34話「平凡勇者の町おこし」
リアの町の祭りまであと二日。
その日も後藤は支部の机で書類整理をしていた。
主に経理だ。この世界には表計算ソフトもパソコンもないので、計算にはそれこそ自分が普及したそろばんかそれに似たもの、もしくは小さな黒板にチョーク――子供のおもちゃのような砂鉄と磁石を使ったホワイトボートに直接式を書いて行っている。
それを、紙に写す。こちらはどんな計算をしたのかしっかり記録に残すためだ。万が一間違えた時、でないとどこで間違えたのか分らなくなる。【算術】なんて能力上、実働よりもこちらの内勤の方が重宝されがちだが、それに頼っては周りの人間が育たないので自分もそろばんを使っている。
数字を見る――ここ最近の勇者連盟が扱う製品、その出荷量の部分を。
魔法野菜が伸びている。この支部に置いてだが。品目の多さに反し数は多くない――それが全て捌けているようだ。
そしてもう一つ、今度は連盟のものではなく付近の市場の動向についての調査報告書だ。
予想に反し、リアの町ではかねてから準備していた魔法野菜の芋を慌てて出荷したりはしていなかった。魔法野菜・芋類についてはどの市場にも商店にも出されていない。本来であれば焦って対抗心に駆られて祭りの前から放出して――それを目当てに祭り当日に来る客自体が減っていたのであろうが。煽りには掛らなかった。
余程自信があるのかそれとも上手く誰かが手綱を引いたのか。
あの高校生が――いや、ただの高校生がそれは無い。精々考えられたとしても別案を打ち出すぐらいだろう。高校生である以上はアルバイトとして命令か作業的仕事をこなすのが精々だ。こういった何か起きた時の対処や数字の目算までは出来ない。おそらく商工会の人間が冷静に判断したのだろう。
が、それにしても上向いている。連盟から卸している魔法野菜のことだが。
これは最初の物珍しさだけで、珍しい野菜はおいしい調理法が分らず――もう売り上げは落ちて来ていたのだが――
新規客がまた出始めているのか?、固定客が出戻りしてきたのか、なぜ?
野菜を制作している【農場主】はそろそろ加工品の方に手を付けたいと言っているが現状では必要ない。これだけで十分潰える。農業生産系の能力者は多いから余裕をもって行っているが元々事が済んだら撤退する必要があるのだ。魔法野菜の更なる普及は目指していない。
この世界を元の世界のようにしつつ、異世界人の為の町を作るためにも、手札は残しておいた方がいい。
それにしても――特定の品が売れている。
人参、玉ねぎが特に。あとはカボチャ、ニンニク、キノコ、茄子、トマトなどが追随して葉物の野菜はそれほどだ。芋類は生産していない、そんなことすればあまりにも露骨だ。もう彼にはばれているのだが、それにしても現地住民との摩擦は避けるべきである。それと魔法野菜ではないが過去の勇者謹製のカレー粉や連盟で取り扱っているスパイス類もやはり売れている。しかもこの周辺限定だ。他の支部では今まで通りの数値である。
これについての市場調査をするべきか。
「――後藤さん、魔法野菜なんですけど、今日昼あたりから芋に関する注文が増えてきているんですけど」
「芋?」
「ええ。なんでも変わった料理を作りたいんだとかなんだとかで、料理人からの注文が出てきてるらしくて、でも芋だけないからと」
「……芋は流石にダメだ」
それをやったら完全にあの町は潰れる。あくまで異世界人をこちらに引き込むのが目的だ。その為とは言えその住民まで完璧に潰すつもりはない。
あくまで彼のアイディアを潰す。
それに今はまだ他の野菜類だから悪評までは立っていない――自然に、以前から進めていたことのように自然な量で流通させているからでもある。そこまでしたら勇者と言う存在自体が敵視されかねない。勇者を制御すべき連盟が被害を出しては元の木阿弥だ。
とはいえ――
今まで発注量が増えた他の野菜だけならともかく、なぜ今になって芋が。
時間が経ったからか。元々芋なんて料理の量増し要因でそれほど好かれるものじゃない。お菓子屋おやつとしてちょっと腹を膨らませるのにはいいが。花のある料理ではないので後回しにされたのだろう。
このまま行くと、明日――そこで求められている魔法野菜・芋類が出回ることになる。あの町で――
……妙な胸騒ぎがした。
この流れは何だろうか。
「……君塚」
「はい?」
「少し調べたい事があるんだが、今空けられるか?」
「ええ、なんとか」
「――彼に付いてここ数日のその行動を調べておいてほしいんだが」
そうして後藤は自ら市場調査に出た。そこにある取るに足らない出来事の数々が、パズルのように組み合わさっているような気がするが何かが足りない。
あの町は全くと言っていいほど関わっていない。
冒険者ギルドに発注された魔物の肉は、周辺の町にあるガスト商会の支店に卸されていた。リアの町には置かない――祭り当日に使用する大量発注でもない。
いったい何がしたいのか。単に魔物肉を商品に取り入れることにしただけか。
意味が分からない。
魔物肉で何をするのか。普通に売るようだったが。
――街中で稼げないから外で稼ぐにしても小規模すぎる。
支部に戻り翌日、部下から報告を聞く
「……そうか」
「ええ。彼はこれまで通りバイト紛いの社会奉仕活動に、自分自身も屋台を出す様でその準備に追われています……これと言った様子で祭りそのものの運営にももう参加していません。会議には出て話を聞いているようですが特にこれと言ってそれを主導をするようなことも……」
肝心の、勇者であるはずの鈴木凡人は何もしていないのだ。
諦めたのか、出来ることは全てしたと既に達観しているのか。
何も感じず無責任に放棄しているのか――? しいて言うならそれがありそうだ。彼は自分は勇者じゃないというようなことを言っていた――
なら、町がどうなろうと責任とは無縁な立場をとるのではないか?
だが、ここに来たときの、おどける様に平静を装いながらこちらを観察してくる様子は――
……何も出来なかっただけか?
