24話「物理無効」
「ただいまー、……」
「おかえりなさい、……」
玄関を開けたそこに、空気が張り詰める。お互い言わなくちゃいけないことがある。
何かって?
「パパママ、約束、だピョン」
藪から棒に懐の石から出てきた。
このいたずら黒ウサギに「心を込めて名前を呼ぶ」というロマンス行為を宣誓したからだ。
なんで愛称で呼ぶとかその辺にしなかったんだろうと後悔した。結構な時間が経つが未だに慣れない、慣れるわけがない、無意識ではなく意識して心を込めるってそういうことだ。
新婚ほやほやで呼び方を「あなた」とか「妻」に変えるときと同じような物だ。
慣れたら逆にやばい。関係が進んだ感に自分の中にある何かが抗えなくなりそう。
でもそのパワーを溜める。ちびっことの約束だから。
腹式呼吸にオーラを込めるような感じで唾をのむ、それから、せーの、で。
「――命さん……っ」
「……ボンド君……!」
チビ巫女がうんうん頷く。
……よし、ノルマは達した。
ほっと息を吐きつつ汗を掻き、そわそわとしながら靴を脱いだ。
そしていつも通り彼女と調理場に行く。最近、命さんとやることにした屋台の芋料理を夕食の準備がてら二人で開発しているのだ。
二人して割烹着に三角巾を確認して、
「今日は何にしますか? ……ボンド君」
「……そうだなあ……肉じゃがとかは? ……命さん」
恥ずかしい。
それは食卓で、
「あっ、」
「あ」
「いえ、」
「ピョン」
「……お先にどうぞ――命さん」
「……いえ――ボンド君。どうぞお先に」
醤油を取ろうとして手と手が触れう瞬間という不可避ですらロマンスが。
と、なんでもない行為がえらい緊張して恥ずかしいことになって馬鹿みたいに顔が熱くなる。心を込めて声に出すってたとえ恋愛じゃなくても力があると思う。
気持ちのこもった声は心に響く。それが誰かに意図された者でなければもっと格別だろう。
ましてなまじ仲良く打ち解けた所為で尚更意識させられるのだ。
可愛い女の子だなー、って糞恥ずかしいよ。バカに出来ない恥ずかしさがあるよ。
自分の童貞力を舐めていた。片想いの相手が居なかったら絶対どこかで付き合ってくださいって言ってたかもしれない。まさかこんなことでこんなことになるなんて。本物のカップルってこれより悶々としてるのか? むしろ偽物だからこんな悶々としているのか? 本当に付き合うとこんなことするのか?
ダメだ顔の毛細血管が限界を超えると思う。なんで俺こんなこと提案したんだろう。義理の夫婦ごっこを回避しいつも通りに名前を呼ぶだけで済ませた筈だったのに。
「お主ら、正直もうお腹いっぱいなんじゃが」
「分ってます、分ってるんだけどさあ……」
同意を求め彼女を見る。
「……(ボンド君)」
「……(命さん)」
眼が合った瞬間、心の中で思わず名前を呼んでいることを――理解してしまったり。
ていうか、正直気持ちを込めて名前を呼ぶことに慣れてしまった。手遅れだ。力を抜いてもそれでも普通に名前を呼び合うだけの筈が自然に心を込めている。
にこっ。にこり……。
「だからやめい」
「しまった、条件反射でつい。おい黒うさ、正直もう勘弁して?」
「何言ってるんだピョン、順調だピョン、あと少しで私もお役御免、本当の意味で消えられるピョン!」
「え? それどういう意味?」
「知らなかったピョン? うちら幻獣や幻魔は心の問題や願い解決されると消えるピョン。リンメイも森の中で出会ったより遥かに小さくなったピョン。これはあのとき願いが大分消費されたからだピョン。だから二人が本当の夫婦になるまで続けさせるピョン!」
「俺、実家帰ります」
「離婚宣言だピョン!? ママ!」
「大事なお話だから、大人しくしてましょうね?」
「マジ子ども扱いだピョン! むしろ本物親子っぽいから許すピョン!」
そういう意味じゃなく、どのみち元の世界に帰ると言う意味だが。
俺は強制的にリンメイの顕現を解除した。それは煙となりこちらの懐に吸い込まれる。
「……そういえばなんで呼び出してないのに出てくるんだ?」
「ここは神域じゃからの。夢現が現れ易い環境であるからまあ夢が独り歩きするのじゃ」
「……そんなに俺飢えてたかなあ……」
思えば彼女に会いたい……はっ、飢えてる!
