16話「現代チート VS 幻想チート」

 この世界に来たとき、街興しを頼まれたときに確認した。

 俺の世界に在って、この世界にない物を作る――

 それで本当にいいのか?

 違和感を感じたのだ。

 結局それって、他の勇者が作ったものと同じものにしかならない。

 それもただの高校生のうろ覚え知識で確実に中途半端なものにしかならない。劣化品だ。

 勝ち負けでなくても、それは魅力的に映るのだろうか。

 ――じゃあ、何を作ればいいんだろうか?

 この世界の知識、技術を使って、向こうの世界の発想のなにか作ればいいと思っていたが、でも結局それは他の勇者と同じことだ。既にそれはあった。この世界の技術で科学を補った勇者製魔道具と同じだ。

 仮に他の先達勇者に負けない物を作ったとしても、結局のところこの街にとっても借り物にしかならないのではないのか。同じ土俵に立つには遅れている。

 言われたまま作る工場のライン生産と同じじゃないのか? これから先、仮に俺が帰った後、またこの街は廃れるんじゃないのか? そこから技術や発想を学ぶのならともかく。

 この街だけでなく、勇者を召喚し続けているのは商売でも娯楽でも生産でも、次の発想を生み出せないからではないのか?

いつまでも借り物のままなんじゃないのか?

 文化として根付かなかったから。学術として定着していないから。魔法と科学をただ継ぎ接ぎにしているだけだから。感性センスを継いでいない。

 ただ便利の便利な部分だけ使っていて興味や関心、向学心が失せてしまったのではないのか? それがあるなら次々勇者なんて呼ばないだろう? それが成長しなかった。

 和ロリは和ロリで止まっている。結果と結果を組み合わせているだけから過程が成長しない。文化の文化としての成長には歴史がいる。

 それは現代チートの勇者たちも同じだ。彼らはこの世界でこの世界に文化を学び、それを成長させたのだろうか。ただ自分たちが見聞きしたものを持ち込んだだけなら――

 だからだ。

「この世界の……」

「この世界だけのモノです」

それなら確実に、現代チートで手を出せないと思うのだ。

「なるほど、それなら確かに……勇者の作るものと確実な差別化になりますな」

 再び、

「そうですね……いや、なんでこんなことに気づかなかったんだ……!」

 熱を失っていた関心が高まっていく。

「なにがあるかな」

「勇者の世界には魔法や魔術はないって話だな」

「それでなにか出来れば……」

いやホントに。多分斬新さとか真新しさ便利さに目を奪われてたんだろうけどさ。

 他人より上に行こうとするなら、同じことだけでなく、他人と違うこともしなければ大差は付かないのに。

「……バカだろ、おまえ」

 冷や水を浴びせようとして来るが気にしない。

「――ということは?」

「そんなもんが作れるならとっくにやってるだろうが。ねえよそんなもん!」

「――例えば?」

「何が例えばなんだよ!」

「とっくにやってるのなら、有りますよね? 例に出してみてください」

「それは――」

「……ない。から、何も言えないですよね?」

 それはただ単に現代チートに負けているから――というケースも可能性としてあるのだが。失敗例を今まで聞いていないのでおそらく本当にまだ手付かずなのだろう。

 成功例があるなら既にすがっている筈という意味でもこれは同じだ。

「……それで、さっき出てましたけど魔法とか魔術で――魔法みたいなものを何かを作るなんてのはどうですか? どういうものにするかは――とりあえず今回の祭りは芋なんで、魔法の芋で」

「魔法の芋ねえ……」

「ちょっ、俺はまだ言いたいことが――」

「そういうのってありましたっけ?」

「ああ、あれがあるあれが! 錬金術!」

 モブが無視され出した。まあ正直いい気味だ。

 そしてこのままでもかわいそうなのでトドメを刺そうと思う。

「というわけで――出来るんじゃないですかね?」

「――じゃあてめえは出来るのかよ!」

 は? もう会話がパーフェクトに繋がってないと思うのは気のせいか?

