22話「アリとキリギリス」

 それは自然に目指せていたはずだった。

 ほんの一日二日前まで、普通にみんなが皆で祭りに携わろうとしていた。

 それがちょっと『安心出来る』と思ってしまったのだろう。本当ありもしない保証が見えたように見えて、不安や期待に煽られて……。

 やる気を失くした他力本願。適材適所に見える責任放棄。

 自助努力を捨てていることに気づかないのか?

「……なんだ。結局はてめえの責任逃れじゃねえか! てめえでてめえの一番大事なとこだけは守って人に苦労を押し付ける気じゃねえか!」

 いや、この人はとりあえずもう俺の所為にしときたいんだろうな。

 でもそんなに俺は本当に何もしていないように見えるか。遠くから眺めて何の責任も負わずにいるように見えるのか?

 事実も現実も関係ないのか、彼は自分の思う通りに事を運びたいだけだ。確かに、助ける価値なんてないように思える。でも、他の人たちは――

 彼の剣幕に反応し、今まで堪えていた命さんが俺の前に出ようとした。

 それを俺は制した。

 何故なら、それまで彼に同意していた町の住民が、

「ウインキさん、あんた……」

「……ボンドくんの言うことがそう聞こえましたか?」

 彼に失意を向けていた。

「それ以外どう聞こえたっていうんだよ!」

「……違うでしょう」

「彼、この街に来てからずっと私たちの為に忙しく動き回ってたじゃない」

「苦労してたわねえ。毎日同じことをしている私たちと違って、何もかも慣れなかったでしょうに」

「ただ店番言われたことをしてるだけじゃなくて。客が来ない時は店中きれいに掃除してくれたし」

「私たちが出来ない、一番面倒で大変なことをいままで彼の役回りにしてしまっていたでしょう?」

「今日だってお祭りに使う材料を集めに近くの霧の森に行ってたんでしょう?」

「え? ええ、そうですね」

「やだ、そんなあぶないことしてたの? 危険じゃない――」

「そういうのを自然に――適材適所だって誰も止めなかったけど、一言も嫌がらずにやってくれたじゃない」

 あれ、そうだったか? やるしかないからやっていただけだが普通は違うのか? むしろ責任が重大だから気張っていただけだが。

 ウインキは徐々に徐々に自分の味方が、流れが裏返っていくその様を見て、羽交い絞めされながらも不快に歯軋りをした。

「なんなんだよ……何なんだよてめえらは!」

激昂して一気呵成に捲し立てていく。

「……こいつは自分で自分は何も出来ねえって言っただろうが! それでも仕事に手を出すなんて無責任だろうが! いつまでも自立しねえでいつまでも世話になって甘えてんじゃねえかよ! そのてめえの給料だれが払ってんだ! 金にならねえ仕事して金貰ってんじゃねえ!てめえこそ何も出来ねえ癖に――野垂れ死ねってんだ!」

「あんたねえいい加減に――」

「努力で何が返ってくるっていうんだよ! それでなんでも成るってんなら返せよ……俺の家族や他の奴らの出て行った家族もみんなそいつのそのいつかどうにかなる努力って奴で返してみろよ! そら! どうにかして見せやがれ! 努力すりゃあ何とかなんにでもなるんだろう?!」

