理屈があるから出来るのだ。

 耐える、我慢する、それだけなのをやめ、消極的な対処ではなく積極的な行動を取る。

 それには絶対に手段が必要になる。一度できないと思い込むと、その手段を見つけやる気を出すのが困難になるが。

 この会議は、そのきっかけを参加した者に与える為に開いているのだ。

 ただ祭りをするためではない。

「どうでしょうか? 店を持ってない人でも、屋台の無い人でもこれなら大丈夫だと思うのですが。それに店舗も利用すれば、そこにあぶれた人に、役場の方で貸し出せる資材でも十分一般参加も出来ますよね?」

 役場の財務担当に話を振る。

「ええ……そうですね、むしろそうするなら屋台である必要はないかも知れませんね。これからくわしい検討は必要でしょうが、新たに役場や個人で資材を買い足しても最低限で済みますね」

 ――実は、祭りの会場を街道に設定し視察してみた時、

『空の店子が気になりますわね』

『街そのものの印象が、みすぼらしく見えるかも知れないわ』

 そんな懸念が出ていた。

 だからこそ、空き物件を利用するのである。

 そうすれば街道の隙間風が吹くガランとした部分も払拭できる筈なのだ。これならあたかも祭りだからではなく、街そのものに活気があるように見える。

 他の場所、広場や公園なども考えていたが一般参加も絡めると準備にどうしても費用が掛かる。最初はその節約の為にという提案だった。

 そこで更に潤滑油を投下する。

「あと、宿なら泊まり込みでの準備も出来ますので、当日や前日に子供も家族も連れてきてしまえば一々帰って面倒を見る手間もないですしね。いっそ祭り中はそこで複数の世帯の子供を纏めて面倒見るのもいいんじゃないですかね」

「あら、それは助かるわね」

 主婦の暇の問題――家事と通常業務との両立も解決する。

『この街では稼ぎに出ているのは別に男性だけじゃないわね。花農家のマーベさんがいい例だけど、女も女ながらに細腕でも普通に働いているわ』

『出稼ぎに出た男の代わりに、店番や職人業を肩代わりしたり、家事と並行してねえ』

 家事をしっかり家族の面倒と片手間にやりながら仕事も並行して――

 死ぬわ。少なくとも自分ひとりの時間なんて持てない。母は偉大だ。

 その支援になる。

『へえ、じゃあこの街には保育所や託児所が無いんだ……』

『その辺の家族の面倒は家族が見るのが当たり前よ、何言ってるの』

 それが文化というか慣習として主体なのだ。

 家の外に預けて働くということがないのだ、この街には。

『物心がついてからなら、自立の一環で寄宿制の学校に通う事ならあるけど』

『この辺りは学習塾で最低限の読み書きと算術を習うだけね。その間だけでも助かるけど』

 つまり、女性が多いこの街なら確実に見込める需要でもある。

「なら祭りの後も子供を預かる施設として改装するのもありですかね」

「それもいいわね!」

 少数でも新たな仕事になる。他にもバリエーションとしては下宿もありだろうか。

「――それはまたの機会に話すとして、どうでしょうか。子細はまだまだ詰めていくことが出来ますけど、まだ他にも疑問や質問などありませんか?」

 出来ればこのまま出来るムードの状態で自発的に「やろう」と言って欲しい。

 大会が定着すれば、食文化の水準も少しづつ上がると思うのだ。

 そうなれば生活が一つ豊かになる――

「――無理だろう?」


 そんな声があった。

 最初からやる気を出すつもりがないような気怠い声だ。

 それは、まるで自分以外の全てを怠惰に否定するように言う。

「第一いくら本職が口出しするったってその本職の腕がたかが知れてるだろ――こんな片田舎の街の料理人だぞ? そんなんで他の街よりいいものが? 甘い甘い甘い甘い甘い」

 たった一回喋っただけで空気が悪くなった。

 この人が町長が懸念していた喧嘩相手なのか?

