閑話「ツマラナイ男の、つまらない話」
自分に出来ることをやる。
自分に出来ないことはやらない。
自分の面倒は自分で見る。
人の面倒には手を出すな、それは人の仕事だ。
それが俺のオヤジから口煩く言い聞かされたことだ。子供を独り立ちさせたい。他人に迷惑を掛けさせない、自分に迷惑を掛けさせない。そんないい子に俺を育てようとした。
――他人の手助けをしない。
善い人に成れってんじゃない。出来が悪い奴は居るだけで人の迷惑だから無理せず縮こまって無難に生きろってことだ。
今なら分る、何も間違っていない。何も間違えていない。
自分の面倒さえ見切れない奴が人の手助けなんてしても迷惑なだけだ。
だから誰も頼りにしないように――だけど、他人からは必要とされるように。
迷惑を掛けなければいい、悪い事さえしなければなにをしてもいい。それが外さない生き方だ。
酒は外れない。
世の中がどんなに荒れても栄えても決して廃れることは無い。必ず需要がある。必ず必要とされる。必ず飲みたがる。どれだけ税が上がっても、どれだけ貧乏になっても、どれだけ裕福になっても、どれだけ偉くなっても、どれだけ落ちぶれても、どんな人間でも必ず酒だけは必要とされる。
どんなに嫌われても、どんなに蔑まれても、どんなに味が分らなくとも、本当は必要じゃなくとも必ず求められる。
酒には人間のどうしようもないところが全部詰まっている。だから求められる、だから忘れられない、だから絶対否定しきれない。美味い不味いかよりも酔える酔えないの方が重要だ。
――美味いに越したことはないが。
だがそのおかげで、安酒でも宝石が買える様な酒ほどに必ず売れる。売れ残ろうと、しっかり地下蔵と樽の中で寝かせておけば売れるまで悪くならない。外れが無い。
酒屋はいい商売だ。どんな田舎でもどんな都会でもやっていける。
だから余計なことをする必要なんてない。売り筋と買い筋を押さえて適度な値段、適度な味、それだけでいい。あとは置いてある酒に合うつまみを並べておけば文句ない。
それなのに、どうして――
息子は町興しの一陣で、この店を酒蔵に変えようと――
この町にも酒造所を置こうと、自分の酒を造ろうと出て行ってしまった。
帰って来なかった。修行だ修行だ勉強だと言っていたがその酒で身を持ち崩して頭がおかしくなっちまった。
それも、騙されて――信用していた樽職人やら蔵大工に、ここに立てるはずだったそれを、全く別の場所に、別の人、別の職人の名義にされていて。
費用や支度金を全部利用され奪い取られた。そのショックで。
――俺たちが全部やっとくから、お前はそれまでの間抜かりなく修行してくれ。
勤勉さを利用され、優しい言葉、甘い言葉に騙されて、書面をすべて他人に任せるなんてバカをやらかしちまった。
商売をするなら、物を作ればいいんじゃねえ、物を学ばなくちゃならねえ。職人だって商売なんだ、馬鹿の一つ覚えで好きな物を好きなようにするつもりで夢みてえなことを考えてるわけじゃねえのに。
あの、バカが。
――いい酒を造るにはいい水じゃなきゃならない。
――本当にいい酒を造って親父の店に安く下した方が絶対助かる。
――ここよりいい水や土地があるのか?
夢なんて見る必要なかった。そんなたわごとに騙されて。
地道に、毎日変わらない努力をするべきだった。
毎日、明日の事だけ考えてればよかった。
遠い未来の目標なんて必要ない。
今日喰う飯と、酒と、つまみと、仕事と家族の面倒だけ考えればいい。
変わったことなんてする必要はない。なかったんだ。
それなのに――
宿場として人が来なくなろうと、そのまま小さな町としてそこにある物と居る人間だけで暮らして行ければよかったんだ、そうすることも出来たはず、贅沢なんていらない。それ以前の農村としてやっていけた頃の生活を皆がすれば飯を食えなくなることもない。
誰も居なくなることなんてなかったんだ。
毎日忙しく生きる必要なんてない。あくせく働かず、人と比べず、緩やかに、流行り物なんて関係なしに、廃りなんて知らずとも。そこにいる皆で協力していけばそれだけでやっていけたはずだ。
これから貧しくなろうと静かに終わろうと、それなら満足に死ねた筈だ。
人生は何を叶えるかじゃない、どう生きて、誰に看取られたかで十分だ。
こんなに寂しい気持ちにならずに済んだ。こんなに侘しい気にならずに済んだ。こんなに胸を掻き毟る苛立ちに煩わされずに済んだ。恨みに喉を焦がさず酒を飲んでいられた。
夢なんて見なければ。見させられなければ。
だから何も変わらなければいい。
だから街興しなんて俺は元から反対だったんだ。
絶対に何もやるべきじゃない。
普通の人間が何かが変わるだなんて思う事の方が間違いなんだ。
何が前に進むだ。何が残るだ。何が何も残らないだ。
素人が。ただの人間に毛が生えただけの若造が。
金もろくに稼げねえ仕事で人の役に立ったつもりで、偉そうに取り仕切りやがって。
だったらてめえでなんでもやればいい。人の力なんか借りずに全部てめえ一人でやって全部てめえ一人で責任抱え込んで他人に迷惑なんかかけるんじゃねえ! 一人前になってから人助けをしやがれ!
何が待ってますだ。てめえから死ねばいい。
全部失敗して、全員に失望されて全員に恨まれて首を吊ればいい。
なんで皆唆されているのが分らないんだ。
あんな無駄な事ばかりしている余所から来た道楽者に――
全部勇者の所為だ。
そうだ、なんで気づかなかった。全部勇者の所為だ。
余所から来た勇者の所為でこの町はダメになった。勇者だろうと故郷が懐かしかろうとこの世界で暮らしていくならこの世界のものに従うべきだった。
あの若造と同じだ。余所から来た余所モンが全部引っ掻き回してダメにする。
この町がダメになったのも。これからまたダメになろうとしてるのも。
そうだ、勇者なんて居なければ――
そういや、あいつはなんで、神社なんかで暮らしてやがる。
そういえば、領主が来た次の日、あいつは来た。
いや――いつ、この街に入った? こんな人通りだ。街道でも鉄道でも外から人が来ればわかる。町の人間かそうでないかなんて必ず分る。代わり映えのしない人の減った町だ、誰かしらが目に留める。
それが話題に出ないはずがない。
あいつはいつからこの街にいた?
領主の馬車にあいつが居たのか? ガストの馬車に? いなかったはずだろ?
まさか――
ああ、ああ……。
そういうことか。
他人に優しくする必要なんてない。
他人の問題は他人が解決する。
自分の問題は自分で解決する。
だから優しさなんていらない、善い人間になる必要なんてない、自分の面倒さえ見れればいいそれだけで他人は助かる。それが出来れば生きていける。
全員が全員、自分一人の面倒さえちゃんと見ればそれだけで誰も迷惑にはならない。最悪自分ひとり生きていけばいい。力さえあればいい。進んで他人の役に立つ必要なんてない。必要とされる人間であれば自然と役に立つ。何の問題もない。
何の問題もない。
そうオヤジが言っていた。
ああ分るよ、その通りだ。
だからなあ、なにもしてくれるなよ。なあ――
クソ勇者。
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