第5話
「――できた!」
「できたね!」
「できてしまったか……」
順に、私、雛ちゃん、穂波ちゃん。
放課後の教室に三人、机の上に広がった一枚のルーズリーフを囲み、達成感(あるいは疲労感)から深く息を吐いた。
ルーズリーフの一番上には、『絶対ドリスタ☆特訓計画』の題字。
これは、三人で(主に雛ちゃんが張り切って)作った、オーディションに向けた私の特訓のメニューである。
学力試験、体力試験、面接……何が課されるか分からないなら、全てをカバーするしかない、ということで、これでもかと詰め込まれた特訓メニューは、穂波ちゃんに「いや、盛り過ぎだろ……」と冷や汗をかかせたほどの逸品となっていた。
「よーし!」
ガタリと音を立て、雛ちゃんが立ち上がる。
「オーディションまであと三ヶ月くらい! 気合入れていくぞーっ!」
「おおーっ!」
「おー」
夕日が差す三人だけの教室で、私たちの戦いは始まった――!
* * *
魔法少女志望者の朝は早い。
午前五時――私の一日は、ランニングによる体力作りから始まる。
「……おっ。初日は遅れなかったね」
「押忍! よろしくお願いします、コーチ!」
「こ、コーチはやめてほしいかな……!」
「押忍! 穂波ちゃん!」
待ち合わせ場所には、ランニングウェア姿の穂波ちゃん。
穂波ちゃんは元陸上部。最後の大会が終わったので部活は引退したけれど、今でも練習は続けているとのことで(昨日来るのが遅れたのもその所為らしい)、私の特訓に付き合ってくれると言ってくれたのだ。
「いいの? 迷惑じゃない?」
と訊けば、さらりと髪を掻き上げて、
「全然。むしろ一人でやられたら、無理しすぎて倒れちゃわないか、気が気じゃないって」
と返すイケメンぶり。
ちなみにこの後、雛ちゃんによって
「そんなこと言ってコイツ、昨日の帰り道で『ねえねえ、あたしにも何か力になれることないかなあ~~ふええ~~~ん』とか泣きついてきたんだぜ」
と大げさに暴露されてしまい、掴み合いの大立ち回りを演じていたのだけれど。
ランニングの他にも、穂波ちゃんオススメのストレッチや室内運動を日課にして、身体作りのために牛乳もよく飲んだ。
その結果……ええと、胸の方も、やや成長してしまい、雛ちゃんから「裏切り者!」との謗りを受けてしまうのだった。
* * *
学力試験対策は、メインは雛ちゃんによる魔法少女講義だ。
魔法少女の歴史から魔法の成り立ち、昨今の魔法少女業界事情など、湯水の如くに湧き出てくる雛ちゃんの魔法少女知識にてんてこ舞いになりつつも、とても活き活きと語る雛ちゃんを見てると、こっちもとても楽しくなってきてしまうのだった。
また、それとは別に、学校の勉強にも励んだ。
基礎学力が問われる可能性もあったし、あと、よく考えなくても私たちは普通に受験生だったからだ。
雛ちゃんは魔法少女に、穂波ちゃんは陸上に、それぞれお熱だったために、二人とも教えられるほどには勉強に自信はないと言っていたので、これは素直に、先生に教えてもらうことにした。
「あの……すいません、質問があるんですけど」
教科書片手にそう言った私に、職員室中がにわかにざわめく。
「あの若菜が、まさか……!?」
ある先生は、心底信じられないという表情を浮かべ、
「若菜さんにもとうとう受験生の自覚が……!」
ある先生は、ハンカチで目尻を拭った。
質問をした先生も、あまりに動揺したのか最初の方は何度か解答を間違えてしまったりもしていて、私は、「こんなにも『ザ・無気力生徒』というレッテルを貼られてたんだ……」と、自分のことながら愕然とするのだった。
* * *
面接対策は、マホコムから収集した他の魔法少女のオーディションで出題された質問内容を使って、模擬面接を行った。
「市立第二中学校三年、若菜加奈です! 本日は、よろしくお願い致します!」
「ウム」
面接官は雛ちゃんと、練習がない時に穂波ちゃん。
面接会場は、学校近くのカラオケボックスだ。
「ではまず、どうしてウチの事務所に入りたいと思ったのかね?」
「はい! それは、ドリーミィ・スターが私にとって、憧れの魔法少女だからです!」
「フム。どんなところに憧れているのかね?」
「はい! それは――」
と、こんな感じで、雛ちゃんは口調こそちょっと変だったけれど、真剣に付き合ってくれた。
鋭い追及もいくつもしてくれて、言葉に詰まった時には、親身になって一緒に答えを考えてくれた。
でも、穂波ちゃんがいると、ちょっとおふざけスイッチが入ってしまうようで、
「では次の質問……バストのサイズはいくつですかな?」
「はい……ええっ!?」
「ぶっ! 雛っ!!」
「何色のパンツを穿いてる……痛っ!」
「この、バカ!」
「なんだよ、訊かれるかもしんないじゃん!」
「訊かれるかバカ! セクハラで訴えられるわ!」
と、こんな調子になってしまうのだった。
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