閑話「いたずら☆黒ウサギ」
「なんともまあ大変であったの」
「そうっすねー。まあ正直今までで一番メンドクサイとは思いましたが」
突発的な事態ではあったが、なんとなく問題の根幹に出会った気がした。
それはともかく、
「して、聞きたい事とはなんじゃ?」
「これの事なんですけど……」
俺はポケットからとある石を取り出す。それはベアマートの元に錬金術の素材として引き取られなかったものだ。
あの黒丸デカ兎――を倒した? ときに出て来た物だが。
「――ほう、幻獣石じゃな?」
「幻獣石……って?」
「ダンジョンなどで稀に発生する、その者の影とも言うべき魔物の――まあ、願いとは別の強い無意識の部分が顕現した魔物から生まれる石じゃよ。よっぽど強い感情や秘めたる本質、そして本能が具現化し乖離し独り歩きをする――その副産物ともいうべきかの」
「へえー。なんかこれだけ渡せなかったんですよね」
正確には一度ベアマートに素材の籠ごと渡したのだが、いつのまにか自分のポケットに入っていたのだ。
ちなみにダンジョンで発生する魔物には二種類いて、一つは通常のこの世界にいる野生生物、もう一つが、ダンジョンの中で生まれた、人の中から生まれた幻獣、幻魔と呼ばれる類らしい。区別の仕方は倒すと煙か光のように消えることだそうだ。
「所有者が願うことでその場に顕現させることが出来るぞ? 目的を果たすまでじゃが。この神域のような場所でなら顕現させたまま独り歩きさせることも出来る」
「へえー」
召喚獣だな。
初日に見たドラゴンやグリフォンもある意味人が作り出した幻の様な気がするが、この世界では列記とした存在なので、それともまた別である。
「何の役に立つんですか?」
「そりゃ戦闘や探索に決まっとる。後はせいぜい愛玩動物かの。まあこれはおそらくいい方じゃ」
「良い方?」
「人の意識から生まれたものじゃからの。邪な願いや悪意、恐怖や嫌悪であってもこれは生まれる。そしてそういう場合は概ね制御が利かず人を傷つけるものが多い。だから儂のような神や神官、それに巫女がお祓いをして石そのものを封印し長い時間を掛けて風化させ滅する。余りに極悪な物が出たらその石を出した本人も調伏せねばならん」
まあ早い話が、限りなく犯罪者に近いってことだもんな。
「そんなのどうやって判断するんですか」
「見た目じゃの。害意のそれなら血みどろでトゲトゲと言うか一目で死体と言うか腐っておる、性欲の権化になると大概触手じゃ。規模がデカくなると悪魔として当人その者の存在を飲み込み上書きすることもある」
「……ちなみにそれは?」
「人畜無害じゃの」
「そんな簡単に分るんですか?」
「人の願いなんぞ限られとるから動物の形や色で大ざっぱに分類されとる。これは『いたずら黒ウサギ』という奴じゃな」
「動物占いですね。で、どんなので?」
「それはじゃの――まあ使ってみ」
手に返されたそれに、魔法の要領で、出て来い、と願うと、手の上で緑色の石が淡く輝いた。
すると石の色が霧となって抜け出し、爆発的に周囲に広がり、目の前で凝縮した。
それは小さな人型になる。頭にウサ耳を着けた、巫女服の兎が、
「――パパ!」
と言って飛びついてくる。しかもその顔は、どう見ても幼い命さん――いや美枝香凛?に似ているような似ていないよな。他の誰かが混ざっているような。
「――だピョン♪」
嘘だろう、その語尾。兎の鳴き声はもっと切羽詰まったガチ悲鳴でキィイイイイイとかいうんだよ。そして、
「――ママ」
巫女子ウサギは、とことこ歩いて命さんをそう呼んだ。
そして頭を突き出し撫でてほし気に背伸びする。それにおずおず困惑した様子で撫でながら、
「……私が、ママ、ですか?」
「……そうだよ? 私はパパとママの結晶なんだピョン!」
頭の中が真っ白になった。
彼女を引きずり無理やり俺の隣に座らせその間にご満悦と言った顔で寝転ぶ。俺と彼女の膝をベッドにしてだ。くそ何この子、可愛いじゃねえか。
いや、パパ? ママ? 今なんつった?