 その叫びに一同は押し黙った。

 ウインキに失望や絶望したと言う訳ではない。ここにいるこの町の住民なら誰もがそれを経験しているのかも知れなかった。

 運よく街の外に出ず、ここで家族全員が生活を営んでいるのでなければ。

 俺は異世界に来てまだ帰れないが、家族が居ないという点では同じだ。もしこのまま帰れなかったら多分俺の両親はこんな顔をするのかもしれない。

 だからその気持ちはわからないでもないのだが、

「……出来ませんよ、そんなこと。少なくとも今は」

 現実的に無理な話だ。出稼ぎに行っている人間も、修行に出ている人間も、帰って来ない人間も、それ相応の理由があって帰って来ないのである。

 一朝一夕にそんな彼らを帰すことは出来ない。ウインキは鼻高らかに嘲笑おうとしている。

 ただ、それはこのまま何もしないでいればの話だ。

「――それでもまあ、考えてればいつかそんな方法が思いついてどうにか出来るかもしれませんが」

「じゃあ出来るんだな? いつか必ずできるんだな?」

 我武者羅にウインキは噛み付いてくる。が、

「そうとは限りませんね」

「それがてめえの無責任で向こう見ずのご都合主義じゃなくてなんだってんだよ!」

「ただの努力ですよね? ……実るか、無駄になるかもわからない。バカを見るかもしれないことですよね?」

「だからっ!」

 怒気が爆発寸前まで膨れ上がる。

 が、無視させて貰う。そんなこと当たり前じゃないか。

「……俺は、平凡です。いえ、正直それより大分悪いでしょう、なにせ努力してようやく普通なんですから」

 挫折も、諦観も、羨望も、人並みにある。その中で。

 みんな努力してるから努力してようやく普通で、努力なしに普通で居られるのなんてのが一種の異常で、それなしだとただ上か下かに普通に振り分けられる。

 努力するから人は普通で居られる。それが出来なくなったら終わりだろ。

 みんな普通か、それ以上か、そしてそれ以下――

 その中でどれだけの人間が成功を掴めるのか。皆自身と同等かそれ以上で、対峙したものが、それ以下のときのみ何かを掴める。

 なんでも掴めるのは一握りの上辺のみで、下に行けば行くほどその割合は減る。普通は半々、それ以下は大体何も掴めない。

 多くの人間が普通に位置する。俺は努力してそこに居る――つまり半分は実力で何かが掴める。

 残りの半分は、外的要因だ。スポーツや受験や仕事、なんでも自分の努力以上に、それ以外の要素に結果が左右される。相手のポカや周りのそれで成功が転がり込んでくる。俺の成功の半分はこれが関わっている。

 どれだけ気を付けていても事故は起こる時起こる。だからこそその逆に、

「――だからよく思うんですよ、何かが成功した時は、運が良かったんだって。あとは、力を貸してくれた人たちに感謝ですね」

 でも、だ。

「……でも、それは努力で引き寄せるものだと思います。何もしていない人の所には、何も、誰も来ないでしょう?」

 そればかりは運や人を頼りに出来ない。というより、そういうものも実力のうちだと思うのだ。

 いわゆる運も実力のうち――

 解釈にもよるが、俺は運は内的要因と外的要因に分けられると思っている。

 内的要因が自分の中にある実力で、外的要因が自分の外側から来る縁だ。これも事故やその他と同じだ。

 自動車の運転が優れていればその確率は減る、周りの人間が飛び出しでも居眠りでもして事故を運んでこなければそうなることはない。運転は努力で危険が減らせる。外側にあるそれも、極端な話、周りに注意を促す運動でもしていたらどうだろうか? それで事故が減れば、その運の良さは引き寄せられたものではないのだろうか?

 ある意味これは実力だろう。例えば隕石が落ちてくる――それを防ぐ技術があれば――途方もない話だけどこれも実力だ、科学が進めば出来るかもしれない。

 そんなもんだろう。

 それでも人には割り振られた様な限界があるから上手くいかないだけで。諦めざるを得ないだけで。

 だから出来るだけ無茶は打ちたくないし出来ないことはしたくない、人に迷惑が掛かるから。極力そういうことをやるときは一人でやる。一人で済むときはだ。逆にこういう皆でやらざるを得ないことはそれこそ皆に頼りまくって参加させるに決まってる。決してこんなこと言えないが。

 そうして、運も実力も何もかも、努力で引き寄せるものでしかないから。

「だから努力し続けます。どれだけ分が悪くともまずそれをしないと話にならないし、何も起こらないから。だから、今出来る努力をしなくていい理由にはならないと思うんですよ」

「無駄になるって言ってんだろうが!」

「じゃああなたは、そこで、何もかもやる気をなくしてなにもやらなくなるような生き方をしてしまうんですか?」

「……っ」

「……しないでしょう?」

 努力は人を裏切らない――まあ、皮肉なんだけど。ここで言葉に詰まった彼にはそれが出来ない、本当に努力を捨てられる人間ではないと思うのだ。

 だから、何もしないと言う訳ではないだろう。だからといって努力を好む人間でもない、必要最低限、最小限の事のみ。

 そして閃きや機会が向こうから来るのをただ待っているのだろう。確実な漁夫の利にだけ乗っかろうとするタイプか。

「……それでも出来ないことは出来ませんよ? でもまあ、あなたの言う家族を返せっていうのも、死んでない限りは出来るかもしれませんね。この街がいい街になるとか、向こうに何かしらの理由が起きて、もしくは、こちらで来てもらうよう努力して。もちろん実力不足で出来ないかもしれませんけど……どうなんですか? ウインキさん」

