第27話


 一夜明けて――その日の星司さんは、いつにも増して気合充分だった。

 額には『鬼 軍 曹』と書かれたハチマキを締め、手には竹刀。

 なんとなくそうだろうとは思っていたけれど、この人も、かなりカタチから入るタイプである。


「……明後日の対決は絶対に負けるわけにはいかない」


 厳かに言うと、ビシッ! と竹刀で床を打つ。


「絶対にだ!」

「は、はいっ!」


 星司さんが燃えている……!

 そんなに私の一日が欲しいのかな、ドキドキ――なんて寝惚けたことを考えるような私は、もういない。

 きっと、こういう勝負ごとに燃える性質なのだろう。魔法少女だけど、男の子だし。


「確かにコーチを頼んだのは俺だが、一日好きに出来る権利だと……? そこまで許した覚えはない! 加奈は俺の弟子だ……!」


 ぴくり、と頬が緩みそうになるのを、辛うじて抑えた。

 分かっている。ええ、分かっておりますとも。

 この発言に、他意など一切、一欠けらほども含まれていないのだ。

 この人の心境はつまるところ、自分のペットが別の人に懐いてしまうのを不満がる子どものようなものなんだ――とは思いつつも、


「そ……そんなにひ、必死になるようなもの、なんですかあ……?」


 なんて、もっと言って欲しいのか、あるいは突っついてもっと可愛い反応を引き出したいのか、私はちょっと顔を逸らしながら、そんな風に言ってみる。


「……朱里がフリーランスになった経緯なんだがな」


 星司さんは、掌を口元に添えて、内緒話をするような体勢になる。


「な、なんですか?」


 ゴクリ、と、私も気持ち、耳をそばだてる。


「ファンの女の子を事務所に連れ込んで、淫らな行為をしようとしたのが師匠にばれて、追い出されたんだ」

「淫らな行為」


 ニュース記事みたいな単語に、思わず繰り返してしまってから、


「……スキャンダルじゃないですか!?」


 一拍遅れて叫ぶ。

 星司さんも、神妙に頷きつつ、


「……俺はその場に居合わせなかったが、師匠が言うには、」


 と、デスルームの片隅、木人拳人形を見やる。


「アレも動員されていたらしい」

「アレが……」


 私も呆然として木人拳人形を見る。

 物言わぬ人形の立ち姿に、なんだか哀愁のようなものが感じられてしまう。


「アレは師匠のお気に入りだったからな……カンカンだった」

「そこなんですか……?」


 とは言え私も、かつてあの人形でよからぬことを考えかけてしまったことがあったので、心の中で人形とグレイテスト・バーストに陳謝するのだった。


「そういうわけで、俺には師匠として、弟子を守る義務がある。絶対、勝つぞ」

「……はい!」


 私だって、村雨さんと木人拳人形のツープラトンは御免こうむりたい。

 力強い返事に、星司さんは満足げに頷いて、


「では、対ヴァーミリオン・セイバーの特訓だが……これを使う」


 懐から、二世代前くらいの携帯ゲーム機を取り出した。


「えっ……ゲーム、ですか?」


 私は面食らってしまい、つい確認する。

 あのヴァーミリオン・セイバーに対抗するための特訓なんだから、もっとこう、必殺技的な何かの習得とかを想像してしまうのは、私の発想が貧困なんだろうか。


 いや、それにしたって、ゲームとは……?

 フィクションでよくあるバーチャルリアリティーみたいなゲームならまだしも、何の変哲もなさそうな、昔のゲームから得られるものって?


