21話「たった一つの冴えない生き方」
ダンジョンで取れた素材を錬金術師ベアマートの元に降ろした。思った以上の収穫だったが、量産にも実験にもこれからも素材は必要になる為継続的に潜ってほしいとの話だ。
それを了承して、俺は今日の報告と装備の返却に、命さんは神社に戻るその道すがら街中を歩いていた。
その途中、お得意様であるお婆さんが重い買い物袋を片手にしていた。彼女の言えばこれから行く同じ方向にある。少し遠回りになるがそれを手伝うことにした。命さんに断りを入れて、腰を曲げた老婆に声を掛ける。
「――ヒルダさん。腰の調子はどうですか?」
「――、あ、ああ。ええ。大丈夫ですよ?」
なんだか目が泳いでいるが、
「同じ方向ですから一緒に行きましょう。ついでに荷物持たせちゃってください」
「そ、そんな悪いことさせられませんよ。これくらい一人で十分ですから」
「いやいや。両手に花です両手に花。今日はなんとなく両側に女の子が欲しいんで」
「そんな。恐れ多い……巫女様も一緒になんて、余計に――」
……うん?
このお婆さんはいつも上品で丁寧な話し方だけど。
こんなに遠慮がちだったかな、いい意味で女性らしく男に頼らせて持ち上げてくれる気立ての良い婆さんなのだが。
「いいえ。私も、たまには、外で誰かと一緒に歩きたいので、どうか恐縮なさらずに」
「……光栄ですわ巫女様。それに――」
婆さんがこちらを見上げてくる。
「――そんな熱視線で見られても恋は始まらないっすよ?」
「やだ! ……もう。そんなふうに口説かれても今日はおやつを奮発しませんよ?」
「ガーン。ま、とにかく行きましょうか?」
冗談に冗談を返して、婆さんははたと正気に返ったよう目を丸める。
俺はそれに全く気付かないふりをした。
「……ええ。いつもありがとう――」
「いいのいいの――」
こちらの様子をうかがってくる、まるで何か聞きたい事でもあるように。それは婆さんだけではなく、その会話の様子をうかがっていた周囲の街の人たちもだ。
なんだろうかと辺りを見回す。が、しかし、目を合わせるなり彼らはそれを逸らした。
疑問に思いつつも目の前のことに集中する。
「……ボンドくん」
「はい。なんですか?」
「本当に、いつもありがとうね。もっとお礼が出来ればいいんですけど」
「じゃあもっと仲良くしてください。今度お家でデートしましょう、ベッドまで運んじゃいますから」
「えええ?」
「――ただの介護です」
「ちょ、もう……はあ、やっぱり嘘ね」
まるで安堵した様子である。
「ホントだったらどうします?」
「……嫌よ? 私は旦那様に一生操を捧げてるのよ?」
「ですよねー」
「……あの、ヒルダさん」
「はい。何ですか巫女様」
「――ボンドさんは、いつもこのように、その、ナンパの様な口調で口説きたてているのですか?」
その質問に婆さんは自然に驚き答える。
「――いいえ。そんなことはありません。いつも本当の息子のように、親切に朗らかに私たちのお手伝いをしてくれるんですよ? 決してやきもちをする必要なんてありませんから、ご安心ください」
命さんは自分の嫉妬し勘ぐるような態度に気づき、
「……そのようなつもりでお聞きしたわけでは」
「あらあら」
また上品に返す。それからは、いつもの上品なお婆さんが遠慮を失くして帰ってきた様子だった。
しかし、
「――ボンド君」
「うん。命さん、なんか気付いた?」
「いえ……何か理由があるのでしょうか……」
おかしかった。途中何度も何かを確かめようとしているようだった。
そして何かに納得したようすだったが。
そうして街を行く間の視線も気になった。よそよそしい。まるで腫物を扱うような恐れのと畏れの抱き方で。それはこの世界に来た初日の不審者を見る目よりひどいものだったかもしれない。
最近は、しっかり街の一員として受け入れられて馴染んだはずで、道を歩けば命さんほどではないけど声を掛けられ今日の調子や仕事の成果、世間話もするようになったのだが。
俺が気付かない内に何かしたのだろうか。いや、何かあったのか?