釈然としない。本当にそうなのか、それとも――
後藤は確率を見る。自然に、その人間に出来そうなことや出来ないことを探す。
それは自然なことだ。無能と有能をより分け人をみるのは。自分の仕事に関わる。社会的なそれであり会社的なそれであり、そろばん教室を開いていた指導者としてでもある。
人を見る。気持ちが向いていなかったり、そもそも意識がなかったり、それでも努力や才能で補うか余りある力を持つかどうかを見る。
でなければ失敗が舞い込んでくる。
だから自分の能力以上のことはしない、無能な人間にはかかわらない。それらが自分にどうかかわってくるのかを見る。
――それが人が身に着ける一般的な人付き合いの感覚だ。
それで言うならば、彼は無理をしない人間に見えた。
――鈴木凡人のことをそうみていた。
悟り世代、というのか、人と人の間で極端に無理をせず無駄をせず効率よく生きようとする。社交性が皆無ではないが、それでいて自分の為にだけ生きようとする。
熱の無い、冷めた欲の世代――短いやり取りの中そう見ていた。
それは間違えていないはず。彼は無茶や無謀を力で押し通そうとする人間独特の浅はかさは見えていなかった。事実そう立ち回ろうとしているだろう、ここに来たとき一滴たりとも感情を露わにしていなかった。
それは彼自身も分かっている筈だった。まずリスクを考えてから行動する。その辺の無謀な大人や子供よりむしろ大人びてさえいる――
絶対に無茶はしない。
――ただ、同時に彼の事を勇者として見ていた。
この世界の住民に呼ばれそして応じたのだ。勇者とはそういう人間だ。基本は善意的で。
そこそこ正義感のある無謀な若者。だけど何の力もない子供らしい子供。まだまだ無自覚に若さゆえの万能感に酔い痴れているだけ。
だから、出来ない事でもなんでも自分で何とかしようとする。
だからこそ、ここに来たときは怒りを露わに暴力かがなり立て正義だ倫理だ優しさだなりと感情論でひた走るとも思っていた。
だが、彼はいまでに――懇願にも抗議にもこない。
これは勇者としておかしく感じた。
恨み事も嫌味も皮肉も愚痴の一つも言わないのは些かおかしくはないか?
――なら、彼は何かやろうとしている?
どうともできると思っているのではないか? むしろ、こちらの暴挙に対し動じた様子もないのは、根拠のある自信の表れではないのか?
でも、彼は何もしていない――状況を好転させるようなことはなにも。
その懸念に気づいたのか、部下の君塚は、
「ただ――彼は働く以外の生活は神域――神社の中でしています。流石にそこまでは【千里眼】でも覗けません。そこで何かしているのでは?」
「たとえば?」
「たとえば――【農場主】からも提案があった魔法野菜の加工品に着手しているとか」
「……それなら専門家もそこに入るだろう、そんな動きは?」
「……ないようですね」
部下の君塚は調書捲りそう言う。
「ろくな能力もないただの高校生に、それが出来るか?」
「……そうですよね……」
料理が出来る男子高校生も今日日それほど珍しくない、不況で両親共働きや貧困で節約するにはまずそこから削ろうとして嫌でも自炊し外食や中食も避ける。出来てもおかしくないが、精々できて簡単でズボラな家庭料理だ。売り物として出せるものではない。食品加工における衛生管理も徹底するのは最低限の飲食業として条件だ。それと大人がやらせるか?
あの町における彼の評価は――いい子だ。才能のある人間に対する評価ではない。むしろいい子でいる以外能が無いからそう言われる評価だ。
それがある子はまず『○○が出来る』『○○が上手い子』などと言われる。
心よりまずそちらを褒めるだろう。心優しい子が――才能を持っていたら、まず社会的評価で優先されるものに点を付ける。大人だからこそ。いや、子供でも同じだ。優しさなんて何の役にも立たない――それこそ利用価値しかないことぐらい子供でもわかる。それは単なる付加価値なのだ、そして付加価値だけでは意味が無い、精々磨り潰して責任を押し付けるときぐらいだろう本当に役に立つのは。
「案外もう見切りを付けられているとか」
「……それなら奉仕活動も回さないだろう」
ボランティア団体にだってそれがまともな組織である以上は給与はある。まして彼は公的に雇われている身分だ。
本当に見切りが付けられていたら自力で稼ぐしかない――
「そんな様子もないんだろう?」
「ええ、活動中に金銭を懐に入れる様なことはないそうです」
「……」
なら、いったい何をしているのか。
本当に何も出来ることが無いから何もしていないのか?
商売で出遅れた方が悪いと本当に思っているのか? 悪意はあっても本当に悪いことはしていないとでも? そういう世の中の道理を弁えているのだろうか。法律も関係なく上手くやれる人間だけが利益を貪れる、というような、大人でも諦観でも享受でもなくそれを本気で受け入れられる人間はそれほどいないのに?
――本当に手が出せないと思っているのか?