近くにある女性の顔を見る。眼が合った。やはり狐の半面越しだが。
ていうかだ。
「……いや、森でお前めっちゃ気だるげで妖艶な声だったような……」
「何言ってるのパパ? ――だピョン」
「明らかに語尾使い慣れてないだろ」
怪しい。これがあのデカい黒丸から出てきてのだとすれば。
デカくて。丸くて。その上姿かたちを変えてエロく迫ってきて――こんな愛玩系・うさ耳人型の幼女巫女じゃないと思うのだが。
二人の膝の上でゴロンゴロン体勢を変えて寝転がり、代わる代わる撫でられることを強要してくるし愛くるしいが。
「それは仕方なかろう、そ奴はそ奴であってそやつではない」
「は? え? どういういみですか?」
「ダンジョンで倒した幻獣、幻魔はその願いを消化、昇華した形で結晶化するのでな。つまりそやつはお主ら二人の願いが混ざり合って昇華して出来た合作――まあ、そういうことじゃな」
「語尾に気を付けてください」
ん? 二人の? てことはやっぱり俺だけじゃなくて――
「欲しかったんじゃろ?」
「なにがですか――いえ、言わないでください」
「二人の愛の合作」
「黙れ?」
疑問は|突っ込み《優先度》に流された。
「冗談はこの辺にしといての――はよう二人で名前を付けてやれ」
二人で、合作の子供に、名前を付ける――
「……ああ、そう、ですね」
「そう、ですね」
なんとも気恥ずかしく照れくさげ空気が流れた。確かに名前が無いのは不便だ。
しかも子供はにんまり嬉し気に寝転がりながらこちらを見ている。
「……どうしたもんかな、命さん、なんか思い付くものある?」
「……いえ、ボンド君は、なにか――」
「いや!」
「え?」
責任を押し付け合ったようにみえた?
「――二人でちゃんと考えてるだけだよ?」
「そうじゃないピョン!」
「じゃあ、なにかな?」
「パ・パ! マ・マ!」
「……」
そう呼べと!?
嫌な汗がドップリ流れ出した。
想像した。これか街に出るとき二人の間にこの子が居て、パパ、ママ、と三人で代わる代わる呼んでいるよう光景を。絶対誤解を招くよ!
「……ええっと、……」
なぜだか、二人はそういう関係じゃありません、と言えない。
喉が苦しい。なぜだ、なぜなんだ! 嘘だと分っていても彼女が傷つくような気がしてならない。なんだこの自意識過剰な悶々は!
その時俺は気付かなかった――膝の上で子供が黒い笑みを浮かべていることに。
そしてじっくり命さんも、俺の動向を無機質な獣の眼で観察しているということに。
「――パパはパパになってくれないの? ママのこと、嫌い?」
くっ、さっきからここぞとばかりに語尾を取りやがって!
GO! GO! GO! と、ミナカ様がベンチで拳を握る監督みたいな中腰で応援している。男気を見せろと?
俺は助けを求めて命さんを見た、だが。
「……お任せします」
男の責任スタイル。ずるくない? こういう時ここぞとばかりに慎ましくなる傾向。
そんな必要なんかないよ? むしろものすごい狡猾さを感じるよ? 恐いよ。
逃げ場所を失くす感じ止めない? なにこれ、え、なにこれ、事実婚まっしぐらじゃないのこれ? 彼女はそっと下腹部に手をやり、そこを大切そうにおなかを抱える。
だから気恥ずかし気に、目を逸らしながら、やめろ、そこに何があると言いたいんだ。
ワザとなの無意識なの? このいたずら黒ウサギ本当はほとんどそういう君の部分で出来てるんじゃないの!?