何が――誰が何を起こしたのか?
そんな不安が横切る中、
「――ボンドくん!」
ミーナさんが周囲を気にしながら、小声で駆け寄ってきた。
「どうしたんですか? 何か不味い事でも?」
「ええ。ええそうなんだけど、今役場の方に来ちゃだめ。今日はもう神社に――トリエちゃんがガストさんを呼びに行っているから、それまでミナカ様の所に」
なにやら酷く切羽詰まっているようだ。その不穏な気配に命さんは前に出て問い掛ける。
「……どうかなさったのですか?」
そして、
「――おやおやあ? どうしたんですか勇者殿」
日が落ち始めた。
夕焼けから闇に染まっていく。
街に佇み俺は聞き返す。
「勇者?」
俺は思わず周囲を探した。
あのパチモン黒の剣士が来ているのかと――
「――白々しいねえ、まったくどうして正直に名乗り出てくれなかったんだか、なあみんな!」
「いや、ウインキ、まだそうだってわけじゃ」
「んなもんもう決まったようなもんだろってみんな頷いてたじゃねえかよ! 今さな何言ってるんだバカかおめえは!」
「でもなあ一応本人に確認取らねえとなあ――」
好奇心と猜疑心、それに欲望に塗れた視線の数々に俺は晒される。
……いや、素で自分の事を忘れてたわ。
とはいえ、あまりいい雰囲気ではない。まるで裏切り者に対する失望と糾弾だ。
どうして俺が勇者だなんて思い至ったのか。俺は喜色に塗れながら貪欲に口を開けようとするウインキに問う。
「……ええっと、つまりどういうことですか?」
「だから白々しいっつってんだよ。もうばれてんだよ、おめえさんが勇者だってことはさあ」
「……なんでそういうことになったんですかね?」
ウインキの傍ら、その取り巻きの一人が揚げ足を掬い取ろうと下から睨め上げて言う、
「……なああんた。初めて街に来たとき、いったいどこから来たんだい?」
「どこからって――」
ああ、そういうことか。
この街はそれほど大きくない――それなら嘘は付けないな。
だから言う。
「神社の方からですけど?」
「……な?」
「てことはだ」
「ははっ、これなら本当にどうにかなるかもしれねえな!」
「なあ?」
胸糞が悪くなる笑い方だ、クラス委員を満場一致のハメ技で断れない奴に押し付けるみたいな。
嫌な予感がする。
「……ああなるほど。そういう勘違いの仕方をしてるんですね」
「何が勘違いなんだよ、説明してみろ」
ニヤニヤニヤニヤとウインキは笑う。悪意に満ちた泥塗れのそれだ。
「巫女さんとか神様が勇者を召喚するとかそういう誤解でしょ? でも――私は勇者じゃありませんよ? ただの稀人です」
「そんなわけねえだろうが――じゃあなんでこの世界に来てすぐにガストやフライトの小娘に街中に紹介されてたんだ? さもこの世界の人間みたいなふりをして助けられたから恩義を感じたなんて嘘までついて」
「さあ? 気付いたら境内に倒れていたとは聞いていますが? それを手厚く介抱して頂ましたし、紹介して頂いたのも単にこれからお世話になる仕事の為ですけど」
「しらばっくれんなよおアンちゃん。あんたが勇者だってことはもうみんなわかってるんだからさあ」
取り巻きではない人間まで参加し始めている。
不味い流れだ。この分だとウインキ以外にも相当な深さと広さで話が広まっているのだろう。
「なら、どうしてさも来ることが分ってたみたいに荷物が神社に運びこまれたんだ?」
また別の人が。
「別に分っていた訳じゃないでしょう。商会なんだから自分の所で扱う商品ぐらい持っているでしょう? ガストさんやお嬢さんの迅速なご厚意ですよ」
「じゃあどうしてこの世界の人間じゃないことを黙ってたんだ?」
また、別の人が。
「帰れないかもしれないなんて言ったら、必要以上に心配させて、優しくさせてしまうかもしれませんからね。普通に暮らせるのが一番じゃないですか」