 ともあれ、

「出来ないですよ? 勉強すればできるんでしょうけど」

「ふざけてんのか!? こちとら生活が懸かってるんだぞ!?」

「いやこっちも普通に一生が懸かってるんですけどね」

「ハァ? ふざけてんのかそんなわけねえだろ!」

 いや、マジでそんなわけあるんですが。

 それは置いといて。

「とりあえず生活がということですけど、ここにいる全員どころか街全体でやることを私一人が責任で持てるわけがないですよね? それから、一人一人が責任を持てなければどんなことだって失敗すると思いませんか? 精々それくらいですよ、私に出来ることもここにいる皆さんが出来ることもです」

「そんな当たり前のことが聞きてえんじゃねえよ! 俺が聞きてえのは――」

「私に出来るかどうか。で、あなたは出来ないからやりたくないんですよね?」

「そうだよ! 自分が出来ないことを他人に無責任にやらせようとすんじゃねえよ!」

「じゃあ、一緒にやりましょう!」

 間。

「……ハア?!」

 そこに居る誰もが唖然としているが。

 俺は言う。

「一緒にやりましょうよ。それならどっちも無責任にはならないでしょう?」

 

 あ。と、誰かが零した。

 そう、あまりに単純だが、出来ないことを他人に任せることが無責任なら一緒にやればいい。

 ただそれだけだ。責任を自分にも他人にも投げ出さなければ無責任ではなくなる。

 それは彼も同じだ。そして彼は責任を追及しているが、それは人に任せて自分はそれから逃げているだけだ。

 慎重なのではない。ただのズルだ。怠け者だ。失敗することが絶対であれば名誉ある撤退だが、勝ち目があるのに逃げるのは臆病だ。本当は本当に彼の言うように無謀なことを思いつきでやらせるのがそれなのだが。

 彼はあくまで自分を被害の及ばないところに置きながら利益と保証だけを得たいだけなので、

「――責任があるならいいんですよね? 私も出来ない、貴方も出来ない、みんなできそうにない、てことは誰が誰に任せても無責任ですよね? ならこれで万事解決です」

 俺は呑気に言う。

「というわけで皆さん、一緒に頑張りましょーっ」

おー! と一人拳を天に向ける。誰もマネしてくれない、苦笑いで手を振っているが違うそうじゃないそうじゃないんだよ。くすくすとおばさまたちが面白げに見ているのが救いだった、無反応よりはいい。

 スベリ芸スベリ芸。

「ふざけんな! 共倒れしろってことだろうが!」

「大丈夫ですよ、一緒に勉強しましょう!」

「そんなことする時間ねえんだよ! いや、あったとしても出来るわけがねえだろ!」

「大丈夫ですよ。私なんてこの街に来るまで本当に何も出来ませんでしたけど、働きながら色々な人から色々な事を教わって、たった一月近くですけどかなりいろんなことが出来るようになりましたよ? ――ね?」

 今日ここに集めた人たちに振り返る。

「そうねえ、頑張ってたもんねえ貴方」

「最初は正直ほんとうに微妙だったけどな……」

「あらニクスさん、接客はちゃんと一人前に出来てたわよ?」

 まあそこはバイトしてたんで。

 野菜の箱詰めとか収穫とか丁寧に早く、林業の枝落としや木登りも紐の特殊な縛り方も、大工でカンナの掛け方、足場の組み方、牛と山羊の乳絞りも、料理もチャーハンと餃子だけからその他いろいろのメニューまで手を広げて――

 脳も心臓も筋肉もパンク寸前だったけど、続けるうちに全て人並みになった。

 揺れない天秤とやらのお陰ではない。努力したから身に着いたと自負できる。それだけのことをしてきた。

 その成果だ。信用されている。

「……そうだな、どこかで文句垂れてるだけの誰かと違って」

「あああ?!」

「ふん、すごんでも血圧が上がるだけじゃぞ」

 嫌われてるなあ……でも言ってることは基本的外れでないから何も言えなかったんだろうなあ。プロ市民というかクズ市民というか真面目系クズというか。

まあ、だからといってこのまま放置しておくわけにもいかない。会議で誰か一人を排除する風潮を作るとマイナスの意見が言えなくなる。

 それは健全な話し合いとは言えない。MCとして采配を振るわなければ。

「えー、申し訳ないのですが名前をご存じないので、お教え頂きたいのですが」

「……ウインキだ」

「ウインキさん。分りました。ではウインキさん、少しだけ話を聞いてください。そのかわりその後は自由にして頂いて構いません。あなたに何かを無責任に任せることもしません」

