第34話
「じ、じゃあ、私もお
「……」
店先。精一杯の笑顔と小さく振った手で、キャロラインちゃんとお別れした。
真琴さんが魔法少女業務に行ってしまい、お店に残る積極的な理由がなくなってしまったこと。
このお店に来るのは慣れてそうだったとはいえ、外が暗くならないうちにお別れした方が良さそうということ。
そして一番の理由は――入店後から時々私に突き刺さっていた、キャロラインちゃんの鋭い視線にとうとう耐え切れなくなったこと。
初対面……だと思うのだけど、なんでか敵視されてしまっている。
心当たりもない、はずなんだけれど……
ともあれ、今日のイベントは終わった。収穫もあったけど、なんだかどっと疲れた感じがある。
早く家に帰って、ゆっくりお風呂にでも入りながらいろいろと考えをまとめよう。
歩きながらそう段取りを立てていると、覚えのある圧力が背中に突き刺さるのを感じた。
思わず足を止めて、おそるおそる振り返ると……やはり鋭い目つきをしたままテクテクとついてくる、キャロラインちゃんがいた。
「えっ!? ……え、えっと、どうしたの、かな? 何かあった?」
「……」
無言。
「あー……もしかして、キャロラインちゃんも、おうちこっちだった? な、なら途中まで一緒に帰ろっか!」
「……」
無言。
「えっとえっと……! そ、そうだっ、キャロラインちゃんも、もうすぐデビューって言ってたけど、もう変身ってした? 私、コスチューム作るのすごい大変で……」
「そとでそういうはなしするの、けいかいしんがたりない」
「……はい」
……気まずい!!
一体、何を思ってキャロラインちゃんは私に無言でついてくるのか!?
いや口を開いたら開いたで怖いんだけど。
視線にしろ、注意にしろ、年下の女の子にビクビクしている自分を思うと改めてとても情けない気持ちになってくる。
「……ねえ」
クイクイと、袖を引っ張られる。
振り向けば、キャロラインちゃんがビルとビルの隙間、非常に薄暗い空間を指差している。
「あそこが、どうかしたの……?」
「きて」
短く告げて、キャロラインちゃんはスタスタと路地に入っていく。
私も慌ててそれを追えば、二人とも路地の中頃へ至ったところで、キャロラインちゃんが足を止める。
次の瞬間、私は仰天することになる。
「変身」
キャロラインちゃんが小さく呟いた言葉の意味を頭が咀嚼するよりも先に、およそこの場にふさわしくない鮮やかな白いコスチュームが目に飛び込んできた。
白いコスチュームの胸元では軌跡を引いた大小のハートが×字に交わり、細い腕が長い白金の槍を抱く。
元の色より気持ち明るくなった金のツインテールが眩いその魔法少女は、元の人物――キャロラインちゃんよりも少し身長が高く、お人形のような美貌に鋭い目つきが合わさって、不思議に大人びて見えた。
「……って、変身しちゃった!?」
「こえ、ちいさく」
しばらく見入っていた私がたまらず声を上げると、キャロラインちゃんはすかさず注意する。
「あっごめん……じゃなくって、えっ、なんで……!?」
「そっちもはやく」
「で、でもこんな外で変身とか、い、いいの……?」
「いまならひともいないし、すこしならだいじょうぶ。はやく」
それならさっき私が話題に出したのも実際のところセーフなんじゃないかと思わなくもないけれど、それはそれ。
これまでのやりとりから、おそらく彼女は私も変身しないと気を収めないと想像できたので、私はハアとため息をついて意を決し。
「……変身っ」
拡張された一瞬にコスチュームへの変身を済ませ、魔法少女として薄暗い路地に降り立つ。
事務所以外、初めての外での変身が、まさか魔象と戦うデビュー時ではなくこんなハプニングでのことになるとは……
「…………」
キャロラインちゃんは無言のまま、私の姿を上から下、また上へと観察する。
な、なんなんだろう……さっきコスチュームの話題を出したけど、やっぱり気になっちゃったのかな?