また別の人が――
「でも別に隠さなくたっていいだろう?」
そんな会話をしているうち、次々、次々、次々と。家から店から路地から脇から道の彼方からぞろぞろぞろぞろ人が集まり始めている。
たった半日で――明らかに意図して先導し広まった速さだが、それで何をするつもりなのか。
気付けば周囲に人垣が――俺は期待と不満と疑惑の牢獄にいた。
「――それはこうやって勇者と間違われるからですよ。そうすると面倒になることが多いからだって教えて頂きましたからね。聞きましたよ? 異世界人の知識や技術を使って金儲けをする輩が増えてるから、下手すると危ない人に狙われるって」
彼らは自分で自分のそれに気づいていないのだろう、自分は正義の味方の味方だぞ! って顔をしている。理性的に見えて理屈でコールタールの様ドロドロした感情を振り回して、そのニヤニヤ感は不快なまでのクズ市民なのだが。
要はあれだ、友達だから秘密なんて作らないでよね! なんて子供みたいなことを言っているだけだ。アホだ。どのみちちょっと幼稚なだけなのだ。
実際には企業の面接で経歴詐称してたようなノリなんだろうけど。いや、巨乳を貧乳に見せていて同じ女子にひんしゅくを買ったみるべきか。
その両方か?
それはともかく、
「なるほどなあ……バカか? 領主様がたまたま来てガストや町長がたまたま神社に来てるときに稀人が来るなんてなんて絶対ありえないだろうが」
「それは稀人が来たことが分ったから可及的速やかに来てもらったってことですよ? 私が危険じゃないかどうかを目の肥えた人間や責任者が確認することは当然でしょう?」
「さっきそこの小娘がなにやらあんたを匿う様な事を言ってなかったか?」
「こんな風に取り囲まれるって思ったらそりゃ気を遣うでしょう」
同意を求め、口裏を合わせようとする。
「……そうよ! よってたかって責めるみたいにして、みんなはこんなふうにいきなり人に囲まれて迫られたら怖くないの? 辛くないの?」
「この街の仲間なんだから別に恐かねえだろ? やましいことが一つもなければだけどなあ?」
彼らは静かに燃えている。それは危機を知らせに来たミーナまで波及しようとしていた。そこで青褪めないでほしいのだが。
ウインキの奴は迷惑を掛けるねえホント。女の人にこんな顔させるなんて。
しかし、こちらが水をかけ火を消そうとしてもすぐに火が付く。
圧倒的な数だから、一人消しても他の誰かがまた火をつけてしまう。その移り火でたとえ全員の話を聞き終っても残り火が出来るだろう。
そうなればこれまでの築き上げた人間関係にしこりが出来てしまう。それは非常にまずいのだが。
「それもそうなんですけどね」
俺は脂ぎった笑顔の余裕の態度で絡みついてくる彼にそう頷く。なんでこういう奴に限って人の揚げ足取りが美味いんだか。
「……まあ実際やましい事はなにもしてねえやな。でもなあ、」
「俺が稀人だと何か問題が?」
「いいや? 問題ないぜ、むしろ嬉しいくらいだなあ?」
気持ちの悪いくらい満面の笑みを浮かべていう。
「勇者じゃなかろうと異世界の知識が手に入るんだ。それを使えばこの祭りのあとも安泰だろ?」
それはさもやる気があり異邦人を改めて歓待しているように見える。
が、
「さっさとその力でやってくれよなあ――祭りも、街興しもさあ……異世界人は何でもできるんだろ? な?」
彼らには、やる木なんて一欠けもなかった。
人を小馬鹿にしたような口調で嘲りを浮かべながらそう告げて。
それが皆によく聞こえる様に、こちらの不出来と恥を晒そうとして。
自分達に都合のいい答えを出すか、人の善意や努力を利用し食い物にして嘲笑い、腹を抱えて満足して笑い転げるまで――
