31話「揃う足並み、乱れる足並み」

 黒いコートの一団は、その下に各々現実世界のスーツのような服を着ている。

 まるでドラマに出てくる警視庁の刑事っぽい格好で、どかどかと役場の扉を開けた彼らは有無を言わさず受付窓口に手を叩き付けた。

 眉間に常に皺を寄せたような、いかにも厳粛と整然とした態度――の筈だが、どこかチンピラめいている気がする。それはやはり、尊大に胸を逸らし顎を突き出すような者がいるからだろうか。

 総勢七名――多いのか少ないのか分らない人数で、執務室から顔を出したフライトを囲い、威圧している。

「で、どうなんだ?」

「それは……」

 ちらりと、救いを求めるようにフライトは誰かを探す。

 いや? 異世界勇者連盟・技術監査局特務機関【世界樹の宿り木】セイクリッド・ヴィスクムっていったい何なのか。その無駄に長い名前を出すだけで信用されるような、権威がある機関なのか? 

 名前からして勇者関連だということは分るのだけど。

 ただ、

「んん? どこにいるんだ――」

 彼らは俺に気づかない……一応同じフロアーに居るのに。

 そこに居る職員の眼がこちらに向いているのに。

 ああ、見た目普通の一般人だもんな、イケメンでもないし服もこの世界の一般人的な服だしついでに勇者的オーラも無いだろうし。

 名乗り出た方がいいのだろうか? それとももう登録してあるのか? 

 あるなら言ってるか。それに一応、稀人ってことにしてるし。

「あのー」

 手を上げる。と、ようやくこちらに視線が向いた。

 上から下まで舐め回す様に見回した後、

「なんだ」

「それ、多分俺の噂ですか? 稀人って奴なんですけどちょっと前に街が騒いだんで」

「ほう――君が……では事情を伺わせて貰うのでこちらまで同行して貰えるか」

「え? ここじゃダメなんですか?」

「駄目だな。君も異世界人なら君が持つ情報や君自身の能力もどれだけ希少で有用か――それがこの世界にどれほどの影響が出るのか、考えたことが無いわけでもないだろう」

「そりゃあまあ……」

 初日に考えさせられたね。能力は意味がなさそうだったけど。ていうか、実は無さそう。

 この町が衰退した理由とかモロにそれだ。あ、技術監査局ってそういう危険性の審査でもするところなのか。だとしたら街興しの為に作った珍芋の数々が徴収されるのか? 祭りの準備が整ってきた今――今更そんな面倒なことで時間を押されるのは困るんだけど。万が一これは売っちゃいけないとか言われたらどうなる? しかし確かに危険性の有無は確認できるならしたいが。どれも珍野菜の域を出ないしな。技術革命とか文明開化を起こすものじゃないし。

 警察の任意同行っぽい気配だが。

「なにせどこの世界にも悪人はいる。それらに不意にこの世界に来た稀人や連盟に未登録の勇者が不当に拘束され働かされていないかどうかや、他にも勇者の技術が不当に独占されてこの世界の経済バランスを崩してしまわないようの逆に勇者が不当にこの世界の住民を害していないかなど活動内容は多々ある」

「……へー、そうなんですかー」

「ああ、そうだ」

――ていうか。

「君も、ってことはあなた方も異世界人なんすか?」

 その疑問に、にやりと彼らは笑った。

「ああそうだ――だから我々は同じ仲間を保護しに各地を回っている」

「へえー……」

 なんとなく同族意識が芽生える。

 が。

 それはどうでもいいかな。立派だということも分かるけど。とりあえず今までこの町でそんなことはなかったし。

 未遂だけど。

 そういえば、確かに黒コートのおっさんらは自分と同じ黒髪黒目の、平たい顔の日本人顔である。見た目が変わったっぽい人、この世界の住民も居るようだが。

 ふーん。彼らもこの世界に召喚された勇者かー。

 あとは紛れ込んだ稀人か。みんなおっさんだけど。

 彼らは理解を得られたことが嬉しいのか、頬を吊り上げている。

 ただ、公の部署というか組織名にわざわざカタカナ横文字の組織名を着ける辺り、文学上の都合かも知れないけど、すごく厨二っぽい――だから本物だろうとなんとなく納得したのだが。アニソンとJ―POPの匂いの区別というかね? せめて略称じゃね? 