「……分った」

軽く呼吸する。心をフラットに、なんでもないことのように。

「出来ないからやらない――」

彼の言葉を借りる。

「そうですね。あなたの言う通り失敗するかもしれません」

 同意する。そうすることであたかも話をよく聞いているように、理解者に思えるのだが。

 その上で、

「でもですよ? 勝っても前に進んでいない――そういうことだってあるんですよ?」

 相手の言葉を、意見として足りないところとして、否定せずに補う。

 視野の開拓だ。口喧嘩になると感情的になり過ぎて、相手の論拠論述を否定しようと揚げ足取りや対論のつぶし合いになりがちだ。

 それでは相手が他人の視野を得ることが出来なくなる。話し合いでは理解を求めることが必要になると思う。交渉や駆け引きで勝利を収めるにそれは必要ないかも知れないが。

 自分の視点だけでものを語っては相手の理解を得られない。自分の理屈が正しいことを証明するために話すだけでは絶対に人には理解されない。

 絶対的な敵になってしまうのだ。

 少なくとも、二度と話したくないとか思われるだろう。俺は自分の親と話してるとこうなりがちだ。それは親が善意と正義感と親心で盲目だからだ。

 逆に、相手の言うことを理解しよう、意を酌もうとしていると、それに絡め取られ雁字搦めで自分の意見が何も押し通せなくもなるのだが……。

 それは優しい人にありがちだ。嫌なことを思い出した。

 結局、その間ぐらいで上手くやるのが一番いいのだ。

「たとえば今回、何もしていないのが正解だったとして――でもそれって現状が打開されたっていうんでしょうか?」

「それはっ――」

 何も変わらないということが分るのだろう。そして、その先も。

「ところでウインキさんは何を営んでいるのですか?」

「……酒屋だ」

 生産者でも卸売りでもないが、酒は消えない需要だ。

 なるほど、それなら動きたがらないだろう。要はこの人は現状なら「自分は大丈夫だ」が「街がなくなるとまずい」からこの会議に顔を出しているのか。だから役場に下手を打たせようとせず文句を言い、しかし「自分は何もやりたくない」と言う。祭りなら酒は確実に儲かると思うのだがまあそれはいい。

「ウインキさん、勝たなければ、必ず成功しなければ何もやるべきではありませんか?」

「だから――っ! 何を当たり前なことを言っているんだ!」

「いいえ。……それではいけないからです」

 よくあるはなしだ。

 努力したことが無駄になる。追った目標が途絶えた時は次にすることにそれが全く活かせない、中途半端であればあるほど習得した技能は次に繋げられない、将来の遅れになる。

 そんなことを口を酸っぱくして言われるのはどこだって同じだ。俺だって将来大人になって親になったとき偉そうな顔をしてそういうかもしれない――半分くらいは。

 だが、こうも言うことは決めている。

「……出来ないからやらない、で、何もしなかったら、本当に何も残らないんですよ……」

 

 勝ち負けに拘らない。失敗してもいい。

 努力をするとき何故こう言われるのか。

 失敗や負けを受け入れるため。

 勝負時の緊張、不安を紛らわすため。人の背中を押すときってそういうことを必ず言う。恐れないため、何も考えないように前向きに考えられるように。色々理由はあるけど、でもと思う。

 それは多分、こういうことだと思う。

「でも――負けても失敗しても、努力して成長しようとした自分は残るんです」

 それは単純な能力ではない。単純な心根だ。

 でも、無駄じゃない、と。

「失敗するかもしれない、絶対に成功しないかもしれない――努力が実らないかもしれない。それが自分の将来を何かや誰かから遅らせることになるかもしれない。でも努力する……そこに何の意味があるんだろうって思わされますよね。将来、後で絶対に全部無駄になる。私も以前にそう感じました」

 例えば学校に通って勉強するとか、性格の悪い奴が当たり前に居る場所でただチームプレーだとか協調性とか縦社会を我慢することを覚えるとかだ。それは諦めるしかないだろう。社会的な仕組みだし我慢してそれをやるしかないだろう。

 もしくは無駄だと分って声に出すかだ。

「でも――前に進んでるんです。何かの努力の成果って、負けでも失敗でも――そういうことなんだと私は思います」

 そう思ってたほうがどんな状況でも全力を出し尽くす気になれるだろう? 