「いいか……加奈」


 そんな私に、諭すような口調で星司さんは言う。


「師匠たる者、やはり一度は、こういう一見何の意味があるのか分からないがやり遂げてみるとすごい効果的だった、みたいな修行を課してみたくなるだろう?」

「ええ……?」


 すみません、分かんないです。

 いや、そういうのがあるのは分かるけれど、口頭で伝えずに、こういった試練を介してじゃなきゃダメな理由は、分かんないです。

 あまり他人ひとのこと言えるわけじゃないけれど、星司さんも漫画とかアニメに影響されすぎではないかと思ってしまうことが多々ある。


「本当に、すごい効果的、なんですよね……?」

「……俺を信じろ」

「……」


 どうにも不安が拭いきれないけれど、真剣な目でじっと見られると、ううっ、ダメだ、つい目を逸らしてしまう。

 うん。師匠を信じずして、何が弟子か、という話だよね。うん。星司さんも楽しそうだし。


 それに、再三になるけれど、明日の対決は、なんとしても勝たなければならない。

 手段をとやかく言っている場合ではないのだ。

 いや別に、星司さんと一日過ごしたいとかそういうわけではなくって、あくまで自分の身を守りたいだけなんで、それ以外の意味なんてないんで……なんて、なんで私は自分自身に言い訳がましくなってしまうのか。


「よし、早速やってみようか」

「わ、分かりましたってば!」


 星司さんは、待ちきれないような様子で私にゲーム機を押し付けてくる。

 なんだか、師匠と弟子と言うよりも、子どもとその子にゲームをせがまれる母親のような気分にすらなりつつあったけれど、ともかく、私はゲーム機の電源をオンにする。

 メーカーのロゴの後、可愛らしいテーマ曲が流れ始め、色とりどりの煌びやかな魔法少女たちが飛び回るオープニングムービー。


「……『マホコレ』、ですよね?」

「ああ」


 マホコレ――『魔法少女コレクション』。

 それは、五年くらい前に発売されたロールプレイング・ゲーム。

 プレイヤーはオリジナルの魔法少女になって、実在する魔法少女たちを仲間にして、彼女たちを育成し、パーティを組み、事件を解決したり魔象ボスを倒したりしながら、やがて世界の危機を救うことになる。

 発売元がリリプロであるため、リリプロに所属している魔法少女しか出てこない(テーマ曲を歌っているのもリリプロの選抜メンバーだ)けれど、リリプロそのものの人気とゲーム自体の面白さから、かなりのセールスを記録したはずだ。

 かく言うドリーミィ・スター推しの私も、なんだかんだで当時それなりにハマったものだった。


「三番目のデータをロードしてくれ」

「はい」


 一番上の、プレイ時間がカンストした主人公名『ドリーミィ・スター』のデータがものすごく気になりつつも、言われた通り主人公名『特訓用』のデータを呼び出す。

 画面に映し出されたのは、市街地風のマップにぽっかりと開いた大穴と、その前に縦に並んで足踏みを繰り返す魔法少女三人。


「ヤマタノモグラ……強敵だぞ」


 『ヤマタノモグラ』ステージは、特定のフラグを立てることで出現するサブストーリーだ。

 主人公たちの街を襲う大きな地震。街の中心に開いた巨大な穴。

 雑魚敵を倒したり、情報収集やお遣いイベントをこなしたりして、やがて判明する事実――それは、地下深くに出現した巨大な魔象の存在。

 その魔象を倒すことが、このステージのクリア条件なのだけれど、このボスは、結構な曲者だった。


 このボスの脅威は、強力な地震の攻撃を、高い素早さから連打してくるところだ。

 地震攻撃は飛行ステータスが高ければダメージを軽減することができるため、パーティが飛行に長けているかどうかで難易度がガラリと変わってしまう、一種の嵌めボスなのだ。

 当時の私は、恥ずかしながら、星司さんと同じく『ドリーミィ・スター』という名前の主人公でプレイしていて、ドリーミィ・スターを模したキャラクターメイクを施していたので飛行ステータスも高く、あまり苦戦せずに突破出来た記憶がある。