首筋にもやもやが残る。
これはとても悪い予感だ。
「……何も出来ないなら、何もしないでくれた方が助かるが……」
それ相応に従順か有能でなければ勇者は務まらないし、この連盟にもいる価値はない。力として取り込む意味はないのなら、これからも精々普通に住民として暮らしてくれればと思う。
彼が連盟に参加するとしてもそうなるだろう。
向こうの世界と同じで、歯車か消費者かの需要だ。
本当に特別でも何でもない――代えが利くただの人になるだろう。
冷たいようではあるが社会としてみればそれは当たり前のことだ。でも代えが利くというのは、別の場所でも必要とされることがある、ということでもある。
真に他人から必要とされる力を身に着けられなかったらそれより下の社会的底辺になる。食われることも出来ないゴミとしての世話が必要になる、社会に本当に必要のない人間だ。
食われる側ですらない、社会の害虫という区分である。情酌量の余地もないのは稀だが。
しかし、
それなら――
「……」
そう思っていた。
「……見に行くか」
「え?」
「……明日、視察だ」
翌日、祭りが開催されてから、すでに二刻ほど。
――『にぎやか
と、銘を打ち町の玄関に看板が掲げられている。
余裕をもって後藤はリアの町に赴いていた。
花火の火薬の匂いがほんの少しまだ残っている。そこでどんな開会の辞が読まれたのかは知らない。しかしおそらく封を切るような内容だ。
中々盛況な様子である――祭りとして正常な光景だ。
屋台が出て、人が出て、チープな料理の匂いがして、人ごみで賑わって。
この町の住民だけでなく、やはり、それなりに街の外からも人が来ているのだろう、そこそこの隙間の無さがある。浴衣に髪飾りに盆踊りの祭りの装いではないが。
会場である街道は人で賑わっていた。
そこを、どこか憮然とした顔で、やや眉間に皺を寄せながら後藤は歩いて行く。
そこかしこで、
「――さあさあ摩り下ろすだけでトロトロにミルクのようなまろやかさと優しい味のホワイトロロは如何だい? 熱せば子供の離乳食やそのままホワイトソースの代用品にもなるよー? 砂糖を入れて冷やして果物と
「こっちは茹でればモッツァレラ、焼けばこんがりラクトチーズ、揚げてチップスにしてもいいよー? 美味しいよー?」
「害獣避けに発破ジャガはどうだー? 生のまま獣が食べれば風船のように破裂して追い払えるかもしれないよー? 食べるなら切って乾燥させて揚げればふわふわサクサクの新食感だ!」
そんなアピールをしている。そしてそれに食いつくように。
「一袋くれ」
「はいよー」
「こっちは二個!」
「あいよ」
「種芋は? ――なら一箱、それと乾燥させた奴は?」
「そこの屋台に。揚げた奴も売ってるから試してくんな」
「――他の奴も隣の屋台に料理した奴があるよー」
料理人、主婦らしき婦人に中年農家に、子供に老人に――
調理法の研究や加工品の生産もやはりやっていたのか。だがそれはまだ、買った人間が食卓で実践するというレベル。大々的に大量に生産して売り捌くという話ではない。
なるほどこれは見本市だ。――この街ではまだそんな大量加工できる工場や場所が無いから。
精々農家の軒先で干し芋かなにかが限度だろう、むこうでよく見かけるマッシュポテトの粉なんかになると厳密な衛生管理環境が必要にもなる。
それが分っているから。
もしかしたら融資の話を募られるかもしれない。
それでも――
そんな話は、もう勇者連盟の方にも来ている。【農場主】からの提案だけでなく、野菜を卸した業者から、その顧客である商人から。しかしまだ大量生産の目途自体が立っていないからと話自体を断った。少々変わった野菜の生産方法についてもまだ公開はしていない。
その甲斐あって。こちら側の魔法野菜が出回って。
――既に一ヶ月近く。そろそろ興味も目新しさも完全に薄れてきた筈だ。
慣れている。
それなのに、どうして……。
「これは……」
熱気がある。これは何故だ?
違和感。
リアの町周辺に魔法野菜をばら撒いたことで、本来この祭りの売りであったその衝撃を潰している。もう目新しくない筈――文化として定着する規模で浸透していただろうか?
そこまでの時間ではない。そこそこの長い時間流行らないとそんなことは興らない。最低でも一年、二年、三年越せたらどうにかである。もちろんその間全く同じものを出はなく手を変え品を変えアイディアや技術を洗練させて、どれだけ細々としてもそれは淘汰による必然的な先細り――生存者、であり先鋭化である。それが長い時間を掛け積み重なれば伝統と呼ばれる。
その手前で引き返すか引き払う――新商品に見切りをつける時期なのだが。これはどういうことか――
「揚げたて出来たて! お母さんのコロッケは如何ー?」
「恋人の初恋の味――肉じゃがはお帰りなさいの味~」
「おばあちゃんのしょっぱい波々ソース味ー、カリカリほろほろの炒め芋はいかがだい~」
妙なキャッチフレーズが横行している。
しかし惹かれる男は確かに居るだろう、一定数の需要をふらふらと確実に確保している。
それはいい、これは普通の屋台だ。
――いや微妙に普通じゃない気はするが。
揃って皆ふりふりフリルの新妻系エプロンだ。いや、せめて婆さんは三角巾に割烹着か前掛けの腰掛けだろう――
「……一つください」
買ってしまった。
雑な濃いソース味が食べたくなっただけだ。包み紙に割り箸で食べる――
たぶん『にぎやか故郷――』の故郷部分に合わせた演出であろう一種のテーマパーク化だ。単なる祭りで素人の料理を売るための工夫をしている。見れば彼女たちはプロの料理人でもエンターテイナーでもない――蒸してから油で焼いたのだろう、カリカリした部分と蒸してねっとりほくほく、焦げ茶のソースに青のり、時々の紅ショウガが程よく口がさっぱりする。
全部食べてゴミ箱を探しそこに捨てた。
周囲の景色と状況を検分しながら。
祭りの会場――街道を廻る。
冒険者らしき人物がちらほらいる。歴戦の料理人のような人物もちらほら見受けられる。
彼らはどうみても祭りをただ普通に楽しみに来たようには見えない。それに声を掛けようとする。