 だからこそ。本当に何もしなくなってしまったら?

 それこそ本当の終わりだと思う。平凡でも無能でも有能でも、それを止めてしまったらそれ以下の本当に何も出来ない人になってしまう。

 無能でも底辺でも平凡でも、状況を前に進めるには動き続けるしかないと思うのだ。

 何もやらなければ何も変わらない。

 彼が今までさんざん言ってきた通り、これは当たり前のことだ。

 手垢が付いて泥塗れかも知れないが。こんな当たり前の事しか言えないのでは劇的に何かを変えることなどできないかもしれないが。何かを伝えるときそれしか思い浮かばなかったのなら仕方ない。

 だから言わせてもらう。飾らずそのままに。

 人生の先達へ後輩から、非常にシンプルな一言を。

「――ウインキさん、何もしないままで、何が残ると思いますか?」


「……はあ、それでもな? 魔法で何が出来るっていうんだ? あんな不便で古臭いもんで勇者が作ったもんよりイイのが作れるのか? ここにいるおまえらに」

「さあ、それはまだ何とも言えませんけど。でも――」

 真新しさってなんだ。斬新さってなんだろうか。

 最新の技術だろうか、知識だろうか、最先端の感性だろうか。

でもそれらは総じて常人には手の届かないところにある。

 思考でも、経験でも、発想でも、知識でも。

それはつまり想像を超えていることだ。

 現実は現実を踏み越えていくことで様々な世界が広がっていく。夢は夢を乗り越えることで新たな夢が生まれる。それが想像を超えていくということだと思う。それは夢が現実を塗り替えるという事であり、現実が夢を追い越すということでもあるはずだ。

 本当ならとんでもなく長い時間や労力を掛けてそうするものだが。

 ここは夢の異世界だ――現実が想像を軽々越えてくれる。指先から火を出したり水を出したり、率直に言って願いを叶える魔法があるんだ。

 それなら、

「可能性はあるでしょう?」

 そこは彼も、否定しない。

「それでもなにもしないんですか?」

「――後悔するって言いてえのか? あ?」

「いいえ。……最悪はそれすらありません」

 後悔する時が来ても、何もしていなかったことを肯定しようとする人間は『自分はこれで大丈夫だ』と誤魔化し続けるものだ。

 自分は間違えてなんかいなかった。悪いのは自分の周りにいた人間の誰かだ。なんてセリフで。

「偉そうに……そこまで言ったからにはてめえは何か出来るんだろうな!?」

「そんなことはやっぱり分るわけありませんよ」

 さっきから何の言質取ろうとしてるのかな? あはは。

 結果なんて推測と憶測と予測でしか語れないのに、出来るとか出来ないなんて言えるわけがないっての。ただの意気込みだけならともかく――まあ徹底して煽りには乗るつもりがないわけだが。

 でも、言わせて貰おう。

「でも、何かはするでしょうね、何かは」

「何をするんだよ!」

「それをこれから皆さんで相談するんですが?」

 彼は顔を真っ赤にして、

「……知らねえよそんなこたぁ!」

目を逸らさず唾をまき散らす。それだけに飽き足らず湯飲みを床に叩きつけ飛散させ、椅子を蹴とばした。

 おばさま方が年甲斐もない悲鳴を上げ、おじ様たちが豆鉄砲のハトになっている。

彼の中だけで心臓が爆発しながら暴走しているようだ。

「てめえがこうしたんだてめえが責任取れ!」

「なんのですか?」

「――俺をこうした責任だよ! 俺にここまで言わせて虚仮にした!」

 自分で言ってるよ。うわあ。

 まあそこは確かに責任あるかもなあ――

 でもどう考えてもこのおっさん、

「大丈夫ですよ。これは誰の責任でもありません――更年期障害の所為です」

 ブチン!