 彼に尋ねる。それをするとは決めていないし俺がするとも思っていないが。単に口喧嘩で無理難題や極論を吹っ掛けてる、と言う訳ではなさそうなので聞く。

 そこで羽交い絞めから解放された彼は、

「……知らねえよ……!」

「どういうことですか?」

 しかしそれ以上目の敵である俺には口を開きたくないのか、口を開こうとしない。

「――連絡が来ないんですよ」


 静かに足音が響いた先、皆がそちらを向いた。

「……町長」

「すまないね、君の事で役場に大勢が押しかけてきて対応していたんだが、遅れてしまった」

 いったいどう対応したのか気になるところだが、

「……まあそんなことより」

「ああ。……彼には息子が居て、音信不通なんだ。酒造の修行に出た後、その途中で開業資金を騙し取られたという手紙が送られて、彼が会いに行ったんだけど酒浸りだったということまでは分って、でもその後行方が――」

「……お前たちの所為だ」

 胡乱な目で睨め上げてくる。

「お前たち、バカが、余計なことをしなければ……あんな頭がおかしくなったような手紙をよこして……」

「ウインキ、だからってこれから人のすることまで邪魔する必要はないだろう……お前が祭りに参加しないなら、それだけで何の意味も関わりもなくなるだろう?」

「関わりが無いわけあるか! 街全体でやるんだぞ!? 失敗したらどうなるんだ今度は俺らの生活まで壊すつもりか! また――お前たちがしたことでっ!」

「……なら、探したのか?」

「……なに?」

「お前は、あれからお前の息子を探したのか?」

「そんなこと出来るわけえねえだろ! 店も今いる他の家族も放り出して」

「それだよ」

「なにがだ!?」

「おまえは自分に出来ることしかしようとしない。出来ないかもしれないことには絶対手を出さない……たとえ息子の事でもだ。人に頼もうとも、頼ろうともしない」

「そんなもん――おめえらだって何もしようとしなかっただろうが!」

「おまえはそうやって、誰かが無償で何かしてくれるのを待っているだけだ。自分に出来ることはする、出来ないことはしない――人に迷惑を掛けないと言いながら、常に誰かに何かをやらせようとする。まるで善意はあって当たり前、自分はそれを受け取るのも当たり前というようにな」

 まるで優しい親に育てられた子供――

「それは――それはこいつだろうが!」

彼は俺を憤激に唾を飛ばしながら眼で射抜いた。

「こいつは今、自分には出来ないことを人に何から何まで任せてやらせようとしてるじゃねえか!」

「違うなあ……ウインキ、彼は誰かが何かしてくれるのを待っていない。最初から、自分でなんでもやろうとした。決して私たちの世話にはなろうとしなかった。甘んじてどうしようもなくそれを受け入れていても、そこで最大限、自分から人の役に立とうとしていた。何もしたことが無かろうと、何も出来なかろうと――誰かの為に、何かの為に、自分の為であろうと、そこで人任せにしようとはしていなかった」

「そ、そうですか?」

 そう疑問すると、そこに居るほとんどの人が、可笑しげに笑った。

 自分でも疑問なのだが。半分はほぼ保身の為だったと思う。確かに、人に迷惑を掛けないとか自分で働いて生活したいとか思っていたが。結構なし崩しでそれしかなかったからという状況の様な。

 だから正直、ウインキの指摘したそれには耳の痛さに目を逸らしたかった。俺が出来るのなら何から何まで指示を出すし体も動かすのだが……。

 どうもウインキと言う人間を、俺は嫌い切れない。

 どう考えても、よく分ってない俺が祭りの作業を構築する作業に入ると、指示から作業から何から何もまでテンポが遅れることも目に見えているわけで。やるにしても脇で指示を出されて、下っ端から仕事の繋ぎや流れを覚えるところからになるとも思う。

 だから、今の俺が最大限活動できる、街の中で一番、錬金術の素材集め――に、割り振られたと分るのだが。

 彼が言っていることは無理難題に見えるけど――実際には、出来たらやりたい事なんだよな。

 責任なんて持てるなら持った方が楽だ。運任せの人任せにするより遥かにその方が確実でその上自分の都合のいいように事態を回せる。その方が下っ端で動くよりより自由に出来るだろう。

