閑話「巫女の事情、神の事情」
境内、鳥居の中の神域。
静まり返った本殿で、神様とその巫女は会談していた。
「……やれやれ。やってしまったのう」
「ミナカ様……」
先程までの
そこには、神に相応しき威厳と荘厳な気配が溢れていた。
「お主は悪くないぞ。ミコトよ……しかしまあ……ああいうのが好いのか?」
からかうようでいて、超然とした神様の問い掛けに、命は顔を曇らせる。
まるで目眩を覚えたように狐の半面を抑えて。
「……誰かに似ていたか?」
「……わ、わかりません……」
無言で首を横に振る。頭の中のモヤモヤを払い除ける。
男の事を揶揄され、物憂げなそれは、見る者によっては惚れた腫れたと勘違いさせる――
それとはまったく違った。
「……まあ、過ぎた事じゃ。儀式自体が失敗したわけではないし、あの少年と、三人の娘の誰が強く繋がったかはまだ分からぬしの」
ミナカは思う、出来る事なら我が娘であってほしいと。予定ではトリエとミーナ、そしてもう一人、この街を思う純粋な娘の願いを元に夢を繋げて、その思いに共感した勇者を選ぶはずだったが、丁度いい純粋な娘がいなかった。
勇者が事が済んだら元の世界に帰れるようにするためだ。幾ら願いを一つに濾しても強すぎる願いの結果、初代の勇者は帰れなかった。
三人程度なら、そして純粋な娘や男子であれば、そう難しい願いにはならない。
そして万が一、帰れなかったとしても、心がつながった娘がいるなら勇者もほだされ慰められてくれる。その為、柱は必ず異性で統一される。
「……しかし、才能も、知識も、取立てた運も持たず、心の内で己に素直な小心者、真に勇者というにはあまりにも平凡な者。特に善良でも悪辣でもない……そんな若者がどうして勇者に選ばれてしまったのかのう……」
能力を度外視した精神面を観れば、人としては確かに間違えていないのかもしれない。
少年は決して自分の好き勝手にやりたいことをやる人間ではない。思慮深いとも言うし、臆病とも言う。だが、それも打算的であり、人並みである。
――そう誰にでも見えるだろう。
口先で、心の内でどう
面白い人間だ――決して己の分から変われない神から見れば。
いや、人間の目から見ても、あれは変わっているのかもしれない。
他人にちょうどよく使われてくれる。それでいてそこに自分の意義を見出してくれる。そして自分自身が潰れない程度に我儘も通す。
そのどれでもあり、どれでもない、千遍万化――普遍的であり、不変に見え、そうあらず。
結果的に普通に見える――
ちょっとした原石に、みえるかもしれない。
そんな人間を、一体誰が願ったのか。
それは、
「――なあミコト、お主は何を願っておった?」
「私は……」
娘は黙した。
儀式の性質上、娘たちは夢を見る。だから問う。
それを問う声は、
「……どんな夢を見た? 怖い夢か? 懐かしい夢か?」
神様としての威厳も、超然とした気配も何もない。
子供をただあやすそれである。その声を聴き、娘は、
「……」
「……お主はこの世界をどう生きたいのじゃ?」
「……どう、生きたいのか……」
「そうじゃ」
その言葉に、目の前の少女は目を逸らそうとする。
「……よく考えておくのじゃよ。――さて、ミコトにはどれ、今度男の誘い方でも教えてやろうかの。そろそろ大人の女として着飾りもせんとのぉ」
「……お母様」
彼女は狐の半面の下、唇を引き結んだ。
そして、
「……私は、まだそのようなこと……考えられません」
「……ふむ、まあ――好きおうた相手が出来れば、そのようなことは言えぬであろうがな……まだまだやや子じゃのお」
命はそれを半ば無視するように、深々と座礼をし、そしてその場を後にした。
神様はそれをただ眼で見送った。
誰も居なくなった本殿で、寂し気に足を投げ出しながら。
呟く。
「……夢の中ですら、夢を見られぬ、か」
嘆きとも、憂慮とも謂える。
それは、誰に届くことなく、静けさに吸い込まれていった。
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