「精々好き勝手なことしてそんで自滅すればいい! 人がせっかく親身に意見を聞かせてやってるっていうのによ、俺がわりいみてえに――」

 ずかずかと席を押しのけ会議室を出て行こうとする。

「ウインキさん」

「うるせえんだよ!?」

「参加してくれるの、私は最後まで待ってます。だからお祭りに来てくださいね」

「――っ!」

 扉が壊れる勢いで開閉された。

 

 彼が口を開くたび、部屋の空気が爆発するような音と勢いだった。

 それは去り際まで同じで。

 会議の参加者が出て行った、というそれはともかく、とりあえず話を中断し床の清掃を役場の職員が慌ててする中、

「……なによあれ」

「……あんたも最後によく言ったねえ」

「はあ。そうですか?」

「そうよ、あそこまで言われたら逆に来れないわよ」

 ……あー、トドメか。そう言われれば確かに。

 偽善に満ちたハッピー狂で、正直気持ち悪いくらい恥ずかしいと思うのだが。

 更年期障害は狙って言ったが――出来れば改心するか、素直になれなくても後から参加してくれるようにと願ったのだが。

「じゃあ迎えに行かなくちゃいけないっすねー」

「ちょっと本気!?」

「んー、まあ本気です。じゃないと、この後この街で肩身が狭くてしょうがないでしょうから」

「……」

 感嘆としてるが、現実問題下手すると死ぬだろう。社会的にだ。自殺をするタイプではなさそうだが、他人にところ構わず矛先を向けるはず。

 そうなったら住民が一人確実に減る。もしくは複数だ。悪落ちして裏でこそこそ敵に回るとかアホなことしそうだし。

 それにそういう時放っておくから歯止めなく坂道を転げ落ちていくのだ。

 形は違うけれど、誰かが面倒を見なければいけない部分というのは誰だって同じなのだ。俺も面倒を見られている。生活面だけでなく精神面でもだ。

 何もしなくない、楽したい、でも生きるために仕方なく働いている。安全安心保障委員会的な自分主義なのは本当で、どうしようもないと思ったが。

「――それに、間違えると分っているとき動かないっていうのは、間違いじゃないんですけど……それと同時に『ならどうするか』を考えなければいけないわけで」

 首をかしげている面々が居るが、つまりだ。

「……言ったからには、有言実行しないと」

「……そういうこと」

「――おまえ、苦労性だなあ」

「そうですかねー」

 最初からわかっていたら――なんて言うつもりはない。事前に準備しながらその場しのぎで行き当たりばったりにぶらついているだけだと思う――自評で。

 ここは責任感があるって言ってほしいのだが、まあいいか。

「で、実際問題、話の大詰めですけど――」

「――やろう」

 老人の誰かが言った。

 ざわざわと止まっていた人達が動き出す。

「ここまで若いもんに痛いとこ突かれて――何もしなかったら後で腹が立つ」

「そうねえ……ちょっと虫の居所が悪いっていうか、後で罰が悪くなりそうだし」

 ウインキさんがここぞとばかりに完璧な出汁と反面教師にされてる!? 

「え? そんなやる気の出し方ですか? 出来るとか出来なくてもとかじゃなくて?」

「誰の所為だ誰の」

「あ、私ですか」

 済まねえ。マジ済まねえ。

「じゃあ一応決を採りましょうか。やる人――」

 しぶしぶ、なんとかかんとか、割と勢いよく、景気づけと言わんばかりに挙手されて行く――おお、満場一致だ。

「細かいことに関しては俺らに任せろ、さっき出た案を詰めていけば十分できるだろう」

「あ、そうですか?」

「で、お前さんにはこれから別の事をやってもらいたいんだが」

「はあ。それは助かりますね」

 正直祭り全体の指揮なんて無理だったんで、最初から町長辺りに丸投げする予定ではあったのだが。

「じゃあさっそく、この祭りの目玉に取り掛かってくれ」

「はぁ――ていうと?」

「魔法みたいな芋ね」

「ここにいる連中じゃみな専門外だしな。有言実行なんだろう?」

「それもそうですね」

 でも、あ、俺がやるんだー、みたいな? さっきまで人に無茶ぶりとか責任押し付けられることを避けていたが。作らないとは言えないし――それに実際ゼロから勉強するとなるとみんなそんな時間はないだろうしな。まあ目算は付けていたからいいが。

「でも本当に作れるの?」

「アイディアの問題です。錬金術ならそういうことが出来るって話ですし――私はまだ見たことが無いんですけど」

「あら、この街にも一人いるわよ」

 それは知ってる。初日に挨拶に回ったとき――留守だったが。

「それじゃああとは具体的な芋の内容の話ね?」

「その辺ももうここで意見出しちゃいましょうよ」

「あ、じゃあ――」

 そこで俺は声を掛ける。

「はーい。長らくお待たせしました。途中怖いおじさんが出たけど、少年少女達よ――面白い芋について考えてきてくれたかい?」

 子供の純粋な夢、とんでも自由な発想を頼ろうではないか。


 いやあ、出るわ出るわ。

 空飛ぶ芋、爆発する芋、切ると増える芋、中が綿あめ、茹でると巨大化する、皮を剥くと宝石が、花として実がなる、芋だけど中は肉、芋だけど中はチーズ、中はカレー、中はアイス、中は餡子、もうコロッケになって地面に埋まってる――食べるとき衣は剥くんだよなこれ?