 名前長いんだし、じゅげむじゅげむ。

 でもなあ……。

「だから君の事を――君がこの町でしてきた事やこれからこの街でしようとしていることを、これから我々と一緒に来て全て――出来るだけ詳しく話して貰いたい」

「へえー、そういうことですかー……」

 さも真面目っぽいことを言ってるんだけどさあ。

 疑問を多々覚えるんだけど。いや……おかしくね?

 これまでとこれからも全て、ってのは。

 別に話さなくてもいいんじゃね?

 会社とかだったら企画やイベントの予定も内容も、開発努力も技術も、すべて明かせってことだよなこれ。身内でもないのに――そういうのに関係ない外部が情報開示を要求し強制できるのは、何か問題が起きてからじゃないのか?

 俺の情報じゃなくね? それに向こうの技術や技術でも。保護とも関係ないような……。

 あれ? それともこれ強制じゃないのか? そういえばそうは言っていないな。

 こっちの勝手な勘違いか。けど何で言わないんだろう? これまでの口ぶりだと普通に勘違いしかねないと思うんだが。ていうか……これからやることに関しては向こうの世界の知識や技術なんて一切使わないしそれなら言う必要ないよな。何も問題ないよな? いやそれを証明しろってことか? 何の問題も起きていないのに? 起こる前にその検証をするためか。一応筋は通ってるんだけど、でもなんかおかしく感じる。それは自分の知識や経験不足か? 

 まあ今日はもうこの後の仕事の予定も入ってるし、そんなことをしている暇はないんだけどなあ……。

「んー、この後予定があるんで日を改めて貰う事は?」

「すまんがこちらも予定が詰まっている。今日ここ以外に割く時間がない」

 あ、そうですか。じゃあ予定に都合を付けられるとしたら……。

「……じゃあ――町長、町長の部屋か会議室借りていいですよね? 時間ないらしいんで今ここで手早く済ませたいんで」

「うむ、なら私の執務室がいいだろう。と、それからこの街の責任者として私も同席して経緯を説明しましょう」

「いや。できればこの町の外でだ。異世界人に都合のいい情報を与えず不利益を知らせずに働かされているというケースもある」

彼はそう言い俺だけに分るよう周囲の人間に視線を走らせた。

 映画の見過ぎじゃね? その目で合図するっての。

 疑ってるってことかい。まあ仕事上疑うのが仕事なのかな。もう役場の人にヘイト溜まってるけど。

 アポなしのアホに至れる尽くせりに妥協を提示したのだが。

 それに、一応こっちはここで暮らして街の人たちをもう信用しているんだけど。

 色々と失礼じゃね?

「別に心配いりませんよ? この辺りの物価とか賃金の事情や雇用形態とかも大体知ってますし、俺の知ってることも出来ることももう大体全部話してますし、そういう問題っぽいのも最初から聞いて省いてますから」

 ちっ、と露骨な舌打ちが聞こえた。

(いや、今のは本気で失礼だろ)

 本気でちょっと今のは在り得ない。彼らがやりたいことを一度突っぱねた位で――立派な事やろうとしてるのは分るけど今のは人間的にも大人的にも信用したくないタイプだと言われても仕方ないぞおっさん。あんたそれでも俺より年上の社会人か? まともな人間のすることじゃないぞ。なんか関わりたくないなあ……。

「……それに長々と説明する必要もないですしねー、ぶっちゃけ俺何も出来ないし、何も知らないんで。この役場で雇って貰って給金貰っての日雇いバイトとボランティア三昧なんですよねー」

 とりあえずで初対面の無能アピールしとく。

 疑ったんだから別に疑ってもいいよね?