 俺には今色々な物が足りないからやれと言われてもやりたくないけど――というのは非常に遺憾ながら彼の指し示す方向と同じなのだ。

 彼の人間性や意図――こちらをこき下ろして吐き捨てるように使い潰そうとするそれが見えていたからやりたくないし嫌だったけど。なんかその辺複雑である。

「なあ、ウインキ……」

 町長、フライトは疲れ切った声を風に滲ませ言う。

「お前こそ、何もしないでくれないか」

「……なんだと」

「お前こそ、邪魔なんだ。こうやって、何かある度、何かやろうとする度、それに文句だけつけては何もしようとしない……正直、もう迷惑なんだよ……」

「……俺の言ってる事が何か間違ってるっていうのか」

「……いいや。間違っていないよ。間違っていないから――お前はお前の言葉に従うべきだって言ってるんだ。お前のことは今誰も必要としていないから、頼むよ……」

 ウインキは、何かに憑りつかれた様に辺りを見回す。そこに居たはずの、彼の後ろからついて来た者たちは全て目を逸らしていた。

「……そうやって人を盾にするのか? 自分たちは言いたいことを誰かが言うのを待っているくせに、俺を、俺だけが悪いっていうのか」

「違う。ウインキ、お前は」

「俺は何も間違ったことはしてないだろう!?」


 ――してるじゃない、今


「――誰だ! 目を合わせて言いやがれ!」

 誰も何も言わない。

 どっちもどっちだと思う。

 ――助ける価値が無い。

 そう言ったのは夢の中の彼女だったが。それは彼一人の事ではなく、こういうことだったのだろうか。

 こんなことをしていても前に進まない。非常に無駄な時間を過ごしているのに。

 このままではきっと街は真っ二つだ。

 きっとこのお祭りが成功しても殺伐とした雰囲気しか残らない。そんな町を誰が喜ぶのか。誰も彼もがこの諍いの事を忘れないだろう。

 仕方ない。俺はこんなことがしたいんじゃない。

 誰かを糾弾して、誰かに責任を押し付けて、それでことを収めようなんて。

 自分でなければいいとは思わない。

 俺は三回柏手を叩いた。その音に一触即発の空気が振り向く。

 深呼吸する。

 覚悟を決めて、言う。

「……あー、皆さん、聞いてください」

 OK?

「俺、勇者です」


 命さんも、ミーナさんも、町長も、目を丸くし唖然としていた。

 その他大勢の町の皆さんについては、大体同じだ。まあそんな藪から棒に暴露されれば驚くだろうが。

「――ええ、もちろん冗談ですよ。皆さんに話を聞いてもらうために言いました。後悔はしてませんつまらないことを言ってすいません」

 拍子抜けかも知れない、いや、俺もさすがにこの雰囲気の中で自分が追い込まれるようなことは言わないよ。

 それでも確実に気付く人は気づくと思うんだけどさ。

「でももう一度聞いてください。――俺、勇者です。今度は本当です、冗談でも何でもありません、俺は本当に勇者です。……もしそうだとしたら、本当に責任をすべて俺が担うべきなんでしょうか?」

 ……ああうん、何人かは、これが嘘じゃないことに気づいてるな。

 でも止めないよ。そういう例え話だと思ってくれればそれでいいし、でもここで本物だと思ってくれても構わないし。

 ちゃんと話を聞けていれば、これはそういう話じゃないんだから。

「じゃあ、仮に俺が勇者じゃないとしましょう。そうでない場合――俺に何の責任も仕事もありませんか?」

 言いたいことが分ってくれるだろうか?

 ざわめきがさざ波のように引いていく。

「これは誰でも同じです。仮に俺が勇者だとしてもそうじゃないとしても、この問題はこの街の問題です。ここにいる全員が背負っている物でしょう? 例えばこのお祭りでやることは誰でもなにも変わらないでしょう? 料理人は料理を作るし農家はイモを作るし役場の人は書類整理やら橋渡しやらなんやら、商人さんは商品を仕入れて商売をして――それって別の誰かに責任を押し付けてれば誰かがやってくれることなんですか? 自分の仕事を?」

 見当違いも甚だしい。責任を押しつければ上手く行くと思っているのは自分では何もしないのにおこぼれを強請る甘ったれだけだ。嫌いなんだよね。

「でも、とどのところつまり、結局、誰が何を出来るか出来ないかのか、本当に大丈夫なのかとかそういう不安の話になるんですよね?」

 その通りだ、と言いたげにこちらを見てくるが、やめろ。そんなもん解決できるわけないだろう。不安にならない人なんていないのに、普通は耐えられるのにどうしてこんなときだけ逃げるのかね。不安を感じるから危機感を持てるのに。それは正常な感覚だ。いつでも安心なんていう方が不健全だろ。