 一方、飛行ステータスを伸ばさず白兵戦型の主人公にしていた当時の友だちはすごく苦戦していて、「カナカナのドリスタ貸して~~!」なんて泣きつかれたものだった。


 そして、現在。

 私は再びヤマタノモグラに挑むことになったわけだけれど、このパーティ――

 自由なステータス配分が可能な主人公キャラ『特訓用』は分からないけれど、後ろで足踏みする魔法少女たちは、確か、飛行のステータスがとても低い二人だったはずだ。

 これでは、敵の攻撃をまともに喰らってしまう。非常に不利を強いられてしまう。


 事務所に戻って飛行系のキャラと入れ替えなくちゃ――と思ったところで、ハッ、と気付く。

 もしかして、


「ほら、どうした。道中のイベントは終わってるから、後はボスだけだぞ」


 ゲーム機を握ったまま動かない私を、星司さんはそわそわした感じで急かしてくる。

 それに私は、自分の予想が的中している感触を得た。


 つまり――キーワードは『飛行』だ。

 地上戦が不利な相手なら、空中で戦うべし。

 それはヤマタノモグラに対する攻略法であると同時に、ヴァーミリオン・セイバーに対する攻略法でもある。


 ヴァーミリオン・セイバーが剣を構えた時、ばか正直に地上で応じるのではなく、まずは空中に逃れる。

 相手の剣の届かないところで、余裕を持って魔法を練って攻撃すればいいのだ。

 『土壇場に弱い』という私の短所を『飛行が得意』という私の長所で補う、確かにすごく効果的な戦術のように思える。

 やっぱり、さすがはドリーミィ・スター。さすがは、私の師匠だ。


「……」

「加奈。どうした加奈」


 でも……でも。

 これ、ボスに一度も挑まずに気付いちゃっていいものなのだろうか――!?


 私の察しが変に良すぎたのか、はたまた星司さんの設問作りに捻りがなさ過ぎたのか、責任の所在はさて置いて、これはなんだか、星司さんの意図したプランとは違う気がする。

 結果だけ見れば、星司さんが用意した答えには辿り着いているはずなのだけれど、結果だけを重視するならそもそもこんな謎解きは必要ないわけで。

 試行錯誤の過程を重視すればこそ試練を持ち出すのだから、この展開は、やはりマズい……!


「なに、そう怖がるな」

「ひぇっ!?」


 ポン、と肩に手を置かれ、私は必要以上に身体を跳ねさせてしまう。


「何事も大事なのはチャレンジ精神だ。まずはやってみること! な!」


 励ましの言葉(本当にそうかは置いといて)に、私の胸がチクチクと痛む。

 私は……私は……!!



 * * *



 ボタンを押す。

 効果音が鳴って、【CONTINUE】の文字がぴかぴかと明滅する。

 【GAME OVER】画面から、私たちは再び大穴の前へ。


「加奈! そろそろ掴めてきたか!?」

「すっすみません! も、もうちょっとかなーっていうか、なんか、この辺まで出かかってる気はするんですけど!」


 私がそう言うと、星司さんはもどかしさを感じつつも嬉しい、みたいな調子で、


「そうか! まあまだ十回だからな! これからだ! 頑張ってくれ!」


 と、親指を立てる。


「はいっっ!」


 やけっぱち気味に元気な返事をして、私はボタンを押し、大穴に飛び込む。


 うん、無理!

 こんなにキラキラと、自分の考えた迂遠な修行を推してくる星司さんを無碍に扱うとか、私には無理!

 結局のところ、最初に重ねた、子どもと母親の構図がドンピシャなのであった。


 魔法少女たちが最深部に到達し、魔象と遭遇する(三分ぶり十一回目)。


『くっ……! こいつ、すごく手強そうだわ!』


 そうなんです。手強いんです。肝心なところで逆らえないんです。


『でも、負けるわけにはいかないニャン!』


 ごめんなさい。負けます。今までも十回負けてます。これから十一敗目です。


『行くわよ、特訓用!』

『うんっ!』


 主人公ちゃんにもごめんなさい……そんな名前を付けさせてしまって……!


【BATTLE START!】


 声援を送る星司さんと、続々断末魔の叫びを上げる特訓用ちゃんたちに挟まれて、私の瞳はどんどん濁っていくのだった。

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