29話「積もる疑問、そこにある思い出」
座卓を挟み、意見を交換する。
「やはり、シンプルに具材を変えてみるべきでしょうか」
「調味料の比率を変えるのは、それからだよねえ」
「はい。でないと意味がありませんから。ただ、肉じゃがを肉じゃがのまま、質を変えるとなると、大筋は変えられないのではないかと」
「うーんそうなんだよなあ。豚肉を牛肉か鶏肉か――小間肉かひき肉かブロックにするか――とか」
屋台の芋料理、それは肉じゃがに決まったのだが『最近ただでさえ芋料理ばかりだったのに、これからは更に肉じゃがだらけの肉じゃがだけになるのか』とミナカ様に大変ありがたい苦情を頂いたのだ。
なので研究手法を卓上の理論実験に変えたのである。
が、それは一冊の雑記帳を二人で使ってするため、
「では、角煮はどうでしょうか……」
「なにそれ美味そう」
向かい合って、身を乗り出すため顔がよく見える。見てしまう。
筆を持つ綺麗な手先も、ふわりと香る彼女の匂いも――それが命さんではなく彼女であることを意識してしまう。
つい、じっと見てしまう。
そうじゃないのに、幻視しそうになるそれを慌てて逸らす。
「――あ、でも主役が芋じゃなく肉になる、か……?」
「……そうかもしれません、ね」
意味もなく見ていた――眼が合って、彼女はそれに気づいた。
仮面の下で、瞬きをしている。
「うーん、芋を主役に添えるなら……いっそジャガイモに限らず数種類の芋をまぜて芋を楽しむ肉じゃがとか」
「ああ、いいですね? 食べ甲斐も物珍しくもありそうです」
二人してピンときたので候補に入れる。と、レシピに概要と構想を書き込む。
ジャガイモ、サトイモ、サツマイモ、山芋、タロイモ、と、書いて、使えそうな材料、そして調理工程をおおざっぱにイメージし、メモに入れる。
のだが、反対側にいる彼女には見にくい。
「すみません、そちらに行っても構いませんか?」
「ああうん、そうだね」
肩が触れ合うくらいの距離になる。
どうしても意識して緊張してしまう。女の子としてではなく、彼女として。
「……大体、調理手順自体は変わらなそうだけど……材料の芋の皮むきと面取りがえらいことになりそうだな」
「山芋は無理に入れる必要はないのではないでしょうか」
「うーん、あえてこだわるなら、擦って纏めて揚げれば入れられないことはないと思うけど」
「
豆腐や繋ぎ、多種の具材を混ぜて団子にして揚げる、和食の一つだ。揚げたそのままでも、出汁に浮かべても、餡かけにしてもいい。
だがそれに限らず、彼女の言いたいことは、
「……ああ、芋同士の風味が喧嘩しそう、か? 特にさつま芋、相当な甘みが出る」
「最初に入れて、砂糖を入れなければ調整できるかもしれませんけど」
だろうが、他も存外、芋は味こそ薄いが風味は強く芋同士は喧嘩し合う。
「――炊き合わせ風にしてはどうでしょうか」
別々の鍋で似て最後に皿で合わせるものだ。
「……出来る、けどが手間がかかるし、屋台で盛り合わせるとなると……出すまでに時間が掛る、かな? 二人でやるのは厳しいかなあ……料理としてはいい感じだと思ったんだけど」
「……やはり、難しい物ですね」
「こうしてレシピを考えてるだけだと――おいしい気分になるし面白いんだけどなあ?」
「――そうですね?」
プロならともかく素人二人。どうしても無駄な思索が多くなる。
それは、料理だけでなく。
生まれ変わりの同一人物だけど別人――という複雑な相手に、たまにどういう顔をしていいのか分らなくなる。
「……先程から、どうかなさいましたか?」
「うん? ……んー、うーん……ちょっとだけ、内緒にさせて?」
「……分りました。でも、無理にお話しにならないでください。話さなくても結構です」
「申し訳ないです」
「いえ」
「……ただ、贅沢を言わせてもらえるなら」
「はい」
「……お祭りが終わった後も、また何か一緒に、やらせてくれる?」
「……はい。喜んで」
「ありがと」
「いえ。私も、嬉しいですから」
静かに夜が更けていく。
そして、俺は神様に呼び出された場所へと向かった。
「……なんで風呂なんですか?」
「命に聞かれる心配がないからの。少なくともお主が入っておる風呂を、覗きも突撃もせんじゃろ」
「そう言われればそうですけど……」
また神様の露天風呂に浸かって辟易とする。一緒に露店の岩棚の湯に浸かっているわけだが。
神様にとっては雄か雌かなんて些末な問題ということだ。こちらとしては見た目幼女で性別の無い世界であるが常識と倫理の壁がそうとは思わせてくれない。
しかしまあ、そういう性癖持ちではないのでやはりただの子供だ。それも一人で風呂に入れない。そんなものに気恥ずかしいわけでも興味がある訳でもない。
「して、何を見て来た?」
俺は昨夜見たものを思い出す。その内容には心臓に鈍い痛みを覚えるものだが。
話した、向こうの世界で命を絶とうとしたこと、俺が気を病むだろうと最後に考えていたこと。後付けの両想いだったということは伏せ、掻い摘んでだが話せることを全て話した。
その中で最も重要なことは、
「……気付かないふりをしている、何も変わっていない」
「……ふむ」
他にも、本当の彼女の苦しみ、弱さ、姿、そういったものを見つけてほしいということも。
「あと、終わらない夢を見ようとしている、たった一つの夢を――って。それはやりたいことを見つけた、ということだと思うんですけど」
それはたぶん、向こうの世界になくて、この世界にあるものだと思う。