 やったら終わりの捕らぬ狸の皮算用だ。終わらない破滅の螺旋構造というか不安×不安×不安だ。無責任×無責任×無責任かもしれない。どれだって同じだが。

 不安は数え出したら終わらない。気づいたら気づきっぱなしでどんどん増えていく。目に見えない問題なんて気にしたらだめだ。

 だから話を返させてもらう。

「……じゃあ、そもそも勇者だとか責任だとか、出来る出来ない言うなら――まず結果を見せてくれませんか?」

「結果?」

「そうです、結果です。なにかをして、上手く行かなかったって結果です。問題を追及するっていうんだったらまずそれでしょう?」

 証拠ね。

「そんなの……まだ準備中で……」

「ええ、そうでしょう。まだ準備中でしょう?」

 それでなんで不安だけ口に出来るかわからない。やれることをまだやってないのにそこを考えるのは無駄だと思う。

 出来る出来ないを語るならもっと純粋にそのことを語ってほしい。俺が考え付かないことや不安要素、まだ見えていない部分を探ってほしい。

「責任を追及するなら悪い結果が出てからです。それなのに何を言いに来てるんですか? 不安になっているんですか? まだ、何の成果も出ていないんですよ? 今この場所にいるだけでは分らないこともあるのに。それには前に進んで問題にぶち当たる必要があるのに。それなのに何をしに来たんですか? 文句は結果が出てからです。だから無駄な文句なんか言ってないで出来るだけ努力してやるだけやって前に進みたいじゃないですか? その方が圧倒的に出来ることもやれることも多いですし成功の確率だって上がるでしょう?」

 予定は前倒しすべき――それはいざ本番となる前に問題が発覚してくれるからで。仕事の密度が上がり質が上がるからだ。

「だから――結果、待ってみませんか?」

 第一、努力の途中は『何かした』なんて言わない。

 言えないものだ。準備がここまで進みました――なんて言ってもまだ結果は何も出てないのだ。それは出来たともできないとも言えない。

 現在、結果待ち、努力の途中――いい結果も、悪い結果も出ていない。だから逆に『結果を見て』と言われれば何も言えなくなってしまう。不安は口に出来ても、現実的な問題を口に出来ない人は特にだ。

 基本、誰かが責任を取ってくれる何て考えてる奴は何も出来ないしなにもしない。

 こんな無駄な事を考えているからだ。

「だからね? いまここで話してる事自体――全部無駄ですよ?」

 俺は笑う。

 そう、俺は大人の動かし方を間違えていた。

 ここにいるのはみんないい大人なんだから今更他人の人生観や価値観聞いたって中身がそれほど変わるわけがない。まして年下が説く精神論なんて聞くはずがない、そんなの鼻息で吹き飛ばして終わりだろう。

 言い訳だらけの後輩や同年代の仲間をそれとなく誘導するつもりでいたけれど、それでは無理だったのだ。やることは同じはずなんだけど、どうしてこう大人になると面倒なのか。

 大人の価値観――経験談には理想なんて基本響かない。

 正論なんて無駄だ、まずやるべきことをやった人間から評価される。それが社会生活の基本。

 ならそうしよう。ここは社会だ。異世界に来たのでも夢の中に来たのでもないと思えばいい。ファンタジーでも人間社会の根っこのところは変わらない。

 社会で人を説得するのは結果だ。その為に邪魔なものを排除すればいい。

 無駄話だ。ここでしていることは皆正直無駄話だ。甘い顔してないでばっさり切り捨ててしまえばいい。

 働いた人間が勝つ、社会の歯車万歳。たとえ勇者じゃなくても平凡でも日本人標準装備の勤労主義を見せてやればいい。

「……無駄じゃねえ、お前がここでやめれば失敗させずに済む、済むんだ!」

「で? 次は誰に何を任せて――自分の欲しい結果が来るのを、ただ待つんですか? 結局人の努力をあてにしてるんですね?」

「そんなつもりはねえ! ただもうバカにバカなことはさせるわけにはいかねえんだって言ってんだろうがよ!」

「で、何をして来たんですか?」

 彼は憤り歯軋りするが、何も言い返してこなかった。悪く言うのは嫌だが、何もしてこなかったんだから仕方ない。息子さんの事を諦めるなら諦めて管を巻くのを辞めて前向きに何かをしていればよかった。でもしていなかったのだ。

 でも言わせて貰うが。

「ウインキさん、この祭りが失敗する原因をちゃんとした調べた上で持ってきてください。それなら俺も役場もこの町の人もちゃんと取り合います。それ以外今はいりません。不安も不満も努力の結果が共わなかったらそのとき次の努力に生かすために爆発させてください。そうじゃなきゃただの無駄口です――これは他の人たちも一緒です」

 文句を言うだけなのは子供の証拠――と、よく言うが、これは何もしないで与えられることを待っているからだ。結果を出せない社会人だ。少し極端で辛辣だが、子供も社会の一部ならそう見るべきだろう。

 ただ目の前にいる人達は間違いなく大人なわけでね?