「して? 聞きたい事とは?」
「ああ、これです。実は――」
俺は懐から例の幻の芋を取り出し、その内情を説明したが、
「ふむ……分らんの」
「神様でもですか?」
「未知は未知じゃよ。世界は日々変化を続けるからの。じゃがお主がこの街に必要と思ったものと関わるんじゃろうから、答えはお主の中にあると思うぞ?」
「自己啓発っぽいですね」
でも真面目に考えると。
俺がこの町に必要と思ったのは、新たな住民と、努力と、それにこの世界のこの世界にしかないもの――
つまり魔法だが。それも純粋な、勇者のお手付きではないものを求めていて。
魔術を用いた現代チートの家電再現ではない。この世界独自の力を欲して。
最終的には、魔法を用いた文化に昇華する事を思いついて……。
「……もしかして……」
俺はテーブルに置いた芋に指先を置く。
そして、魔法を顕現する。それは世界の法則を無視し、結果を起こした。
シュル、しゅるりと。
「……剥けた……!」
「ほう、そういうことか」
そう、これは、
「魔法でしか調理できない芋か……」
要するにゲームとかにありがちな【物理無効】が付いてる芋なのだ。
「魔法という力を成長させ、文化として発展させるつもりなら、これはちょうど良いかも知れぬの。練習がてら丁度いいおやつにもなるし、子供向きじゃな」
「どれぐらいのことが出来るかは分らないですけど……」
俺は指先を向ける。今度は【切れる】という現象を与え剥けた芋を四分割にした。だが他に出来るのは光を灯すことと水を出すこと、火はマッチの火程度なので、
「ええっと、流石にここからは――命さん、お願いしてもいい?」
「はい。どうすれば良いのですか?」
「とりあえず普通に――この量だし、皮剥いちゃったけど、火で焼く?」
「そうですね……じゃあお鍋、持ってきますね。あとバターでしょうか」
「ああよい、儂が取り寄せよう」
言うなりミナカ様が、この家の鍋を一つ、ついでに皿も何枚か虚空にテレポートさせた。
その中に一欠け入れ、命さんは指先で火を放り込んだ。
「――え?」
芋の欠片が魔法の火を吸い込み、次の瞬間、それらは見る見るうちに溶け、ポン! という軽快な音と共に鍋の中に美味しそうなじゃがバターが現れる。
まだバターは投入していない。いったいなぜ……。
流石にアルミホイルに包まれてはいないが。
「――ほほう」
「前後の言動からして、イメージが伝播したのでしょうか……それとも……」
「じゃあ、ちょっと、今度は俺が……」
とりあえずじゃがバターは皿に移し、鍋の中を綺麗にして。
「……じゃあ煮っ転がしで」
火を出しながら、味、匂い、食感、それを鍋の中の芋に移した。
「……あれ?」
サクサクの衣が付いている。切ったそのままの形に――これはイモのフライだろうか。
皿に移す。
「今度は私が……では、コロッケを」
再び彼女が鍋に芋を一欠け、そこに火の魔法を入れる。すると、
「……コロッケですね」
「……ひょっとしなくとも魔法の上手さに影響されてるのか?」
「若しくは運じゃな。それかおそらく……どれ、最後の一欠けは儂が試してみよう」
何故か神様は青の切り子グラスを呼び出し、そこに芋を一欠けいれた。
そして、魔法で水を注ぎ込んだ。
火ではない、どういう意図かは分る。
ポン! 芋だけが消えたその水を見て神様は一口舌で転がす。
「ふむ、見事な芋焼酎じゃの……これはまだまだ確定的ではないが、予想通りと見ていいかの」
俺にも理解できた。
「芋に使った魔法の……属性ですか?」
芋を火で焼いて煮っ転がしは出来ない――あれは水から煮るものだ。イモフライもコロッケも揚げ物で油を使いあたかも液体が、水が必要に見えるが揚げ物の油は水の沸点を越える熱をタネに与える為に必要なので――属性として必要なのは熱――火になるのだろう。
俺と命さんは同じものを作ろうとして同じ火を入れ、同じ揚げ物だけど違うものが出来た。これは単純に魔法の腕の差というのは間違いない。同じ火を入れ最初のじゃがバターが出来たことからも、必ず揚げ物になるとは限らないのは確実に、食べたい物のイメージに寄っている。
「かもしれぬの。火で酒が作れるか試せば分るじゃろう、他の属性で試した場合が気になるところじゃが――出来るのはおそらく芋関係だけじゃな。儂はキンキンのビールを思い描いたのじゃが、これじゃからの」