『おおっとこれはどういうことかカレンディナ選手! ゆで上げたジャガイモにミルクとバターを混ぜたかと思えばそれを冷やし始めた――!?』
『砂糖も入れていますね……これは……おお? 冷やしている氷水に塩まで……ああ、これは手作りアイスクリームですね』
『アイスですか?! ジャガイモを入れた!?』
『丁寧に裏ごししていましたからね、ざらざらとした舌触りを良くする為でしょう、それを――三回に分けて入れ、ジャガイモの風味を段階的に、しっかりミルクとクリーム負けないように馴染ませる為ですね……ああ、バターも入っていますから、さしずめじゃがバター・アイスでしょうか』
『ですがバターも一緒に入れちゃってましたよ? じゃがバターならバターは最後でしょ!?』
『普通のじゃがバターと違ってバターも最初に入れるのは――主役であるジャガイモの風味が負けてしまうからでしょう――これは料理についてよく勉強して来ていますね』
『そ、そうなんですか?』
『ええ。メイン料理に掛けるソースなんかもこうして、最初に入れる物は喉越し、次に噛んで舌で転がした時の味、最後に香りを際立たせたい物を入れます。――果物のソースなんかは特に冠する果物を最後に入れ軽く煮詰めるんですよ……彼女は香りだけでなく味もしっかり残そうとして意識してやって――』
『――おお!? 更にさいの目に切った芋を揚げて!?』
『――これは食感の変化とアクセントですね――ビスケットやクッキーの代わりに上に乗せるんでしょう』
つい、足を止めて聞きながら見てしまったが。
中々退屈しない。
……。
午後から大会に出た料理も屋台や店、それに宿でも提供されるらしい――祭り期間中は安い料金で泊まれるとか。
祭りに来ただけで飛び込みの宿泊をする者は少ないだろうが準備の良い事だ。この町で提供される地元料理も自然に口に入れさせられる――上手く味を気に入ってもらえれば地域振興にも繋がるだろう。次に同じことをやるのであればリピーターになるかもしれない。
それに遠くから来た人には尚更都合の好いことだろう。連日遠くからここへ来るのは骨だ――
丁度いい――自然に会話を振れる。その明らかに、祭りを楽しみに来たわけではなさそうな、料理人らしき彼に、
「――すみません」
「ん?」
「遠路はるばるのご来訪とお見受けいたしますが、このお祭りにはどういった経緯で?」
「……いや、そういう訳じゃないんだが」
「……ああ、これだよ」
すると冒険者と料理人らしき彼らは、一枚のチラシを懐から出した。
見せて貰う――すると、そこに書かれていたのは……。
――時間は遡る。
からっとした太陽の風が吹く。
リアの町――そこは朝からにわかに活気づき、はち切れんばかりの疼きに巻かれていた。
これから何が起きる、何かが起こる、街の其処彼処からそんな予感がはためいていて。
そして、穏やかな田園と山麓に囲まれた町に花火の喧騒は上がった。
そこで町長は街のど真ん中でマイク片手に叫ぶ、
「――それでは、第一回『にぎやか
すると歓声と拍手が上がった。それはまずこの町の住民達自身が自らの新たな門出と祝福を願って。
そして、
「じゃあみなさん! ――張り切って行きましょ――っ!」
異世界から来た異邦人の声によって。
『おお―――っ!』
気勢が張り上げられた。
祭りの日程は二日だ。
予定通りこれまで研究、生産した魔法野菜――主にこの町の特産を目指した芋類の披露と直販市。そして業者、一般人問わずの芋料理の屋台や出店は通してやる。
お祭りの中でのイベントとしては。
一日目は、街道を利用した芋料理の公募レシピ大会。
二日目は、そこで披露されたレシピ料理を加えての屋台の出店である。付け加えてあと一つイベントが追加されているが――それはもう既に始まっている。
そのおかげか賑わっている。当初の来場者数の見込みより人足が増えているかもしれない。それは祭りで売られてる料理だけが目当でなく、懸念されていたこの町の魔法野菜の直販市までだろうか。
そこかしこで呼び込みの声が挙げられている。
であるが。
「あの、本当にいいのですか? 運営の方に回らなくても」
「ここまで来たら俺の仕事はないコンよ――人手が足らなくなるようなトラブルでもなければだコン」
「――そう、ですか」
「コンコン、ちゃんと語尾にコ~ンを付けるコ~ン」
「……こ、コーン」
俺は白衣に青袴に狐の仮面で屋台に立っていた。
ペアルックで、白衣に緋袴に狐の半面の命さんを伴って。食べ歩き用のお稲荷肉じゃがを、笹の葉を敷き詰めた桐箱に並べて。土産用の小さな寿司折りにお稲荷肉じゃがを詰めた、その山を売り捌こうと。
「――コンコン! 狐さんのお稲荷肉じゃがは如何コーン!」
「こ、コンコン! ……甘くてホクホク! しっとりお揚げに包まれた、優しい味の肉じゃがですよ~」
「お肉に玉ねぎ人参、ジャガイモのほろほろ加減が最高だコーン!」
「おひとつ如何ですか~?」
「コ~ン?」
「こ、コーン!」
俺は某千葉ネズミのような裏声で。
命さんは若干恥ずかしがりながらの普通の声で。
そこを通るお客さんの目を引くようパフォーマンスする。
「まずは狐に化かされたと思っておひとつどうぞだコ~ン! それからお土産に一箱どうぞだコーン!」
お稲荷肉じゃが一個を笹の葉で包んで、一口か二口でその場で手で食べられるように。
注文が入ってからその場で包んで渡す。歩きながらの野外で皿に箸で立ち食いするのは提供に不向きであるからだ。会場全体でベンチを所々に用意してあるがそれは来場者に対し元々数が足りないであろうことは分っていたし、当初は人員の都合から土産用しか用意しない予定でもあったが、屋台の売り場として、売り物の絵が暖簾やのぼりに描いてあるだけではそれがどういうものかはいまいち伝わらない――例え名は体を表す分かりやすさでもだ。
そこでやはり、その場での提供もすることにしたのである。
そして、如何せん、目立つコスチューム(彼女は普段着)であったとしても、食べ物は茶色の三角形であまりぱっとしない見た目の為、