「お前なら何でもできるんだろ? なにせ最初の勇者も最初はこの世界で何も出来ないただの異世界人だったんだ。こいつと同じただの稀人みたいなもんで。ならこいつに任せても何の問題もないだろう?」
「ちょっとあんた何言ってるんだい? 祭りはみんなでやろうって話だろう?」
「大丈夫だよこいつが祭りのアイディアも細かい部分も問題も解決も全部こいつが考えて見事に会議を取り仕切ったからここまで街が動いているんだぜ?」
「それは――」
「――そうなんだがなあ」
会議に参加していた人間もいたのか、それに呼応する。そして、
「ええー?」
「そうだったのか?」
そこに居なかった人間までが感化され始めている。
希望と期待の視線を、不安を俺に預けようとしているその姿に、ウインキはほくそ笑み嗜虐の表情を浮かべた。
(なるほど、それが目的か)
責任と努力の放棄を皆に蔓延させ、そして俺に押し付けようとしている。クズが。
ウインキは
「なあ? お前ならできるよな――な?」
両手で肩をばんばん叩き、握りつぶすほど握りしめてくる。逃がさないと言っている。
ようするに、アレだ。出来る人に任せよう、出来ない人は何もやらないようにしよう、有能な人に全部任せとけばいいや、町内会には出ないし会費も払わないけどゴミだけは出すよ? 回収日が変わったらちゃんと教えてくれな。な? 責任も苦労も全部持てる人が持てよ、俺はそれに乗っかるぜ? 俺の責任も苦労も全部お前が持てよ?
クズ市民理論だが。
「――そんなことできませんよ?」
「お前異世界人なのに何も出来ねえのかよ! んなこたあねえだろうよ。出し惜しみなんかしてねえでとっととやらせてくれよ。指示さえ出してくれれば幾らでもやるからよおなあ?」
「いいえ。何も出来ませんよ?」
「――はあ? ……はあぁ?!」
ウインキは耳に手を当てる。さもそんなこと聞こえませんよと言うように。
「いやいやいや。出来るならとっくにやってますよ。俺だって正直それが一番楽です。自分一人でなんでも出来るなら何でもやってしまえばそれが一番楽ですから。でも出来ません。出来ないからやりません。いえ、出来てもやらないと言わせて頂きましょう」
「いや大丈夫だよ。出来なくても前に進むんだろ? 努力するんだろ? お前が街の中を駆けずり回ってそういうことをしてきたのはみんなが分ってるんだからさ、任されて見ろよ、な?」
「そうだ。そういう人間にこそ責任を任せられるよな? そうだろみんな」
言われて皆が皆明るい顔で頷き出す、希望に照らされている気分なのだろうか。
胸糞悪い。まるであの頃の教室だ。
「ちょ、ちょっと――皆さん! そんなことしたらこの街興しをする意味がなくなっちゃうわよ!?」
気づいたミーナが慌てて声を上げたが。
「失敗したら元も子もないだろうが!」
「そんなの誰に任せても同じです。ボンドくんだろうと一人じゃ――」
「じゃあお前は手伝えばいいだろう?」
「それぐらいもうしてます!」
「じゃあいいじゃねえか。でもそれならお前だってこいつに重要なことは任せてんだろうが。だからお前だって本当は全部こいつに任せた方がうまく行くって思ったことはねえのか?」
「そ、それは……」
そんなこと出来ない――理屈で一先ずそう否定することが必要と分っていても。それを言ったら不安を与えることになるかもしれない、こんな、既に不満と不安に塗れた民衆が居るところでそれは口が裂けても言えないだろ。
そこにウインキは、
「――第一この街がここまで追い詰められることになったのはどの町長の所為だ」
嘲るでも静かな憎しみの声に、ミーナの喉は潰れた。
そしてシンとした無言の刺すような気配が広がる。