 人をディスるんならそれなりにマジで真面目で有能で努力家でまともな人間でないとさ、子供としても全然納得出来ねえんだよ!

「……ただ、結果が出ていない今、ウインキさんの言うことが正解かも知れないのもたしかです。正直、まだどうなるかは分らないですからね。不安になるのはしょうがありません。……で?」

 笑顔で睨みつける。イライラしてきた。

「何度もハッキリ言いますけど――まだ誰も何もしてないじゃないですか。それなのに何こんな無駄なこと無駄に話してるんですか? この本当に無駄な時間を返してくれますか? こんなことを話してる間に手を付けられる事案が幾つあったと思います? でしょ? ハイ無駄無駄無駄無駄」

「ぼ、ボンドくん?」

「ちょっと待ってくださいね今話してますから」

「――うん」

 ミーナさんがなにやら苦笑いで硬直してしまったが気にすまい。

 爽やかに言おう。勤労第一。営業は笑顔が笑顔を呼んでくる。仕事命、命大事に。なんで子供で余所者の俺がこんな事言わなくちゃならないんだこら。

「あとね、再度言いますけど、正直俺が勇者でも凡人でも稀人でも何でも関係ないんですよ? 結果を出さなきゃいけないのは誰でもいっしょ。責任があるのも誰でもいっしょ。なら誰か一人の努力の結果にこの街の結果を任せるなんて土台むりなんですよ? 誰の所為だ彼の所為だそんなこと話して道草食って寄り道して買い物の帰りで仕事の途中でそれ放り出して何をしに来てるんですか他人の仕事の邪魔をしに来たんですか自分の仕事を自分で邪魔してるだけなんじゃありませんかどうかしてるんじゃないですか?」

 何故か皆が一歩引いた。何故かな?

 仕事が出来る奴は、無駄話しようと手は動いてるんだよ? おまえら全然動いてねえだろ。

「――ハイ。まだなにか文句は?」

 ニコッ!

 ……なんでそんなみんな引き気味の苦笑いを浮かべるのかな? 

「――で、仕事、やる気、あるんですか?」

 なんで人垣が遠ざかっていくんだろう? 

 みな恐る恐る、うんうんと頷いたり手を上げたり恐怖で首をぶるぶる振っている。

 なにこの普段怒らない人が怒ったときの空気――え、全然こんなの怒った内に入らないよ? まだ冷静だから。むしろここから本気で怒ると本当に話が聞こえなくなって獣になるんじゃなくて、本当に愛想尽かして二度と関わらない派だから。

 が、方向性としては一つだ。

「――死ぬ気はないんですね?」

 人間働かなければ死ぬ。殺そうって訳じゃない。過労死させるつもりもない。ざわめいているがそういうことだろう? 

「じゃあ――とっとと仕事しろ?」


 文句があるなら仕事が終わった後で――これ労働の鉄則ですよね? 

 まず仕事、皆さん仕事してますか? 

 それで今何か稼いでますか? 稼げてますか?

 え? 文句を言うのが仕事ですか? 自分の仕事もほっぽりだしてここに来てるなんて絶対にありえませんよね?  

 みんな今ここにお金を捨てて何しに来てるんですか? 

 野次馬? 人の尻馬に乗って? 

 それで立派な大人ですか? 

 自分の仕事もろくにせず人に文句だけつけるのが? 

 それを人の所為にしてるのがですか? 子供たちにどんな光景見せるんですか?