「コ~ン!」
お絵かき魔法で弧を描き、光の線出てきたマスコット狐を飛ばしコミカルに動かす。はくはくはくと、二頭身の狐は稲荷寿司っぽいなにかを食べ、そしてくるくる激しく回った。
歓喜の踊り――美味しそう、
子供受けが大変宜しい――こちらを見ている。
この町の住民ではない。見ない顔だ。それであるなら命さんに気づいて会釈なりなんなりしている。俺は裏声で、
「――どうだコーン? そこのお母さん、ちょっと一つまみ、今晩のおかずの一品にどうぞだコ~ン!」
「そうねえ……」
言いながら母親は子供と目を合わせていた。口の中で唾を溜め始めているそれだ。
伊達にこの世界に来てからずっとバイト三昧してない。当然ながら商店街の人手として実演販売的なことや店頭調理もしている。子供と母親のセットはカモに長ネギだ。
母親は一個の値段が低く、なによりこれから屋台を回るのに食べやすい量かを吟味して――
「じゃあ一つ――じゃなくて二つね?」
勝った。そして買った。
「ありがとうございます! だコーン!」
命さんが軽くお辞儀しつつ桐箱から笹に包んで準備をして、俺はその間に料金を受け取りお釣りを渡した。
命さんは包んだそれを親子に手渡し、
「お買い上げありがとうございます――コンコン?」
「――コンコン!」
少年がノリよく答えてくれた。と、それに微笑みを返す命さんに――少年はちょっとポッとしていた。照れ隠しに早速その場で食べ始める。
黙々としたその様子に、命さんが素の口調で、
「……おいしいですか?」
「……うん」
微笑ましい……。母親も困り笑いだ。
そしてコスプレではなく本当の巫女らしき命さんに会釈をして、人ごみに消えていく。
母親も一口はくり――あら、おいしいわね? と。帰りにお土産にしましょうか。という呟きが聞こえた。
少年も頷いている。
それを見送っていると。
その雰囲気に魅せられてか、見物していた人達がいくらか並び出す。次に、次にと、後ろに続いて行く。そぞろに列が出来ていた。
「じゃあ一つと一箱」
「――ありがとうございますだコ~ン! ――一つと一箱ですね? 少々お待ちください。袋はお要りになりますか?」
命さんがその場で食べる分を準備している間に袋を用意し箱の方を入れる。
お金とお釣りを入れ替え、語尾にコーンを付ける。
「――お待たせしました。お買い上げ、ありがとうございます……コンコン」
命さんが丁寧にお辞儀し包みながら、俺がその他を請け負いリズム良く売っていく。
合間が出来たら絵の狐さんを飛ばして動かしパフォーマンスも忘れない。充足感、躍動に時折命さんと目を合わせては自然に笑っていた。
「次のお客様どうぞだコーン?」
そこで、
「――一箱貰えるかい?」
後藤が現れた。
「一箱ですね? お箸はどうするコーン?」
「いや、いいよ」
「かしこまりましたコーン」
「……君はここで何をしているんだい?」
あ、やべ。
「見てのとおり――」
コスプレ肉じゃが屋台――いや彼女は普段着だ。
ならなんだ?
「……ペアルック屋台だコーン?」
「……」
真面目な顔である。
隣の狐さんも冗談が伝わらなかったのか硬直していらっしゃるが。
「……いや、普通にただの屋台ですけど?」
「……はぁ」
袋に箱を入れて手渡し、釣銭を渡しながら。
何故だか今度は重い溜息である。
「――これは君の案かい?」
そこには一枚のチラシがある。
――魔法のカレーを食べよう!
――未だ誰も見たことの無いカレーを食べたくないかい?
――今流行の魔法野菜を使ったカレーレシピを募集中、賞金20万。
――募集期間はリアの町『にぎやか故郷野菜祭り最終日』までです。
――そこで審査の結果、賞金は優勝者に提供します。
後藤は思う。
「……上手く考えたものだな」
それが最初の感想だ。なるほど、これなら周囲の勢いを加速させつつ、それにこの町も乗ることが出来る。
こちらの狙いにあえて町で対策や抵抗するのではなく火に油を注いだ――流行の下火を延長したのだ。おまけに自分達が売りに出そうとしていた芋を買うようにカレーと言う料理に目を付けている。
しかもそれは――こちらの利益にもなる。
だから、見逃してしまった。
必然、芋以外の魔法野菜――連盟が流したそれも買われるだろう。それにカレー粉もだ。
だから警戒心が薄れた。おまけに、
「――この懸賞は、どうやって出した?」
「冒険者ギルドに肉の依頼を出したとき――時間差で張り出して貰うように、トリエさんの商会の人に」
つまり【千里眼】が覗いた時にはこの依頼書は作られていなかったのだ。それでは見つかるわけがない。ある筈がないのだ。気付くわけもない。
一度あまり意味の無い依頼を出すことでまた警戒心を解かされた――いや、カレーに肉は使う、それを魔法のカレー、誰も見たことが無いものをと言うのなら普通の肉ではなく魔物肉を選ぶだろう――肉の依頼分の金は商会に還元される。
必要な物を一つ、確実に手繰り寄せている。こちらがそうと気づかなかっただけで堂々と。
そうでなくても売り捌くことも出来る。
一角の商人ならそれくらいできる。
自分達が作ったものを売り捌くため――芋で来ると思っていた。
悉く――対応を外されたのだ。いや、しただろうか? して間に合っただろうか?
すでに魔法野菜は出荷されていた――市場に出回っている分の在庫だけでもこの祭りまでには回収しきれなかっただろう。したとしても卸先の商人から突き上げを食らった筈だ。
それか――依頼先が冒険者である以上は、彼らの伝手の錬金術師や魔術師に制作を依頼されたかもしれないしそれこそダンジョンで手に入れて来たかもしれない。どう回っても彼らはそれを手に入れる――20万もあれば経費の回収は可能だ。カレー粉やルウに関してもそれは一般販売している以上は支部以外の商店でも手に入れられる。これも在庫で入手可能だ。
しかし何より――この町の住民がそれを手に入れようとしたのではない。
目の前に居る彼でもない――あくまで全く関係の無い冒険者や料理人だ。
――これでは彼やこの町を監視しても意味が無かった……!