彼女は周囲を見渡した。そこにある、自分に突き刺さる冷めた眼の群れに、心臓がひしゃげだよう血の気を奪われ後退りした。
俺は堪らず口を出す。
「……それは見当違いですね」
「ああ? 何がだよ」
「どう考えても、支度金も返さず使い込んだり、挙句この街に帰って来なかった人たちが悪いですよ」
「……ああ? 騙された人間だっているんだぞ? 帰りたくたって帰れなくなった奴もな。てめえそんなことも知らずに、身内でもねえそんな口で言うのかこの余所者野郎が!」
「その人はご愁傷様ですね。奇跡的に巡り合わせが悪かったんでしょう。ですがそれとは別としてどう考えても擁護出来ない方たちが多かったんじゃないですか? それこそ見当違いも甚だしいのでは? 人の優しさや善意に付け込む人達こそ悪いんですよ?」
「それを守ろうとするのが力のある人間の役目だろうが! それをしなかったのは誰だ!」
権力者の務めを問いたいのか。でもな、
「――あなたではないんですか?」
「ってめえ!」
ウインキは拳を振り被ると同時に放った。
俺の視界がぶれる。意外に小気味いい乾いた音が炸裂した。肉と肉を打ち合わせる鈍い音ではない、骨と骨の乾いたそれだった。
悲鳴がそこかしこで沸き上がる。
鼻の奥で音叉が響き、鉄錆の匂いがした。殴られた頬がじんじん痛むが構わない。言わなければならない。
意味もなくキャア――! とか気分だけで叫んでいる奥様が居るがそれは無視して。
恐怖と動揺が広がっている。何名かに力づくで引き剥がされ、ウインキは羽交い絞めにされていた。
また慌てて命さんやミーナさんが俺の元に来て殴られた場所を確認し彼を糾弾しようと敵意を放っているが、それを押し留めて。
「……世間に悪意が溢れていることを教えているんですよね? そういう責任は果たしていたんですか? それは権力を持つ人の役目じゃないですよ? 騙された方が悪いなんていうわけないですよ? 騙した方が悪いに決まってる。それでも人に優しくするな役に立たなくていいとか何もするなとか教えたくないんだったら――力を着けさせなくちゃいけないんです」
「そんなのは普通に暮らしてる俺らに出来ることじゃねえんだよ! 働くだけ食うだけで精一杯でまともな教養なんざありゃしねえ! そういうのこそ出来る人間にやるべきなんだよ、やらなくちゃならねえんだよ! それから逃げんな!」
それはただの責任転嫁だ。それも本人が気づかないレベルの引き籠り症とでもいうべきかもしれないが。
「……じゃあ言わせて貰いましょう」
これまで俺がしてきたことに自信を持って。
「で? 今回のお祭りは? ――みんな、みんなで出来ると思ったから手を挙げたんですよね?」
さて、
「みなさん、思い出してください……本当に自分では何も出来ませんか?」
「ああ?! まず俺の言うことに答えて――」
「あとで聞きますからとりあえずそこで突っ立っててください」
「うるせえてめえこそ黙れ!」
息を荒げてどうにか殴りかかろうとするがやはり町の男に取り押さえられている。
本当は完全論破して黙らせてやりたいが、それは二の次。
まず分らせなきゃいけないのは、弱気に騙されて見当違いの強気を手にしようとした人たちだ。
「出来ないと思う人――ばかりですよね。別にいいんですよそれは」
こんな風に誰かに責任と仕事を押し付けたりしなければだけど。
「――だって、それは俺もですから」
周囲がザワつきだす。
そして不安に駆られて、
「――出来るって言ったわよね?」
こうなるから、責任者や主導者は弱音や不安を口に出来ないのだが。
「ええ。ですがそれは祭りについてで、俺個人の不安じゃありません。すいませんいちいち誤解を招く言い方をして」
と弁明しつつ興味を引いたところで、改めて問う。
「おれ、何かが一人前に出来るようになりましたか?」