 それで大体わかるのだ。

「――なに? そうなのか?」

「何の興味もないオタクでもない高校生だったんでほんと何も出来なかったんですよ……おおざっぱに三か月か四か月前? くらいに来てからもう、ここの人たちにはお世話になりっぱなしなんで」

 その発言に彼らは顔を顰めていた。

 バカと無能と非常識――余程用心深くない限り、自分より明らかに目下な人間に対して人は油断し、優越感から自分をひけらかして本性を露呈するのだが――

 そのうちの一人が、

「後藤さん、彼の言うことを信用しましょう。確かに最近の高校生のようですし――特に目立った能力があるのなら四半期もあればもうとっくに何らかの成果を出している筈ですよ。それから……」

 彼は何かを後藤と呼んだ男に耳打ちする。

 そして彼――まだ名前を知らない人はまるでその辺の石でも眺めるようにこちらを見た。

 口調か? 年上に礼儀を弁えず間延びした若者言葉だったのが気に食わないのかコラ――ワザとだからな? 狙った慇懃無礼みたいなもんだぞ。子供が子供ぶってることくらいまともな大人なら気付くぞ、頭脳は大人じゃないのか?

「……それでも出来れば話を聞きたかったのだが、それもそうか」

 後藤はこちらに向き直る。うん? いったい何を聞いたのだろうか。それもやけにあっさりと引き下がって。

「すまないね、無駄な時間を取らせてしまった――行くぞ」

「ああ、ご丁寧にどうもでーす」

 任意同行はもう要求しないくていいのかと思いながら礼儀知らずな挨拶を返すと、後藤と面々はこちらに一瞥、と踵を返しぞろぞろと役場を出て行こうとした。

 もう終わりか、同郷同士、キリット氏のように積もる故郷の話でもしたくならないのか?

「あーっ! ところで異世界人て言ってたけどどこ出身なんすかー?」

 後藤は振り返る。その仲間たちは若干煩わしそうに半身で捻っているだけで。

「……ああ、私は東京の方だが」

「あ、すごいっすね。俺めちゃめちゃ地方なんで。それで向こうで何してた人なんですか?」

「――すまないが予定を詰めたい――機会があればそのとき話そう」

 眉間にほんの微かな揺れを作り、彼らはそのまま立ち去った。その背中は、文句たらたらに小石でも蹴りながら行くような態度だった。

 まあ、嫌われておくためにわざとそうしたのだが。


「……いったい何だったんだろ。フライトさん、あの人たちの事知ってます?」

「ああ。話だけは聞いたことがある、ここ数年で立ち上がった国直轄の組織で、その活動目標や理念は彼らが話していた通りだよ――私は初めて見たが」

「――初めて見たんですか?」

「ああ」

 とりあえず、本当にある組織らしい。

「そう名乗っていただけじゃなくて――それを証明できるものを提示してはいなかったと思うんですけど、それでも分るんですか?」

 その詩的にフライトはギョッとするが、

「名前を語るということはそれ相応に責任が問われる――国に所属するそれを語り偽る者などいないよ。それは国を敵に回すということだ――まして相手は勇者だからな」

 悪人にそういう常識は通用しないだろう。というかむしろそこを突くと思うんだが。

 消防署のから来ました――とか古い手だが未だ普通にあると思うし、警察や市役所職員の振りをして家の中に入ってというのも多々ある。

 まあそれは別として。

 ただ、あまりいい人には俺には見えなかったわけで。

「……勇者ですか……」

 彼らは、決して自分達でそう名乗っていた訳ではなかったと思うが、それは気のせいだろうか。異世界人とは言っていたが。

 ともあれ何事もなかったわけだが。


「――ボンドさんはいらっしゃいますの!?」

 荒々しく入り口ドアを開けトリエが駆け込んで来た。

 あれからほんの少しして、役場に静けさが戻ったときだった。

 そして俺を見つけるなりほっと溜息を吐いている。ただ事ではない様子だが。

「……何かあったの?」

「いま、黒のコートを来た集団が来ませんでしたの!? そこで何を話されました?!」

「え? ……特に何も?」

 妙に焦った様子だが、実は何か変な集団だったのか?