たった一手で。
「どうしてそんなことを?」
「え? だって訳わかんない内にこっちがやろうとしたことパクったんですよ? そんなのなんかスパイとか出来る人がいるんじゃないんですか?」
「なるほど」
どうやってかは分らずとも当たりは付けたか。だが、
「なぜカレーなんだ?」
彼がしようとしていたのは、情報収集した限りでは勇者製品からの解脱である。
カレーはこちら側の品だ――それで利益を上げることで恭順や迎合を示そうとしているのか? こちらに利潤を与えることで溜飲を下げようとでもしていたのか。
「――食べてみたくないですか? 美味しいカレー」
「……私は普通のカレーが一番好きだな」
分らない――答えは見えている筈なのに。
それが理解できない。
「そうですかー」
そして彼は、
「……でもその割にはこのカレールウ、それにカレー粉も欠陥品ですよね」
ことも無く告げる。
俺は思った。そして疑問した。
「これ――こっちのプロの人が作ったんですか?」
昨今の勇者召喚は元々が物産や技術、知識狙いだ。そしてそれが必ず可能な人間が召喚されるはずなら、
「……ああ、大分前らしいが。元は魔王を倒した勇者が記憶頼りに作った素人レシピを、ここ数年に召喚されたプロが改良したものだ」
やはり――必ず料理人も居たはず。
それならむしろおかしいのだ。
「……じゃどうして、向こうの味が完璧に再現されてないんですか?」
この前のカレーは単純に塩の配分がおかしかった。と言うこともあるのだが、それはそれでおかしい。プロが監修したのなら塩が適量込められている筈――
――ていうか、あの後いろいろ調べて塩を入れても一味足らなかった。
これは何故か? 間違いなく勇者が――その道のプロが召喚され手を入れている筈なのに。プロならそんなこと気付かないわけないのに。だがもしそのプロでも手を入れなかった部分があるとしたら、なんだろうか。
それはもしかして――
「……こういう工場生産の板状のカレールウって、基本、プロが入れないものが入ってますよね? 知ってます? 訳分んねえ名前の科学的何か――」
「……添加物か?」
「そうそれ!」
増粘剤とかアミノ酸とか保存料とか塩化ナントカとか言うやつだ。このカレー本当にリンゴと蜂蜜が入ってるのかなーと裏側を見たらなんか化学の授業的内容で読むのを放棄するような。
本物の料理人は特に化学調味料は嫌う――ていうか基本ご法度だ。
その中にはうま味調味料とかそういうのも入っている――中華料理ではそれも割と普通に立派な調味料として店でも使うらしいが。しかしカレールウとしてそれを加えられなかったのではないか?
とは思った。それから、
「そういうの、この世界にありますか? もしくは作れる人いますか? 化学調味料」
「……いいや、まだいない」
そりゃそうだろう、だって――本物の料理人ならそういう調味料に関してはほぼ業者に任せる。自分で仕入れるにしてもそこまで赴くのみだ。店で使うときにべつべつのメーカーで仕入れたそれを配合したりして店の味に調合する程度だ。カレー屋は蔵で醤油を仕込んだりしない。大手の食品企業のメーカが別部門で――とかならともかく。
料理人の知識と技術を越えている。
そもそもそれは料理に加えられない。それは本当に本物のプロが作ったのだっただからこそむしろ納得がいく部分である。
俺が何か足りない――と思っていたのは普段食べてるカレーが割と濃い味な家庭料理――ジャンクな食べ物でもあるからだ。
――命さんが作ってくれた料理はどれも優しい味――これと同じ理屈である。
別の調味料が間違えていたのではなく俺の舌が間違えていただけ。普通に向こうで食べてるカレーも製造元によってバリエーション豊かだから味に種類があり過ぎてさほど気にしなかったけど便利なズボラ料理はプロの料理から比べれば基本大雑把で大味でそして安い味である。この辺も化学な添加物由来だと思う。
そんな理由で。
もしかしたらこのルウは、プロのプロ意識でカレーを作った結果なんじゃないかな――と。冷蔵庫の保存食の括りになるそれではなく本物のプロとして味を優先した結果なのかもしれない。添加物云々ではなく一般的なカレー、B級料理として的外れかもしれない。
クオリティが高いが故のカテゴリーエラーだ。B級品を作らなくちゃいけないのにA級品を作ろうとしているからB級として未完成品になっている。
――しかし失敗作、なのだ。
本物の
出来なかったのかもしれない。それは俺の知る由ではない。
――何にせよ。
板状のルウは動物性の油や小麦粉、スパイスや野菜を加熱加工し添加物が必ず入る。そういうもの無しでは保存性の保証もない。幾ら香辛料に殺菌作用や減菌作用があってもだ。
それなしに向こうの加工品を作ろうとしたら多大なコストも手間もかかるからじゃないかと思う。そもそもの理由はこれなんじゃないのかとも思う。大量生産に乗せるとしたらそれじゃあ一般家庭に卸せる値段にならない。その上で許容範囲に落とし込んだのだろうけど。
あくまで求める製品としての結果なのだが。
やはり向こうの品にはなっていない。つまり、
「――じゃあこれは、現代品じゃないですね?」
以前からなんとなく思っていたのだ、現代チートには必ず欠損がある。マヨネーズの容器然り、魔術を使った冷蔵庫然りだ。
それは本当にガチの現代技術はほとんど持ってこれていない――こちらの世界で再現できないということではないのか。この世界には向こうの最新技術を構築するだけ技術土台がそもそもないから絶対にいくつか歴史をさかのぼった品か――この世界由来のそれらで補っている。
現代チートなのに割と現代ではないというか――完品ではない。
本当の最新最先端ではない。現代と名が付いているのに。
何故そうしないのか。この世界では科学が発達していないのも理由の一つだが。それを得る手段が――勇者召喚だからこそだろう。正直――知識や即物的それらが欲しいのなら教科書や物品自体を召喚で取り寄せた方がいいと思うのだが、でもできない――
人を連れてくるという括りだから――
勇者召喚は、勇者召喚だからだ。そこで持ってこられるのは精々その人が身に着けている最低限の服かカバンの中身程度――それか丸々頭そのもの。
――もしかしたら他にも制限や制約があるのかもしれないが。
そこは今はどうでもいい。
そんな様々な理由はある。
が、つまり現代チートや知識チートってその大半が……。
「――要するに、向こうの品に比べたらこれ……劣化コピーじゃないですか?」
「……」
「あとやっぱりこれ、このルウはこういう味なのかと思ってましたけど……それ以外にもなんかありません? ないものが」
「……何が言いたいんだ?」
「とりあえずあるだけカレー粉やらカレールウを試したんですけど、どれも一つも向こうの味と完璧に同じものってないんですよね。作る人が違うとどうしても同じにならないって言うけど……勇者として呼ばれるような料理人が味のコピーぐらいできないのかなって。せめて小数点以下ぐらいの近似値に持って行くことは出来ると思うんですけど――どうしてですか?」
