30話「普通とそうではない、かもしれない」

 とりあえず肉じゃが、と、二人の意見は甘ったるく一致した。

 そして試行錯誤した結果、

「名前は、お狐様のお稲荷~!肉じゃがで」

「……」

 あれ、お稲荷と『将軍様のおな~り~』を掛けたのがそんなにいけなかったか? 

 笑えばいいのかお世辞を言えばいいのか分らない。て、顔をしている。

 ダジャレが言いたかったわけではないよ。

 本当にいろいろ試行錯誤した結果なのだ。

 まず、肉じゃがは屋台料理として出すには問題がある。

 屋台料理――単品として食べるには、その甘ったるさと味のは単品で売るには難しく纏まった量を食べるには向かない。元々がご飯のおかずで、お酒の当てにもなる濃い味の料理でもある、味を薄くするとインパクトが無いただの家庭料理だ。好き好きでなければ外で買う気にはならない。

 運営側としては――それに、個人で儲けるためにやっているのではないので、他の料理も試せるように、回れるようにも作りたい。

 だから食べやすい味付けで量も少なめ――小腹をちょっと満たせるような――

 と、命さんの狐の仮面を見ながら考えていたら思いついたのだ。同じ系統の味だけど、適度に気軽に食べられる稲荷寿司のことを。

 砂糖と醤油で味付けした油揚げに、さっぱりした寿司飯――手頃な味を。幸い調味料の割合も大体同じだ。

 作り方は途中までは肉じゃがと同じ――具を炒めて調味料で煮る。

 ただし、その調味料を分ける。肉じゃがとしての具材は出汁、砂糖、酒、塩、醤油をそれぞれ出汁が主役で、野菜の臭さが消え風味が付くくらいに。

 お稲荷の油揚げはその分味を濃く。

 シャリ代わりに中に詰める肉じゃがのジャガイモ部分を半殺し(半分ぐらい食感が残る)に潰し、後は稲荷寿司のように包むだけで、この一番のメリットは汁気がなくなるのでその場で食べるだけでなくお土産にも出来ることでもある。

 食べるとしっかりした醤油と砂糖と味醂の油揚げに、中は淡く優しい味付けのほくほくトロトロ。味の濃淡の味のコントラスト。

 添えた三つ葉の鮮烈な香りも食欲をそそるアクセントに。

 稲荷寿司型の肉じゃが――という、見た目も味も、奇をてらいつつ王道になる。

 ――と、ピンと来たよ。

「あと、ダジャレ的に中にコーンを入れて食感もプラスするとか、売り子をするときにも語尾にコ~ン♪をつけて見世物的な演出の楽しさも出来ると思うんだけど……」

 メイド喫茶的発想である。アレは飲食店ではなく一種の劇場、舞台の中という異世界だと思うのだ。祭りも普段の日常から乖離した別の世界だからハマると思うのだが。

「……少々、恥ずかしいですね」

「命さんなら語尾は外して、普通にしゃべった後に、コンコン♪ で、狐耳ごっこくらいのほうが可愛いかもしんないね」

 こちらは命さんとおそろいの和装――白衣に青袴の宮司衣装で、狐の半面にしっぽのアクセサリーでも腰に着ければいいだろう。

 というか一緒にやるならそれぐらいしないと、どちらかが浮くのだが。

「……可愛い、ですか?」

「普通に美人さんだからね、破壊力はあると思うよ?」

「破壊力?」

「イメチェン? みたいな」

美人の神秘的な巫女さんが、幼児番組みたいに優しくコミカルなことをしてくれるんだぜ?

 グッとくるだろう? という邪念。

「問題は――売り方かな? その場で食べるかお持ち帰りかにすると、注文の入れ方次第で箱が二、三種類必要になるし、完璧にお持ち帰り限定で包み済みにしたものだけを売るなら問題ないけど。それだと二人だけでやる以上は追加調理で増やすことが出来ない――ってこれはまあ当初の予定通りだから別にいいけど」

 無難にするなら、稲荷肉じゃがを二個ずつを小さな箱詰め、明らかにその場に居る人数以上のときは箸を何膳かを訪ねればいいのだが。お持ち帰りとなると大体家族か知り合いと食べると思っていいので、二個ではなく八個ぐらい詰めたものもいいと思うし、