 その緊張が伝わったのかフライトも何やら目を丸くしているが、

「……どこかに連れていこうとはされませんでしたの?」

「されたけどなんかもういいみたい。俺が無能だってことを話したら用が済んだみたいな? この町でしてたこととかこれからすることを聞かれたけど、無駄足だったみたいな?」

「……そうですか、良かったですわ……」

「なに、なんかそんな危ない連中なの?」

 トリエはふりふりスカートの埃を掃い、乱れた裾を整え息も落ち着かせてから告げてくる。

「――彼らは世界に平等に、平和に技術を広めようとし、その独占を許さずなんでも共有し管理しようとするため、逆に必然的に彼らの元に技術が独占されているのですわ。それも危険な力として公開されないものまで全てですのよ?」

 そんな話聞いていない。役場に唖然と雑然とした空気が流れた。

 ほんの少しの緊張を孕むそれが徐々に部屋を満たしていく中、俺は疑問した。

「……え? 同じ異世界人の保護だけじゃないの?」

 そう聞いている。そう聞いているのだが――もしかしたら騙されかけていたのかと。

 喉元を冷たい感覚が通り過ぎていたのに、気付いていなかったのかと思うと心臓が強張る。

「それは常套句ですわね。保護した後のことまでは何も話していなかったでしょう?」

「……話を聞くだけ的なこと言ってたけど」

「それは危険や不自由を匂わせずに確保するためですわ。連れて行って連盟に参加させてしまえばあとは管理自由ですもの。そして逆に、連盟に参加した異世界人の方々は何をするにも常に連盟に許可を求めなければいけないためむしろそこから動けなくなってしまうんですのよ?」

「ああ、不自由ってそういう」

トリエはなおも険しい表情で言う。

「それもこの世界で発露した特殊能力だけでなく、この世界にはない思想、知識自体が有用ですから、それを確保しておくためほぼ飼い殺しになると聞いております。ですから、もしボンドさんが参加していたら、この町興しや祭りに使用するはずだった多くの物がかすめ取られてしまっていたかもしれません」

 そこでフライト達、役場の面々は絶句した。

「なっ!」

「嘘でしょう!?」

「もしそうなってたら……っ!」

 お祭りまで残り一ヶ月を切っているのだ、もしこれまで作り上げたものが今ここで取り上げられていたら代案も代用品も用意できなかったに違いない。ここまで掛った開発費と諸経費が飛んでしまうだけだ。財政破綻までの時計の針が確実に10~、9~、8~、のリズムから一気に7654321っ!とまで逝っていただろう。

 ぞっとする。

「……あいつら何、悪の組織とか詐欺集団的な何かだったわけ?」

「思想や理念の正しさが結果に繋がっているとは限りませんわ。それに元々それ自体が建て前ということもありますし、異世界人も我々も、一枚岩でもないですのよ……」

 そういえば、勇者として召喚されたでもない稀人も居るのか。稀人は自分の石でも世界の意思でもなく偶然きたのだから悪人も居ることだろう。

「……ここまで来てそうなってたらシャレにならなかったね」

「ええ。まあもっとも、使っていたのは全てこの世界の技術と知識ですので、何ら問題にはされなかったでしょうけど、おそらくボンドさんの謙遜と過小評価癖が功を奏したのですわね」

「え? 何その断定……」

「あら。違いますの?」

「――違わないかな?」

 ため息を吐く。

「でもなんでこのタイミングで……」

「それはいつぞやの、ウインキさんの所為で街中が騒ぎになったときですわね、ここに勇者が居るとかなんとか、余所から来た人の耳に入ってしまったんでしょう」

「……やっぱりそれか」

 うん、まあ、自分でも何となく当たりは付けていたけど、他人の口から聞くと逃げ場がなくなるな。

「とりあえず、彼らがまた来たときの対応を厳密にしておいたほうがいいですわよ?」

「ああ。そうだな」

 フライトは頷き、早速と役場の人間に声を掛けて指示を出していく。

「特にボンドさんは、これからはなるべく町の外で一人歩きはなさらない方がいいかもしれません」

「マジかよ……芋作りの素材集めにしばらく行かない方がいいのか……」

「ええ。でもご安心ください。売りに出す物はもう用意できていますし、あくまで町の外ですから」

「そういえばそっか……まあ、いっか」

 そのまま時間が過ぎていく。

 祭りの準備をして、便利屋の仕事をして。

 このまま何事もなく終わっていくと思っていたのだが。

 そうは行かなかった。病気は常に見えない部分で進行していくのだ。そしてそれに気付いた時にはもう手遅れで。

 

 それは祭りまで残り二週間という時に判明した。

 

 周囲の町で、同じ様に、魔法の食材が売りに出されようとしていたのだ。

 まるで、この町を押しつぶすように。

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