 大人からは、切っても切ってもなくならない、とりあえず美味しい、指先一つで皮が剥ける、もう切れてる、洗うだけで食べられる、クリームみたいになめらか、ポテトサラダ、茹でるだけでマッシュポテト――

 想像力の差ってすごいんだか凄くないんだか。何を見ているのかが丸分りである。

 でも、

「爆発する芋は害獣のトラップに使えますわね」

「中はシリーズは普通においしそうね」

「……やっぱり、大人は意外にこういう時役に立たないというか、夢が枯れてるというか、想像力がなんか即物的に振れているというか」

 企業に何をして欲しい――という考え方というか。ガチの商品要望みたいな。

「まあそれはご愛敬ですわね。でも――」

「……こんなの本当に出来るのかしら……」

「うーん……」

 魔法があれば何でもできる……よな。

 そう楽観しながら会議室の片づけをする。あの後、魔法の芋の案だけでなく、祭りの日程や子細まで詰めていたのでかなりまとまった書類が出来ていた。その大部分はこれから町長とガスト、そして街の各部署、幹部役員に委ねられるだろう。

「……それにしても、本当にご苦労様でしたわ」

「途中、あんなことになっちゃったけど……」

「まあ十分考えてたし、うん、練習の成果が出たねってことでね。こちらこそご苦労様」

「これでひと段落、ですわね」

 祭りの部分はあとは街の大人達が順次推し進めてくれる。

 思い出す、話し合いが終わった後、改めて皆から頭を下げられた時のことを。

『本来この町の人間がやるべきことなのに、こんなに親身になって考えてくれて、本当にありがとう――』

 まだ結果は出ていないのに。誰か一人がそう言うと次々と同じように声を掛けられ、感謝された。

 ちょっとジンと来た、いや、かなり来た。とりあえずここまで無理して頑張ってきた甲斐があった。

 その余韻に浸っていると。

「……ボンド君」


「ああ町長、どうですか? 何とかまとまりましたけど」

 街の重役たちを見送りに外に出ていたはずだが終わったのか。

 背中を丸めて、なにやら沈痛な面持ちでこちらを見つめてくる。そして、

「――本当にすまなかった」

 そう言いいきなり頭を下げられた。

「え?」

 俺はいい大人に本気で頭を下げられ困惑していた。それも彼の娘さんや、他にも人目があるところで。

「これは本来私がやるべきことだった。それを――勝手な思いで君に押し付けたりして、責任を放り出してあんな大変な思いをさせて、本当にすまない……」

 少し、尋常ではない謝りぶりである。

 それは先ほどの俺の話を聞いて、何か思うと事があったのだろうか。ともあれ、言いたいことは分る。

 ウインキのことだ。あれほどの人間はそうはいない、彼が会議を開きたくなかったのはよく分る。付け加えてそれにひょいひょい賛同する者も居たことだ。もしかしたら、幾度となく話し合いの席を設けていて、その度にああして話を折られていたのかもしれない。 だが、

「んー、いや、特別嫌な思いはしませんでしたよ」

「それは――そんな筈はないだろう……」

「いや、冷静に居られるんですよ、他人だから。特に想うことなんかないですってほんとに」

 それを言った瞬間、町長の申し訳なさと尊敬の念が、異物を見るものに変わった。

 まあ、情に厚いように見えて、こんな冷や水を浴びせられたらそうなるだろう。誤解を招かないようにフォローを入れておく。

「――いい意味でですけど」

「……いい意味?」

「あくまで客観視――それをしていただけですって。無茶苦茶に怒鳴られたときは正直心臓がバクバクしてましたし。それに、あの人が言ってることも決して間違いだけじゃなかったでしょ」