あくまで芋ジャンルか、出来るものが素材に縛られる当たり錬金術と同じだ。
だが、
「とはいえ、まさに魔法の芋じゃの――他の変わり種の芋と合わせて、祭りの売りにするには十分ではないかの。今後のこの街の為にも魔法の訓練は必要じゃろうし、うってつけじゃな」
「……よかった~」
俺は胸を撫で下ろした。既に祭りの日取りも決まっていて刻々と期限が迫る中、一番欲しい成果がまだ出ていなかったのだ。
これなら料理分野の需要を食い荒らすことはないだろう。芋を使った料理が全滅するかもしれないがこの芋より普通の芋の方が安上がりだ、わざわざ高い食材を使っても普段と同じレベルの料理しか出来ないのでは稼げない、いくら便利でも料理食材としてはコスパが悪いそんなものをわざわざ買ったりしない。
普及を目指すなら子供向けの魔法の訓練や――
調理器具要らずで出来立てで好きな物が食べれる勝手のいい携帯食としてだろう。
これで商品としての主役に目途が付いた。
「……あとは、こっちか……」
ハート型のピンクな芋を見る。
ハズレと思っていた芋が使えるようになった半面、今はこちらの微妙さが際立つ。
「それは……」
「――お芋なのですか?」
やはりこの芋を逸脱した造形が気になるか。ある意味そこだけは非常にファンタジーなのだが、普通に食べれる変な見た目の芋である。
「これも謎の木の実から作って貰ったんだけど、なんか見た目と風味が変わってるだけの芋で、魔法的な物が全然ないんだけど……」
となると、俺が思い描いた街に必要な事――ありそうなのは住民数なのだが。
これも幻の芋と同じように何か魔法がスイッチにでもなるのだろうか。
「皆で少しだけ食べてみたんですけど、生だと味の薄い果物っていうか、茹でれば普通に芋っていうか」
「ふむ……」
神様はそれを手に取り鼻を近づける。そして一齧り、
「ほほう、これはこれは」
「なにか分ったんですか?」
「うむ、似た様なものが昔あったの――みなで食べたと言ったな?」
「はい。少しだけ」
「なら、大丈夫じゃな。この分なら食べても生なら半分は食すくらいでないと効能は出ん。使うならそれと煮出した汁を肌に塗ると効果的じゃ。風呂に入れても良いし、質を上げるならでんぷんと同じように精製し濃度を上げればよい」
「……一体なんなんですか?」
「――美容用品じゃよ。女子限定のな。食べれば一晩でお肌がつるつるの艶々になる。煮汁にした方がいいのは薬効を抽出、濃縮してする為じゃ」
「あ、用法と用量が違っただけか」
でもやっぱり住民数には関係ない――それともこれでみんな美人になってミスコンでも開けってことか?
……いくら肌が艶々でも、元が美女じゃなきゃさほど意味が――ゲフン。
せめて巨乳か巨尻、美乳か美尻等のスタイル改善なら良かった。いやでも見た目で行きつくところはむしろ顔だよな、イケメンなら大概許されるのと同じだ。
心は別腹、あって当然でなければ顔があっても許されない。
「命、試しに食べてみるといい。それと今宵は禊の後で風呂によく浸かれ、血の巡りが良い方が効果が良いぞ?」
「分りました」
「ボンド、とりあえず明日また使い方について説明しよう、これ以外にもあるなら渡せ、今日は特別儂が実際のものを作っておこう」
「分りました」
やっぱり命さんもその方面には気を遣うのかな。いつも薄化粧してるって言ってたし。
そんなことを悩んでいると、
「ん? 糸くずが付いとるぞ?」
「え? どこですか?」
「取ってやろう。近こう寄れ」
俺はミナカ様に頭を差し出す。と、
ブチン!
「痛てぇ!?」
「あ、白髪じゃったか」
「ええ? ……疲れてるのか? 俺」
「今日は早めにお休みになられては如何ですか?」
「そうじゃな、お主が働き詰めなのは相変わらずじゃし」
「……うーん、じゃあそうさせて貰います」
とりあえず女性には売れそう、ということだけ念頭に置き、そこでの話は終わった。
神様はピンクのハートの芋を茹でる、皮ごとの丸ごとだ。そこに先ほどボンドから入手した黒髪を一本入れる。
するとそのピンクの皮に、これまで無かったある変化が起きた。
――Yes。
そう文字が浮かび上がる、謎の芋に、神様は笑み、
「まったく、世話が焼けるのう……」
物憂げに、その身を掻き抱くのだった。
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