そんなふうに評価できるわけないだろう、いくら立派に努力していてもだ。
「貴方は便利屋さんとして、街の人の役にいっぱい立ってるじゃない……」
嬉しくて笑ってしまいそうになる。
だが現実としては、
「そうかもしれません。でも大工も、林業も、農業も、料理人も、商売人も、役場の人間としても、何から何までその道で一人前とは言えませんよね。そういう意味では何も出来るようになったとは言えません。そしてこれから、その中で本当に出来るようになるとも限りません」
というより、このまま便利屋を続けていてはどれにも成れないだろう。便利屋として一人前になれるかもしれないが。
一人前の定義――大人になるという事の条件の一つとして、仕事が出来るということがある。それは生活を営む基礎だ。一人になったとき食べていけるという事。そう言う意味で、俺はまだこの世界の人たちの庇護下にあるがもぎ取った仕事をこなしているので一人前ともいえる。
が、これはやはりそういう話ではない。仮に何かが出来る人間がこの祭りを主導しても不安は厳然と存在している。
それを輝かしい立場や言葉を盾にし目隠しをしているだけなのだ。誰に任そうと駄目になるときはダメになる。そこに気付けばまた不安になるだろう、そして消せないそれを誰かの所為にすることで肩代わりさせる。
これはそんな解決できない不安とどう付き合うかの決着になる。
それは大概、前述のとおり他人の所為にするか。それとも、自分の所為にするかだと思う。もしくは及びもつかない何かだ。
きれいに諦めが付くから。
けど正直俺はどれも嫌いだ。
だから俺は、
「でも俺は努力はやめません。止めらその途端に不安になりますから」
でも、そこにある皆の顔に書いてある。頑張ったからって、それが実るとは限らない、と。でも思うのだ。
「それでも、あの時何かしていれば出来たんじゃないか、って必ず思うからです。失敗した時、いや、何かを失くした時、必ずそう思わずにはいられません。あのとき何かしていれば今が少しだけ何か変わったんじゃないのか、違ったんじゃないのか。無駄でもなんでも何かやっていればよかった。って」
俺は割と最近そんなことが多い。努力とは別ジャンルだが、もっと趣味を持っとけばよかったとか、楽しそうだと思ったことに気軽に手を伸ばすとか出来たはずなのだ。
音楽とか運動とか漫画でもオタクでも、出来たと言えば出来たし好きになれたのだ。その道の一流になれるかどうかはともかく楽しみの一つになっただろう。
それは人に自慢できる輝かしい夢や目標を手にすることじゃない。でもそういう本気を見つけることは大したことじゃない。なぜならそれは自分の中に確かに何かが根付いたってことなのだ。
野球もサッカーもバスケも、友達と遊ぶ以外に欲求は無かったからそこ止まりだった。あくまで友達と遊ぶツール、それ以上の価値はない。夢にも人生の目標にもならなかった。
でもそれを通して【友達と遊ぶ】と言う事だけは心に住み着いた。これは俺の中で決して消えていない。
何かをするってそういうことだ。夢も目標も見つからないかもしれないけどそういうことだろう。いつの間にか自分の一部になるものが出来上がる。
出来る、出来ない、諦める、じゃなくて、何かを始めるとそういうことが起きる。結果がゼロに見えてもそれをしていたから得られたものがある。
だから――もっと早くから色々な事をしていれば、ひょっとして他にも何か見つかったかもしれないと思うのだ。
これはきっと誰にでもある、何かをやろうとするときの最初の壁――
欲を持ちつつ欲を捨てるような生き方。無為とかいうのかな? ただ生きること、ただ必要な事をすること。それが出来るか出来ないか。