「それは……」

「でしょ?」

 臆病でも慎重でもなく、確実な利益を見込もうしていた。ただ否定的だっただけだ。

 感情の抑制が利いていなかったし、まあ足を引っ張ろうとしていただけなのは変わらないが。

「身内じゃどうしても、分ってもらうのが当たり前がちになっちゃいますもん。それだとただ話し合うだけでもお互い自分の意見や見解を通すことだけになって――相手のことが全然分らなくなったことってないですか?」

 胸を撃ち抜かれたかのように目を見開いた。そして、

「……はは、大人なのに情けないなあ、私は」

「お父さん……」

 涙目に目尻を下げる。

 打ちひしがれ肩を落とすそれをミーナは心配している。もしかしたら、息子さんの事でも思い出しているのかもしれない。

「大丈夫ですよ。これからまた頑張って行けば」

「……あはは、そうだな。その通りだ、まさに、君の言った通りだったのかもしれない」

「……え?」

「何もしなければ、何も残らない……だろう?殿

「やめてくださいよそれ」

「ははは。いや、お似合いだと思うよ、私は」

 多分、本気でそう呼んでくれたのだろう。それが恥ずかしかった。

 助けを求めて二人を見ると、しかしそれを肯定するよう嬉しげに、優しげに微笑みを向けられる。

 部屋の外はもう夜だが、温かな光が満ちていた。



 それから飲み屋会議に誘われた。いつの間にかセッティングしていたらしい。

 街の役員さんたちと、一次会の食事には付き合いで彼女たちと共に参加した。が、本格的に飲み会になりそうな二次会は、遅くなるからと、夜道の送迎に彼女たちを送るという口実で一緒に帰らせてもらった。

 実際、今日は遅くなることは言っておいたが、多分じっと待っている人も居るし。

 そしてその通り、

「……ただいまあ~……」

「――お帰りなさい」

 眉間に皺をよせ、物憂げな表情で心配した顔をしている。

「――うまくいった」

 その言葉を聞くと、彼女はほっとしたようだった。まだ心配性の顔は解いていないが。

「お疲れ様です……」

「……うん、さすがに、もう限界……」

 三和土たたきに靴を脱ぐとそこにだらしなく座り込み床に背中を投げ出す。

「――大丈夫ですか?」

「緊張したよ……」

「はい」

「もう歩きたくない……」

「はい」

 弱音と甘えがスラスラ出てくる。

 パンク寸前の脳が悲鳴を上げている。何でもないように振る舞ってはいたけど、大人だらけの会議室で会議を主導するなんて初めてだったよ。

「……ちょっと膝枕して貰ってもいい? 床で頭が痛くて」

「……いやらしいことをしなければ」

「……やっぱやめとく」

「少しだけですよ?」

「うん、じゃあ、二人きりで甘えさせて……」

「……それは、だめです」

「あっはっは――だよねえ……もう寝てえ」

「お布団用意しておきました」

「……奥さんにしてえ……」

「――本気ならいいですよ」

「冗談ですよー」

 生まれたての小鹿のように体を起こす。酔っぱらいのオヤジみたいな最低の光景だ。

「……あのさ」

「はい」

「俺、ちょっとだけ――この世界に来れて、本気でよかったって思ってるよ」

 じゃなくちゃ、勇者だなんて呼ばれなかった。

 こんなに誰かの助けになれるなんて、思わなかった。

「……」

 それが、彼女の救いになるかどうかわからないけど、言うべきだと思ったんだが。

 彼女は泣きそうな顔をしてしまった。口元だけのそれが崩れて溶けてしまうような。

 うれし泣きなのか、申し訳なさなのか、半々くらいの。

 すぐに表情をフラットに引き結ぶ。その顔を、全開で笑わせたいと思った。

「……あー。デートが楽しみ……」

 彼女はビクンと強張った。

「……おめかし、頑張ります……」

「慣れてないの?」

「そんなことは――男の人と、の、それは、初めてですけど」

「……すっぴん最高っすよ」

「これでも失礼の無いように、してますから」

「そうだったんだ……」

 気付かなかったなあ……ダメだなあ、俺。

 その、宵闇が絡みついた、口元を観る。

「……あのさ、」

「はい」

「……いや、ごめん、なんでもない……」

「……」

 本当に、君は彼女じゃないんだよな?



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