「――あれ、皆さん、面白い顔してドン引きしてるんだけど何ですか? 何か言いたいことあるんですか? 今日一日無駄話をせず真面目に働いていた人はいないんですかー?」

「ぼ、ボンドくん、その、さっきから大人が言われたくないこと全部言っちゃってる……よ?」

「心の声が?」

「顔もかな!」

「あはは。何言ってるんですかミーナさん、こんなソフトな内容を礼儀知らずに言われてバツが悪くなるなんて今日いままで自分のやるべき仕事をさぼっている人だけですよ。まともに働いてる人はむしろこっちをふざけんなって罵れるはずですよ? 文句言えない方が悪いんですよ? さあみなさん好きなだけ言って下さい?」

「貴方が全開なの! お口のチャック壊れてるのよ!?」

 もう面倒くさいから正直拳で語り合ってもいいわ。

 やらないけど。

「……じゃ冷静に、本音で」

 心の距離が離れてきている気がしたので、そう言いました。

「俺はお世辞でも社交辞令でも自分が頑張ってるなんて口が裂けても言えません。だってみんな頑張ってるんですから。そんなさも自分だけが苦労してるみたいに思えるわけがありませんし、ただね? 人の努力だけは何があっても褒めることにしてますよ? その上で一つだけ聞いてください――今日、今、今、この場で、自分が頑張ったことを何か一つでも言える人が今この場にいますか?」

  悲しいことに、誰も手を上げてこない。

「――で? 何が出来るようになりましたか?」

 言えねえよなあ? 人をこき下ろすこと頑張ってましたなんて。野次馬に来ておいてそんなこと。

 だか勇気ある無謀なバカがとりあえず反抗期的に何か言いたげな様子で手を上げ、

「こ、これから――」

「これから? じゃあ黙ってろ」

 トドメヲ刺した。

 ……あ、いや今のは自分でも理不尽にキレてるのが分った。理性だって獣になるよね。

 でも言うに事を欠いて母親が「掃除したの?」「今から」みたいなノリね。ホントマジふざけんなって今なら思うよ、オカンまじ済まねえ。

 ガンガン冷静になってく。ああうんごめん――なんかキレてたわ。紳士ぶって先生ぶって激オコだったわ。いやもうホントみんなドン引きしてる事に気づいたので、そろそろお開きにしようと思うから! 

 ひょっとして今、勇者降臨じゃなく魔王爆誕してたんじゃね? 

 ひょっとして中二アクセルと高二ブレーキをヒール&トゥで同時に全開じゃね? 背中の汗が止まらねえ。何偉そうに説教かましてんだろ俺。でも真面目にちょっとさっきのこの町の住民には冷めたな。なにあのやる気の無さ。

 ……どうしよう、これ、これ以上にっちもさっちもどうにもならない気配なんだけど。 

 若干自分の中のキレた空気を保つ努力をしつつ。

「……はい、解散。とりあえず今日はもう話すことはないでしょう。とりあえずもう怒ってないですから。はい、かいさーん」

 急激に日常にギアをシフトする。気の抜けたそのテンションについて来れないのか。

「え? お、怒ってないんですか?」

「――もう、ですけどね。まあ、不安になることぐらい誰だってあるでしょ。ポカやるのも。とりあえず何が無駄で何が必要かぐらいは分ったでしょうしね」

 だから速やかにはけて自分のやるべきことに戻ってほしいのだが。

「なんか文句があるなら明日以降聞きます。言いに来てください。はい、解さーん」

 ……シーン。いや、止めてくれよ。ギャップがあるのは分るからさ。

 俺が冷静になったことに気付くの止めてよ! 

 そのポカーンこっちがキツイから!

 微妙にまあ恐慌状態なのは気の所為じゃないのかな?

 俺は町長に目で指示を出した。

「――ほら! 彼の言う通りだ。明日からはやることをやろう! 無駄話は無しだ!……解散!」

「あ、ウインキさんは残ってくださいね? まだ言いたいことありますから」

 俺がそう言うと、野次馬が散っていく、その中に何名か、俺が便利屋で世話になった人たちが居た。

 そして、

「――良かったよ。一時はどうなることかと思った」

 仕事で一緒した、芋農家のエルデさんがそばに寄ってくる。

「はぁ、全くデレスケ共が。自分の仕事放り出して……ガキに叱られおって情けない……」

 元棟梁のイレムさんが腰を押さえながら、杖を突いてそこに見守るよう佇んでいた。

「――兄ちゃん」

「ん?」

「本当に勇者じゃないの?」

 ミルク屋のチビが不安げに聞いてくる。が、俺は鼻で笑い、

「どっちだっていいだろ。やることも出来ることも変わんないし」

「……かっこわりい」

「うるせえよ。うら、爺さんの手伝い放っておいていいのか?」

「心配して見て来いってさ」

「あっそ。ありがとう――」

 頬で笑い駆け出す背中を見送る。


 俺はウインキに言った。

「――とりあえず息子さんの行方をハッキリさせましょう」

「……何を言ってるんだ……」

「とりあえずそれが今出来ることでしょう?」

「……」

「……あなた言ったじゃないですか。返してくれ――家族を返してくれって。多分そういう人は他にもたくさんいるんでしょう?」

 なら、それは避けては通れない問題の筈。この街を元気にするということとしては、多分必須事項だ。

 単純に、お金が稼げれば幸せではないことは、皮肉なことに彼が証明してしまった。

 要するに、この芋祭りではダメなのだ。この街は。本当には盛り上がり切れないだろう。それで何が幸せなのかと思う人たちがたくさんいるのだ。今日ここに来たのは、きっとそんな潜在的不満を抱えている人達だったから、彼の言うことに乗せられここに集まったのだ。単純に生活を良くするだけでは生きていけない人達が。