「最初から全部包んでしまえば、その準備の手間さえ乗り切れば二人して売り子に集中できるから俺たち向きだね。売る食数次第だけど前日の準備が半端なく大変になるかな……どんな料理か見た目が分らないのはマイナスかもしれないけど、暖簾か看板に分りやすく絵でも描けば――まあ問題ないか、な?」

「――そう、なのですか?」 

「多分ね? でもやっぱりこの辺は一度プロに相談してみた方がいいかな……」

「……そうですね」

「うん……どうかしたの?」

「えっ」

「なんか、ええっと……気になるところでもあった?」

 話を聞いている内につまらなくなったか? 

「……いえ。やはり、ボンド君は、凄いですね、私は、料理も、屋台をやる問題点も、今あなたが口にしたことの半分も思いつきませんでした……」

「……そうかなぁ、でも、俺だって俺が思いついたわけじゃないよ?」

「え? ――」

「ほら俺、色々なところに顔出して話聞いてるから。今出てきた話と同じことを――実はもう聞いてるからさ、ほとんど受け売りからなんだよね、今言ったこと」

 既に応募が来た素人一般人の参加には大体同じ指導が軽くされている。この料理の作り方だと手間がかかり過ぎるとか、投資を回収できる利率で売らないと赤字になるとかだ。後は衛生面の問題だろうか。

 商売をする上での課題は大体同じだ。

 採算、接客、生産形態、販売形態、宣伝方法、大ざっぱに最初に決めるのはこれで、資材管理や流通は、祭り限りの一回ではあまり考えなくていい。売り子や何かに関しても同じだ、釣銭をどれぐらい用意しておくか、他にも今回の祭りの話だけでなく、便利屋で行ったレジ(そろばんか暗算)や店番やらで覚えていたけど。一

「だから、思いついたっていうより、受け売りの照らし合わせで間違い探しをしてるだけでさ、本当の本当に俺自身の力かどうかって言ったら、そうじゃないと思うんだよね」

 知っているだけの知識でも確かに力だけど、今回はいわゆる素人の浅知恵で、にわか仕込みだと思う。

 応用力ではない。適合するかどうかの判断のみだ。

 その職業に備わった感覚――感性ではない。

 そこが絶対的なプロと素人との境界線だと思う。感じて出した答えじゃないのだ。正解の分かる答え合わせをしているというか。

「だから全然凄くないよ……多分、普通、かな?」

「そう、でしょうか……」

「うん、他人のふんどしとか、模倣の範囲じゃなかな。でもそれも勉強というか、力の内というか……だから自分を卑下するつもりはないけど」

 何より、模倣しか出来ないのは本物オリジナルではない、というのは少し違うと思う。

 なぜなら基礎や基本は絶対同じものになるからだ。模して倣うことを否定するのはただの常識しらずになると思う。

 それが料理であれ商売であれ漫画であれどんな作品にもそのジャンルの基礎となった作品とか言うのがあるだろう、それは時代が進めば進むだけ開発されるし結果的模倣、類似になることは避けられなくなっていく。では、基礎を同じとするものは全て模倣になるのか?

 違うだろう。それは基礎を使って作られた別物だ。しかし全くの別物オリジナルではない。

 もしどこまでがオリジナルでどこまでがそうでないか、と区切りをつけるとしたら、それは基礎と基本の区分けになるだろう。

 原典や原理、原点というべきものだ。本当の力は基礎を見出した上に成り立っている。だから基礎を使って応用が出来、別物が出来る。

 要するに、俺の力、というのなら、俺の基礎、となるものだ。

 俺に本当に力があるとすれば――それは何だろうか?

 まあなんだっていい。模倣でもオリジナルでもまず―― 

「……本当に力を身に着けるには、まず何かに触れることとは思うし、何でもやっといて損はなかったんだろうなあ」

「……すごいですね」

「いやいやいや、凄くないって。誰だって本当は何でもやりたがるもんじゃない? それで纏まらずに手を出してただけだよ。この世界に来てからはそれが仕事だったけど。小さいころとか、眼に入る物全部に興味を持って手を伸ばしたりって誰にでもあるじゃない?」

「今は……大人ですよ?」

「大人かなあ」

「そうでなくとも、普通は、なんでもやろうとなんてしないものです。自分に必要な物を必要なだけ――その必要な部分で、出来れば余裕が持てるくらいに、自身を欲するのではないでしょうか?」

「……そうかも」

 高望みをしないというか、見切りをつけているというか。

 本来必要ない可能性まで広げようとか、そういう発想は向こうの世界の人間だからなのか?