だとしたら可愛いなぁと思うけれど、要所要所で鋭く尖る視線に刺されるたび、あーそんな感じじゃないなーと現実に引き戻されるのだった。
「……わかった」
独り言じみて呟いて、瞬きの間にキャロラインちゃんは元の姿に戻っていた――変身を解除したのだ。
「もういいよ」
「あっはい」
許可をもらったので、私も変身を解く。
キャロラインちゃんの変身から私の変身解除まで、時間としては数分とないくらいだったけれど、実際路地のどちら側にも人は通らなかったのでホッと一息つくばかりだ。
「えっと……満足してくれた、かな?」
そう尋ねてみると、キャロラインちゃんはキッと私を見上げて、口を開いた。
「……わたし、ドリーミィ・スターがきらい」
「……へっ?」
あまりにも、思いもよらない言葉だった。
ドリーミィ・スターの話は全然出ていなかったという唐突感。
あるいは、『ドリーミィ・スターを嫌いな人なんていない』という思い。
そういったものに思考が鈍くなっている間に、キャロラインちゃんは言葉を続ける。
「真琴のほうが……トゥルーハートのほうが、ぜったいにうえ。なのにランキングも、あつかいも、ドリーミィ・スターのほうがいつもいい。ゆるせない」
「そ、そういうことか……」
嫌いと言われて面食らってしまったけれど、聞いてみればなるほど、分からなくもない理由だった。
というか、このような『〇〇のほうが××よりスゴい』みたいな論争は、魔法少女応援サイトではそれなりに日常茶飯事であると雛ちゃんも言っていた。
もちろん、どの魔法少女も私たちの日常を守るために戦っているのだから、全員応援するのがあるべき姿なのだろうけれど、人間だもの、そう単純には行かないものだ。
「でも、そうだね、トゥルーハートもカッコいいもんねっ!」
そういう話なら、年長者として話を合わせてあげなければ。
私がそう話を継いで、ここからトゥルーハートの推しシーンとかになるのかなと思いきや、本題はそちらではなかった。
「……それに。真琴も、ずっとドリーミィ・スターのしんぱいばかり」
「……!」
「真琴は、トゥルーハートは。がんばってるのに。あんな、ふぬけのぶんざいで」
その言葉にも、もちろん驚いたけれど。
これまで刺すような目つきばかりだったキャロラインちゃんの瞳が、悲しみとか、不安とか、そういった頼りなさげな色に揺らめくように感じた。
「……キャロラインちゃん」
「……真琴は、さいこうの魔法少女。ドリーミィ・スターよりも、ずっと。そして、でしのわたしは、でしのあなたよりも、ぜったいにすごい。まけない」
目つきに鋭さを取り戻し、私に向かってそう宣言するキャロラインちゃん。
ここに至って、ようやくキャロラインちゃんのことが分かった。
クールな雰囲気で難しい言葉も使うけど、それ以上にやっぱり、子どもっぽいこだわりがあって。
これまで睨んでいたのは、『気に食わない』という直接的な感情もあったことだろうけれど、その下にあって、今一番大きな熱量で私に放たれているもの。
それは、対抗心。
この一連のやり取りは、つまるところ『宣戦布告』だったんだ。
「わたしのほうが、さきにデビューする。ぜったい、いっぱいかつやくするから」
「……うん。私も、ドリーミィ・スターが最高の魔法少女だって信じてるから。キャロラインちゃんには、負けないよ!」
今、この瞬間。
ここで向き合ってるのは、気弱な女子中学生と気の強い女子小学生ではない。
師匠を信じる、対等な魔法少女の卵同士だ。
だから、これでいい。
こうやって闘志を剥き出しにするのは私っぽくはない気もするけれど、正々堂々向かい合ってくれたキャロラインちゃんへの礼儀と、ドリーミィ・スターの弟子としての意地がある。
バチバチと散る火花が、どこか清々しくもあった。
「だから、よろしくね」
初めてできたライバルに、私はさわやかな握手を交わすべく右手を差し出す。
その右手をじっと見つめるキャロラインちゃんは、やがて顔をあげて、
「さようなら」
そう踵を返して、路地の向こう側から出て行った。
「……あれっ?」
……今、そういう空気じゃなかった!?
私ひとり盛り上がってたみたいですごく恥ずかしくない!?
怖い……!
やっぱり、キャロラインちゃんはどうにも相性が悪い気がする……!!
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