 一瞬で気持ちが萎えてしまったのか、誰もそれを否定しようとしない。皆自分のみすぼらしさを思い出したようである。

 まあ、何気に言っていることは間違えていないだけにこのままでは不味い。

 いや、この祭りの目的自体、他の街に勝つことではないのだが。ここで言い負けると士気が下がりっ放しだ。

「そうですか? 同じ人間なんだから出来ないとは思いませんけど? 出来ませんか?」

 抗弁する。その能力自体は同じ人間という生物である以上その枠に収まるのだ。

 それと似たようなものでB級料理はプロが作ってもB級料理だ。美味しさに極度の差は出ない。そもそも祭りも大会も素人参加による一般人同士の催しだ。

 街同士の競い合いではないのだ。

「そもそもお祭りって人を楽しませる為にするんですよ? 祭りって、他と競い合って勝つことじゃないですよね」

「出来ねえよ。……まあここに来たばかりのあんちゃんには分らないかなぁ――」

「そうでしょうか?」

「だから! 分ってねえなあ……あーあ、いいか? そもそもそんな芋芋芋芋言ってることなんかしたって流行らねえんだよ! 客なんか来ねえ!」

 こんな大人になりたくないわ。

 いきなり逆切れしたよ、ちょっとウケる。半分以上ドン引きだが。

 ていうか祭りって流行る流行らないじゃなく根付く根付かないじゃないのか? いや、そんな揚げ足取りの問題じゃないか――

 なにせ。

「客が来ないんですか?」

「ああそうだよ」

「絶対にですか?」

「絶対にだ! しつこいんだよ」

「その祭りに来ない理由ってなんですか?」

 そんな非常識な相手がこの辺のどの辺にいるのか、是非その辺りを教えてほしいのだが。

 彼は厭らしい笑みを浮かべそれを告げてくる。

「勇者だよ」



「じゃあお前さんは勇者を越えるものが作れるのか? それくらいのものじゃないと人なんて呼べないだろうが」

「それもそうだな……」

「聞かせて貰えねえかな、何が真新しいんだ、何が斬新なんだ? 今じゃこの辺りのどの辺りでも勇者の作ったもんで溢れてるんだぞ?」

「……そうねえ……」

 おいおい、風見鶏じゃないんだからそんな簡単に意見を翻すなよ。

 吹く風に吹かれて――分ったふりをして何も考えてない証拠じゃないのか? 自分が間違えるのが嫌って感じの、不利益をただ被りたくないだけの。

「最低でもそれと同じかそれ以上のもんじゃねえと人なんて見向きもしねえし話にならねえだろうが。ただの祭りだろうが芋料理だろうがなんだろうがな。はっ」

 そのなじるように言う様に。

 皆不快感を示しながらでもやはり反論せず共調してしまうのは、なるほど、皆内側に同じものを抱えているのかと思うが。

「あー、なるほどー」

 やはりこれが彼ら最大の壁なんだろう。

 助ける価値がないってこれなのか? それとも――

思えば俺がこの世界に呼ばれた原因なのか。

 ――勇者の作った物の所為で、この街は衰退している――

 だから街興しをしてほしい。

 しかしそれを自分たちではしない、出来ないと言う。

 考える力を失っている。

 まだ他の勇者が生み出していない物を作ること。それが町長に頼まれたことだ。

 言い換えるなら、まだ誰にも手を付けられていない分野を探すこと。

 でなければ、それらを越えるものを作ることだ。

 それは俺にはできない。何せ俺は正真正銘ただの一般人なのだ。

同じ土俵で同じ物を――現代社会の商品を作れたとしても、格段に見劣りする。専門的な技術も知識も経験もないからだ。この世界に来て何気に魔法を使えるようになったけど、それでもこの世界ではただの一般人でしかない。

 俺にしかできないことなんてむしろ何もない。

 ――そこで、むしろ思ったのだが。

「じゃあ、逆転の発想で勇者に作れない物を作ってみたらどうですか?」

「だからそう言ってるだろうが! 話の分かんねえ野郎だなぁほんっと、もうよぉっ!?お前いい加減にしてくれや!」

「いえいえ。そうではなくてですね」

「そんなもん出来ねえって言ってんだろ!」

「いえいえ。つまりですね――勇者の作るものではない物を、作ればいいんですよ」

「はあ?」

「――作りましょう、本当にこの世界だけのものを」

「……ハア?」

 まだ分らないのか。異世界勇者に慣れ過ぎた幻想ファンタジー共め。

 ならただの一般人が教えてやんよ。

 それは現代チートではない。

「つまり、彼らの世界にない物、彼らの世界にない知識、彼らの世界にない技術」

 ここは夢の異世界だ。

 なら。ありふれた現実なんて。

 吹っ飛ばせ!

「それで何かを作れば、勇者たちが作ったものが溢れるこの世界で、逆に他にない斬新な物が作れるんじゃないですか?」


 さあ、始めようか。

 これは異世界の街興しだ。

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