 生活にゆとりがあるからこその発想――衣食住満ち足りて――その次に、ない物を見る。他にもあれがやりたい、これがやりたいなんて、豊かさがあるからこそ生まれる欲求だろう。

 ただ、自分に必要な物だけ――だと、大概自分の周りにあるものだけを集めがちになるから、新しい物には出会い辛くなる。

 普通に生活していれば、張り出された求人票を見てそこから決めるだろう? 

 特別な何か――医者とか弁護士とか芸能人とかスポーツ選手にはなろうとしない。特別野球を好きになることはあっても、それを目指せる環境が無いとは子供にもわかる。命を救う医者に感動しても通える範囲にいい学校がなかったりだ。

 精々、収入が安定して首にならない職業、ぐらいだろう。

 自分はそれを探しているわけじゃないけれど。

 でも、

「でも、やっぱり普通だよ。みんなやれば案外出来るもんだよ。それでもみんなやらないのは――必要じゃない、って思ってるだけでさ」

 無駄にならなくても、必要にはならない。それなら身に着ける意味がない、考える意味もない……。

「……そうかもしれませんね」

「……それに、遊びは予想外のところで必要なんだけどねえ」

「遊び……ですか?」

「遊びって大人にとって無駄の代名詞じゃない? でも――この稲荷肉じゃがだって、半分遊びみたいな発想で思いついたわけだし」

 ダジャレだ。思考の中で遊んでいたら生まれた。

「――遊ぶ必要なんてなかった――でも、真面目に料理を考えて――料理の外の発想で、必要とされる物が出来た。無駄が活きた」

偶然である。でもその偶然は、無駄が無かったら生まれなかった。

 必要な物を必要なだけ――この生き方はどんどん先細りになると思う。

「だから、なんでもしていたのですか?」

「まさか。ただ単に興味があって手を出したからだよ――つまりただの偶然」

「……つまり、どうしても、普通と言いたいのですか?」

「うん。本当に偶然だから。――でもこれが二度も三度も自力で続けば、凄いっていうのかもしれないけどね」

 しかし、自分の外側にあるものを欲していたのは本当だ。自分の親と同じようになりたくないとか、自分に出来ないこととか、今のバイト覚えたら次のバイトは何しようかなとか。

「……まあある意味、今が一番すごいけど」

「え?」

「だって異世界だよ異世界。俺にとってはだけど。ここに来て向こうでは出来ない事しまくりだし。魔法とか、街興しもそうだけどやっぱり一番はそこだね。いろいろ勉強して練習して、どうにか使えるようになって、ここまで来たわけだし……これからこれで街興しに何が出来るかっていうと、まだ分んないけどさ」

 笑う。何気に壮絶な体験をしている自分に。それを平然と受け止めている自分に。

 頭のネジが飛んで緩んできたのではないかと思う。

 そして、

「で、役に立つわけじゃないけどこんなことは出来るようになったんだよ」

 そう言い、指先でネオン光の蛍光灯のような光を灯す、そしてペンのように中空を滑らせ蝶の落書きをする。

 それを飛ばし、動かしてやる。

 ネオンライトの蝶が夜を飛ぶ。

「――あ……!」

「最近気づいたんだけど、本物の火とか水とか出すより、こういう現実にはあり得ないモノの方が、割と簡単に出せるみたいなんだよね」

 空想お絵かき、とでも言えばいいのか。

 もちろん複雑な動きは出来ないし、簡単な見た目であること、同じ魔法の火や水と違って現実の質量、効果は持たせられない、などがあるが。逆にそれを観るる必要が無いともいえる。