ぱっと思い当たるのは、いましている街興しの所為か【魔法】が思い浮かぶのだが。
それは、向こうで出来なかったこと、足らなかったことを埋めるものではない。本当に欲しいもの、満たされない欲求はあちら側にある。
しかし、
「向こうで――命さんの前世は、何も感じない、何も分らない、何も見つからない、みたいなことを言っていましたので」
「そうか……それはどうしてかは?」
「軽く聞いただけですけど……多分、両親がなにもかも決めていたからじゃないかと」
彼女の親に対して言いたくないけど、毒親、真面目系クズ、という単語が思い浮かぶ。
いわく、両親が好きな物を好きにならなければいけなかった。両親が子供の頃やりたかったことをすべてやらされた。自分達の人生の責任と希望を子供にすべて押し付けて叶えようとしていた。そろばん、書道、ピアノ、華道、日本舞踊、水泳、英会話教室――才能があろうとなかろうと、本人に欲求があろうとなかろうと、頭と体に詰め込めるだけ詰め込んで――
その時点で既にパンクしていたのではないのか。もしかしたらそれを防ぐために心の五感を閉じねばならなかったのではないのか。
「だから、ああ、それじゃあ自分の心なんていらない――って、手放して」
「……なんと……そこまでとはのう……」
今思い出すだけでも胸糞が悪い――与えられるものはすべて両親の趣味嗜好で、殴る怒鳴るは当たり前で、言う通りにしなければ真夜中に家の外に放り出されて締め出されたこともあっ
たなんて。だとしたら――どうしてそんな両親に従っていたのか。親がその人生で抱えた鬱屈を理想に昇華して――それを実現させられるために生きさせられる。
そりゃ、自分の人生としてやる気がなくなると思う。
生きていても意味はない――死んでもいい、と思うくらいに。
普通は、そこで反抗期やら不良になるのだろうけど、心が優しくて正しくて人に迷惑を掛けたくない、いい子にそれは出来ないのだ。
「まあそれはともかく、命さんが、転生者だっていうなら、魂の消滅を免れるためにここに来たっていうなら、やることは一つだと思うんですよね」
「んん? ――ふふふ、それもそうじゃの、そう考えるとしようか」
「それで――何か思い当たることはありませんか? 命さんが、この世界でやりたい事」
「ふむ……小さい頃はあれでやんちゃな子じゃったのじゃが――割と聞いたことが無いの」
「――そうなんですか?」
「うむ。儂と一緒に遊んで、手習いを教えて、巫女としての仕事を覚えて、と、流れるままに穏やかな日々に満足しておるようじゃったからの。他にも道は選べたのじゃが――まあそういう普通の幸せもあるからの、儂としてはもっと赴くままに生きればよいと思うのじゃが……」
親元で安全に暮らさせたい、と、巣立たせて自由に。
ある意味、消えない問題であるが。
「なんだ、そうですか……あーよかったぁ……」
「んん? ふっ、自分がヒーローにはなりたくないのか?」
「いらないですよ、ヒーローなんて人が苦しんでるときにしか現れないじゃないですか」
それは現行で彼女が地獄に居るということだ。
「それもそうじゃの。では、もし命にお主とつがいになりたいと言われたら、残ってくれるのか?」
「はあ?! いや、それは……」
両親の俺への
「……考えちゃいますね」
「うむ、素直でよろしい……ちなみに胸と尻はまだ成長しとるぞ?」
「やめろ。親が」
「ただでさえ美人じゃしの、普通に器量もあるよい女じゃぞ? このままここで暮らしとったら前世など関係なくいずれは絆されるのではないか?」
「……うおお、リアルに想像できる、やべえ……」
そういえばただのそっくりさんの狐仮面さんだと思っていた時点でも普通に和んでたしな。
むしろ、前世がどうとかいうのが分ったせいで余計にブレーキ掛けてるだけだし。お世話になってるからそういう邪な眼で見ちゃいけないとか普通に思ってたけど。
命さんを命さんとして見なくちゃいけない――
でも、もう既に見た上で、十分普通に魅力的な女の子だったんだよな。恋ではないけどそれに似た好意がある。
「男は女に女であること以上に家庭を求めるからの、居候で同棲で、まあその実績を積み上げていたとそういう――」
「やめなさい。勘違いさせるつもりですか」
「そこは恋をさせるつもりというべきじゃの」
「……そういうのはまだ恥ずかしいんで」
「純情か。まあ婿入りになるから宮司としての仕事を覚えて貰う事になる、そこは覚えておくのじゃぞ?」
「え? 嫁に貰うの禁止で?」
「子を手放したくないのはどこの親も一緒じゃ」
「うわー」
……いずれ、この街興しが終わったら、帰らなければならなくなる。
そういえば、キリット氏――古畑正和の話では、行くも残るもどちらか選べたそうだが。
どちらにせよ、この祭りが上手く行けばそこで、この時間に対する結論を出すことになるのか?
そうなったとき俺は――何を選ぶのだろうか。
思ったより、時間は残ってい無さそうである。
その覚悟を、どちらかを、決めておかなければならないのだろうか?
そして現状、彼女はこの世界の生活に満足している。
そこに【気付かないふり】が在るとしたら……。
不吉の予感がしてならない。
何か見落としていないだろうか。
彼女は本当にやりたいことがなかったのか。
彼女の本当の苦しみは、弱さは、姿は……。
夢を見つけること、それを叶えることなのだろうか……
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