いわば材料は同じだが調味料の分量が違う――というそれとは違う。
もっと根本的に、それが料理人の技術が足りないのではないのだとしたら、それはもう思いつく原因は一つだけだ。
同じものを作る上で致命的なことは。
「もしかして――素材自体が足りないんじゃないですか?」
この辺は多分錬金術と同じである。必要な要素――そこにあるものでしか作れない。それが足りないのだ。
「だから思ったんです――この世界で『向こうのカレー』を完璧再現すること自体が不可能だったんじゃないかなって」
その推測に、後藤は、
「……その通りだ」
頷いた。だが、
「君の推察通り、この世界には一般的な日本のカレーに使われているスパイスのいくつかが存在していなかった。だが、正確には、作らなかっただ。自分の記憶にある物なら何でも作りだせる能力者もいたが、その能力に依存することになるからな」
「ああー、そういう事情だったんですね……じゃあどうして――」
疑問を穿つ。
「この世界なら、ではの、カレーを作らなかったんですか?」
「……なに?」
「思ったんです――この世界にも元々カレーに似た料理は在ったらしいんですけど、それを改良したって。じゃあ『この世界の本来のカレー、歴史を積み重ねたカレーって何だったんだろうな?』って」
この世界で向こうの世界のカレーを作ろうとすれば、欠陥品にしかならない。
それはあくまで向こうの世界のカレーを作ろうとしているから。
「なら――この世界の技術や知識、素材できっちり組み上げたカレーってどうなるのかなって」
それはつまり、
「――気になりません? まだ見たことのないカレー」
後藤は言う。
「――だから魔法のカレーか?」
この世界にしかないもの、そして向こうの世界には無いもの。
ただのキャッチコピー的に美味しいカレー、と言う意味ではなくて。
この世界で作られた、魔法によるカレー。
気にも留めていなかった。
連盟の料理部門で開発を担当している者は、基本としてその誰もがプロの料理人、もしくはそれに相当する知識、技術を持つ者だった。
だからこそ――出来ない、と、思うと同時に必ずどこかでやり遂げようとする。
困難に直面しても必ずそれを乗り越えようとする。不可能を可能にしようとする。それは一角の職人や仕事人――Professional《プロフェッショナル》の
やはり向こうの味に拘っていた。
いや――
そう頼まれたからだ。この世界の人間に――向こうの世界の物を作ってほしいと。
そして……やはり故郷が恋しいからだ。
そんな各々の事情や思想の都合で――勇者たちは現代チート――というより向こうの品を再現することに終始している。
だから想像だにしなかった。
「……極端な話、現代の便利品や科学知識てき発想が無かったら、この世界の色々――どうなってたと思います?」
それは魔法で。
「空を飛ぼうとしましたか? 簡単に物を運ぼうとしたりしましたか? 冷蔵庫とかどうやって、どんな形で?」
宙に浮く列車や――
想像もつかない。本当はどんな形になっていたかなんて。
どんな発想が生まれていたかなんて。
「……なんでこの世界に科学技術や知識、それを応用した製品がまだそんなにないと思いますか?」
「……それはまた時間が足りないからだろう」
「多分それだけじゃないですよ――元々外様だからです。ソラトパレスって街に行ったことありますか?」
「……」
「あの景色、凄いですよね。まるで街中が薄型テレビっていうかプロジェクション・マッピングとかAR(拡張現実)みたいで。精霊界がどうとか言ってましたけど、最初はこっちのCGとかプログラミング関係かと思ってましたけど――こっち由来の技術なんですよね? そういう素材を建材に使うことで、精霊からの加護とか干渉を得るとかで環境を整えるらしいですよ?」
「……何が言いたいんだい?」
「元々積み立てた技術があるってことですよ。それを得るに至った思想や発想の出どころ感性、っていうんですかね。それがこっちの科学寄りではないんです――価値観の相違です」
鈴木凡人は言う。
「だから、理解しがたいし必要だと思えない――それが勉強が身に着かない理由です」
確かに、子供の時期――
国語、算数、理科、社会――
身に着き辛く、一番必要のないように見えるのは――理科だった。実際一番意味が無いしつまらんかったよ。無駄にしかならないと思ってたし手を抜きがちだった。テストが終わったら大概ほとんど覚えてないし授業なんて早く終われと思っていた。
彼は――まさに学生らしい。
――子供らしい発想だが。
確かに、そうかもしれない。魔法は確かに――努力の意味が無くなるようなものだ。過程も原因も無視して結果を持ってくる非常識な景色――そんな魔法はもう文明として発展する余地のないもうすでに完結したシステムである。極端な話、願ったものが何でも叶うのだ。
本来。
それから見れば科学なんて――
「……だから、最初から向いてなかったんですよ。科学の勉強なんて。だから本気では勉強できないししようとはしていないんじゃないですか? 今も」
――魔法が使える、それ以外他に何が必要なのかと思う。
科学の方が張りぼてだ。未だ先進技術ですら穴だらけの未完成品をどうにか進化させようとして常に開拓と開発の途中である。
そんな魔法なんてものがある以上は、
「……本来、いや、それほどこちら側のものは、必要ないってことかい?」
「ええ」
「……なら、どうして、今も彼らは勇者の召喚を止めないんだ?」
不承不承彼に聞いた――大人として歯噛みしながら、子供に質問をしていた。
させられてしまった。上から見ていた筈なのに。
ただの高校生と歯牙にもかけていなかったはずなのに。
その苦虫が奔るような感覚をいつのまにか口の中一杯に溜めながら。
「そのどちらにもある共通点の為です」
「……なに?」
聞く。
そんなものあるだろうかと。
「夢と幻想と魔法の世界――そこに何故――向こう側の景色、現代チートなんてものが紛れ込む余地があったのかというと。それは彼らにとってこちら側の技術や知識が全く新しい、未知の刺激だったからですよ」
それは。
――技術の最先端、流行の最先端は常に刺激的だ。
それは確かに共通項だ。
「ほら、よく言うじゃないですか、突き詰められた科学は魔法と一緒? ていう奴」
その逆にも、突き詰められた魔法は科学と同じ様相を持つことになる――これはこちらの世界では創作物の中の話だが。
それをどうして思いつかなかったのか。
そして彼は何故そんなことを言うのか?
「だからですね」
「……」
「別に、勇者製品を使ってもいいんじゃないかなって」
「……まさかうちに来たとき色々話を聞いたのは」
「あ、あれはただの世間話の無駄話です――いやあ無駄なこともするもんですねー」
そうなのか? 本当にそうなのか?