余計な不安にどう決着をつけるかだ。
実らない努力――望んだ結果が得られないというその不安と、どう行くのか。
本当に、どうなるかなんてわからない。
「――それはなんだって同じです。何を始めても、そこで何かが出来るようになる訳じゃない。不安だらけです。それどころか、あなた達の思っている通りに努力が人を裏切ることだってざらにあります。そんなこと当たり前に、成果なんてあるかないか分らないような毎日の方が正直多いです。多くないですか?」
才能や運気、図太い神経や別の角度から見られる感性に彩られた異人だ。普通の人間にはがむしゃらに垢抜けたキレイで前向きな姿勢での努力なんてできない。
自分を追い立てて追い込んでそれでようやく。これは自分に必要なことなんだと欲とは別のところにある理性で判断して、逃げ道を塞げてようやくやる気になる。
普通の人間は、自分を追い込むことで前に進もうとする。俺もそうだ。俺が本当に普通かどうかは他人が判断することだけど。
この世界に来てからも俺はそうしてきた。
でも苦労だらけになる愛とか正義とか優しさとか善意とかで希望を見出すことなんて出来ない。痛い目を見る。悪人の方が多いから。世間は甘くないから。そんな自分の努力の外側で――どうにもならないことで起こる何かで簡単に状況は暗転する。それより単純な力不足で無駄になる毎日も多い。
何かをやれば、やろうとすればまず不安が返ってくる。
「でも不安を本当に消したいんだったら、自分が努力し続けるしかないんですよ。そうすればその内何かがぽろっと出来るようになるかもしれませんから。努力を続けていれば成果が得られる瞬間が来るかもしれない。いつ何が起こるのか分らないからこその。少なくとも何もしていなかったらその瞬間は訪れないんです」
これは意外に無駄かもしれない努力を続ける上でのメリットだと思う。そしてこれが絶対に消えない不安への対だと思う。
奇妙な話、何が起こるかわからないからこそだ。奇跡が起こるかも、なんて思えれば努力を続けやすくなる。宝くじをついつい買っちゃうノリで十分だ。
でも、必ず外れると思っている人間は買わない。
そんな運任せに、努力が無意味になるからそうするのだろう。潔く諦める、最初から何もしない。それぐらいわかってる。
周囲を見渡す。やはりそれぐらいわかってる。
だから言う。前向きに何かを信じろなんて俺は言わない。そんなの絶対普通はむりだからだ。でも、
「……それでも、不安だからと言う理由で、出来ないかもしれないから何もしないんですか? そうしたら、本当に何も出来ないままですよ?」
不安で不安が相打ちになる。否定的に話をしていたのは半分それを狙ってだ。
周囲はようやく押し黙った。ここで五分と五分だ。与えられた不安と余計な期待をゼロに戻した。
それとは別として。
「――それで、俺が勇者だからとか稀人だからとか異世界人だからとかで、お祭りをすることを決めたんですか?」
会議に参加していた人間も、そこに居なかった周囲の人もハッとした。
あの時、俺はただ普通の人間だったはずだ。
あの時、会議室には居なかった人間も、会議に参加したただ普通の仲間や家族や友人からそれを聞いて思った筈だ。
「自分たちで、出来ると思ったから、やれると思ったから、楽しみだと思ったからやろうとしたんじゃないですか?」
思う、夢を成すのは普通じゃない人間にしかできない。
けど俺は、努力を成すことは普通の人間にもできることだと思うのだ。
「俺に責任を任せるつもりでやろうとかそういう事じゃなかったはずでしょう? このお祭りは、みんなの目標だったんじゃないですか?」
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