 立体映像を出してコントロールしていると思えばいい。

 イメージしたもの、観たものを出すことが出来るなら、常識的な現象でなくて、まんま空想でもイケるのではと思ったのだ。

 たぶん魔法は、常識を外したことの方が上手く行く。

 以前に木の上まで飛び上がったのも、重さという常識を外せたからかもしれない。

「流石に映画とかアニメみたいな細かい絵は出せないけど」

「……やっぱり、普通じゃありません。すごいです」

「いやいやいや」

「――二度目です。普通――普通は、魔法を普通に習っただけで、こんな短い間にそこまでたどり着く人はいません」

「ええ? でもたぶんこれ、命さんも普通に出来るでしょ?」

「それは……」

「――はい。普通普通」

「……」

「まあともかく、屋台は美人狐さんのお稲荷肉じゃが――で、いい?」

「……」

「……命さん? ……美人狐さん?」

「――わ、私は、美人では……」

「じゃあキレイさんで」

「――普通です」

「どっちでもいいかな」

「……ひどいです」

「あはは」

「……もう、真面目な話です」

 一拍。

「……真面目な話です」

「ん?」

「ボンド君、あなたは、本当に、普通なのですか?」

「んー? さあ? そういうのは他人が決めることだしね。小さい頃は多少、物分かりがいいくらいに言われたことがあるけど、今は自他ともに認める普通かそれ以下だよ」

「……」

 命さんは、まだ何か納得していない様子だった。それに俺は言う。

「だけどそれぐらい。目立たない長所やあまり役に立たない特技があるくらい、誰だってあるでしょ?」

「……そう、ですね、そうかもしれません」

 彼女は何かを悟ったように、そこで言及を止めた。

「……でも、ボンド君は、とても恥ずかしがり屋さんなのですね……」

「え?」

「……褒められることが、苦手なのではありませんか?」

「……あー、言われて見ればそうかも」

そういえば結構歪んでいるかもしれない。

 物分かりのよさなんてあまり役に立たない、それどころか無駄に期待を持たせた挙句失望させることになりがちだ。口で説明できればそれが出来るわけじゃないのに。でも大人達は期待してしまう『あ、分ってるんだ、じゃあこいつ出来るな』『なら何も言わなくても分かるだろう?』『もっと出来るだろう』となぜか思ってしまう。正直、子供レベルの物分かりの良さなんて、で? それをどう仕事に活かすんですか? なんて言われる奴だ。

 物分かりのよさなんて最初だけしか意味がない。あとは他人と同じだけの努力かコツをつかむまでの時間が居るのだ。分れば出来るんじゃない、やって出来ればできるのだ。だから最初は失敗した方がいいと思っている。手抜きから入って次もそうした方がいい『三回目か四回目くらいでどうにか出来た』『よしじゃあ真面目にやろうか』くらいでないと普通として扱ってもらえない。バイトでも真面目にやり過ぎるとシフトが常にラッシュタイムにぶっこまれる。人並みにしか働かない、それより動かすならそれ相応の報酬を。

 真面目でいい子ほど割りを喰う。無報酬の安働きさせられる。善意はあって当たり前、優しくして当たり前――

 でも、人から褒められれば、普通は適度に喜んで浮かれるだろう。そこに苦労していなければ。

「……どうにも性分じゃないんだよねえ……ちやほやされるの」

 人がどんどん無責任になっていくそうな気がするのだ。

「だからできるだけ、一緒に頑張りたいんだよねえ……」

「……ボンドさん」

「ん?」

「……一緒に、お祭り、楽しみましょうね?」

「……うん、そうだね、それがいいや……」


 次の日、改めて屋台の使用許可と、そこで提供するレシピの申請に町役場に行った。

 するとレシピも問題なく、屋台の方も貸し出しが認められた。だが命さんと一緒にやるというところに一番に驚いていた。

 その時だった。まるで軍靴の足音のよう整然と、ある一団がやってきた。

 全員黒のコートを纏い、そこにいる役場の面々を虫でも見るような眼で見ている。

 それから、

「――この街に勇者が召喚されたというのは本当か!」

 何やら、またトラブルが発生していた。

 例の誤解が――いや、誤解ではないか。が広まったのかと思う。

 しかし、片田舎の町の小さな騒ぎ、という様子ではなく妙に厳粛とした態度のそれに、フライトが腰を上げ、対応に出る。

「……その質問に答える前に、まず、あなた方は何者なのかお答えいただけますか?」

 黒のコートは、鼻で一笑。

「我々は異世界勇者連盟・技術監査局特務機関――【世界樹の宿り木】だ!」 

 尊大に見下ろし、彼らは告げた。

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