だとしたら、
「だが――」
「はい?」
「……言いたいことはそれだけかい?」
鈴木凡人は仮面を被っている。狐の面だけじゃない。もっと得体のしれない面の皮を。
「……君はこう言いたいんだろう? 魔法は科学と一緒だ――この世界独自の文化は突き詰めれば勇者製品と変わらない――勇者製品自体もこの世界のそれと変わらない――だから邪魔をするな」
後藤は思う。
理解していた。
「あはは、まるでそれじゃ悪役じゃないすか」
彼は平然と笑う。
「――みんなで仲良くしましょう」
何事もなかったかのように。
まるでそれが本当の意志であるように。
「……別に落とし合わなくてもいいじゃないですか。ていうか普通、健全な競争なら、他人を落とそうとせずに自分を高めて相手を下そうとするもんでしょう?」
そうと分らせずに。
「それはつまり、我々がそうしたとでも?」
酷く狡猾だ。
「そんなことしてないでしょう? こっちは全然落とされてないですし――むしろ大助かりですよ? なにせもしかしたら芋料理や魔法の芋だけを披露するだけのお祭りだった時より、お客さんが来ているかもしれないですし。祭りとしてのクオリティも密度も上がりました――正直予定が前倒しになりました。結果的にですけど、まさか勇者さん側から魔法野菜を推進してくれるなんて思ってなかったですし。あー、でも仕事追加されて町の役員さんや運営方は悲鳴だらけですけどね」
平然と嘘を吐く、普通になんでないふりをして、嫌味を言い、皮肉を言い、良い顔をしている。
でも、まるでなんでもない世間話をしているようにしか聞こえない。
――普通の人。
確かにそうだ。普通の人は、そんな風にどんなことを話していても普通に見える。
でも……そんな人間、本当に居るか?
「それで――」
まるで何でもない事のように――
「君は一体、ここでなにをするつもりなんだ?」
「さあ? そんなの全然わかりませんよ。……それがどうかしました?」
冷たい感情を秘めている。
仄暗い理性を潜めている。
思う――揺れない天秤なんて本来在り得ない。
もしあるとしてもそんなのただの
ひょっとして、それは片側に何もなくても杯は動かないんじゃないのか? 重さなんて吊り合わなくても普通に吊り合わせてしまうんじゃないのか?
酷く公正に見えて、ひどく不公平な物――
全てのことが平均的に身に着く――
それは本来ない才能さえも引き寄せて――
在り得ない。実力は努力だけか? 発想や思想、それを生む理念や価値観やそれを理解する感受性さえ含まれるのではないのか? もしそれが普通に身に着くとしたらそれは――どんな人間だ? 心の中に何もない、まっさらな人間か――
その瞬間後藤は酷い違和感と忌避を覚えた。
それは大人の努力や苦労、生きて積み重ねて来た全てを否定する様な存在だ。
それは、
――普通なんて、絶対に在り得ない。
そんな言葉が後藤の胸に突き刺さっていた。
俺はその背中を見送る。
後藤は「そうか、」と頷くだけで他には何も言わずに去って行った。
これからも邪魔をするとか、こちらの邪魔をしないでほしいとかそういうことは言わずに。『負けたよ』とか『してやられた』とか言うもんじゃないらしい。折角の夢の異世界なんだからそれぐらい言って欲しいのだが。いや、年代的に『今日はこの位にしといてやる!』とかラスボス的に『今回はこの位にしておこうか?』だろうか。
って顔もせずに。
何故だかまるでこちらをバケモノでも見るような様子で。
警戒しながら視線を離さず去っていく――そんな不穏な気配を漂わせていた。
実際、勇者連盟にも利益が行けばあまり大っぴらに文句は言い辛いだろうと彼らが扱う製品を取り入れもしたのだが――
ダメだったか。そうか、まあいいか。
彼らにも彼らなりの事情があるんだからまあ仕方ない。
それでも一番ムカついていたのは俺にちょっかいを掛けてきた事じゃなくて、その他の町の住民が――彼らにも俺にも全く関係の無いそれを巻き込んで、その努力と苦労をまるでなかったもののように平然と扱っていたことなのだがそのことは全く気付いていない様子だった。あれ、本当に勇者なのかな?
それとも、俺を潰して取り込みでもしたら何か支援でも助力でもしたのだろうか……何にせよまったく、人の努力を何だと思っているのか。
でも当然なんだよな、きっと。会社同士の戦いとか、生存競争って。
でも……屋台の前を陣取って長々と長話をしてくれたものだ。お陰でお客さんがこっちに気を遣って素通りばかりしてくれた。
ちゃんと列に並んでくれたのは良いが。もうハッキリ言って邪魔でしかない。今度から断ろう、そして言ってやろう、アポを取って出直してくださいって。
まあなんにせよ、これでひと段落だ――
「……はぁああ、あー面倒くさかった」
「えっ? ……それだけ、ですか?」
「えー、だって実際めんどくせーし、」
もうシンプルに、敵! って感じで馬鹿みたいに悪いことしてくるのよりは迷惑ではないのかもしれないけど。
せめて夜の暇なときに菓子折り持って訪問してくれと思う。この平和な町中のお祭り中のにぎやかな雰囲気に対して明らかに空気読めてない。周りの通行人がなんだかよく分らないけど取り込み中的な雰囲気を察して――
「コンコン、困るコン、おかげでお客様が遠ざかってしまったコン」
「……そういう問題なのでしょうか……」
指先を狐の手遊びにししょんぼりさせる。命さんはそんな俺に微妙な顔をしているが。
しかし、
「まあ、この分ならお祭りは成功しそうだしね――はぁあ……これでようやくひと段落、しばらくの間は肩の荷も下してられるかなあ……ああー、もうマジほんとしばらく休みの日にしてえ……」
これで休日返上のバイトの鬼みたいなことしなくて済むかもしれない。
あとは、
「――? どうかしましたか?」
「……ううん、なんでも?」
彼女は小首をかしげているが。
この町の問題が片付いたら――
彼女と、本当に何をしようかと思う。
だって、彼女の――
彼女と歩む。
この世界の夢探しは、まだ始まったばかりなのだから。
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