でも俺の眼はギンギンだった。正直ノックアウト寸前だった。
もし二人きりの部屋でそんなこと言われたらガルルルル!となっていたかもしれない。
……いや、そうか。
「……じゃあ、三人が三人で居るとき限定で」
「ええー」
何故だか女性陣全員が酷くつまらなさげな目をしている気がする。
それならぎりぎりごっこ遊びで耐えられると思ったのだが。
もっと男気を見せろと?
「あのね、本当に告白も責任も果たしてない相手にそんなこと、逆に嘘にならないかな? その方が切ないし、寂しいと思うよ?」
「……」
うん、正論じゃ納得いかないことぐらいわかるよ。だからね。
「……じゃあその代わり、これまで以上に気持ちを込めて名前を呼ぶってのはどう?」
「――! それならいい!」
「語尾」
「だピョン!」
逃げ切った自分を褒めてやりたい!
だが、やはり子供は騙せても
「――それで。私の名前は?」
「ええっと……」
命さんを見る。
「……お任せします」
うん、ちょっと不機嫌ぽい。
しかし名前か、子供の名前か……彼女達に似ているわけだから、
「……リンメイでどう?」
「リンメイ……うん、いいよ? だピョン」
「語尾もういいから」
「……字はどう書くのですか?」
「……普通にカタカナだけど」
「……そうですか、きれいな響きの名前ですね」
ちなみに本当は、漢字で書くと「凛・命」になる。ファンクラブの鉢巻きとかはっぴに縫ってありそうな様相だ。つまり半分あんたの名前だよ。ブーメラン! と言ったらどんな顔するかな。
「で、リンメイは何が出来るの?」
「幻惑が使えるよー。その人の欲しいものや見たいものを見せて惑わすの。それで寂しい人同士をくっつけたり。他にも例えばね、」
リンメイは膝上でのごろ寝を止め、ピョンと命さんに飛び付く。
その瞬間再び煙にほどけ、爆散し、視界がすべて塞がれた。
そして収束、
「――ひっ!?」
「……」
俺が悲鳴を上げ、彼女は徐々に自身の体を見下ろした。
毛皮だった。服ではない。生々しいウサギの毛が彼女の体をごく少量で覆っている。
ある意味自然なままの姿――裸だ。
裸に、毛が生えている。ぼんぼんの尻尾とウサ耳付きで。兎さんだ。
ぽよんと無防備に重力に投げ出されている。二つの乳房が、ブラなしの自然な形で。毛皮に覆われて。
ふさふさのV字水着、とでも言えばいいのか。ビキニよりいやらしいワンピースというか。脇が素晴らしかった。何も覆われていない。すらっとした肢体が存分に覗ける。うなじも鎖骨もくるぶしも剥き出しの肌だ。
いつぞやの禊を除いてしまった時より、エロスがある気がする。
見てはいけないと思うより先にガン見していた。
彼女がぎこちない仕草で、その状況をぎくしゃくと確認した。そして、背中を向けて、
「……っ」
自身の体を抱え込んだ。後姿はもっと破壊力がありました。なまじ乳房とか無い分、女性の華奢さが柔い肉付きと共に浮き彫りにされていて。
――そこが逆にエロイ。
「パパはママにメロメロだね?」
尻尾がぴょんぴょん動いて語る――つまりそれが付いている、尻が!
「他にも色々コスチュームがあるよー?」
「じゃ、そうだぞ?」
言われるが、彼女は無言で必死に見られたくない部分を隠していた。俺は背中から自分の羽織を彼女に掛けた。これ以上見たくなかった。
「ボンド君……」
「……安心して。こんな格好しなくても、十分すぎるほど魅力的だから」
「……そうですか」
そして言う。
「――俺は巫女服派だから」
彼女は大きく振りかぶって、平手打ちをかました。
それは力の限り振りかぶったのではなく、まるでロボットのように作業的で。
心のない力って、こんなに暴力になるんですね?
拳で殴り倒されるより、ゴミが。と罵られるより、効きました。
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