 生きる努力することだけでは、どうにもできないことがある――お金があって、家があっても、やはりそこで満たされるわけではないのだ。

 ――アリとキリギリス。

 その物語はそれほど単純ではない。現実を見れば、どちらもそれで本当に幸せなのかと疑問に思うばかりだった。

 あの物語のキャラクター達は、どれもそのことに疑問を思わない。

「調査に関しては、まあ、ガストさんの商会に目や耳を使って貰うとして――仕事のついでで気に留めて貰う程度でなら経費もかからないでしょうけど、本格的にやるならこの祭りの売り喘げの黒字分から出せばいいんじゃないですかね? フライトさん出来ます?」

「それは――」

「収益如何の売り上げ次第で――ついでに、他にもいる街に帰って来ない人達の現在の所在の確認事業ということで含めてください。そうすればこの人だけ特別扱いってことにはなりませんから」

 苦渋に満ちた表情でこちらを睨んでくるウインキに向き合う。

「……ウインキさん、あなたはどうしますか? こちらの収益など当てにせずに、祭りに参加してあなたが上げた収益で探すのも有りなんじゃありませんか?」

「……」

「こんなやり方は卑怯かもしれませんが、祭りが成功すれば、少しは何かが変わるかもしれませんよ?」

 しかし、彼は睨みあげるだけで、何も言わなかった。


 まあ、あんなことがあった後では正直になることも意地を張ることも出来ないだろう。でもとりあえず屋台の場所を一人分、確保しておくことは確定しておいて。

 俺は今日から数日、便利屋の仕事をするとき、その先でウインキの事について何も言わないことをお願いすることに決めた。でなければきっと槍玉に吊るし上げるか無視が始まってしまうからだ。そうなって彼がこの街に居られなくなってしまっては――彼の息子が返ってきたとき、きっと皆が居たたまれなくなってしまうだろう。そこで更に息子にも批難が行くかもしれない。

 自分でも気付かない憎悪と悪意で、そんな真っ黒な思い出を作るのは御免だろう。そこからまた街の空気が悪くなるかもしれない。そこから街が廃れていくかもしれない。

 そんな打算的な懸念だ。何もかも彼の仕様とした面倒を許したわけではない。

 俺は神社の縁台に腰掛け、長い禊を終えた彼女とそんなことを話していた。

「……ボンド君には、苦労をお掛けして申し訳ありません」

「ううん。全然。でも命さんも、お疲れさま」

 ぶっちゃけ彼女に関しては完全に俺の問題に巻き込んでしまったようなものだ。まあ、俺を召喚した彼女はそんなことは言わないで欲しいだろうが。

「そういえばだけどさ……」

「はい。……なんですか?」

「命さんは……何が幸せ?」

「何が? ……?」

「あ、ごめん、聞き方を間違えた。なんか難しく真面目なこと考えてたからかな、変なテンションは言ってて」

彼女は首をかしげる。まあ、これはまさに俺の問題なわけだが。

 今日のデートもどきで、町の住民に囲まれる、なんて状況を見せてしまったのだ。彼女にしてみればこれほど責任を感じることもなかっただろう。

 だから、彼女が喜ぶ何か、安心する何かをしたいと思うのだが……。

「ええっと、お祭りで何かしたいことはある? 食べたいものとか、見たい出し物とか」

「……そうですね……」

 彼女はしばらく思案して。

「……一緒に、何かしませんか?」

「え?」

「デートではなくて……結局、一緒に家事をすることが、少なくなくなってしまいましたので……」

「あ」

 兎は寂しがり屋だから、一人だと――

「うん、分った、何かしようか。何がいい?」

「……何が出来ますかね、二人で……」

「うーん、なんだろうね」

 ダンジョンは願いに影響される。

 彼女は、自分なら影響を受けることはない、そう言っていたが。

 あの願いは、俺の彼女に会いたいという願望だったと思っていたが……。

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